第38話 遊佐紀リンはスライム牧場を体験する

 スライム牧場の護衛はエミリさんが引き受けたので、私は牧場のお世話を手伝わせてもらうことにした。

 牧場体験というやつだ。

 スライム牧場で育てられているスライムは主に三種類。


 一つ目は下水やゴミなどを処理するためのスライム。一般的にスライムと言われるのがこれ。基本、なんでも食べる。

 二つ目はさっき私たちが食べた食用スライム。グリーンスライムと呼ばれる。食べるのは野菜くずなんだけど、高級グリーンスライムを育てるために厳選した野菜を与えて育てる高級グリーンスライムもいる。

 三つ目は品評会用に育てているスライム。品評会で高評価を得るのはスライム牧場によって非常に名誉なことらしく、品評会間近の今は主にこのスライム育てに余念がない。

 

 私がお世話をしているのは、最初のスライムだ。

 普段は牧場に放っておくだけで勝手に増えるので世話をする必要がないそうなんだけど、最近はスライム泥棒が出るのでスライムに付きっ切りにならないといけない。


「はい、ご飯に食べに行きますよ」


 スライムたちの入っているケースの蓋を開けると、スライムがケースの中から出てきた。


「キャンキャン!」


 リトルウルフのシルちゃんが吠えると、それに驚き、草地の方に向かった。

 牧羊犬ならぬ牧スライム狼だ。


「リトルウルフにスライムの誘導を任せるって言ったときはどうなる事かと思ったがうまいこといくもんだな」


 牧場主のヨハンさん(30歳)が感心するように言う。


「リトルウルフを売ってくれないか? 3000イリス出すぞ」

「ダメです。シルちゃんは私の大事な家族なんですから」

「キャン!」


 ほら、シルちゃんも家族だって言っている。

 スライムたちを草地に出したあと、シルちゃんは元気に牧場の中を走っている。

 スライムたちは近くにシルちゃんがいても気にせずに草を食べている。

 お腹空いてたんだね。

 3000イリスっていうのは、たぶんこの辺りの感覚で10万円くらいの価値があると思う。

 


 その間に私は鎌を使って長く伸びた草を刈る。

 ここで刈った草が夜、スライム舎に戻ったあとのスライムたちのご飯になる。

 それが終わったら、今度はスライムの身体を拭く作業だ。

 表面についた泥とかが固まると分裂しにくくなったり、最悪病気になるそうだ。

 何でも食べるのに、身体についた泥は食べないって変な感じだ。

 でも、スライムの身体ってぷにぷにしていて触ると癖になりそうだ。

 枕にしたら気持ちいいかな?

 スライムたちが草を食べている様子を見る。

 軽くだが噛み切る力があるらしく、根元から噛み切って食べている。

 もしも枕にしたら髪の毛まで食べられちゃうな。

 うん、ダメだ。

 手でぷにぷにするだけで我慢しよう。

 さて、餌を運ばないと。


 餌を運んでいると、ヨハンさんがスライムの入っているらしい檻に餌を運んでいる。

 ただし、やけに量が少ない。

 子どものスライムがいるのかな?

 だとしたら見てみたい。


「ヨハンさん、その檻って何が入っているんですか?」

「品評会用のスライムを入れている檻だ」

「他のスライムと違って木のケースじゃないんですね」

「ああ、品評会では外からも見えるようにこういう檻に入れられるからな。いまのうちに慣れてもらってるんだ」

「見てもいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 檻の中を見る。

 透明のスライムが一匹だけいた。

 他のスライムとの違いはよくわからない。

 檻は全部で五つあって、そのうち二つが空だった。

 盗まれたスライムなのかな?


「檻の隙間から脱走したりしないんですか?」

「スライムは形を自由に変えれるが核だけは変わらない。檻の幅が核より小さければ逃げられる心配はないんだ」


 ああ、そういうことなんだ。

 檻の扉は鍵がしっかり掛けられている。

 これなら盗まれる心配はないよね。

 さて、仕事はとりあえず休憩。

 夕方になったら、スライム舎にスライムを戻さないと。

 またシルちゃんの出番だね。

 

「リンも変わっているのぉ? 牧場の仕事をしたいだなんて」

「牧場体験なんて滅多にできるものじゃないからね。これも観光みたいなものだよ」


 パタパタと飛んできたナタリアちゃんに説明する。

 エミリさんのお父さんの治療をして、お兄ちゃんを探すって目的で旅をしているけれど、世界中を回るならやっぱり楽しめるときは楽しんでおかないと。


「ところで、エミリさんは?」

「村の周辺の探索じゃ。スライムを食べる魔物がいないとも限らないからのぉ」


 そうか。

 スライムを攫うのが人間とは限らないもんね。

 ……あれ?


「どうしたのじゃ?」

「あそこに誰かいるみたいなんだけど」


 地図によると、あの岩の場所に誰かがいる表示がある。

 でも、岩の場所には誰もいない。


「誰か? む、大きな岩があるようにしか見えんが……はて、そういえばあんな場所に岩があったかの? それに、あの岩、なんか妙じゃぞ?」

「うん、なんか作り物っぽいよね……」


 もしかして――スライム泥棒っ!?

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