98 親殺し
頭の無い騎士、その脚が膝まで岩石により固定化され、封じ込められる。
「今です!」
「はい!」
動きが止まった騎士は、脚を動かして岩石を破壊するが、当然、その際には大きな隙が生じる。
アルフはすぐに真後ろに回り、騎士の脚と胴体を真っ二つにする。
しかし、
「……!」
「まずっ……」
脚を斬り落とすと同時に、再生される。
これにより、一切の拘束が無い状態で地に立ち、大剣を振るう。
もう回避できない、死ぬと、一瞬思ったが、
「っと……!」
何故か、頭の無い騎士の動きが遅くなっている。
まだ完全に見切ることはできないほどに速いが、それでも、予備動作から攻撃を予測すれば、回避はできなくはない。
おそらくは、最初にアブラムが生き埋めにしたのが響いているのだろう。
普通の人であれば即座に肉と骨が潰れて圧死するような、とんでもない圧力をかけられたが、あの騎士はあまりにも頑丈過ぎて、圧死しないどころか、傷すらほぼ付かなかった。
しかしあの圧力を受けたことで、全身の肉が、筋繊維の一部が圧縮され、歪み、引き千切れた。
傷とは言えないくらいの小さすぎるダメージ、それこそ人間であれば、ちょっと運動すれば、激しく身体を動かせば、同じようなことになるくらいの、大したことのないダメージ。
しかしそれ故に、頭の無い騎士の受けたダメージは、再生されなかった。
それにより、身体が思うように動かせなくなっていた、パワーやスピードが十全に発揮できなくなっていた。
人や魔人族で言うなら、極度の全身筋肉痛のような状態に、あの頭の無い騎士は陥っているのだ。
痛みを感じなくとも、身体に蓄積したダメージは行動を確実に鈍らせ、立ち回りを単調にさせている。
「……コアが、どこにあるか」
とはいえ、正直な所、アルフ達がこれ以上闇雲に攻撃しても無意味ではあった。
相手の体内には、確実にアインコアが埋め込まれている。
そうである以上は、コアをピンポイントに破壊するか、肉体を完全に消し飛ばす必要がある。
アルフはこれまで後者の方法で、キメラやらクローン兵やらを倒してきたが、これはそれらの敵が、アルフの攻撃で消し飛ばせたからできたことだ。
だがこの頭の無い騎士は、アルフ視点からしても恐ろしい硬さで、肉体を完全に消し飛ばすなんてまず不可能だ。
やれることといえば、肉体を切断するくらいだが、すぐに再生されるので、それはあまり効果が無い。
なので結局、アインコアの埋め込まれている場所を見つけ、ピンポイントで破壊しなければならないのだが、それが難しいのだ。
なんせ、体内のどこにコアがあるのか、全く分からないから。
「アルフさん、このままじゃいずれ押されます……!」
「分かってる。けど、コアの場所が分からないと倒すにも倒せない……」
コアさえ破壊できれば倒せる。
コアさえ体外に吹き飛ばせば勝てる。
が、コアの場所が分からないから、何も有効打を放てないというのが、今のこの現状だった。
「……なら、しばらくお待ちを。私がアインコアの場所を探ります」
そこに、アブラムが提案する。
自分が何とかして、コアがある部位を探すと。
「で、できるのか!?」
「出来る……はずです。アレは魔力の供給源になっている、だから魔力の流れが多い部位を見つければ……」
魔法に長けた種も多い魔人族、それ故に出来る、魔力を見るという技術。
魔力の量、あるいは濃淡、アブラムはそれらを見極めることで、どこにアインコアがあるかを探る。
が、その間も頭の無い騎士の攻撃は続く。
動きは遅くなったが、それでも反撃は難しく、回避が少し簡単になった程度。
「クソっ面倒臭い……!」
全身が汗で濡れていくのを感じながら、アルフは必死に相手の攻撃を躱し、いなしていく。
それでも、回避したとしても、無傷では済まない。
ただでさえ強い攻撃は、余波を発生させる。
攻撃が失敗したことにより発生する衝撃、それはどうしても受けてしまう。
一発一発は大したことがなくても、何発も受けていけば、全身にダメージが蓄積していく。
ガクッ……。
「ッあ――」
その影響が、現れる。
右膝が崩れ落ち、体勢を崩す。
そして目の前には迫る、頭の無い騎士の大きな剣。
「ぐぁぁっ!?」
奇跡的に、なんとか、反射で剣を構えて防御はした。
が、まともに受け止めてしまったせいで、騎士の恐ろしいほどの膂力で壁まで吹き飛ばされてしまう。
そして、騎士の狙いは吹き飛ばされたアルフではなく、距離的に近いアブラムに向けられる。
「落ちろ」
しかしそれを察知したアブラムは、騎士を再び地中に叩き込み、生き埋めにする。
「アルフさん、無事ですか!?」
「……大丈夫、です」
後ろにいるアルフに聞くと、ゆっくりと岩石の中から出てきて、身体を起こす。
「魔力的に、私はそろそろ限界です……が、コアは見つけました」
「本当か!?」
「胸部、心臓の部位です。当然といえば当然ですが、最も防御の堅い部分です、行けますか?」
ただでさえ肉体が強固なあの騎士の身体の中でも、最も肉の鎧が厚い部位に、アインコアはある。
「余裕です。この剣に斬れないモノは無い」
だが、アルフの持つ、全てを斬り裂く剣。
それさえあれば、どれだけ堅牢な相手だろうと必ず真っ二つに斬ることができる。
バキバキと、地面にヒビが入る。
「……出てきた奴に、コレを撃ち込みます。そこを斬ってください」
そう言うアブラムの手の上に、光を発する鉱石のようなモノが形成される。
導となる鏃のようなものへと形が変わり、撃ち込む準備が完了する。
そして、生き埋めにされた頭の無い騎士が這い出て来る。
「今!」
バチンと、アブラムが作り出した光る鏃が発射され、騎士の武具に突き刺さる。
「そこです! アルフさん早く!」
ガチガチっと、騎士の足元の岩石が変形し、敵の動きが止まる。
アルフは剣に炎を纏わせ、騎士を斬り裂く一撃を放つ。
「ラァッ!」
一歩早く、アルフは胸の光る鏃を目印に、一閃を放つ。
スッパリと、胸で真っ二つに切断される騎士。
その断面から、血に塗れた、金属質の黒い何かが落ちる。
まさしくそれは、切断されて機能を失ったアインコアであった。
斬撃により切断された身体は、再生することなく、むしろボオボオと燃え上がる。
そして数秒で、上半身も下半身も、全て燃え尽き、骨だけになった。
「……これで、撃破完了ですね」
アルフとアブラムの戦闘は、終わった。
アブラムの作り出していた領域は解かれ、景色は元の魔王城へと戻る。
それでも唯一、骨だけとなった騎士の死骸と、破壊されたコアは残っている。
そしてアルフは、それらをずっと見つめていた。
「……どうしました?」
様子がおかしいのを感じ取ったアブラムは、アルフの隣に来て尋ねる。
「この騎士は……俺の父さんだった」
「え?」
「多分、俺の心を揺さぶるために、アインがコアを埋め込んだ……んだと思う。アインの今の見た目は兄さんだから……多分、そのせいで、こうなった」
これまでは、死の危機が目前に迫っていたから感じなかった。
だがもうアルフの父親は、アルヴァンは、アインコアを埋め込まれ、操られていた。
殺さなければならないから、殺さないと自分が死ぬから、ミルが助けられないなら、殺したとはいえ。
こうして、落ち着いて目の前で死体を目の当たりにすると、悲しい気持ちでいっぱいになる。
「アルフさん」
アブラムは諭すように、続ける。
「気持ちはお察しします。ですが私達は……いえ、あなたは進まねばなりません」
「進む……」
「こんなことを言うのは、私としても情けない限りですが……アインを倒せるのは、恐らくこの世界であなたしかいません」
「世界で、俺だけ」
「アインとの戦い……見た目はあなたの兄なのでしょう? 辛い戦いになるでしょうが、あなたが戦わなければ……ミルさんは、決して救えません」
戦えなければ、ミルは救えない。
辛い思いをしてでも、ミルは必ず救う、幸せにする。
アルフにとって、他の何よりもそれが、何よりの原動力となっていた。
「だから、深呼吸をして、進みましょう」
しばらくの間、アブラムの方を見ていたが、アルフはゆっくりとその言葉に頷き、長く深呼吸をする。
そして目を軽くこすると、覚悟を決めた面持ちで、言った。
「……ありがとう。それじゃあ、行くよ」
「はい。私はガディウスとグローザの方に行きます。アインとの戦いに参加しても多分、私は足手まといでしょうし」
「そうか……アブラムさんも、お気をつけて」
そうして二人は別れ、互いに別々の道を進むのであった。
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