第37話 遊佐紀リンはスライムを食べる

「え? 私たちを産業スパイと間違えたんですか?」

 

 ナタリアちゃんのフラッシュで目を潰された人全員に目薬を差して治療をしたあと、事情を聞くと、彼らは私たちが他の村から送り込まれた産業スパイと勘違いしたらしい。


「産業スパイって、スライム牧場じゃよな? スライムは売り物にはなるが、盗むほどのことなのか?」

「当然だ。スライムは亜種が非常に多い。それは何故かわかるか?」


 事情を説明してくれた牧場主兼村長のおじさんが言う。

 そもそも、私はスライムに亜種が多いことすら知らない。


「通常、魔物の進化とは生まれたときに突然変異が起こることによって起こるものだ。そして、その進化が起こってもその種が根付くとは限らない」


 そっちはわかる。

 つい最近、バジリスクが進化したのにその進化のせいで死んじゃったって話を聞いたばかりだ。


「だが、スライムは違う。スライムは食べるものによって変化する。スライムはなんでも食べるからな。岩を食べればロックスライム、水ばかり飲めばウォータースライム、鉄を食べればアイアンスライムって感じな。しかも、スライムは分裂することで種を増やすからな、餌が豊富にあれば種を残すことができる。そして、同じアイアンスライムであっても鉄鉱石を食べるか製錬された鉄を食べるかによって僅かに能力が異なる。例のあれを――」


 村長がそう言うと、村人が二匹のスライムを持ってきた。

 前に見たスライムは薄い青色だったけれど、これは薄い緑色だ。


「普通のスライムは土臭くて食べられたものではないが、土の無い場所で十分に水を与えたあと、野菜くずを与え続けることで食用となるグリーンスライムになる。皆にはこれからこのグリーンスライムを順番に食べていただきたい」


 村人がナイフを使ってスライムを切ってる。

 スライム、平然としているけど痛くないの?

 怒らないの?

 ていうか、お皿にぷるぷるしているの盛られているけれど、これを食べるの?

 作るところを見ていたら食べたくない。


「では頂こうか」

「うむ、食べるのじゃ」


 エミリさんとナタリアちゃんが作るところを見ていたのに平然とスライムを食べる。

 これが普通なんだ。

 ええい、郷に入っては郷に従え!

 スライムを食べる。

 青汁を固めたグミみたいな感じだ。

 思ったより酷い味ではない。


「よく市場などで売られているグリーンスライムの味だな。酢漬けにしたらいいピクルスになりそうだ」

「漬物にするんですか!?」


 スライム、思ったより奥が深い。


「次にこれを食べてほしい」


 村長がそう言うと、村人がもう一匹のスライムの実を削ぐ。

 うーん、酷い味じゃないけれど、好きな味でもないんだよな。

 できれば食べたくないけれど、この世界の味にも慣れておかないと。


「……あれ? さっきよりおいしい?」

「ああ、野菜のえぐ味がなく旨味が凝縮されている」

「これはうまいの。いままで食べたことのないグリーンスライムじゃ」


 私たちが言うと、村長は満足げに頷いた。


「このグリーンスライムは餌のくず野菜を厳選し、さらには一度湯を通して灰汁を抜いてから餌にしている」


 厳選してもくず野菜はくず野菜なんだ。

 でも、村長さんが言いたいことはわかる。

 スライムは餌の微妙な違いで味がすっかり変わってしまう。

 つまり、ここのスライムは日本の和牛のようなものなのだ。

 スライムを盗まれるっていうのは、日本の和牛が外国のブローカーによって海外に流出するに等しい。許せないよ! ブローカーが裏ルートを使ってK国に和牛を流出させて、その肉をK国産だっていってC国に安く売りさばくなんて!

 これは放っておけない。


「先ほどスライム泥棒と間違えた非礼はお詫びします。しかし、妖精様、そして冒険者様。実はもうすぐ近くの村でスライムの品評会があるのです。しかし、どうも最近スライム牧場の様子がおかしく、たびたびスライムが行方不明になっているのです。お願いします、どうか品評会までの間、護衛を引き受けてはもらえないでしょうか?」


 村長がそう言う。

 困ってる人がいたらエミリさんは当然放っておけないよね?


「ちなみに、品評会はいつなんだ?」

「一週間後――ここから東のハイドロトスの町で行われます」


 事情を聞くと、エミリさんは私たちに相談を持ち掛けた。


「そうか。ハイドロトスはちょうど行くつもりだった。品評会が終わるまででよかったら引き受けようと思う。リン、ナタリア、構わないだろうか?」


 期限が長いので、エミリさんが一応私たちに確認を取るけれどもちろん、断るつもりはない

 報酬にスライム核を分けてもらうことを条件に、私たちはその依頼を引き受けた。

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