第10話 遊佐紀リンは開発する

 私、遊佐紀リンは目を覚ました。

 久しぶりのベッド――しかも低反発マットレスだ。部屋も冷暖房完備で、むしろ実家のベッドより寝心地がいい。

 寝る前にコンシェルジュさんが入れてくれた野草のハーブティーも美味しかった。

 異世界生活、結構楽だな。

 お兄ちゃんもこんな生活をしているのだろうか?

 家ができるのは、ゲームシステムの恩恵によるものだって言っていたし。

 あ、でもコンシェルジュさんがいないから、こんな楽な生活はできないかな?

 ベッドの隣のチェストの上には、いつの間にか昨日まで着ていた服に似ている別の服が綺麗な状態で畳んで置いてある。

 私は特に考えることなく、それに着替えた。


 寝室を出るとパンの焼ける匂いがした。

 その匂いにつられるように、ふらふらとリビングに向かう。


「お嬢様、おはようございます。お席にどうぞ。ちょうどパンが焼き上がったところでございます」

「ありがとう、コンシェルジュさん……パン?」


 あれ? 確か村の小麦粉はほとんどなかったはずだけど。

 それに、トーストの隣にはサラダも置いてあった。

 なんで? 野菜もあるの?


「コンシェルジュさん、このパンと野菜はどうしたの?」

「パンについては村に残っていた最後の小麦粉を譲っていただきました」

「最後の小麦粉をっ!? そんな貴重なものを譲ってもらって」

「問題ありません。午後にでも返しますから」

「返すってどうやって?」

「こちらをご覧ください」


 コンシェルジュさんは冷蔵庫を開ける。

 その中から出てきたのは、大量の小麦だった。

 小麦粉ではなく、刈り取った小麦だ。

 作物の良し悪しはわからないけれど、立派な小麦のように見える。


「どうしたの? その小麦?」

「先ほど畑で採ってきました」

「畑? え? あの枯れた畑?」

「はい。お嬢様の能力、天の恵みにより畑は、いまが収穫時期となっています」


 えぇぇえぇ、昨日まで干ばつでボロボロだった畑がそんな状態になってるの?

 ってことは、この野菜はその畑で採れたの?

 畑の改良どころのレベルじゃないでしょ。

 遺伝子組み換えとかしてるんじゃない?

 でも、そういうことなら――とパンを食べる。

 塩パンだ。

 ふっくらしていておいしい。

 ハーブティーもいいけれど、牛乳が欲しい。

 私は朝ご飯はいつも牛乳だった。


 言うな! 牛乳を飲んでも身長も胸も成長しなかったよっ!


 思わず心の中で自分にツッコミを入れてしまった。

 この村に牛っているのかな?

 あ、そもそもこの世界に牛とかいるんだろうか?

 昨日の巨大なイノシシとか怖い狼とかを考えると、牛も怖いんじゃないかな?


「お嬢様、食事が終わったところでさっそくですが、お願いがございます」

「おねがい? 名前なら――」

「こちらの小麦を小麦粉に替えてほしいのです」


 小麦を小麦粉に?


「石臼でも使うの?」

「いえ、お嬢様には開発の能力がありますよね? それを使えば、小麦から小麦粉を開発するのもたやすいかと」

「そうなの? どうやって使うの?」

「はい。まずは小麦を収納してください」

「うん」


 小麦を収納する。

 道具欄に小麦78という表示が加わった。


「次にメニュー画面に開発という項目がございますか?」

「えっと、メニュー画面……『ステータス』、『道具』、『地図』、『お問い合わせ』、『DLC購入』、『次へ』……DLC?」


 メニュー画面に表示されている項目を見る。

 あれ? 前に見たときはお問合せまでしかなかったはずだけど、その後が追加されている。


「コンシェルジュさん、『DLC購入』ってなに?」

「日本のお金を使って、便利なアイテムや服を買う機能です」

「そんなものがあるんだ……えっと、次へ」


 次のページを見る。

 そのページにあった項目は二つだけ。


「『今日のコンシェルジュ』……え? なにそれ?」

「あ、それは私の日誌でございます。お暇なときにお読みください」


 うん、本当に暇で何もすることがないけれど、何かしないと気が済まないって時に読ませてもらうね。


「『開発』……これね」


 開発を見る。

 すると、大量の項目が現れた。

 ほとんどは灰色の文字のアイテムだ。


「上に『作れる物だけを表示する』という項目があると思うので、それを選んでください」

「うん……あ、できた」


 作れるものは四つ。


・毛皮の敷物

・豚ラード

・小麦粉

・カエルの毒薬


 あった、小麦粉だ。

 あと、毛皮の敷物と豚ラード……たぶん、道具欄にある毛皮のマントと豚肉の脂身の部分から作れるのだろう。

 でも、カエルの毒薬ってなに? なんか怖いんだけど。

 気になって道具欄を見てみると、「カエル肉」「カエルの毒袋」「レッドポイズントードの皮」が追加されていた。

 ついでにレベルが8に増えていた。

 そっか、エミリさんがこのレッドポイズントード? って魔物を倒したんだ。

 カエル肉は鶏肉に似ている味だっていうけれど、オオカミ肉以上に食べたくないな。

 と、開発画面に戻す。


「小麦粉を選んだらいいの?」

「はい」


 小麦粉を選ぶと、必要素材が表示される。


【小麦粉:小麦×2】


 とある。

 試しに一個作ってみた。

 道具欄の小麦が76に、小麦粉が1になる。


「小麦粉を出してみてもいいかな? あ、入れ物が必要?」

「大丈夫でございます。出してください」


 出してみる。

 現れたのは小麦粉だった。

 麦わらを編んで作ったと思われる入れ物に入っている。

 だいたい一キロくらいだろうか。


 ……あれ?


「ねぇ、コンシェルジュさん」

「なんでございますか、お嬢様」

「小麦粉の量、多くない? 小麦二本で一キロの小麦粉はできないでしょ」

「それこそ、お嬢様の開発能力の真骨頂です」


 真骨頂過ぎると思う。

 質量保存の法則とか無視してるよね?

 とりあえず、いまある小麦を全部小麦粉に替える。


「じゃあ、貰った小麦粉を届けにいこうか」

「はい、御伴致します」


 コンシェルジュさんと一緒に家を出る――と、


「「「「「「聖女さま、ありがとうございますっ!」」」」」」


 村人たちが一斉に土下座して私を出迎えた。

 異世界にも土下座ってあったんだ。



「私は聖女なんかじゃありません」

 って言っても信じてもらえない。

 ゆっくりと信じて貰おう。

 とにかく、畑に行く。

 いろんな作物ができていた。


 小麦、芋、カブ、キャベツ、キュウリ、ナス、梅の木? あれ? 季節が滅茶苦茶じゃない?


「あれ? これは雑草?」

「いえ、そちらは薬草です。ここには医者も薬師もいませんから、病気の時に使える薬草類を植えているのです」

「へぇ、そうなんですか。少しもらってもいいですか?」

「もちろんです。聖女様のお陰で育った薬草ですからお好きにお持ちください」


 私も病気は怖いので、薬を作るための素材を採取しておこう。

 その後は収穫のお手伝いをさせてもらった。

 聖女様のお手を煩わせるわけには――とか言われたけれど、遠足の芋ほり体験みたいで楽しい。


 私が大きなカブを掘り出していると――遠くから見知った人が近付いてくることに気付いた。

 私はそのカブを持って、彼女を出迎えた。


「あ、エミリさん! 見てください! こんな大きなカブが採れたんですよ!」

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