第5話 遊佐紀リンは村に到着する
翌朝、私とエミリさんは村に向かって歩いていた。
昨日の夜はなかなか眠れなかった。
狼の死体に触れたときの感覚が手に残っていたためだろう。
「リンの持ってる保存食は美味しいな。どこで売ってるんだ?」
「えっと、どこで売ってるかはわかりません。貰い物なので」
「そうか。それに、水筒も面白い。ガラスのようでガラスではなく軽くて丈夫な水袋。こんなのも見たことがない。これは?」
「それも貰い物ですので」
昨日の夕食と朝食は私の我儘で保存食のスナックバーと水になっていた。
エミリさんは肉を食べようと提案してきたけれど、さすがにあの状態で肉を食べるには胃が受け付けない。
「ところで、リン。それは何を読んでいるんだ?」
「わからないんです。リトルウルフの書ってものらしいんですけど」
昨日、道具欄にあったリトルウルフの書。
取り出してみると、巻物みたいだった。
この世界の文字はアイリス様の全員への特典みたいなものでわかるはずなんだけど。
「なんて書いてあるんだ?」
「全く読めません」
エミリさんが読めないように、私もここに書かれている文字が全く読めなかった。
ただの模様にしては、法則性みたいなものがあるように見えるのだが。
もしかして、狼の文字だろうか?
そんな感じで読み進めて(?)いると最後の一文だけ読める文字があった。
丁寧なことにルビまで振ってある。
「これは読めます……えっと、
そう言った直後、突然巻物が光って現れたのは、白銀の毛を持つ小さな犬だった。
こちらを見て、「くぅ?」と鳴いている。
「かわいい!」
私は思わずその子を抱きしめた。
「待て、エミリ。それは魔物だぞ。狼だ」
「え、でもこんなにかわいいですよ?」
私は犬――じゃなくて狼を抱いてエミリさんに見せる。
途端に、エミリさんの顔が赤くなるのがわかった。
エミリさんもこの子のかわいさにメロメロのようだ。
「ま、まぁ危ない魔物ではないようだ。さっき、サモンと言ったな? ということは、この子は召喚獣なのだろう」
「召喚獣?」
「ああ。おそらくだが、この狼はその巻物の中に封印されていたのだろう。そして、リンが呼び出した」
「え? 巻物の中に?」
「ああ、封印されている魔物は危険なものが多いのだが――見たところ力も強くないし、大丈夫そうだな。巻物の中に戻すことはできるのか?」
「どうでしょう? ねぇ、戻れる?」
私が尋ねると、狼ちゃんは頷いて巻物の中に頭から入って行った。
凄い、ちゃんと戻れるんだ。
もう一度「
【23:59:45】
と巻物を見ると、なんか時間が表示されている。
このタイマー、エミリさんには見えていないのかな? これっていったい……あ、そういうこと?
「どうやら一度巻物の中に戻っちゃったら、一日呼び出せなくなっちゃうみたいです」
「そうだったのか?」
「はい……もっともふもふを体感したかったけど、明日まで我慢ですね」
「あぁ、残念……ごほん。そうか、なら明日もう一度呼んでみよう」
エミリさんも触りたかったみたい。
明日呼んだら触らせてあげよう。
ご飯とか何を食べるんだろ?
狼だからお肉?
でも、まだ子どもだったしミルクかな?
食べ物とか巻物の中に入れてあげれないかな?
スナックバーを押し付けてみるけれど、巻物の中に入る様子はない。
「巻物の中に入ってお腹空かないでしょうか?」
「どうだろう? でも、あの狼はリンが呼び出すまでずっと巻物の中にいたのだから、飢えて死ぬことはないだろう。さっき見た感じだといたって健康な様子だったし」
「そうですよね」
そう思いながら、巻物は道具欄に戻した。
明日召喚したら名前を決めてあげないと。
「それより、村が見えて来たぞ」
ようやく村が見えてきたのか――と思ったが、まだまだかなり距離がある。
あそこまで歩いていくのか。
少しげんなりしながらも、私はエミリさんと一緒に村に向かった。
そして、ようやく村にやってきたのだが、様子がおかしい。
村人たちが複数人、入り口を固めてこっちを見ている。
よそから来る人が珍しいのだろうか?
「リン、一応走って逃げる準備だけはしておけ」
「え? なんでですか?」
「状況はよくわからないが、こういう場合、良くないことの方が多い」
「襲われるってことですかっ!? それなら村に行かずに町を目指す方が――」
「そうしたいのはやまやまだが、ここに行かないと薪やその他必要なものを補給できないからな」
多少の危険は承知の上で行く――ということらしい。
うへぇ、異世界ってこんなにハードなの?
今日は暖かいベッドで寝られると思ったのに。
とにかく、逃げる準備だけはしながら、私はエミリさんの後ろに隠れるように村に近付いていった。
「すまない! 私は旅の冒険者。名をエミーリアという。この村で物資の補給と一晩の宿をお借りしたい。無論、受けた恩に対して謝礼は用意している」
村の前にいた人たちに、エミリさんは言った。
まるで戦国武将が戦いの前に名乗りを上げているかのような堂々とした立ち居振る舞いだ。
それを聞いた村人たちは顔を合わせ、そして言う。
「後ろにいる娘さんの名前は?」
「わ、私はリンっていいます。縁あってエミーリアさんと同行しています」
その直後、村人たちは突然その場に倒れるように跪き、そして言った。
「やはりそうでしたか! リン様、いえ聖女様! どうか村をお救い下さい!」
はい?
なんでいきなりそんなことになってるの?
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