48 巨龍
エルフの森から帰還して以降、ダニエルはクロードの家で働くことになった。
そのため家には基本的に、アルフとミルとリリーしかいない。
だからといって、特に何かが変わるといったことはなく、一週間ほどが経過していた。
「うん……」
そんな中ミルは、家の庭に植えられた花に水をやっている。
最近になって、花屋から買ってきた苗を植え、花を育て始めたのだ。
魔法によって改良されているので、地面に植えると二日でそれなりの大きさに成長してくれる。
だがミルはそういった育った花よりも、花壇の右手の方に生えている双葉の方に興味があるみたいだ。
これは、少し前に花屋に寄ったとき、店の人にもらった種が発芽した姿だ。
ゼロから育てているからなのか、最初からそこそこ育っていた苗のものよりも想いを込めているようにも見える。
「ご主人様。あんまり大きくなりませんね」
「魔法で改良されたのは一週間くらいで成長するんだけど、これはそうじゃないからね。気長に待とう」
最近の魔法技術の発展は著しく、家庭で育てるような植物の多くは、魔法で品種改良され、植物は丈夫に、成長が早くなった。
とはいえ、普通の植物にも需要はある。
今のミルのように、ゆっくりと育っていく様子を見るのが好きという人はそこそこ多い。
「……よし」
一通り水やりを終えると家の中に戻り、アルフは所用で外出し、ミルはリリーと一緒に勉強をする。
ミルはその整った容姿により人目を引くので、本人がそれを嫌がり、外出したがることはあまりない。
なので自然と家にいることが多くなるわけだが、家でできることは限られてくる。
なので勉強や読書を行うことが多いのである。
「……」
最近はもっぱら、ノートに何かを書き連ねていることが多い。
単純な文字の練習、というわけではないようだが。
「ミルちゃん、何書いてるの?」
リリーは読んでいた本を置いて、ミルに尋ねる。
「あ、えっと……前読んだ絵本みたいなお話を書いてて……」
「そうなんだ。ちょっと見てもいい?」
「うん」
リリーは、ミルの横からノートを覗き見る。
かなり下手な文字ではあるし、見様見真似っぽくはあるが、物語が書かれていた。
内容で言うと、絵本に描かれる物語としては割とよくある感じの、勇者と魔王の物語。
炎を操る勇者が、多くの人々を救い、そして最後には魔王……と思われる化物を倒すという王道の話が、そこには書かれていた。
とはいえ、ミルがこれまで読んできたのは子供向けの絵本な上、これまで長い時間を奴隷として過ごしてきたせいで、語彙力は高いとは言えず、知識も少ない。
故に文章だけでは、まるで物語に穴が空いているようで、大筋は理解できても、細かい内容は理解できない状態だった。
勇者は呪われた少女を救い出し、困っている商人や修道女を助けたり、黒い賢者の協力を貰いながら、巨大な化物のような魔王を倒す、そんなお話だ。
普通の物語と大筋は同じではあるが、唯一異なる点は、魔王のビジュアルだろう。
多くの絵本では、魔王は『青肌で、背から翼を、頭に大きな角を生やした凶悪な魔人族』といった、いかにもステレオタイプなイメージで描かれている。
だがミルの物語では、彼女自身の経験があるからなのか、魔王がまるでキメラのような姿をした、巨大な魔物のような姿で描写されている。
……だが、リリーにはなんとなく、ミルが書いている、書こうとしている内容が分かった気がした。
「あれ? これもしかして、アルフさんのこと書いてる? この勇者って……」
「はい。ご主人様のことを思い浮かべながら書きました」
どうやらミルは、勇者をアルフと思って書いていたらしい。
他の登場人物についても、なんとなくどこかで会ったことがあるような人の描写だったので、リリーは気付いたのだろう。
「やっぱり……! この呪われた紫色の子って、ミルちゃんだよね? あとこっちの修道女はセシリアさんだし、こっちの賢者はジェナさん!」
「分かるんですか?」
「ミルちゃんとは、もうけっこう長く一緒にいるからね」
やはり、それなりに一緒にいて、同じ経験をしてきた二人だからか、登場人物のモチーフにした人も分かってしまったみたいだ。
上手い人であれば、こういうのを匂わせずに書けるのだろうが、流石に今のミルでは書けないみたいだ。
「……それにしてもミルちゃん、アルフさんのこと本当に好きなんだ。こんなに書くなんて、すごいなぁ」
「えっ?」
それに文章には、勇者に対する隠しきれない感謝の心と、強すぎる忠誠心や愛が表れてしまっている。
例えば、呪われた少女を助ける場面では『〜魔物を倒し、勇者は少女を助けたのです』と書くだけではない。
その次に『すべてを諦めていた女の子は、勇者に助けられて、涙を流しました。まるで、神様を見ているような、幸せな気分でした』などと、今の気持ちをそのまんま表現しているようであった。
「でもわかるなぁ。もし私が奴隷で、アルフさんに救われたら……絶対好きになっちゃうもん」
「ご主人様、すっごく優しいからね」
そんな話をしていると、家の玄関の扉が開く音がする。
「ただいま」
「おじゃましま〜す!」
どうやらアルフが帰ってきたみたいだが、どうやらもう一人、女性が一緒にいるみたいだ。
とはいえその声は、ミルもリリーも聞いたことがある、身近な人だった。
「ただいま。ちょっとセシリアと会ってね」
「久し振り。ミルちゃん、リリーちゃん」
セシリアが、久し振りに家にやって来たのだ。
“ネクロア”襲撃以前は、そこそこの頻度で訪れていたが、最近では教会での仕事が忙しかったりもして、あまり来ることができなかったそうだ。
「あっ、絵本買ってきたよ。読む?」
それまでは時折訪れては、ミルとリリーのために色々と持ってきてくれていたのだ。
持ってくるのは、お茶菓子や洋服、他には本などである。
特に本についてはそこそこ高いので、アルフ達からしてみると本当に助かっていた。
「ほ、本当ですか?」
「うん。いいよ〜リリーちゃん。ほら、ミルちゃんもどう?」
その言葉に、ミルもセシリアの方へとてとてと駆け寄っていく。
久し振りではあるが、リリーはともかく、人見知りの激しいミルもある程度はセシリアに心を開いている様子だ。
アルフはそれを微笑ましく眺めていたのだが、
ォォォォン……!
突然、わずかに地面が揺れた。
「……ねぇアルフ、地面揺れなかった?」
「いや、揺れた。遠く……はないな。割と近いっぽい」
地震というわけでもなさそうで、何か強力な魔物が暴れているのだろう。
アルフの直感は、東区の奥の方に何かが出現したと示していた。
一応、こちらが被害を被ることは、運が悪くない限り起こり得ないような気はしていたのだが、運が悪かったら大変なので、見に行くことにした。
「ちょっと見てくる。多分大丈夫だろうけど、三人は家からいつでも逃げれるように準備しといて」
そうして、アルフは急いで家を出る。
近くのいくつかの家からも、住人が外を見ているが、その全員が東側、つまりは東区の中央の方を見上げていた。
「ドラゴン……こんな場所に?」
そこにきたのは、体長が四十メートルくらいはありそうな、巨大なドラゴンだった。
なんとなく不格好ではあるが、翼を三対も持っており、首は長く、その先の口からは巨大な火球を飛ばしている。
それだけでなく、空から雷や氷柱を降らせたりもしているのが、遠目からでも見てわかった。
ドラゴンからはそこそこ離れているので、分かることはこれくらいだ。
こちらに火球が飛んでくることでもなければ、一応危険はなさそうだということを判断した、その時だった。
「ッ……!」
ドラゴンがふと首を動かした時、その目が、合った気がした。
禁足地で感じたほどの恐怖は無い、だがそれでも、標的にされたということは、理解できてしまった。
「何でッ、俺ばっか……!」
アルフは古代魔法で防具を形成して纏いつつ、全力で自宅から離れ、東区の中央へと向かう。
そしてドラゴンの方も三対の翼で飛翔すると、移動するアルフの方へ向けて急降下し、建物を破壊しながら地面に降り立った。
地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
その中から、長い首と尻尾を振って周囲の建物をガラガラと破壊しながらドラゴンは身体を起こし、アルフの方を向いた。
「なるほど……お前がネモの言ってた“アルフ”ってヤツか」
「は……?」
戦闘体勢をとっていたアルフだったが、急に低い男の声を発し始めたドラゴンに、固まってしまう。
こんな魔物は、今まで見たことがないし、聞いたこともないから。
「ああ、驚くよな。そりゃそうだ。オレみたいな人語を喋るヤツは、自然界には存在しないからなァ」
「……じゃあお前は」
「そうだ、普通のドラゴンじゃない。オレは“キマイラ”によって作られた、ドラゴンと人間のキメラだ……!」
ドラゴンと、人間の、キメラ。
それはつまり、ドラゴンの中に、人間のナニカを入れて融合させた、ということになる。
そんな意味の分からない冒涜的な産物、それが目の前のドラゴン。
「まさか、じゃあ、喋れてるのも……」
「あぁその通りだ。オレの脳は元は人間のモノ、そして声帯もだ。だからこそ喋れるってわけだ。クククッ、驚いてるなァ、アルフ……!」
ドラゴンは少し笑うと、真面目な雰囲気で続ける。
「さてと……アルフを見つけたことだし、殺すか。ネモに言われた通り」
「ッ!」
その言葉の瞬間、雨雲すらないのに、空から無差別に落雷が降り注ぐ。
その中の一部はアルフを狙ってきているせいで、避けるのに微妙に神経を使ってしまう。
「ならこっちも、殺る」
そしてアルフの方も、本気を出す。
熱風が吹き荒れ、破壊された周囲は一瞬にして、赤い空と太陽の輝く王国へと、姿を変えた。
が、相手はドラゴンなので、それだけで相手の皮や鱗が燃え上がるといったことはないみたいだ。
「飛べるのは……」
アルフは付近のまだ無事の建物の壁を走り跳び、空中へ。
「お前だけじゃない」
そしてそこから
「な、んだ……それは!」
翼などないのに、ただその脚力だけで空中を跳び回り、あっという間にドラゴンの眼前へ。
そしていつの間にか腰に差していた剣を抜刀し、炎を纏った斬撃で、その右眼球を切り裂いた。
「グゥゥゥゥウウ!? なんだ、なんだなんだなんだッ、なんだお前はッ!!」
「硬い……」
が、頭は鱗に阻まれて斬り裂けなかったことは、流石ワイバーンとは違うんだなと、アルフは感じていた。
「なら落とす」
それなら打撃で攻めると、アルフは剣を持ち替え、鈍器のような十字の大剣を出現させると、それで頭部を殴打し、頭を地面へ叩きつける。
頭と首が勢い良く地面に落ちると、当然ながらバランスも崩れるわけで、胴体も倒れ、ズドォンという地響きと共に、ドラゴンは地に倒れ伏した。
もちろんドラゴンもすぐに体を起こそうとするが、落ちた時に脳に良い感じの衝撃が入ったためか、上手く身体を動かせないみたいだ。
「クソがっ、その、強さ、お前、ナゼ……ステータスを、失ってるのに……」
アルフは地面に降りると、動けないドラゴンの胸元へ歩いていく。
このドラゴンは“キマイラ”の成果物、つまりは身体にアインコアが埋まっていて、それを壊せばこのドラゴンは死ぬのだ。
そしてアルフの直感からして、コアが埋まっているのは、胸だと分かっていた。
胸は鱗ではなく、皮で覆われているので、割と簡単に斬れそうに見える。
またしても武器を持ち替え、レイピアを構えると、アルフはドラゴンの胸に剣を突き刺す。
「えっ?」
だがレイピアが肉を貫くことはなく、空を切った。
ドラゴンは、パッと姿を消してしまったのだ。
もちろん透明になったとか、そういうことではない。
まるで、何者かによってワープさせられたかのように、姿を消してしまったのであった。
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