第126話 閑話 アドルフ子爵

 儂の名前はルネサース・アドルフ。

 この子爵領の領主だ。貴族の中では男爵の一つ上の爵位――辺境の下級貴族である。

 領地のほとんどは未開の地。

 しかも、作物の育ちにくい未開の草原であり、その税収は決して多くない。

 開拓村から税を絞り過ぎたら村が発展しないため猶更だ。

 そんな開拓村に聖女が誕生したという噂を聞いた。

 よくある話だ。

 これまでも辺境の地に勇者が現れたと聞いてその事実を調べさせたら、ただの力自慢の男だったし、どんな傷も治療する聖女が出たと聞いて調べさせてみれば、麻薬を使って痛みを誤魔化す薬を作った薬師だった。

 あの時も聖女というが薬師だという話だし、少し効果の高いポーションを作っている程度だと思ったが、実際のところそうではなかった。

 彼女――リンはまさに聖女と呼ぶにふさわしい女性だった。

 まさか、娘――ラミュアの呪いを治してしまうとは。

 しかも、あの勇者体質のエミーリア王女に認められ、名前こそ知れども見た者は少ないという妖精族と友好関係にあるとは。

 彼女と友好関係を結べたことは儂にとって娘が治ったことの次にいい成果だ。


 それに――


「どうだ、ラミュアよ。似合っているか?」

「はい、お父様。とてもお似合いです」

「そうだろうそうだろう。十歳は若返った気分だ」


 聖女から貰った増毛剤という毛生え薬は非常に効果が高く、もう諦めていた儂の頭髪を見事に昔のようにフサフサにしてくれた。

 彼女こそまさに聖女! まさに奇跡!

 と興奮してしまった。


 あと、彼女の住む村とこの街が転移門で繋がった。

 まぁ、転移門の存在は公にはできないため、ツバスチャン殿と儂の間でのみ使用し、主に交易品の取引や納税に使われることになった。

 ダンジョンができた村といっても、ダンジョンは万能ではない。

 領内にもいくつかダンジョンはあるが、そこから入って来る税などたかが知れている。

 ラミュアは随分と大袈裟に語っていた。

 なんでも海の魚が手に入るらしい。

 内陸ではほとんど入手できない海産物が手に入るのは大きいが、しかし鮮度が命の海産物は他の領地への交易品には向かない。

 領内での消費が主になるだろう。

 と儂はあまり期待していなかったのだが――


「な……なんだこれは――」


 約束の日、納品された税の品に儂は目を見張った。

 様々な魚介類もそうだが、砂糖がある。


「何で砂糖が!?」

「ダンジョンの中で作っているんです。報告したはずですが?」

「いや、聞いてはいた。だが、ダンジョンはできたばかりだろう? サトウキビができるまで早くても何ヵ月も――」

「そこはダンジョンですから」


 ラミュアはさらっというが、とんでもない話だ。

 この国の砂糖はほぼ輸入に頼っているため、これを領内で生産できるのは他の領地へのアドバンテージに繋がる。

 そしてさらに見つけたのはスパイスだ。

 胡椒に生姜、シナモン、ウコンにコリアンダーまで。

 この国では手に入らないスパイスが箱に詰められて入ってきた。

 これが税として納める分だというのだから、村ではどれだけ採取されているのか?


 ラミュアが言っていた。

 あの開拓村の税収があれば領地は生まれ変わると。

 まだ計算もできない子どもの戯言だと思っていたが、それどころではない。

 この利益――露見すれば公爵派も教皇派も黙っていない。


「お父様――ツバスチャンから伝言で、村で働ける人手があればあるだけ助かるそうです」

「そうか。たしかあの村の近くの街で衛兵たちが汚職に染めていて鉱山送りになったと報告があったな。奴らを使うか」

「はい! ところでお父様――エミーリア様に話さなくてよかったのですか?」

「ああ。彼女には伝えない方がいいだろう。勇者体質は人の恨みや妬みをその身に呪いとして受けると聞く。そういう厄介事にはかかわらないほうがいい」


 儂が伝えなかったこと。

 それは、儂は中立派を名乗ってはいるが、その実は公爵派と教皇派の間で揺れ動く日和見の貴族ではなく、裏で王家に忠誠を誓っている王族派ということだ。

 もっとも、それを表立っていうことはできない。

 そうなったら公爵派と教皇派の両方を敵に回し、即座に潰されてしまうからだ。

 そういう貴族は儂だけではない。

 そして――


「大丈夫だ。聖女様がいる。もしもあの方が姫殿下に協力してくださるのであれば、王家の復権も近い」


 そう願い、いまはとりあえず人員を送ろうと鉱山に手紙を送った。


 まさかその衛兵たちがかつて聖女様を誘拐して売り払おうとしていた不貞の輩であり、そんなものは置いておけないと村から追い返される結果を聞かされるのは一カ月後のことであった。

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