104 神の力

 アルフとアイン、二人は対峙する。


「……でも、アレだな。たくさんの人が死んだ。戦える時間が作れるか怪しいけど……アレはやっておくべきだ」


 そう言うと、アルフの掌に蒼炎が集まり始める。


「っ、させねぇ!」


 アインは即座に魔法でアルフを攻撃する。

 アルフに何百発もの雷が落ち、地面を抉り取るほどの爆発が引き起こされ、暴風が吹き荒れる。


 が、それを打ち消すかのように蒼い炎が吹き荒れ、全てがかき消される。


「無駄だよ」


 アルフは、完全なる無傷。

 傷一つついていない。


 そして蒼炎の塊は、人の頭くらいの大きさへと成長しきった。


「この炎は、再生の炎。全てを蘇らせる。そう……アイン、お前に殺された存在全てを」


 言い終えると同時に、地面へと落ちていく。

 そして、地面に落ちると同時に、蒼い炎は一気に燃え広がり、周囲一帯を……それどころか、地平線続く先まで、大地を包みこんでいく。


「うぉ……傷が、治って……!?」


 ガディウスの傷が消えていく。

 腹に空いた風穴は塞がり、折れた両腕は元通り。

 細かい傷なども、全て消えてなくなった。


「ぅ、あ……あれ、なんで、私、生きて……」

「コレ、は……奇跡、なのでしょうか……」


 アブラムが、グローザが、蘇る。

 頭を吹き飛ばされようが、大量の血液を失おうが、再生の炎が、彼らを蘇らせる。


「ッ……アルフ、その姿お前……!」


 もちろん、シャルルも目覚める。

 自殺だったとしても、それはアインによって仕組まれたもの。

 彼も、蘇る。


 いや、それだけじゃない。


「なっ……」


 ジェナが、驚愕する。

 どこか遠くの人と話しているようだが、その人の報告を聞き、目を丸くしていた。


「セシリアが、蘇った……? それにアルフの父親も? アインコアを埋め込まれていたのに……?」


 この炎は、遠く離れた王都にも届いているようで。

 アインの傀儡となっていたセシリアと、アルフの父であるアルヴァンが、蘇った。

 アインコアを埋め込まれ、救うのは不可能とされていたというのに。

 そんな人々すらも、アルフは救った。


 本当に、全てが蘇る。

 殺し殺され、ほぼ全滅した魔人族達が。

 操られ、狂気に飲まれ、自殺させられた人間達が。


 全員、すべてが、元通りに蘇る。


「さぁ、準備は終わりだ。戦いを始めよう」

「フッ……なら“動くな”」


 早速、アインの命令が来る。

 しかし、今のアルフには、何故か一切効かない。


「は? なんで……いや、些事だ!」


 困惑しながらも、ならば物理的にと、アルフに向けて一気に距離を詰めようとする。

 そして、アルフをもう殺せる、彼の顔面に勢い良く蹴りを入れようとしたその瞬間。


「“アインはその場から動けない”」


 アインは止まった。

 アルフの言葉一つで。

 まるで、アインの使っていた古代魔法、それに支配されているかのように。


「ぇ……な、んで……? なんだ、これ……?」

「進化したんだよ、ミルの古代魔法のおかげでね」


 その原因となっているのが、ミルの古代魔法だ。


 ミルの古代魔法は、『生きたい』という想いから生まれた。

 故に普通であれば、生き残るための戦闘力を得るような能力を手にする……はずだった。


 だが、なんと彼女は、その一切を手に入れることはなかった。

 代わりに手に入れたのが、『アルフを強化する』というものだった。

 そう、『アルフを強化する』だけ、他の人には何ら効果は無い、アルフにだけしか効果を及ぼさない、究極の一点特化。

 おそらく、自分が生きるためには、生き残るためには、アルフがいなければならない、アルフがいなければ生き残れない、そんな思考から、このような結果となったのだろう。


 一点特化であるがためなのか、その強化率は桁違い。

 その強化をかけられたことにより、アルフの古代魔法は、あらゆる面において超進化したのだ。


 そして、進化したアルフの古代魔法はもはや、“思ったことを現実にする能力”と化していた。

 思考したことは、全て現実となる。

 まさしく、神の力だ。


 死ぬ気が無いから、負ける気が無いから、自分に対する全ての攻撃は、自動的に無力化される。

 先程のアインによる攻撃も、当たる前にかき消される。


 アインに殺された人達があまりにも不憫だったから、アルフは彼らが復活することを願った。

 だから炎に、再生の力が備わった。

 そして、人々は蘇った。


「世界を書き換える力……これが、進化した古代魔法だ」


 思考すれば、世界の方が書き換わる、アルフの都合の良いように。


 それが、今のアルフの力なのだ。


「現実改変……? いいや違う! もしそうなら、ボクはとっくに世界から消えている! そうなってないってことはつまり、制約があるのだろう!?」

「……鋭いね」


 だが、全ての思考を現実にはできない。


「願いの規模が大きくなればなるほど、消費魔力は増える。それに、人の行動を縛るとか、殺すとか、そういう願いは……対象になる人の魔力量によって、俺の消費魔力が決まる」

「で、お前はボクを殺せるほどの魔力を持たないってわけか」


 思ったことを現実にする……規格外の性能ではあるが、それでも魔法だ。

 当然魔力も普通に消費する。

 しかも消費魔力量は、これまで以上だ。


「……しかし不思議だな。古代魔法持ちは、魔力が無限になるんじゃないのか?」

「確かに、魔力は無限に溢れてくる。けど、身体に蓄えられる魔力の量には上限があるんだよ」


 アルフであれば、古代魔法を持っているため、魔力が無限に溢れ出てくる。

 これは言ってしまえば、蛇口が前回に開いていて、水を放出し続けている状態と表現できる。


 だが、その全てを使用できるわけではない。


 身体に溜め込んだ量だけ……これまた言い換えると、コップ等の器に溜め込んだ水の量だけ、魔力は使えるのだ。

 そして器から溢れ出た魔力は、体外に放出されて使えない。


 要するに、体内に溜め込める魔力では、アインを殺すという願いを現実にすることができないのだ。


「さて。それはそれとして、残り……一分と少しか、まぁ間に合うな」

「は?」

「この古代魔法が保つ時間だ。この時間が過ぎれば、多分俺は当分動けない。具体的な期間は分からないけど、最悪五年くらい」


 周囲がざわめき立つ。

 アルフこそ希望の星、それがここにいる全員の見解だった。

 現に、アインを完全に縛り付けたのだから。


 そんなアルフが、あと一分で動けなくなるというのだ、しかも最悪の場合は五年動けなくなるらしい。


 アルフは、仲間達に語りかける。


「この古代魔法があんまりにも強過ぎてさ。人間の身体じゃ保たないんだよ」

「……ミルの古代魔法による強化が強過ぎた、ということか」


 仲間達を代表して、ジェナが尋ねる。


「まぁそんな感じ。そういうわけで、残り一分くらいなんだけど、この時間じゃあ、アインは倒せないんだ」

「……何をするつもりだ?」

「アインを、異空間へ飛ばす。もちろん、俺も一緒に飛ぶ。そこで決着をつける」


 残り一分でアインは倒せない。

 そう判断したアルフは、アインと共に遠い異空間へと飛んで、そこで決着をつけることにした。


「異空間に行って、アインを殺して、戻って来る! まぁ戻ってくるのに、何年かかかりそうだから……一応の別れの挨拶、というわけで」


 そう言うとアルフは、動けないアインの元へと近付いていく。

 あまりに突然の別れに、誰もが騒ぎ立てる。

 数年後に戻ってくると言われても、不安は不安なのだろう。

 本当に無事なのか、勝てるのか、戻ってこられるのか。


 最後、アルフはもう一度振り返る。


「……シャルル」

「なん、だよ……」

「俺がいない間、ミルを頼む」

「……ッ!」

「兄、なんだろ? 信じてるよ」


 無責任な。

 そう言おうとシャルルは口を開けようとするが、


「――あと、ミルには『心配かけてごめん』って、言っといてほしい。それと『必ず戻ってくる』とも」


 今は眠るミルへの言葉を聞き、歯を食いしばる。


「それじゃあ。何年かのお別れになるけど……みんな、元気で」


 皆に背を向け、手を振る。

 そしてアルフは、決定的な一言を、発する。


「“俺とアインは異空間へワープする”、そして……“アインは決して、異空間から出られない”」

「なっ、おまえ――」


 それと同時に、アルフとアインは、蒼い炎に包まれる。

 炎はみるみるうちに大きく、激しくなっていき、


「さぁ! この世界とお別れだ、アイン!」


 二人を球状に完全に包み込むと、一気に縮小し、消えた。


 そしてその場には、何も残らなかった。




「……行ったか」


 ジェナが、真っ先に口を開く。


「けどよぉ……アルフの奴、無事に返ってくるのか? もし返ってくるのがアルフじゃなくてアインだったら――」

「オイこらガディウス! 縁起でもないこと言うなよ!」

「っ、悪ィな……でも、あんな風に別れの言葉をもらうとは思わなかったからさ」

「そう、ですね。私も、まさかこんな形になるとは思わず……」


 四天王達は、口々に言う。

 確かにアルフがあんな風に別れを言うとは思わなかった。

 アルフと関わるようになったのは本当に最近だが、短いながらに濃密な日々ではあったし、それなりに楽しかった記憶もある。

 だからこそ、少し不安でもあり、悲しくもあった。


「……シャルル」

「なんだよ」


 明らかに不機嫌そうなシャルル。

 ジェナは彼に近づくと、無言で、眠るミルを押しつけた。


「アルフに託されたようだからな。今の内に渡しておく」

「……」

「彼女の過去は知らないが……相当な過去なのだろう。それこそ、アルフに依存してしまう位には」

「ああ……僕も全ては知らないけど……酷いとは、思う」

「アルフが居なくなった事を知れば、彼女はきっと、世界に絶望するだろう」

「……」

「貴様が、ミルを世界に繋ぎ止めるんだ」


 シャルルはハッとする。

 あんな無責任に言いやがってと思っていた。

 今もそう思っているが、面倒を見なかったら見なかったで、ミルはきっと、最悪の結末を迎えることだろう。


「……そうか。僕だけしか、できないよな。それは」

「兄、なのだろう?」

「ああ。アルフの代わり……には、流石になれないけど、アイツが返ってくるまでは、面倒見ないとな」


 そして、シャルルの心は固まった。


「……とりあえず、王都へ戻るぞ。やることは山積みだ」


 そうして、ジェナは王都への穴を作り、皆と共に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る