第35話 遊佐紀リンは鉄のフクロウの未来を見る
殺虫剤が飛散した。
でも、この殺虫剤が巨大な虫に効くのか?
そう思った途端、デスベルクリケットたちが突然動きを止め、もがき苦しみ始めた。
殺虫剤がかかったデスベルクリケットだけじゃない、周囲にいる虫たちもだ。
その原因はわかった。
地面に零れた殺虫剤が消えている。
直ぐに気化して周囲に広がったんだ。
「凄いのぉ、リンの造った殺虫剤は……って、おぬしが一番驚いておらぬか?」
「……バ〇サンよりすごいって思って」
「バ〇さん? 誰じゃそれ」
驚くというより引いていた。
殺虫剤ってレベルじゃないよ。
これ、中心にいるエミリさんは平気なの?
あ、エミリさんが落ちた剣を拾って手を振ってる。
どうやら殺虫剤の効果はないようだ。
「なんて強力な毒だ……しかも人体には影響がないなど聞いたことがない」
リフェルさんが私とナタリアちゃんの反応から遅れて一分、ようやく口を開いた。
そう言えば、リフェルさんには殺虫剤について何の説明もしていないんだった。
「リン、よくやった」
「もう、エミリさん、殺虫剤のこと覚えてたんでしょ。言ってくださいよ」
「言っただろ、頼りにしてるって」
そういうことじゃなくて――
「って、エミリさん! その手の怪我!」
「ああ、剣を投げたときに襲われてな」
「ポーションを、いえ、その前に消毒が必要です」
「かすり傷程度だぞ」
「ダメです! 虫なんて雑菌だらけなんですからすぐに消毒しますね!」
私は消毒薬をかける。
デスベルクリケットに攻撃されても平気な顔をしていたエミリさんが痛みで顔を歪める。
そして、ポーションを飲んでもらう。
傷が消えた。
「しかし、エミリも無茶をするのぉ。唯一の武器である剣を投げるじゃなんて。もしもリンの殺虫剤が効かなかったらどうしていたのじゃ?」
ナタリアちゃんの言葉を聞いて血の気が引いた。
そうだ、作った私だって殺虫剤の効果はわからなかったんだ。
エミリさんがそこまで知っていたとは思えない。
いったいなんであんな無茶なことを?
「なに、リンの薬の凄さは身をもって知っている。それに、解体用のナイフもあるし、なんならデスベルクリケット程度、素手でも倒せるさ」
「エミリさん、無茶言わないでくださいよ。」
あんな巨大鈴虫と素手で戦うなんて。
素手で熊を撃退したおじいちゃんってのはよく聞くけど、あれはあくまでも追い払っただけで、殺してるわけじゃないんだから。
はぁ、疲れた。
そういえばポーションを出すときに気付いたけれど、道具欄に鈴がいっぱい入ってる。
デスベルクリケットの鈴のことかな?
こんなにいっぱい鈴を貰っても使い道がないよ。
村の子どもにプレゼントしたら喜ばれるかな?
とちょっとどうでもいいことを考えていると――
「え?」
「どうした、リン」
「あの木の下から、敵がいっぱい――」
地図には無数の赤いマークが。
これまでの赤よりも色が薄いけれど、その数はあまりにも異常だ。
これは一体――と思ったとき、木の下から小さな(といっても鼠くらいはある)デスベルクリケットがいっぱい出てきた。
あれ、全部デスベルクリケットの幼虫⁉
「くそっ、もう太陽も沈むというのに厄介な。リン、殺虫剤はないのか?」
「ありません。次完成するまであと数時間必要です」
「あれだけの数、逃がせば大変なことに――」
とエミリさんがまた突っ込もうとするも――
「なに、心配するな」
リフェルさんがそう言った――直後だった。
木の上から無数のマージフクロウが降りてきて、デスベルクリケットを捕まえていった。
「やけに多いと思っていたが、デスベルクリケットの数に合わせて増えていたのか。元々、デスベルクリケットはこの森にいる魔物でな。その子供はマージフクロウに喰われるからほとんどのデスベルクリケットは成体にまで成長せん。成体になったデスベルクリケットのうち半分以上は儂が狩るからさらに数が減る……しかし、どうも今年はデスベルクリケットが異常発生したようだな」
……あぁ、そうか。
本来であれば、マージフクロウに食べられた上にリフェルさんも狩りをするからデスベルクリケットはほとんど生き残らないんだけど、リフェルさんが鉄になっていたからその間引きが追い付かず、デスベルクリケットが増殖していったのか。
それで、幼虫も増えたのでマージフクロウも餌が豊富にできて、数が増えたんだね。
「先ほど主らが倒したデスベルクリケットの腹を見た感じだとまだ卵を産んでおらぬメスも多い。この分なら来年以降は数が抑えられるだろう。無理に全滅させたら森の生態系も崩れる。これでちょうどいい」
「そうか」
エミリさんが頷き、剣を納めた。
これで一件落着かな。
森は一気に暗くなってきたが、ここでもナタリアちゃんの光る魔法が役に立った。
もう、ナタリアちゃんの魔法が便利過ぎるよ。
そして、まずは泉の場所までやってきた。
「そういえば、このフクロウはずっとこのままなんですね……」
「ああ……鉄化解除ポーションというのは聞いたこともない。まず、リン以外には作れないだろうし、そもそも材料がな」
「ん? 何を言っておるのだ?」
リフェルさんが不思議そうに言う。
「このフクロウたちも、リフェル殿と同じようにバジリスクの変異種に鉄にされた被害者なのじゃ。じゃが、元に戻す薬はもうないから哀れじゃと申しておる」
「ん? これがバジリスクの被害者だと? バカを言うな。これは儂が作った像だぞ?」
「「「……え?」」」
私たちは同じ声を出した。
なんでも、この辺りは昔、デスベルクリケットが良く産卵期に卵を産みに来ていた場所であり、村人が訪れたときに運悪く遭遇して死傷事故を起こすことが多々あったそうだ。
そこでリフェルはデスベルクリケットの幼虫を食べるマージフクロウの木の像を制作して置いたところ一定の効果があった。
しかし、木の像は直ぐに傷んでしまうため、それならばと鉄で像を作ることにした。
「まぁ、一年で一体が限度だがな。しかし、本物と見間違得られるとは、儂の腕もなかなかだな」
リフェルさんはそう自慢気に言った。
なんだろう、今日はいろいろなことがあったけれど、いまが一番気が抜けた気がするよ。
その後、リフェルさんの家まで戻った私たちだったが――
『なんだこれは!』
数年家を留守にしていたせいで、埃やら腐ったウサギ肉やら家の中が大変なことになっていて、リフェルさんが驚いたのは言うまでもない。
その後、数年も鉄になっていたことにショックを隠せないリフェルさんとともに、村に行き、事件の解決を報告しにいったのだが、リフェルさんの登場に、「幽霊が出た!」と皆が驚いていた。
そして、私たちはお礼に泊って行って欲しいという村人の申し出を断って、夜の草原に出た。
もちろん、ある程度歩いたら帰還チケットを使うつもりではいる。
「お土産、かわいいですね」
私は手の平に乗っている小さな鉄のフクロウを見てそう呟くと、エミリさんもナタリアちゃんも頷いた。
村からの報酬として幾許かのお金を貰っただけでなく、リフェルさんからお土産に鉄像作りに使う鉄塊と小さなフクロウの鉄像を三つ貰った。
お土産に売っていたら買いたくなるような出来の良さだ。
帰ったら家に飾ろう。
「ところで、リン。観光旅行はどうじゃった?」
「あ⁉ そういえば観光に来てたんだった……すっかり忘れてたよ」
全然楽しめなかった。
でも――
「どうした?」
「いえ、思うんですけど、あの鉄の像。いまは実用的に作られていますけれど、何百年も経ったら、その像が作られた目的なんて忘れられて、本当に観光地として多くの人が訪れるんじゃないですかね? リフェルさんがこれからも増やし続けたら、きっと凄いことになってますよ」
「そうだな。デスベルクリケットの恐ろしさを村人たちもわかったそうで、今度から村人全員で鉄のフクロウを作るらしい。また皆で訪れるのも面白いかもな」
「はい、必ず訪れましょう! その時は魔物退治抜きで!」
私は未来の観光地を夢見て、帰還チケットを使った。
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