100 結界術
「ブッ倒す!」
常人離れした身体能力と頑強性。
ガディウスはそれを活かして、強引にセシリアの方へ向かい、距離を詰める。
「んー……やはりステータスが無いと面倒ですわ。スピードが全然出ませんし」
セシリアは紙一重で、ガディウスの殴打を回避する。
が、アインコアを埋められているにしては、速度が遅い。
クローン兵であれば、もっと素早く動けていたが、彼女は明らかにそれより遅い。
「爆ぜろ!」
ズゴォォオオン!!
桁違いの威力の、捨て身覚悟の魔法を、ガディウスは息をするように放つ。
本来なら周囲にとんでもない破壊を巻き起こす一撃ではあるが、セシリアが作り出した領域は、単純な攻撃では壊せない。
「面倒ですね……攻撃する隙が無い……」
超広範囲の爆破攻撃のせいで、セシリアも動きが制限されている。
ガディウスとセシリアの身体能力は大体同じ、むしろガディウスの方が上回っている。
加えて、自爆覚悟の高威力・広範囲の強力な炎・爆破魔法で追い詰めてくる。
一応領域の効果で、ガディウスの魔法の威力はそれなりに減衰しているとはいえ、元が異常な火力なので、ほとんど効果が無いと言ってもいい。
故にセシリアは、逃げることしかできない。
攻撃して隙を晒せば、その瞬間に身体を消し飛ばされるから。
しかし、
「……でも、別に問題ありませんね」
セシリアは、攻撃しなくても勝てる。
この領域が維持される限り、相手は少しずつダメージを受け、追い詰められていく。
一応、魔力が尽きれば領域も消えるが……セシリアの体内にはアインコアが埋め込まれているため、魔力は常にアインから供給される。
つまり、魔力切れは起こり得ない。
となれば、逃げ続けることさえできれば、彼女の勝ちは確定しているようなものだった。
「あぁ……チョロチョロ逃げやがって……!」
「当然ですわ。この空間がある限り、私は攻撃せずとも勝てますもの。ほら……」
そしてセシリアは、ガディウスに向けて指を差す。
「あなたのその青みがかった汗……皮膚が、少しずつ溶け出している証拠ですわ」
「……!」
「それにそちらの吸血鬼も……何とか魔力を広げて防御しているみたいですが、それも長く保たないでしょうね」
「……ハァ」
ガディウスは、息をつく。
「何でジェナやアブラムやお前が使えて、俺が使えないのやら……」
領域。
結界術の一種ではあるが、想像力やイメージ力が重要になってくるそれは、単純に結界術が上手いだけでは扱えない。
古代魔法を扱うことができれば話は変わるが、そうでないのなら、想像力が無ければ、使えない。
ガディウスには、結界術の技術はあったが、肝心の想像力が無かった。
何も無い場所に、新たな空間を作り出す。
それは言ってしまえば、空に絵を描くようなものだ。
想像力や柔軟な発想が無ければ、扱うことは不可能と言ってもいい。
「この技術は、才能ある者にのみ許された技ですもの。あなたのような脳筋が、使える訳ありませんわ。まぁ、私も
「あ?」
「元々あった部屋……そこを結界とし、私の領域へと変える。古代魔法持ちと比べるとお粗末な造りですが、同じ性能で使えなら、充分ですわ」
その言葉に、ガディウスは目を丸くする。
「部屋を、結界に……そうか、壁を……!」
適当に、セシリアが話している隙に不意打ちをする予定だった。
予定だった、のだが。
望外の情報が、舞い込んできた。
「フッフッフッ……」
思わず笑みがこぼれる。
「ハーッハッハッハッハッハ! 理解した……理解したぜセシリアッ! これだけは、お前に感謝しなければなぁ!」
高笑いを上げ、ガディウスはセシリアに向けて、満面の笑みを見せる。
「壁を結界の外郭とする……確かにそうすれば、簡単に作れるよなぁ!」
そして、
「それこそ、脳筋の俺でもなぁ!!」
景色は、塗り替わる。
熱風吹き荒れる紅の荒野へと。
「は……?」
まさか自らが作り出した領域を塗り替えられるとは思わず、一瞬放心するセシリア。
しかし、ボッ、という音と共に、彼女の意識は戻ってきた。
「あっつ!?」
身体が自然発火する。
強引に魔法で打ち消しても、数秒で再び身体に火が付く。
再生はできるが、どう頑張っても発火だけは防げない。
「なに、なんで……なんでアンタなんかが……」
「何でって? んなもん決まってんだろ」
見た目も戦闘スタイルも脳筋、そんなガディウスが領域を使い出すなど、セシリアは想像すらしていなかった。
「俺がアインの封印を守る四天王の一人だからだ。そんな奴が、結界術を使えないとでも思ったか?」
「ッ!」
「結界を守る役割の俺が、結界術を使えない……そんな馬鹿げた話、あるわけねェ!」
だが、アインの封印を守る四天王であるガディウスが、結界術を習得していないはずがない。
彼に足りなかったのは、領域を作り出すためのイメージ力だけ。
だが、それがなくても使える方法を、慢心したセシリアが教えてくれた。
もしかしたら、アインの洗脳により、思考がアインのものに侵食されているからこんなことをした、のかもしれない。
「くっ、こうなったら――」
セシリアは再び領域を塗り替えようとする。
が、何も変わらない。
「えっ、なんで……!?」
「俺とお前じゃあ、結界術の練度に天と地ほどの差があるんだよ!」
条件は同じ。
そうなれば、結界術の上手い方の出した堅牢な領域の方が押し勝つ。
アインから魔力を供給してもらっていて、アインに洗脳され心酔していても、練度はどうにもならない。
「それに、これで二対一だ……なぁグローザ?」
「ええ……よくもまぁ、とんでもないことしてくれたわねぇ……!」
そして、セシリアの領域が崩れ、浄化の力が消えたことにより、グローザが動けるようになった。
身体はわずかに溶けたが致命傷にはなっておらず、痛い程度で済んでいる。
「やるぞ! グローザお前は血の矢飛ばせ!」
「もちろん!」
ガディウスが突撃し、その後ろでグローザが拳に血液を溜める。
「きっ、消えろッ!」
圧倒的劣勢、負けるかもしれないという不安。
それによりセシリアは、威力の高い魔法で強引に戦い始める。
それこそ、自分の身体すらもが溶け出すほどの、圧倒的高威力の光魔法で。
だが、
「無駄無駄無駄ァ!!」
おぞましい轟音と共に、
ガディウスの魔法も、これまた規格外。
本来なら反動で死にかねない爆発の威力だとしても、彼なら掠り傷程度で済む。
これなら、セシリアの自爆覚悟の光魔法も打ち消すことができる。
それに、今はグローザもいる。
「ッ……!」
不定期に、複数の血の矢が飛んでくる。
不規則に曲がりながら、セシリアへ襲いかかる。
高威力の魔法で打ち消さざるを得ないほどの超高火力攻撃と、軌道が読めない血の矢。
最初は何とか回避できていたが、回避を重ねるにつれて、ガディウスとグローザのコンビネーションはどんどん無駄無くなっていく。
ザシュッ!
「うっ……!」
ついに、一本の極太の血の矢が、セシリアを貫いた。
が、いくら大量の血液でできた矢だとしても、アインコアは避けていたので、死ぬことはない。
というか、一度攻撃を食らって、冷静になってみれば、あんな点の攻撃なんて、ガディウスの超広範囲超高火力の爆破と比べたら弱過ぎることに気が付いた。
「いたい、ですわね……けど、この程度、余裕で再生できますわ!」
みるみるうちに、傷は治っていく。
そして、ここでセシリアは気付く。
ガディウスとグローザが、攻撃を止めていたことに。
グローザが、笑みを浮かべて言った。
「詰みよ、セシリア」
「――!?」
詰み。
そう言われて周りを見ようとしたその時、ようやくセシリアは理解した。
(身体が、動かない……!?)
身体が全く動かない。
手足どころか、口も動かせないし、呼吸もできないし、魔法も使えない。
アインコアがあるから死ぬことはないが、完全に、全身が硬直してしまった。
「ようやくか」
「ええ。これでセシリアは動けない。さっさとコアを壊しましょ」
極太の矢がセシリアを貫いた時、当然ではあるが、セシリアの体内には、グローザの血液が多く入った。
そしてグローザは、血液を自在に操作する魔法を扱う。
もちろんセシリアの体内に入った血液も、この魔法による操作対象だ。
グローザは、セシリアの体内にある自分の血液を操作し、肉体の活動をほぼ停止させた。
血液が崩壊するまでという時間制限はあるし、仕掛けが分かれば解毒されるかもしれない。
が、今回はかなりの量の血液を入れたので、全身を縛っても、一分くらいなら保つ。
「……よし、見つけた」
セシリアの中にある血液を操り、グローザはアインコアの場所を見つけ出した。
「血槍、発射」
拳に血を溜め、そのアインコアのある場所へ向けて、血の槍をまっすぐに飛ばす。
そして、セシリアの体内にあるコアに当たると、それは血の槍の勢いのまま、肉体を突き破り、体外へと押し出されたのであった。
「ぁ、ぁあ……アイン様、の……」
コアが体内から消えたことにより、セシリアはその場に倒れた。
アインコアを入れられた者は、その時点で肉体的には死亡する。
本当の死体と異なるのは、アインコアが体内にある限りは、腐敗が一切起きないという点くらいだろうか。
つまり、アインコアが外に出れば、ただの物言わぬ骸となる。
「……終わったな」
「そうね。腹に穴は開いたけど……流石にそれくらいなら、クロードも許してくれる……はず」
クロードに頼まれて、可能な限りセシリアを綺麗な状態に残しておくようにと言われていた。
流石に腹部に小さな風穴はできたが、どうあがこうがそれくらいの傷はできる運命だったから、仕方無い。
クロードも元は薬師だったし、人の体についてもある程度知識はあるので、許してくれるだろう。
『おや、セシリアを倒したか』
そして二人の元に、ジェナの声が響く。
それどころか、空間に穴が開き、そこから顔を出してきた。
「うおっ、ジェナ!? 急に何かあったのか?」
「王都には僅かにキメラがやって来ているが、クロードとカーリーで対処出来る程度の数と質だ。今の所は問題無い」
「へぇ……なら、ジェナもここから参戦するの?」
どうやらジェナの話によると、王都は割と平和なのだという。
敵の襲撃もあるにはあるが、クロードとカーリーの二人だけでどうにかなる程度らしい。
つまり今の所は、ジェナはやることがない。
ならここからの戦闘に参加するかと、グローザは尋ねるが、
「……まだ、しない」
「まだ?」
「私が戦うのは……アルフが死んだ時だ」
ジェナが戦うのは、最終手段。
彼女の能力的に、アインに負けることはあり得ないが、同時にアインに勝つこともほぼあり得ない。
「私はアインに負けないだろうが、同時にアインに勝つことも不可能だろう。だから、アルフが死んだ時は……私が此の手で、アインを再封印する」
故に彼女が動くのは……アルフが死に、アインを再び封印する時だけだ。
「……それと、現状の報告だ。城の外の戦闘は終わり、リリーがクローン兵とキメラを殲滅した。アルフも城内の敵は全て倒し……」
「おお!」
「ということは残るは……」
「アイン一人だ」
城の外ではリリーが勝利した。
城の中では、アルフが色々と倒してくれた。
ガディウスとグローザも、セシリアを倒すことに成功した。
もうアインには、キメラやクローン兵すらほとんど残っていない。
残るは総大将であるアインのみだ。
「加えて、此処からはアブラムも戦うそうだ。現在此方へ……いや、着いたようだな」
そんなジェナの言葉と同時に、ガディウス達のいる部屋の扉が開く。
「よかった、お二人とも無事でしたか……!」
そしてアブラムがやって来た。
「おっ、これで四天王のうち三人が揃ったか」
「これなら、思ったより何とかできそうね」
全員が全員、かなり強力な力を持つ四天王。
そのうちの三人が揃ったとなると、心強いことこの上ないだろう。
「……とりあえず、セシリアの死体は回収しておくが……後は頼む」
そう言うと、ジェナはセシリアの死体を回収し、穴の空いた空間に入っていき、消えた。
というわけで、ここからが本番。
セシリアよりも、クローン兵やキメラよりも圧倒的に強い、アインが相手だ。
言葉を聞いてしまえば、認識してしまえば、無条件に従ってしまうという、恐ろしいほど強力な古代魔法を使ってくる。
「うっし。じゃあここからアインと戦うわけだけどさ……俺、良いアイデアがあるんだよ」
そんなアインに対するとある対策を、ガディウスは提案する。
もしものことがあるとマズいので、グローザとアブラムには耳打ちしてこっそりと伝える。
「……は?」
「確かにアインの古代魔法は無力化できるでしょうけど……本当にそれをやるのですか?」
しかしその作戦は、常軌を逸したものだった。
確かに理論上はアインの古代魔法を無効化できるとはいえ、その後のことを考えると、やるべきではないし、やりたくないと思うようなものだった。
「クロードがいるし、その程度別にいいだろ」
だが、クロードが味方側にいる以上、デメリットは無い方法ではあった。
「にしても、よく思い付くわねぇそんなこと。というか、思い付いたとしてもやらないでしょ普通」
「それは同感ですが、有効ではありますからね……私もやりましょう」
「えっウソ!? ハァ……なら私もやるわよ」
そうして、三人は作戦のための小細工を行う。
それから数秒後、血の槍が、何かを貫く音がした。
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