第4話 遊佐紀リンは野宿をする

 エミーリアさんと近くの村を目指すことにした。


「少し待ってくれ。ワイルドボアの解体をする。毛皮と牙だけでも持って行かないと路銀が心もとないからな」

「あ、待ってください! 運ぶなら私ができますよ」


 私はそう言ってイノシシに近付く。

 そして――少し躊躇したけれど――イノシシの死体に触れた。

 イノシシの姿が消えて無くなる。


「収納能力が使えるのか」

「収納能力?」

「異空間に物を保存するための能力だ。君の能力だろ? まだ容量はあるのか?」

「あ、たぶんそんな能力です。はい、まだまだ入ります」


 ゲームのシステムの使い方はアイリス様から教わった。

 手に触れたものを道具として収納することができるのは、ゲームではよくある能力だそうだ。

 同じ物なら999個まで入れることができるらしい。

 それ以上は入らないので注意が必要と言われた。

 道具欄を確認すると、【ワイルドボア:1】と表示されている。


「肉を無駄にしなくてもいいのは助かるよ。えっと――君の名前は」

「あ、すみません。リンっていいます」

「リンか。君みたいな子どもがひとりでなんでこんなところにいるのだ? 最初は捨て子かと思ったが、収納能力を持っているというのなら捨てられることはないだろう?」

「えっと、エミーリアさん……」

「エミリで構わない」

「では、エミリさん。私、これでも17歳なんですけど」


 その時のエミリさんの顔は、空を飛ぶニャンコを見た人のような顔をしていた。

 やっぱり、十歳くらいに思ってたのか。

 ただでさえ日本人は外国で若く見られるって言われているのに、私は身長も低いし童顔だし胸も……いや、空しくなるだけだから考えるのはやめよう。


「もしかして、君はハーフエルフなのか?」

「違います。ただ成長が遅いだけです」

「人間で17歳だとこれ以上の成長は……」

「諦めなければ希望はあるって偉い人が言ってました」


 そう、私はただ他人より成長期が遅いだけなのだ。

 成長の余地は残っている……たぶん。


「では、リンはなんでこんなところにいたんだ?」

「だから、道に迷って――」

「どこから来たんだ?」

「それは……」


 どう説明したらいいのだろう?

 アイリス様から聞いた話だと、この世界における異世界人の扱いは、伝説の勇者とかそういう類らしい。

 正直に言ってしまうと、お城に連れていかれて魔王退治とか命令されるかもしれない。


「言えない事情があるのか? 身分証は持っているか?」

「……それはその……身分証とか持っていなくて。悪いことは何もしていないんですけど」


 って、これじゃ私、かなり怪しい人間に見えない?


「村に送るだけだと思っていたが、そうもいかなくなったな。さすがに身元が明らかでないものを村に置いてそのままというわけにもいかない」


 え!? 身元が明らかじゃない人を村に案内するわけにはいかないってこと!?

 そりゃそうかもしれないけれど、でもこんなところに置いていかれたら――右も左もわからず、ましてやあんな大きなイノシシのいる草原で生きていける気がしない。


「待ってください。せめて人のいる場所までは――」

「いや、勘違いするな。身分証が発行できる近くの町まで送り届けるってことだ。そこなら犯罪者として登録されていないか前歴も確認できる」


 あ……どうやら見捨てられるわけではないようだ。

 少し安心した。


「はい、お手数おかけしてすみません。ありがとうございます」

「なに、ワイルドボアを運んでもらっているんだ。そのくらいはさせてもらうよ」

「ちなみに、近くの町までどのくらいの距離があるんですか?」

「そうだな、ここからだと歩いて一週間といったところか」

「え……」

「村には明日には着くから、一度そこで休み、出発しよう」


 明日? 一週間?

 異世界の村や町までの距離感半端ないよ。



 そして、その日の夜、私は生まれて始めて野宿というものを経験することになる。

 それは――


「……凄い」


 とても綺麗なものだった。

 思わずため息が出る。


「どうしたんだ?」

「星が綺麗だって思ったんです」

「ああ、今日は月の出が遅いからな。星が良く見える」

「いえ……あの、エミリさん。焚き火とかはしないんですか?」

「焚き火をすると獲物が近付いてこないからな」

「獲物?」


 ってあれ?

 暗いのでよくわからないけれど、何かが見える。


「リン、そこから一歩も動くんじゃないよ。下手に逃げたら守り切れなくなる」

「え?」


 そこで私は気付いた。

 私が見えている何かは狼のような動物で、それがこちらに近付いてきて来ることに。

 私は乾いた笑みを浮かべ、現実逃避気味に尋ねる。


「えっと、犬? もしかして、ここって巨大なドックランだったりします?」

「犬か。まぁ、似たようなものだな。あれはグラスウルフ――毛皮が結構高く売れるんだよ。リンの収納はまだ余裕があるそうだし、何匹か狩っておこうと思ってね」

「え?」


 えぇぇぇぇぇぇえっ!?


 その後、私の目の前で何が起きたのかは暗くてよく見えませんでした。

 ただ、その後私を待っていたのは、真っ暗な草原で、私はまだ温かい状態の狼に触れて収納していく作業でした。

 歩き続けた疲労よりも、精神的な疲労で倒れそうです。



 ……あれ?


 道具欄を見ると、お金が1万イリスから1万800イリスに増えているし、見たことのないものも増えている。

 あ、そうか!

 エミーリアさんに寄生しているから彼女が狼を倒したことでアイテムが手に入ったんだ。

 どれどれ――


【狼肉:5】


 狼のお肉か……食べれるのかな?

 中国とかだと犬のお肉も食べるって聞くから大丈夫だと思うけれど、あんまり食べたいとは思わない。


【毛皮のマント:3】


 マント? なんでマント?

 毛皮ならコートにしてほしい。


【リトルウルフの書:1】


 リトルウルフの書?

 これ、なに?

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