第101話 遊佐紀リンは復讐者の悲しみを知る

「君、悪いが衛兵を呼んできてくれないか? 逃げたり暴れたりする様子はないが見張っておかないといけないからな」


 この中で一番冷静なのはエミリさんだった。

 ここに来た市場のお兄さんに尋ねる。


「それが、街であちこち人が殺されて、非番の衛兵も何人も殺されてて……しかも衛兵以外も殺されたのは纏め役の奴ばかりで街は混乱状態なんだ」

「これだけの殺人――突発的な事件ではないな。念入りに練られた計画の上で行われている。騒ぎの前、鐘の音が聞こえた」

「ああ、そういえば聞こえた。普段は朝まで鐘が鳴らないのに」


 お兄さんが思い出したように言った。

 それが合図だったのだろう。

 全員で一斉に動く。

 非力な女性が自分より強い男性を殺すには、隙が必要だ。

 確実に殺すには男に寝ていてもらう必要がある。

 街が今見たいに騒ぎになったら目を覚ますかもしれないから、その前に殺す。

 計画的な事件なのはわかった。

 わからないのは、動機の方だ。

 エミリさんが宿の主人の奥さんを見る。


「動機を聞いてもいいか?」

「ええ、是非聞いて欲しいわ。これで私は自由になれたの。この街に古くから住む女性は、全員男に監禁されて生きてきたの」

「監禁か。確かに束縛された生活ではあるが、そういう風習なのじゃろう?」

「風習? いいえ、そんなものじゃないわ。そもそも私は望んで彼の妻になったんじゃない」


 彼女のその言葉に、私の中である答えが出た。

 それはとても恐ろしく、そして辛い現実。

 普段の私ならそんな話は出なかっただろう。


「もしかして、盗賊に拉致された女性ですかっ!?」

「ええ、そうよ。彼らは傭兵団ホワイトパールなんて名乗っているけれど、本当は『黒』って名前の盗賊団の片割れ。傭兵のフリをして情報を集めたり、商人を誘導したりするのが彼らの役目。言うなれば下っ端の使いっぱしりね。そして、そんな生活に嫌気がさして、仲間を裏切って全員殺して、それを手柄にこの街を貰った。そして、盗賊に捕まっていた私たちは彼らのものとなった」

「なるほどな――店先に置いてあった武器は強盗を警戒するためのものではなく、家の中に閉じ込めている妻が逃げ出さないためのものだったのか。街の入り口で衛兵が外側ではなく内側の女性たちを警戒していたのもの」

「馬車が町の中に入れなかったり、厩が外にあるのは馬車の荷に隠れて女性が逃げ出さないようにするためじゃな。なんとも念の入れようじゃのう」


 エミリさんとナタリアちゃんも納得するように頷く。

 最近この街に引っ越してきたというお兄さんは何も知らなかったのだろう。

 信じられないといった感じで口を開けている。


「お客さん、私は罪に問われるのかしら? 私たちはただ、自分たちを拉致監禁していた盗賊を殺しただけよ?」

「…………いや、それが事実なら罪に問われることはないだろう。君たちは加害者ではなく、被害者なのだから」


 この世界では盗賊を殺しても罪に問われることはない。

 むしろ盗賊の所有物がもらえたり、賞金がかかっていたら報奨金が貰えるくらいだ。

 犯罪者の命はとても軽い。

 ううん、この世界は全てにおいて人の命が日本のそれよりも軽いのだ。


「許すことはできなかったのか? 情もあっただろう」

「そうね。私ひとりだったら許すことはできなくても殺さなかったかもしれないわね。彼の足の腱を切って動けないようにして逃げ出した。意外かもしれないけれど、彼、普段は優しかったのよ?」

「だったら――」

「みんな一緒だったもの。子どもを産んだ子もいた。愛してしまった人もいた。それでもみんな、許せなかったの。みんな、計画に乗ったの。だから――」


 殺した。

 そう言って、彼女は悲しそうに微笑む。

 彼女の気持ちを私は理解できてしまった。

 私もまた、宝石強盗の虎貫のことを許せないと思っているから。

 彼を殺さない理由を与えられ、私は彼を殺せなかった。

 彼女は夫を殺す理由を与えられ、だから殺した。

 たぶん、その程度の違いなのだろう。


 結局、私たちはその日、一睡も眠ることはなく、衛兵の到着を待った。

 衛兵が到着したのは夜明け後だった。

 全員の証言が一致。

 私が昨日行った骨董屋の店主さんも殺されていた。

 事情聴取などで時間は取られたけれど、馬車は予定通りに出発するらしい。

 馬車に乗るために町を出たところで、彼女と出会った。


「ラザさん」

「あら、リンちゃん。また会ったわね」

「故郷に帰るんですか?」

「ええ、そうよ。私のすることは終わったもの」


 ラザさんは遠い目を浮かべて言った。

 エミリさんは尋ねる。


「あなたのすることがなんだったのか教えてくれないか?」

「ふふふ、もう見当はついているんでしょう?」

「……あなたは連絡役だったんですね?」


 エミリさんの問いに、ラザさんは頷いた。

 今回の事件、不可解なことが一つだけある。

 それは、どうやって女性たちが計画を立てたのかだ。

 男性たちは自分の妻を常に警戒していた。

 そんな男たちが、女性だけで話し合いをさせるとは思わない。

 計画を実行するには、念入りな計画が必要だ。

 その計画の橋渡しをしていたのが、ラザさんだった。

 もちろん、女性たちが秘密をラザさんに伝えないように警戒はするだろう。

 だけど、だからこそラザさんからの発信には警戒がおろそかになる。

 例えばラザさんが女性の耳元でこっそりと囁くくらいなら男性の前でもできただろう。

 それに、化粧道具は結構大きい。

 武器を持ち込んで渡す隙もあったかもしれない。

 なにより、夜、鐘楼の鐘を鳴らす作業は、自由に出歩くことができる者にしか行えない。


「私、思い出したんです。ラザさんの顔、どこかで見たことがあると思っていたけれど、それがどこだったのか。骨董屋のカメオの肖像画にそっくりだったんです。馬車のカメオと一緒に並んでいました」

「あれを見たの? ええ、あの馬車のカメオは私が夫に贈ったものだったの。そしてもう一つのカメオはきっと、夫が私の誕生日に用意してくれていたものだったのね。あの店の主人は、遠い国から仕入れたものだって言っていたわ。それで気付いたの。この街の連中が夫を殺した盗賊団だって」


 だから、彼女は復讐をすることにした。

 女性たちに近付いて夫を殺すように仕向けた。

 そして、その計画はうまくいった。

 彼女もまた、許せなかった者の一人なのだ。


「ラザさん、これからどうするんですか?」

「夫の墓に報告に行くわ。そして、旅に出ようと思っている。あの街に一人でいるのはきっと辛いから」


 彼女はそう言って私に微笑みかけた。

 その表情はとても晴れやかとは言えず、どこか悲し気に見えた。

 私たちも黙って、馬車に向かって歩いて行く。

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