47 スカウト

 ジェナの助力により何とか生き残ることができたアルフとクロードは、馬車に乗り王都へ戻った。

 特に大きな怪我はなく、目的もちゃんと達成して、二人は家に帰ったのであった。


 そして、その翌日。

 クロードは大金を持って、家へやって来た。

 どうやら、先日の手伝いの報酬についての話のようだ。


「おし、じゃあ報酬についてなんだけど……かなり良い額が貰えた」


 そう言いながらテーブルに出した袋の中には、金色に輝く硬貨が大量に入っていた。

 細かな量は分からないが、見た感じだと、最低でも一年は何もせずに暮らせそうなほどの額だろう。

 しかもクロードいわく、ここに持ってきたのは、報酬の半分だけなのだという。


「というわけで、報酬の半分は渡すよ。お前がいなきゃ、多分俺死んでたし」

「……本当にいいのか?」

「いいって。最近は金を貰いすぎて困ってんだ。使い所もあんまりないし、貰ってくれ」

「それじゃあ、ありがたく」


 流石にこの額はちょっと申し訳ないと思うアルフではあったが、クロードがここまで言っているので、好意はちゃんと受け取ることにした。


「さて、この話は終わりにして……」


 それはそれとして、といった感じに、報酬を渡し終えたクロードは、今度は禁足地で手に入れたL字型の機械と、その残骸を取り出した。

 あの、甲殻類のような奇妙な化物が使っていた機械だ。

 それを取り出してテーブルに置くと、彼はダニエルの方を見る。


「これ、エルフの森で手に入れたものなんだけど……確かダニエルさん、だっけ? これの構造とか分かるか?」

「うん? これは機械……けど、異世界の道具かな?」

「ああ。森にいた化物が使ってた道具で、この引き金を引くと、電撃弾を発射してくれるみたいだ。中々に良い武器になりそうだし、構造とかが分かればと思って」


 説明を受けながら、ダニエルは機械を手に取って観察をする。

 教会直属の研究組織に所属していた経歴のある彼ならば、何か分かるかもしれないと、クロードは踏んでいたのだ。


「……これでも“ネクロア”の元リーダーだ。専門分野ではないが、可能な限り調べてみよう」

「そりゃあ助かる」


 そうしてダニエルは、機械とその残骸を受け取った。

 少し時間はかかるとは言ったが、ちゃんとやってくれるだろうというのは、その目を見れば明らかだった。


「それにしても……ダニエルさんって、教会ではどの分野の研究を?」


 ダニエルは元々、教会直属の研究者だと、クロードは聞いている。

 では一体、どんな分野の研究をしていたのか、薬師を本業とするクロードは興味本位で尋ねてみる。


「基本は医学・薬学関連を。目的が死者蘇生でしたので」

「へぇ……」

「と言っても、私のスキルは“死霊術”でして。だから水属性の魔法が使えなくて……」

「薬を作る時は、水属性の魔法が必要だもんなぁ」

「そうなんですよね。ですが知識はかなりあると自負しています。実務が難しいので、本業に、というのは流石に無理ですが」

「こりゃまた、すごい偶然だ……」


 どうやらダニエルも、薬学の知識を持ち合わせているとのことらしい。

 彼の場合、スキルの都合で水属性魔法が使えないため、細かな作業を行うのは難しいそうだが、知識は豊富なようだ。


 まさか同業者……とは少し異なるが、同じ分野の知識を持つ者がいるとは思わなかったクロードは、軽く驚いていた。

 だが驚くのもすぐに止めて、彼はダニエルに向けて一つ、ある提案を行う。


「ダニエルさん。もしよかったら、俺の仕事を手伝ってもらえませんか? 報酬はちゃんと出します」

「クロードさんの仕事を? そういえば、どんな仕事をしてるんですか?」

「薬師です。冒険者も兼業ではありますが、最近は仕事が増えてて……人手が欲しいんです」

「なるほど……!」


 薬師は、教会によって規制されてきた職だ。

 今や王都には、表立って薬師やっている人はいないと言ってもいい。

 そんな薬師として働く人物が目の前にいるとは、ダニエルも思わなかったらしい。


「私で良ければ」

「マジですか……じゃあ明日からでもお願いします!」


 報酬を渡すだけ、最初はそれだけのために来たつもりだったが、クロードは新たな協力者を得た。

 そして、明日から来てほしいと言って、帰っていくのであった。




◆◇◆◇




 その頃、教会の本部。

 王都の中でも、重要な機関が集まる北部に位置するそこの上階にて、法衣を纏った若い銀髪の男性が、窓から街を眺めていた。

 頬杖をついて、何か考え事をしている様子だ。


「アイゼン枢機卿」


 その男性に、後ろから声がかけられる。

 そこにいたのは、白衣を身に纏った長い黒髪の女性であり、教会の研究組織“レプリカ”のリーダーであるイザベルだった。


「イザベルか、用件は?」


 振り向き、細い目で彼女のことを見つめながら、アイゼンと呼ばれた男性は問う。

 彼の名はアイゼン・フォートレス、二十八歳で枢機卿にまで登り詰めた人物だ。

 家柄が良かったのも、彼が高い地位につくことができた要因ではあるが、もちろんその能力や人望もかなりのものだ。

 それこそ、ゆっくりと信頼を築いていき、こうして研究組織の一つを掌握できるほどには。


「以前話した隠れ王族について、現状報告を」

「なるほど」


 隠れ王族というのは、文字通り、国に認知されていない、王族の血を引いた者のことである。

 現在の国王は、昔は少しやんちゃをしていたらしく、若い頃は遊び耽っていた。

 その過程で、主に娼館の女性を孕ませ、生まれた子がいる……とのことらしい。

 そうして生まれた、王族の血を引いた一般人のことを、隠れ王族という。


 現在アイゼンはとある理由で、そういった隠れ王族を探している。

 そしてその調査を“レプリカ”が行っているというわけだ。


「隠れ王族と思われる人物を発見しました」

「何人だ?」

「二人です。どうやら兄妹のようで……妹の方の居場所は分かりませんが、兄の方は既に居場所を掴んでいます」

「ふむ。年齢は?」

「十五は超えています。見た目からして、二十前後かと」

「なるほど……それは良い話だ」


 アイゼンは満足げに数度頷くと、再び報告を聞く。


「現在、採取した毛髪から遺伝子鑑定を行っています。あと二日もあれば、結果が出るはずです」

「そうか、分かった。その男が隠れ王族であればいいが……そうでなかったらどうするべきか……」


 だがアイゼンは相当慎重な性格なようで、考えうる最悪を想定し、悩んでいる。

 もし、現在調査中の人物が隠れ王族でなかったらどうしようかと。


「クリスハートを英雄に、そして王として祭り上げたとしても、色々と面倒事が起きるのは確実だ……かといってアルフレッドを祭り上げたとしても、彼が従ってくれるかどうか……」


 一応、隠れ王族が見つからなかった場合のことも考えてはいる。

 だがそれを実行してしまうと何が起こるのか、それは容易に想像できていた。

 多くの貴族が、騎士が、国に対してクーデターを起こしてくる可能性が高く、故に積極的に採りたい策とは言えなかった。


 そう、アイゼンの目的は、国の実権を握ることだ。

 現在の王を失墜させ、処刑し、教皇も消し、自分が政治を動かすほどの力を得て、四天王を全員殺して魔王城を制圧することこそ、彼の目的。

 そのためにはまず、政治に関わってきていない、王の血を引いた傀儡が必要なのだ。

 見つからなかったら計画が頓挫する、という程ではないが、とにかく不完全な計画になってしまう。

 見つかればいいのだが、用心深いアイゼンは、見つからない場合のことばかりを考えてしまう。


 だが今はそういう考えは止めて、自分が実権を握った後のことを考える。


「……世間は魔人族を滅ぼせと言っているが、私としては、四天王さえ殺して魔王城を制圧できればそれでいい」

「確か四天王の中に、アインの封印を緩めた裏切り者がいるんですよね?」

「ああ。魔王城の地下に封印されているアイン……その封印に近づくことができるのは、四天王くらいだからな」


 アインは封印されている。

 故に本来であれば、アインは誰もに忘れ去られ、歴史の闇に消えていくはずだった。

 だが現在、こうしてアインを崇める教会ができて、封印の核となる魔王を殺すための討伐隊が、現教皇主導で作られた。

 こうなっている以上、どこからかアインの封印が緩んで、影響が漏れ出ていることは確実と言える。


 ではどこから?


 そう考えると真っ先に思い浮かぶのが、魔人族の四天王だった。


「ガディウス、グローザ、アブラム、ジェナ……この四人の中に、アインの封印に細工をした人物がいる。そいつを殺し、アインからの脱却を行う」


 結局の所、アイゼンはアインの封印を維持し続けたいというわけだ。

 そのために、封印に細工した可能性がある四天王を殺し、魔王城を自らの管理下に置く必要があった。


「まぁそれもこれも、国の乗っ取りが成功しないと実行できない。イザベル、今後も隠れ王族の調査を頼むよ」

「分かりました。それでは私はこれで」


 そうして報告を終えると、イザベルは空間に現れた亀裂の中へ入っていき、姿を消した。


「……さて、ではヌル」


 誰もいなくなったことを確認すると、アイゼンは空間に語りかける。

 すると、何もいないにも関わらず、男性とも女性ともとれないカタコトの声が聞こえてくる。


『呼ンダカ?』

「ああ。例の細工はどうだ?」

『問題無イ。王族ニ罪ヲ被セル準備ハ出来テイル』

「それならいい。今後も頼むよ」

『了解シタ』


 ここで、ヌルと呼ばれた何かの声は途切れた。

 今の所は、大体の計画が順調に進んでいるようで、アイゼンは口角を上げて嬉しそうに何度も頷く。


「いい、いいぞ……だが私の方でも、やれることはやらないとな」


 そうして彼は、階段を降りていった。

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