97 フィジカルの差

 魔王城に入った瞬間に、シャルルはアルフとはぐれてしまい、一人で探索を行っていた。

 もちろん、誰がどこから出てきてもいいように、音の障壁は用意してある。

 なので、もし仮にアインが出てきたとしても、一応はどうにかなる。


 ズドォォン……!


「……奥の方から」


 警戒度を高めていると、地面が揺れるのを感じた。

 シャルルには聞こえていないが、音もかなりしていて、ただごとではない何かが起きていることはすぐに理解できた。

 もしかしたら、アルフが何かと戦い始めたかもしれない、そう考えて衝撃が来た方向へ走り出す。


「急がないと――」


 その時、


「行かさねぇよ?」


 目の前に、男が現れる。


「ッ!?」


 いや、ただの男ではない。

 紺色の髪、好戦的であり邪悪な目、まさしく彼は、クリスハート……その身体を乗っ取っているアインだった。


「自殺しろ」

「……何か言ったか?」


 アインはシャルルに対して、自殺するように命令する。

 が、当のシャルルには何も聞こえていないようで、目を細めて言った。


「やっぱり防いで来るか」


 まるで試すように、とりあえず一度、彼は古代魔法を利用してシャルルを自殺させようとしたが、その手法を知った今、対策はちゃんと立てていた。

 アインの古代魔法はとんでもなく強力だが、対策法が分かってしまえば、対応はかなり簡単な方だ。

 簡単な話、アインの発する言葉とその意味を認識できないように、爆音を発生させるだとか、音を防ぐだとか、耳を物理的に壊すだとか、そういうことをすればいいだけだから。


 シャルルの周囲に張っている音の障壁は、敵の攻撃を打ち消して無力化させるだけでなく、周囲からの音なども防ぐ、つまり聞こえなくする効果もある。

 超広範囲に対する索敵能力という彼の強みを消すことにはなるが、アインとの戦いにおいては、これ以上に有用なものは無い。


「まぁいい。古代魔法が効かないなら、物理的に殴ればいい」


 どこからともなく出現させた黒い剣を握り、アインは斬りかかる、が。


 バキバキッ、パリン!


「は?」


 剣に一瞬にしてヒヒが入り、音の障壁に阻まれる感覚を知覚したと同時に、破壊される。

 音の障壁内に侵入した物体は、基本的にほぼ全てが破壊される。


「隙あり」


 驚いている隙に、シャルルも音符と五線譜を象った大鎌を振り、アインを斬りつける。

 ただこちらも、アインの桁違いのステータスのせいで、皮膚表面を切った程度に留まり、出血はかなり少ない。


「残念だけどお前じゃ僕は倒せない。この音の障壁を破ることは、出来ない」

「ならボクはそれを破って、お前を殺す」


 互いに有効打が無い状況。


 シャルルは、アルフが来るまで耐え抜けば勝ち。

 アインは、それまでにシャルルを殺せば勝ち。


 世界の存亡をかけて、そして何よりもミルを、妹を救うために、シャルルは自らの領域を形成し、演奏という名の戦闘を行うのであった。




◆◇◆◇




 シャルルとアインがほぼお見合い状態になっている頃、アルフの方は、完全に防戦一方となっていた。


「……!」

「くっ、そぉっ……!」


 建物の中だが、そこはまるで王都のような、そんな空間が形成され、天井だった場所は紅の空が広がっている。


 アルフが戦っているのは、アインコアで操られた、父親のアルヴァン。

 元が父親であるが故に、剣術等は生前のそれと全く同じものなのだが、ある一つの要因により、彼は手も足も出ないという状態になっていた。


「速い、重い、強い……!」


 それは、異常なまでのフィジカルの強化。

 パワーやスピードといったものが、尋常じゃないほどに強化されているのだ。

 それこそ、古代魔法により強化されたアルフを遥かに上回るほどに。


 スピードは速すぎて目で追いきれず、パワーはあまりにも強すぎて、大剣による攻撃を受け止めると後ろに吹き飛ばされる。

 そして体勢を整える前には目の前に来て……。


 ボウッ!


「……」


 そんな危険な状態になると、アルフは適当な場所にワープする。

 彼の古代魔法により作られた領域、その範囲内であれば無制限にワープしたり、あるいは領域内の他の人をワープさせることもできるので、辛うじて生き延びることができていた。


 グググッ……


「っ、ああッ!」


 足を踏み込む動作を認識し、アルフは大剣を身体の前に置く。

 それとほぼ同時に、全身に、特に腕に、重い打撃を受けたかのような衝撃が走る。


 目の前には、頭の無いアルヴァン。

 相手の予備動作を見て、行動を予測してやっと防御ができるという、とてつもない速さ。

 その上、彼のあまりにも重すぎる攻撃をまとも受け切ると、次の攻撃への準備はできなくなるし、防御ですらギリギリ。


 勝たなければいけないのに、倒さなければいけないのに、攻撃ができず、苛立ちだけが募っていく。


「チッ……」


 今更、父親を殺すだとか、そんなことにウジウジ悩んでいない。

 というか、悩んでいたら死ぬ、それくらいにアルヴァンの攻撃は速く、重い。

 殺さざるを得ないのだ、そのことに注力するしかないのだ。


「っと……これ、どうすれば……」


 再びワープして、戦況をリセットする。

 受け止めることだけはできるが、速すぎて反撃どころか、カウンターすらできない。

 何十回とこのサイクルを続けたが、一度も反撃が上手くいくことはなかった。


 ググ……


「っここ!」


 いつものように、高威力の攻撃を受け止め、アルフは大きく弾かれる。

 体勢が崩れた所に、さらに追撃が来るが、


「たぁッ!」


 それをはじめて、アルフは避けきる。

 上手く回避したおかげで、反撃の時間ができたが、彼は何かに驚き、敵と距離を取った。


「これは……いや、行ける」


 ようやく、アルフは気が付いた。

 何十回と攻撃を受け続けるのに必死過ぎて気付けなかったが、相手の攻撃パターンは、ほぼ一定。

 パワーとスピードで押ししてくるだけで、小技等はほとんど用いない。

 生前のアルヴァンと同じ、フィジカルで強引に押し切るスタイルだった。


 加えて、アルヴァンの身体を元にしているためか、立ち回りいや技術は、生前の彼とほぼ一致している。

 故に、その息子であるアルフにとっては、全て知っている攻撃だった。


 これまでは、速すぎてそれに気付けなかったが、気が付いた今であれば話は別だ。


 アルフは大剣をどこかへと消し、代わりに取り回しやすい細身の剣を取り出す。


 グッ……


「今!」


 敵が地面を踏み込もうとしたのを見て、攻撃を予測し、前へ一歩踏み込み、何もない場所に剣を振るう。

 ズパンッ! と、小気味いい音と感触が響く。

 敵の移動経路に剣は、敵の左脚をあっさりと斬り落とした。


「よしっ今だ!」


 はじめて有効打を与えることができた。

 しかも脚を斬り落としたことで、相手は一瞬ではあるが、目に見えるレベルで、明らかにバランスを崩した。

 そこに今度は、アルフの方が追撃するために、その場で身体をひねって敵の方へ向くと、大きく踏み込んで接近する。


 その時、


「ゴッ……」


 顔面に、敵が勢い良く振り回した腕が直撃する。

 全身の筋肉が、パワーが異常強化されたことにより、通常ならばただ振り払われる程度で済んだが、今回の場合、


 ズドン!


「ぐぉっ……」


 後方へ勢いよく吹き飛ばされ、壁に激突する。


「ゲホッ、ゴホッ……」


 鼻からは大量の血が流れ、壁に頭を勢い良くぶつけたことにより、ふらついて立ち上がれない。


「……」


 それに対して、頭の無い騎士は、既に脚を再生させ、万全な状態。

 騎士は強く地面を踏み込み、アルフを殺さんと大剣を構え、勢い良く突撃した。











「……え?」


 死ぬと、思わず目を閉じていた。

 が、衝撃や激痛は一切感じない、やって来ない。


 目を、ゆっくりと開ける。


「……これは」


 目の前には、頭の無い騎士。

 大剣は振り下ろされ、アルフの頭のほぼ真上にある。

 しかし、そこから下へは降り下ろされない。


 よく見てみると、騎士の全身が、空間上に生じた黒い何かによって阻まれて、動けなくなっている。

 黒い何かは数秒で消えて無くなり、騎士は動き出すが、それでも、時間を稼いでくれたおかげで、アルフはその場からワープし、何とか危機を脱することが出来た。


『アルフ、苦戦しているようだな』


 ジェナの声が響く。


「えっ、は? 確かここには結界が……」

『理由は分からないが、結界が緩んだ。ミルを救う事は不可能だが、戦闘のサポート、あるいは援軍を送る事なら出来る』


 再びアルフの方へ向かってきた頭の無い騎士は、またしても黒い何かによって阻まれ、動けなくなる。

 ジェナがやったとするなら、恐らく空間の一部を削り取り、操作するなりして、動きを止めているのだろう。


 その間に話してくれたことによると、どうやら魔王城に張られた堅牢な結界が、何らかの理由で緩んで、解除の余地ができたのだという。

 ただ、ミルのいるであろう魔王城の最上階は、それとは別の結界があり、救い出すことが不可能とのこと。

 それでも、結界が外れたことでアルフ達の援護が可能になった、これは大きい。


 黒い何かが消える前に回避して、アルフはジェナに向けて叫ぶ。


「援軍を! 俺だけじゃ無理だ!」

『了解』


 その言葉と同時に、アルフと隣に黒い靄が出現し、そこから一人の魔人族が現れた。

 四天王の一人、アブラムだ。


「アルフさん、援護します」


 来てくれたのは、もちろん嬉しかった。

 しかしガディウスやグローザのように、何か特化したものを持っている二人とは異なり、アブラムは万能ではあるが、極めた何かを持たないイメージだった。

 もちろん、アルフがあまり彼と関わらなかったから、強力な武器を知らない、というのはあるかもしれないが、不安は拭いきれなかった。


「さて、早速私の切り札……行きますよ」


 アルフの作り出した赤い空、赤い街、それらはバラバラに砕け、破壊される。

 そして代わりに現れるのは、縦に長い、岩石でデコボコした空洞だ。

 アルフの領域を破壊し、代わりにアブラムの作り出す領域が出現したのだ。


「これは……!」


 アルフはまだ知らない、アブラムの必殺技。

 アルフの作る領域は、自身の能力の強化に主軸が置かれているが、アブラムのは違う。

 彼は古代魔法が使えないが故に、領域形成に使用する魔力の消費が激しいため、アルフのようには使えない。


「まずは一発……」


 ズドンッ! という音と同時に、頭の無い騎士は消える……否、地下に生き埋めにされる。

 大量の岩石を作り出し、騎士の身体を覆い、地面の岩石を操作し、埋める、それを超高速で行う。


 それ故の、一撃必殺。

 地下深くに生き埋めにし、肉や骨を膨大な重量で押し潰し、圧殺する。

 基本的には一撃で完結するため、魔力消費的に厳しいアブラムでも、これなら扱える。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


「くっ……流石に一撃では無理でしたか……!」


 地面が大きく揺れ、ヒビが入る。

 そして岩石を砕きながら、地中から頭の無い騎士が、這い上がってくる。


「ですが確実に弱体化しているはず! 私があの騎士の脚を抑えます、アルフさんは攻撃を!」

「ああ……!」


 アルフは、アブラムと共に頭の無い騎士を討つため、再び剣を構えた。

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