49 野心家
「消えた……?」
一秒前までは目の前にいたはずのドラゴンは、影も形も無くなって、姿を消していた。
周囲を見渡しても、空を見ても、どこにもそれらしい姿は見当たらない。
「……ミル達に何か起きても困る。帰るか」
いないものを探しても仕方ないので、アルフはさっさと家に戻ることにした。
それに、もし王都の別の場所にワープされたとしたら、その場所が家の近くだったら、ミルに危険が及ぶかもしれないから。
アルフは自分の古代魔法を利用して家までワープを行う。
自身の古代魔法で形成した領域内であれば、ワープは自由自在に行える。
ボウッと炎がアルフを包む。
そして炎が消えた時にはもう、家の前であった。
「ただい――」
玄関の扉に手をかけようとしたアルフ。
しかし中に、見知らぬ人物の気配を一つ発見する。
おそらく男性、敵対的な雰囲気は感じないので大丈夫だとは思うが……。
そんな刹那の逡巡の後、再び「ただいま」と言い、アルフは家に入っていった。
そしてリビングに行くとそこには、豪奢な法衣を纏った銀髪の男性がいた。
「おや、貴方がアルフレッド……いえ、今はアルフと言った方がいいですかね?」
丁寧な口調で、にこやかな笑みを浮かべてはいるが、明らかにこちら側を伺っているように見える。
それに、会ったことない人ではあるが、衣服については、アルフがまだ騎士だった頃に見たことがある。
教会の、その中でも枢機卿と呼ばれる偉い人物が身につけているものだったはずだ。
「貴方は? その法衣を見るに、枢機卿の……」
「ええ、私は枢機卿のアイゼン・フォートレス。少々緊急の状況でして、此方へ来た次第です」
アイゼンという名前を記憶の中から探る。
が、教会の内情については、流石のアルフでもほとんど知らず、名前しか知らなかった。
そんな中、横からセシリアが色々と教えてくれた。
「アイゼンさんは、たまに私達の所にも顔を出してくれて……とても優しい方なんです」
「へぇ、それはまた……」
「いえいえ。私も聖職者ですから、地位のある者として、多くの人々の安寧のために活動しているだけですよ」
セシリア視点からしてみれば、アイゼンは悪い人ではないらしい。
その彼の言葉も、嘘は入っていないようにアルフは感じた。
「さて本題なのですが、単刀直入に言いますと……“キマイラ”に関する調査の手助けをしてもらいたいのです」
「“キマイラ”って、それって……」
「我々教会の下にある研究組織の一つです……が、数日前、“キマイラ”の保有する全ての研究施設が無くなってしまったのです。加えてリーダーも行方不明……」
「……」
「それに加え、本日の二体の巨大キメラの襲撃……何かを企んでいるとしか思えない」
アイゼンの頼みというのは、研究組織“キマイラ”に関する調査の協力だった。
数日前から、リーダーが機材等と共に行方をくらましていたようで、しかも今日、
これには何か裏があると、アイゼンは踏んでいるようで、アルフもそれには同意していた。
だが、
「いや、待ってください。二体? 俺の所に出てきた奴以外にも何かいたんですか?」
気になったのが、二体の巨大キメラという言葉。
その言葉が正しければ、自分の所以外にも、どこかに出現したということになる。
「ええ。王城付近に出現しまして……幸いそちらはカーリーと、ちょうど遠征から帰還したクリスハートが共に撃退してくれたようです」
「カーリー、それに兄さんが……」
どうやら、遠征隊が帰還するのと被っていたらしく、カーリーとクリスハートが撃退してくれたみたいだ。
特にクリスハートという名前は、久し振りに聞く兄の名ということもあり、アルフはわずかに笑みをこぼす。
聞いた感じ、元気そうだ。
閑話休題、アイゼンは軽く咳払いをして、本題の話を続ける。
「兎に角、“キマイラ”が動き出している。アレは元々、貴方を殺すために作られた組織。それにリーダーであるネモも、腹の底が読めない人だ。早急に捕らえるか、殺さねばならない」
「……なるほど」
「協力、いただけますか」
「はい」
アイゼンはどうやら、“キマイラ”のリーダーであるネモという人物を捕まえたいらしい。
アルフとしては、別に捕まえられたらそれはそれで安全になるので、断る理由はなかった。
それにどうやら口振りからして、捕まえて何かを企んでいるというわけでもなさそうだったので、アルフは頷き、協力を約束した。
「助かります。こちらがそのネモの顔写真です」
アイゼンは懐から写真を取り出す。
どうやら彼は二十歳らしいのだが、白髪混じりの紫髪や、目元の深いクマもあり、なんだか老けて見える。
それが、捜索の対象であるネモという人物。
「ありがとうございます。ところでなんですけど……アイゼンさん、貴方は最終的に、何をするおつもりで?」
ただ、それはそれとして、アルフは聞いておきたかった。
セシリアは良い人と言っていたが、彼もまた、腹の中に何かを隠しているっぽいのは分かる。
もしものためにも、少しでも隠し事を明かしておきたいと、アルフは考えていた。
「うーむ……ええ、貴方になら話してもいいでしょう。私の目的は……アインの封印の維持です」
「……封印の維持?」
思った以上に具体的な目的を明かすアイゼンに、アルフは少々驚く。
もう少しはぐらかす感じに答えると、そう思っていたから。
「アインは魔王城の地下に封印されています。そしてその封印は、魔王の命と紐付けされていると言われている」
「封印が、魔王の命と紐付け……? ということは、魔王を殺すと……」
「ええ、アインが復活する。それは何としても阻止しなければなりません」
もちろん彼は封印を行いたいわけだから、アインを解き放つ行為は止めたいと思っているらしい。
「しかしどうやら、その封印に何者かが細工を加えているみたいでして。でなければ、こうしてアインの力が外に漏れ出すはずがない。“キマイラ”や“レプリカ”が研究を行えるのも、ある意味ではそのおかげとも言えますが……」
そしてアイゼンいわく、封印に細工を入れている人物もどこかにいるらしい。
確かに封印が完璧な状態で維持されていたのなら、アインの力が漏れ出すこともなく、それを利用した様々な研究も行われることはなかったはずだ。
「細工、か。でも、犯人は魔王に近しい人……多分四天王の誰かだと思いますが……」
「私も同じ考えだ。だからこそ、四天王は全員殺さねばならないと思っている。“レプリカ”等の研究も、リスクはあるが、そのために利用するつもりでいる」
「……あの高いステータスの」
今までの情報と、そこから推測できること、加えて彼の言葉……本当に四天王を殺すつもりなのだも、アルフは感じた。
「本気なんですね」
「ええ。全ては人々の平穏のため……そのためには、アインの封印を維持しなければならない。そして邪魔者は、排除しなければならない、それだけです」
そう言うと、アイゼンは椅子から立ち上がる。
「さて、私はそろそろ行かせてもらう。良い報告を待っているよ。ヌル、ワープを」
すると彼は黒い靄に包まれ、その場から姿を消してしまった。
「……あっ、私もそろそろ行きますわね!」
「お、おう」
それに続いてセシリアも、何だか少し気まずくなったのか、家から出て言ってしまった。
◆◇◆◇
巨大キメラの襲撃、枢機卿の一人の訪問などがあったが、それからは特段何もなく夕方になった。
「ただいまー」
「パパおかえり!」
仕事が終わり、ダニエルが帰ってきた。
いつものように、リリーが玄関まで迎えに行き、二人でリビングへ戻ってくる。
「やっと戻ってきた。ダニエルさん、ちょっと聞きたいことが……」
アルフは、元“ネクロア”のリーダーであるダニエルに、聞きたいことがあった。
「何かあったのか?」
「今日、アイゼン枢機卿が来て……ダニエルさんなら“ネクロア”のリーダーだったし、何か知ってるかなと……」
「あぁ、アイゼンさんね。何度か会ったことはある」
そしてどうやらダニエルは、アイゼンについてある程度は知っているらしい。
「割と教会では珍しいタイプの人だった印象はある。急進派というか何というか……保守的な人達の中では目立ってたなぁ」
「あぁなるほど。確かに教会って保守的な人多いからなぁ。上に行けば行くほど」
どうやらアイゼンは、保守的な人の多い教会の中では珍しいタイプの、いわゆる急進派な人らしい。
急進派と言っても、別に過激な面があるというわけではなく、単に保守的ではないという程度の意味合いだ。
研究にもちゃんと目を通してくれるらしく、ダニエルからしたらそういう面は嬉しかったのだという。
「ただ、ずっと何か企んでる印象だなぁ。何というか……野心家って言えばいいのか?」
「急進派で野心家ってことか……」
「警戒は、した方がいいと思う。アルフ君の所に来たということは、確実に何か利用しようとしている」
「うん、分かってる」
現状はまだ分からないが、アイゼンが何かをしようとしていることは分かる。
一応、頼まれた“キマイラ”のリーダーの捜査の依頼はこなしつつも、教会の動向に気をつけることを、アルフは心に決めたのであった。
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