第100話 遊佐紀リンは化粧をしてもらう

(あれ? この人どこかで見たような)


 どこかですれちがったとか、そういうのじゃない。いや、そんな感じなんだけど、そうじゃないっていうか。

 変な感じがする。


「どうしたの? 私の顔に何かついているかしら?」

「あ、すみません。ありがとうございます。どうぞ部屋に入ってください」


 私は化粧師のラザさんに部屋に入ってもらう。

 ラザさんは早速化粧用の道具を広げた。

 現代日本のものとは違う化粧品道具に私は思わず凝視する。


「ふふふ、化粧道具は珍しい?」

「はい。私の知っているものと違うので」

「色々と教えてあげるわ」


 と言って、ラザさんは化粧品の使い方を懇切丁寧に教えてくれた。

 乳液とかクリームとか、種類だけでいったら現代のそれと変わらない。

 ちなみに、一番人気の化粧品はミスラ商会のものらしい。

 地方の支店では売られていないけれど、王都の支店にいけば様々な種類が売られている。


「じゃあ、そろそろ始めましょうか。今回の相手は彼女でいいのかしら? それとも妖精さん? 妖精さん用の化粧道具は持ってきていないのだけれど」


 とラザさんはエミリさんを見る。

 あ、うん、これはあれだ。

 私が子ども過ぎて化粧をする相手と思われていないんだろう。


「いや、私は化粧にはあまり興味がなくてな。リンを――彼女を頼む」

「……わかったわ」


 ラザさんは一瞬何かを言おうとしたが、頷いて私に化粧をしてくれることにした。


「リンちゃんっていうのね。ふふ、綺麗な肌」

「ラザさんも綺麗ですよ」

「私は化粧でそう見せているだけよ。もうおばちゃんだもの」

「そんなことないですよ! 男の人がいたら絶対に放っておかないですもん」

「ふふふ、ありがとう。でも、もう恋愛はいいかな?」

 

 とラザさんは少し悲しそうな眼を浮かべた。

 失恋したのか、それとも愛した人を失ったのかは私にはわからなかったが、あまり触れてはいけない気がした。

 その後、私の化粧は続く。

 最後に薄いピンクの紅がさされて終わった。


「はい、できたわよ」

「わぁ、いいです! これ、すごくいい!」


 マリーアントワネットがしていたようなゴテゴテのメイクが施されるかと思ったけれど、ナチュラルメイクだった。

 それに、どこか子どもっぽさが抜けて、大人のお姉さんになったような気分だ。

 今の私なら十七歳って言っても信じてもらえると思う。


「良く似合ってるぞ、リン」

「うむ、ゴブリンにもドレスとはまさにこのことじゃな」

「エミリさん、ありがとうございます。ナタリアちゃん、それ絶対よくない意味の諺でしょ。でも、凄くいいです」

「ふふ、ありがとう」


 あぁ、このまま寝るのが勿体ないくらい。

 でも、ラザさんが人気になるのはわかるなぁ。

 ミコと化粧をしていたときも面白かったけれど、プロの人にしてもらうってこんなに違うんだ。

 私はもう一度お礼を言って、化粧のお金を用意する。

 

「最後にリンちゃんみたいな素敵な女の子に化粧ができてよかったわ」

「最後? ラザさん、化粧師やめちゃうんですか?」

「いいえ、化粧師は続けるわ。でも、明日故郷に戻るのよ」

「そうなんですか? それは街の女の人が悲しみますね。市場のお兄さんに聞いたんですけど、街にいる女性の一番の娯楽がラザさんの化粧だって言っていましたから」

「大丈夫よ。この街の女性は全員強いから。私がいなくても頑張れるわ」


 ラザさんはそう言ってお金を受け取った。

 


 もしかしたら、明日の馬車で一緒になったりして――とか思いながら、ベッドに横になる。

 拠点に戻ろうかと思ったけれど、ここのベッドも寝心地は悪くなかったので、今日はこの宿で寝ることに。

 寝る前にエミリさんはお風呂に行ったけれど。

 そして、熟睡している深夜、私たちは予期せぬ形で目を覚ますことになった。

 男の悲鳴が聞こえた。


「宿の主人の声だ」


 エミリさんが先に部屋を出た。

 私とナタリアちゃんも一緒に部屋を出る。

 そこで私が見たのは、胸と首を何度も刺された宿の主人と、そして短剣を持つ宿の主人の奥さんの姿だった。

 彼女は肩で息をしながらこちらを見て――


「お客さん、すみません。起こしてしまいましたね」


 とまるで殺人事件を小さなトラブルみたいに言った。

 この街で殺人事件は日常茶飯事――じゃないよね?


「あの、なんで殺したんですか?」

「それはね――」


 女性が何かを言おうとしたら――


「マスター、大変だ! あちこちで男性が奥さんに殺されてるって――ってうわぁぁぁっ!」


 さっき市場でパイナポーを売っていたお兄さんが入ってきて、そして宿の主人の死体を見て腰を抜かして倒れた。

 あちこちで?

 この街で一体何が起こってるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る