第31話 遊佐紀リンは殺虫剤を作る

「餓死? でも食べるもの……って言ったらいいのかはわかりませんが、あんなにいっぱい――」


 周囲にはゴブリンや狩人のお爺さんの鉄の像が放置されている。

 バジリスクはこれを食べるために持ってきたんだよね?

 なのに食べなかったの?

 急にベジタリアンに目覚めたとか?

 バジリスクとベジタリアン――なんか似てるよね?


「食べられなかったんだよ。見ろ、牙が欠けている。中和剤を注入することができなくなったんだ。石と鉄とでは硬さが違うからな」

「そんな、食べるために鉄にしたのに、食べることができないなんて――」

「魔物の新種というのは、時にはそういう生物としての矛盾を孕んでいる。だから厄介なんだ」


 厄介って、そういう意味だったんだ。

 

「でもそれなら、石化させずに森に出て食べられるものを探したらよかったのに」

「魔物というのはそう簡単には生き方を変えられん。草食の動物に次の日から肉を食べて生きろって言うようなものじゃ」


 ナタリアちゃんの説明はわかりやすかった。

 バジリスクにとって食べ物とは一度獲物を石化して、巣穴に運んでからゆっくり食べるものなんだろう。

 野生動物にとって食べているときと寝ているときは無防備だ。そのリスクを減らすために覚えた、ううん、遺伝子情報に刻まれた野生の知恵なのだろう。


「エミリ、これから石化解除ポーションは作れるか?」

「待ってください――一度収納してみます」


 バジリスクの死体を収納。

 げっ……アイテム名が腐ったバジリスクになってる。

 どうやら相当腐敗が進んでいたらしい。

 開発で……あ、開発で解体ができるんだ。

 腐ったトカゲ肉、鉄化中和液(劣化)、鉄化液(劣化)、猛毒液(劣化)になった。

 トカゲ肉が腐ってるのはわかったけど、中和液が劣化品になっている。

 作れるのは――


「低級鉄化解除ポーションってのがあります。二つしか作れないみたいですけど。一本作るのに一時間かかるみたいです」

「低級か……低級解除ポーションは成功率三割といったところだ」

「成功率三割で二本……解除成功率は約五割といったところじゃな」


 うわぁ、責任重大だ。

 でも、本物の調合と違って、開発画面で開発開始したら待つだけなんで、私には何もできないんだよね。


 洞窟の中だとナタリアちゃんがずっと光っていないといけないので、私たちは一度洞窟の外に出て、泉に戻った。

 改めてフクロウを見る。

 一体一体が形が微妙に違って、とても造りが細かい。


「このフクロウの鉄の像って、やっぱり元々は本物のフクロウだったんでしょうか?」

「そうだろうな。元々、この泉がバジリスクの狩場だったのだろう。それで、マージフクロウは美味しくないからこの場に放置されたんだろうな。噂になるよりも昔から」


 エミリさんが鉄のフクロウを撫でて言う。

 やっぱりそうか。

 フクロウは地図で存在場所が表示されないからわからなかったよ。

 あの錆びた像とかはもう石化解除しても生き返らない気がする。

 とんだ観光地もあったものだ。

 私が勝手に観光地って呼んでいるだけなんだけど。


「あ、できた」

「一時間経っておらぬが、もう石化解除ポーションができたのか?」

「ううん、できたのは殺虫剤だよ。虫だけを殺す薬剤」


 さっきお婆ちゃんから売ってもらった菊から虫よけスプレーを作れたけれど、別にもう一つ、殺虫剤も作れるようになっていた。

 でも、防虫スプレーが十分くらいで作れて何度か使えるのに対して殺虫剤は作るのに二時間もかかってしまう。しかも一回限りの使い捨て。

 うーん、この世界では防虫スプレーより殺虫剤の方が貴重なのかもしれない。

 バルサンとか作るの難しそうだし、いくらツバスチャンが掃除してくれていると言ってもダニとかを家に持ち込まないようにしないといけないね。


「な、なぁ、リンよ。虫なら何でも殺せるのか?」

「んー、どうでしょう。試したことありませんから。でも、殺せるんじゃないですかね?」


 日本の殺虫剤だとムカデやヤスデ、ハエ、Gだったりと対象となる虫が細分化されていたけれど、今回作れた殺虫剤は一種類のみだし、全部の虫に効果があると思う。


「そうか……それはなんというか……凄いの」

「ああ、リンの造ってきたものにはいろいろと驚かされたが、本当に凄い」


 え? そうかな?

 むしろ、今まで作った中で一番庶民的だと思うけれど。

 休憩を挟んで低級鉄化解除ポーション二本が完成した。

 それを持って洞窟に戻る。


 手元にあるのは二本の低級鉄化解除ポーション、成功率は三十パーセント。

 お願いします、アイリス様。

 どうか祝福を。

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