99 捨て身

 アルフ達が戦っている中。

 別働隊のガディウスとグローザは、地下の隠し通路から魔王城へと向かっていた。


「……にしても、こんな場所があったなんてな」

「そうねぇ。結構古そうな感じだし、ずっと昔からあったのかしら?」


 薄暗く、土埃まみれの地下通路。

 灯りは一応存在するが、最低限といった感じでとても見にくい。

 一直線の道でなかったら、すぐに迷っていたことだろう。


 おそらく、昔からずっと隠され続けてきたのだろうが、その甲斐もあってか、アインにはここの存在はバレていないようだ。

 現に、アインの兵であるキメラやクローン兵は、この地下通路にいない。


 そうして十分ほとまっすぐに歩くと、階段が見えてきた。


「おっ。ここ上に行ったら出口か」


 この先はおそらく、魔王城。

 ヴィヴィアンから聞いた話によると、巫覡であったヴィンセントの部屋に繋がっているとのこと。

 巫女と偽る魔王が殺されたとしても、本物の巫覡である弟が逃げられるようにといった措置だろう。


「俺が先に行く。お前は少し後ろにいろ」

「はいはい」


 石の階段をゆっくりと昇っていく。

 そして数十段昇るとやっと、扉が見えた。


 まずは内開きの扉を開ける。

 すると、おそらく本棚か何かだろう、家具ある。

 その裏に付けられている取手に手をかけ、音を立てないように、ゆっくりと横にスライドさせる。


 そして、地下通路に光が差し込む――


「動くな」


 そこには、十人ほどのクローン兵が、待ち構えていた。

 全員が臨戦体勢、いつでも戦闘が始められるといった、そんな状態だ。


「これは、最初から……!」

「そう、この通路に気付いていた」


 冷や汗をかくガディウス。

 そこに、クローン兵のとはまた違う、女性の声がする。

 そう、セシリアだ。


「愚かね……偉大なるアイン様が、あなた達の考えることを想定できないとでも?」

「……完全に操られてるのかよ」

「操られてる? いえ、そんなことないわ。私はただ、アイン様の素晴らしさを理解しただけ。アイン様に直接教えていただいて、ようやく理解できたの」


 アインを樣付けで呼び、恍惚とした表情で語る。


「アイン様こそ、この世界の頂点に立ち、全てを支配する偉大なる御方だと!」

「……」


 ガディウスは無言で、鋭くセシリアを睨みつける。


「殺す」


 そして一言だけ、呟く。

 純粋なる殺意の籠もった低い声で。


「あらあら……殺すって、一体何をするつもりで? アルフとかならともかく、古代魔法すら使えないあなた達が、アイン様に勝てるとでも」

「勝つんだよ、死んでも……なァ!」


 両腕を大きく広げるガディウス。

 瞬間、彼の身体は大爆発を起こす。


 部屋中を揺るがすほどの衝撃と閃光、あまりの火力に、誰もが目を瞑る。

 そして、その熱量で肉は焼けるどころか蒸発し、消し飛んでいき……


「ハッハハハハハハハハハ!!」


 男の、叫び声だけが残る。


 煙が晴れていくと、そこに残ったのは、爆発の火力で、コアを地面に落とし、肉体の八割以上を失い死んだクローン兵と、両腕の肉を蒸発させたセシリア。

 そして、わずかに額から血を流すガディウスだけだった。


「……なんで生きてるの?」


 とんでもない威力の魔法。

 威力が高過ぎるが故に、反動で発動した人物すら死にかねないレベルだったにも関わらず。

 ガディウスは、ほぼ無傷だ。

 しかも恐ろしいのは、彼はもう、ステータスを持たないということだ。


 セシリアアインは困惑する。


「なんで生きてるのかって? そんなのはなァ! 俺が四天王の! ガディウス様だからだァァア!!」


 ガディウスは吼え、セシリアに向かう。


「くっ……」


 高威力の光魔法で迎撃し、セシリアはガディウスを仕留めようとするものの、


「オラァ!」


 ガディウスは、止まらない。

 セシリアの顔面に拳をめり込ませると同時に拳が爆発を起こす。


「――!」


 単純に、威力が高く、殺傷力か高い。

 セシリアの頭は吹き飛ぶ……が、コアがある以上、再生は行われる。

 急速に頭部が生えてくる、が、


 ブゥン!


「――面倒な」


 再生のせいで動きが鈍くなったセシリアに、どこからか三本の血の矢が迫る。

 なんとか回避はできたが、そちらを回避したらしたで、


「吹っ飛べッ!!」


 ガディウスの重い一撃が待っている。


 バリン!


 が、今度は何とか障壁を展開することで、攻撃をある程度防ぐことが出来た。

 一発で壊され、余波もやって来たとはいえ、ダメージはかなり抑えられたし、時間も稼ぐことは出来た。


「ステータスは消えたはずなのに……特異体質、ってことなのかしら……」


 ガディウスは、魔人族の中でも、フィジカルが特に優れている悪魔デーモンという種族。

 だが彼はその中でも、フィジカルが異常発達し、身体能力や頑強性が飛び抜けた高さになったのだ。

 故に、あんな自爆特攻みたいな、普通は発動したら反動で死ぬ魔法も、軽い傷だけで済んでいるのだ。


 これまでは、ステータスがあったために発揮されなかった力だが、ステータスが消え、枷が外れたことにより、真の特性が解禁されたのだ。


「フッ……なぁグローザ、意外と余裕そうだ。一気に畳み掛けるぞ!」

「……ええ。私がいるから、あんな自爆はしないでね?」


 そしてやっと、隠し通路の奥からグローザも出てくる。


 グローザもまた、種族の固有体質を持つ。

 彼女は魔人族の中でも数が少ない吸血鬼ヴァンパイアであるのだが、その特性として、自身の魔力を血液に変換することかできる。

 これは、誰もステータスを持たなかった頃、吸血鬼ヴァンパイアは自身の血液を操る魔法を中心に戦っていたため、その名残だ。

 加えて、他の種から吸血を行うこともでき、取り込んだ他種の血液は、魔力に変換することができる。

 そんな厄介な特性を、彼女は持つのだ。


「それに吸血鬼ヴァンパイアも……本当に厄介……けど」


 前衛にはひたすらに頑丈で、捨て身で特攻してくるガディウスが。

 後衛には血液を操り、多彩な攻撃を仕掛けてくるグローザがいる。

 厄介な相手が二人。

 だが、それにも関わらず、セシリアは笑う。


「あなた達……私が弱いと思ってる?」

「あ? ま、弱いな。ステータスは高いんだろうが」

「ふぅん……なら、見せてあげる。ステータス以外の強さってのを」


 その言葉と同時に。




 景色が、変わる。

 まるで教会の大聖堂のような、光に溢れた神々しい世界が広がる。


「なっ、まさかコレ……」

「アルフみたいな領域を――」


 二人は即座に、セシリアが何をしたのか理解した。

 それとほぼ同時に、


 ジュゥゥ……!


「ッぐぅ! あ、え……身体が、溶け出して……?」


 グローザの身体が、皮膚が、徐々に液状化していく。


「あらあら……私達が“領域”を使えるとは、欠片も思ってなかったみたいね?」


 これが、セシリアの領域。

 侵入した敵は、彼女の魔力にあてられ、肉体が徐々に浄化されていき、やがて全てが蒸発し、消滅する。

 必中必殺、時間さえあれば敵は全て死ぬ。


「クソッ……!」


 ガディウスも、冷や汗をかいている……いや、汗ではなく、徐々に徐々に、肉体が溶け出している。

 彼自身の素の頑強性のおかげで、グローザよりは圧倒的に緩やかではあるが、ほんの少しずつ、身体が溶け出しているのだ。


「グローザ!」

「っ……分かってる」


 ガディウスが接近し、グローザが遠距離から血の矢で攻める、練習でも何度もやったスタイル。

 ガディウスがセシリアへと殴りかかると、彼女はステータスを活かし、空中へ回避する。

 そして、空中という逃げ場のない場所に、何十もの血の矢が襲いかかる……


 ジュゥゥ……!


「……え?」


 そして、その光景にグローザは唖然とする。


「あらら、残念。血が消滅してしまいましたわね」


 なぜなら、セシリアに向かっていた血が溶け、攻撃そのものが消えてなくなってしまったのだ。


 浄化されるのは、敵だけじゃない。

 敵の放った攻撃、エネルギー、魔力、そして血液……そういったものも、浄化対象だ。


「さて、これで一対一ですわね。それとも……その溶け出した身体でまだ戦うのかしら」


 グローザは事実上の無力化。

 魔力を纏うことでダメージを少しは抑えているようだが、肉が溶け出してしまった以上、動きは確実に鈍くなっている。

 よって、戦えるのはガディウスのみ。


「さて、続きをしましょう」

「……チッ」


 打開策は見当たらない。

 ガディウスはそのことに苛立ちを覚え、舌打ちをした。

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