第71話 遊佐紀リンは町を振り返る

 会議が終わった。

 ゴブリン退治の期日も決まった。

 それで、私たちがどうしたのかというと、どうもしなかった。

 次の日には私たちは町を発つことにしたからだ。

 ここまで関わった以上、一週間待って一緒にゴブリン退治をすることになるのかなと思ったが、そうはならなかった。


「今回の件はこの町の冒険者だけでもなんとかなるだろう。しっかり対策し、数を揃えて事に当たれば問題はない」

「そうなんですか。でも、エミリさんが会議に参加していたからてっきり最後まで関わるのかと思ってましたよ」

「私はゴブリンキングの掃討作戦に参加したことがあるからな。経験者としてアドバイスしただけだ。そこまで疎かにするほど無責任にはなれないさ」


 領分……か。

 ワルツさんに教わった言葉を思い出す。

 戦いのアドバイスをするのはエミリさんの領分であって、町を守るために戦うのがこの町の冒険者の領分だとエミリさんは思ったのだろう。


「まぁ、スライムの品評会を見てから出発してもよかったのじゃがな。儂等が関わった仕事であるわけだし」


 ナタリアちゃんがそう言うけれど、エミリさんが急ぐ理由もある。

 牢屋に入っている元衛兵の囚人から、人売りたちの情報を聞き出して、その情報を隣町とも共有したいらしい。

 ただ、この町の衛兵や戦える人はゴブリンキング退治に参加するために動けず、隣町に向かう行商人も暫く町に来ない。

 一番最初に隣町に行くのが次に出る乗合馬車だから、事件に関わりのあった私たちがその馬車に乗り、手紙を隣町に届けることになった。

 一日でも早く手紙を届ければ、人売りたちの被害者を減らしたり、売られた人たちの救助に繋がるというわけだ。

 出発前にツバスチャンに頼まれた布や毛糸、糸、綿などを購入する。

 結構な量を買った。

 それでも、昨日買ったぬいぐるみの半額に満たない額だった。

 ドラゴンのぬいぐるみを買わずに、ツバスチャンに材料だけ作ってぬいぐるみを作ってもらったらもっといいものができたかもしれないな。

 あのぬいぐるみは気に入っているから別にいいんだけどね。


 私たちは乗合馬車に乗って町を出た。

 乗合馬車の中は私たちを除いて三人程しか乗っていなくて結構ガラガラだった。

 振り返ると、町はだいぶ小さくなっていた。


「あの町でもいろいろとありましたね。人売りの犯人に間違えられて拘束されるとか初めてですよ」

「まぁな。拷問を受ける前で助かったわ」


 ナタリアちゃんがとんでもないことを口走り、他のお客さんがぎょっとした。

 声のボリュームを下げるように注意する。

 令和の日本じゃ絶対にありえない話だけれど、実際に捕まった衛兵さんや冒険者さんは拷問されていたんだろうな。


「初めての依頼はどうだった?」

「……薬草採取とか石材の搬送とか、私にも向いている仕事はいっぱいあるんだなって思いました。だけど、やっぱり人が死ぬところを見るのは辛いですね……この世界だとよくあることなのかもしれませんが」

「リンのいた世界は人はあんまり死なないのか?」

「人が死んだりするような事件は滅多に……あ、私や友だちが殺されそうになったからこの世界に来たんでした……」


 そう思うと日本も危ない?

 いやいや、さすがに学校で教室が宝石強盗にジャックされたのって私たちが日本で最初だと思う。

 そんな事件聞いたことがないもん。

 まぁ、その犯人もこっちの世界に来ちゃったわけだし……って犯人さんたちどうなってるのかな?

 私と違って、アイリス様から特別な力を貰ったわけじゃないし、盗んだ宝石や使っていた銃なんかも持ってきていないから、私みたいに順風満帆とまではいかないはずだけど。

 うーん、やっぱり私がやったことだから、気になっちゃうよね。


 って、さすがにそこまでなんとかしようと思うのは、私の領分を越えてるよね。


「エミリさん、次の町ってどんな町ですか?」

「特に特別なことはない普通の町だな。大きな養豚所があるから腸詰肉とエールが名物になっているくらいだ」

「腸詰、ソーセージですね。食べたいです」


 魔物のお肉もいいけれど、やっぱり家畜のお肉が食べたい。

 フランクフルト、ホットドック、アメリカンドック。

 楽しみだなぁ。

 思わず笑みが零れると、


「ふっ」

「うむ」


 エミリさんとナタリアちゃんが私を見て笑った。


「どうしたんですか?」


 二人は「何も」と言って答えてくれない。

 もしかして、私のことを食いしん坊だと思って笑ったの?

 食べ物は大好きだけど、それよりも観光が楽しみなだけの普通の女子高生なのに!

 文句を言おうとしたら、馬車が少し揺れて、言うタイミングを逃した。

 再度後方を見ると、町は丘の陰に隠れて見えなくなっていた。

 いろいろあったけれど、落ち着いたらもう一回来たいかな?

 その時にはキッケくんやユリーシャちゃんともちゃんと会って、今度は笑顔でお話がしたい。

 そう思いながら、私たちを乗せた馬車は次の町を目指して進んだ。

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