第84話 遊佐紀リンは悪臭退散を願う

 私たちは洞窟の奥を進む。

 途中、エミリさんが何かを見つけ、ランタンでそれを照らし出す。 

 私は驚いて息を呑んだ。

 そこにいたのは大蝙蝠だった。

 前にダンジョンで戦った蝙蝠よりは小さいけれど、普通の蝙蝠より大きい。

 そして、その蝙蝠は死んでいた。

 齧られたあとがある。


「噛まれた場所だが特に腐食が酷い。ゾンビに噛まれたのだろうな。ゾンビは生きている者に噛みつく性質がある。ゾンビには魂がないからな。魂のある者を噛んで魂を食らおうとする」

「それで魂を取り込め……ませんよね?」

「ああ。だからゾンビは次々に人を襲う。あの町も人間だけではなく家畜や動物はいただろうが、全部ゾンビの餌になっているだろうな」


 住んでいる人は養豚場に逃げたって言っていた。

 でも、全員行けたのだろうか?

 野良猫や野良犬もいただろう。町に巣を作っている野鳥もいたかもしれない。そういう動物はこれまで訪れた町には必ずいた。むしろ、日本の町より遥かに多い。

 そういう動物たちを町の人は連れて逃げる余裕があっただろうか?

 いまは町の中に封じているが、もしも町からゾンビが溢れて、別の町に行ったら?

 被害者はいないって思っていたけれど、被害は大きいんだ。


「先を急ごう。リン、地図の確認を頼む」


 エミリさんのあとをついていく。

 暫く歩くと、また川に出た。

 さっきの川の続きだ。

 また川を下って歩いて行く。


「エミリさん、地図に反応がありました。この先、魔物がいます。たぶんゾンビです」

「そうか。じゃあ魔物除けのポプリを使わせてもらうか」


 エミリさんがそう言って、プディングさんから貰った魔物除けのポプリの準備をする。


「あの、でもここで使ったら、ゾンビが地上に行っちゃうんじゃないですか?」

「だろうな」

「だったら使わずにいた方が――」


 銃弾はまだまだ十分ある。

 ここで倒した方が――


「リン、ポプリとは何か知っているか?」

「え? 匂い袋ですよね?」

「そうだ。特にミスラ商会の魔物除けのポプリは優秀でな。魔物が嫌いな臭いを発するだけでなく、消臭の効果もある」

「へぇ、凄いですね」


 備長炭みたいだと思った。


「ああ、それでな――これから行く先にゾンビの群れがいるのだろう? ゾンビが現れてら数週間、しかしさっきの蝙蝠の腐食具合を見ると、それより前からこの場所にゾンビがいた可能性が高い。そんな長い間ゾンビが山のようにいる。しかも空気の循環が良いとは言えない洞窟の中で。そして、ゾンビは臭い。さっきは遠くから殺していただけだからわからなかっただろうが、とにかく臭い」


 光景を満員電車に置き換える。

 体臭のきついおじさんだけがいる真夏の満員電車。

 ……ダメだ、軽く死ねる


「魔物除けのポプリを使いましょう! 今すぐ使いましょう!」

「待て、制限時間があるからもう少し後だ」

「悪臭退散!」


 悪霊退散みたいなノリで私は言った。

 僅かに悪臭を感じたところで、エミリさんが魔物除けのポプリを使う。

 地図を見ると赤いマークが一斉に洞窟の奥に向かった。

 ただし、たった一つ反応が残ってほしい。

 

 赤い色が違う。

 ゾンビの色は薄いピンクっぽい赤だったんだけど、残っている赤は濃い――というより赤黒い色をしている。

 ゲームの知識はなくてもこれまでの経験でわかる。

 この色は強い魔物ってことだ。

 前にエミリさんが言っていた。

 魔物除けのポプリは弱い魔物を近づけさせない効果はあるが、強い魔物には効果がないって。


「エミリさん、上位種がいます」

「ああ、気配を感じるな」


 私たちはその上位種のいる場所に向かった。

 光が見える。

 ランプの灯りではない。ナタリアちゃんが使うような魔法の光だ。

 そして、そこにいたのは――


「なるほど、ゾンビ共がやけにうるさいと思ったら客が来ていたのか」


 ローブを着たお爺さんがいた。

 見た目はどう見てもただの人間のいけてるお爺さんだった。

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