第104話 遊佐紀リンは勝利を確信する
ララピードが曳く鳥車に、私たち三人が乗った。
最初、ララピードは高速で走りだす。その姿はまるで駝鳥だが、十分助走すると、突然飛び上がった。
飛行機の離陸の時よりも静かだ。
速度はたぶん時速150キロくらいらしいとツバスチャンが教えてくれた。
ちなみに、ツバスチャンが本気を出せば時速200キロで飛べるらしいけれど――私はあまり信じていない。
ツバメってそんなに速く飛べるの? って疑問が過ぎったが、地球でも水平飛行で一番速い鳥はツバメだと自慢気に語っていた。
鷲とか鷹かと思ったんだけど、それが速いのは急降下時の話で、水平飛行はハリオアマツバメなんだって。
「皆さんはララピードに乗るのは初めてですよね? 驚かないのですか?」
どうやら、貴族の遣いさんは私たちに、初めて鳥車に乗ったときに見せる驚きの反応が欲しかったらしい。
とはいえ、飛行機に乗った経験のある私にとって、それほどの驚きはない。
速度についても、一般的なジェット飛行機は時速800キロ~900キロ程度なので、ララピードはそれに比べると遥かに遅いし。
まぁ、馬車に比べると十倍以上速いし、そもそも鳥が人間の乗った車と一緒に空を飛ぶっていうのはファンタジー要素が強いけれど、魔法とか魔物とか見てきたから今更な気がする。
エミリさんは黙っているけれど、王女だから鳥車に乗ったことがあると思う。
「儂は普段から飛んでおるからのぉ。車が飛んだところで驚きはせんのじゃ」
ナタリアちゃんの言葉に、貴族の遣いさんは項垂れた。
ちゃんと驚いてあげればよかったかな?
ただ、飛行機や車より揺れは少ないし、ある程度高い場所にいるから魔物に襲われることもない。
日本にもこんな鳥がいたら、交通事情が大きく変わるだろう。
もしかしたら、騎馬隊ならぬ騎鳥隊が結成されていたかもしれない。
あ、でもララピードは繁殖能力が低く増やすのが容易じゃないって言っていたからそれは難しいかな?
ちなみに、低空飛行といっても、その高度はだいたいビル三階分くらい。
落ちてもギリギリしなない高度だけれど、時速150キロで飛んでるからやっぱり落ちたら死ぬと思う。
そういえば、高速移動中に帰還チケットを使った場合って、どうなるんだろう?
家に戻った時点で速度はゼロになるのか、それとも転移先でも速度はそのままなのか?
そのあたりは今度ツバスチャンに聞いておこう。
そして、鳥車は三時間程で目的の領主さんのいる街に到着。
なんと、城壁を越えて領主さんの家の中庭に着地した。
地面につくときは結構揺れたけれど、道中のことを考えると非常に快適な旅だった。
「これが領主様の屋敷ですか? お城じゃないですよね」
「王都の城はこれよりもう二回りほど大きいぞ。三回り程古いがな」
エミリさんが自慢したいのか自嘲したいのかわからない様子で言う。
でも、領主様の屋敷は本当にお城じゃないかってくらい大きくて、それでいて綺麗だった。
鳥車が停まった庭も綺麗で、いろんな花が咲き誇っている。
ダイジョブ草の花とちがって原色に近い色の花々なため、派手過ぎて少し目がチカチカするけれど。
もう少し薄い色の花の方が私は好みだ。
「では、参りましょう。護衛の方の武器はお預かりします」
「持っていないから預かってもらう必要はない」
とエミリさんが堂々と言う。
貴族の遣いさんが「護衛なのに?」と怪訝そうな顔をするけれど、いざというときに武器が使えるように私が預かっていた。
道具欄に入れたら、いざという時にすぐに取り出せる。
もっとも、本当にいざというときは剣の前にポケットの中に入れている帰還チケットが火を吹くよ。
ポケットの中で火を吹かれたら服が燃えちゃうから、比喩表現でいてほしい。
屋敷の扉が入る。
エントランスから凄い立派だ。
大きな絵が飾ってある。
晩餐会を催している貴族の絵だ。
他にも高そうな壺や置物が飾られている。
うーん、私のドラゴンのぬいぐるみと交換してもらえないだろうか?
ツバスチャンへのお土産にしたいけれど、やっぱり無理か。
「皆様、こちらへどうぞ」
「はい」
私たちが通されたのは応接間だった。
そこで待っているようにと言われる。
少し固めのソファに座り、置かれていたスコーンを食べた。
味が薄い。
お菓子というより、ほとんどパンだ。
なるほど、ジャムが一緒に置いてあるのは、それを塗って食べろってことか。
とりあえず、スコーンは二個程道具欄に入れておいて、帰りの馬車で食べることにしよう。
ジャムは空き瓶に移し替えればいいかな?
よし、これでツバスチャンへのお土産は――
「リン、あんまりはしたない真似はやめろ」
「すみません、つい――」
初めての貴族の家にはしゃいでしまった。
たぶん、スマホを持っていたら写真を撮りっぱなしだっただろう。
「貴族の屋敷ってどこでもこんなのなんですか?」
「いや、中央や国境に近いほどもっと大きいぞ。ここは辺境だからな」
「辺境伯ってことですね!」
歴史の授業で聞いた気がする。
ドイツだったかな?
「辺境伯はこの国にはない爵位だが、他国だと侯爵家と同じくらい有数の貴族だぞ」
え? 辺境伯って偉い貴族なんだ。
爵位の偉さは、公爵>侯爵≒辺境伯>伯爵>子爵>男爵という感じだとか。
国によっては公爵家は王族のみに与えられる爵位の場合もあるが、この国の公爵家は王族とは無関係らしい。
ちなみに、ここの領主は子爵らしい。
と一つ勉強になったところで、いかにも執事っぽい男の人がノックの後、部屋に入ってきた。
「お客様、お待たせしました。領主様の部屋に案内いたします」
笑顔を見せずに淡々と言う。
客への対応はうちのツバスチャンの方が上だね。
私たち三人は領主様のいる部屋に案内された。
そこは執務室で、領主様は強そうな護衛を伴って高そうな黒革の椅子に座って待っていた。
「そなたが噂の聖女か。聞いたとおり小さいのだな」
いきなり無礼なことを言われたけれど、でも今回は解決だな。
私は領主様の願いがすぐにわかってしまった。
一体何事かと思ったが、簡単な依頼。
彼の望む薬を渡したら終わりな楽な仕事だ。
私は余裕の表情で、その領主の頭を――バーコードヘアを見た。
こんなこともあろうかと、毛生え薬は多めに用意してあるのだよ。
「聖女よ。其方には是非、儂の娘の治療を頼みたいのだ」
……あ、違った。
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