呪いのスキル『状態異常無効化』のせいで追放されたけど、のんびり平和に暮らしたい

木崎楓

第一章 奴隷に堕ちた少年

01 かつて最強だった少年

 魔物の大群が空を支配する。今、複数の魔物を組み合わせた、いわゆるキメラと呼ばれる人工の魔物が、王都へと襲来していた。


 暗く濁った空を飛ぶのは、ワイバーンの翼と獅子のような頭を持つ怪物。

 それぞれが強力な魔法を使えるように調整されているようで、その攻撃はあまりにも苛烈だった。


 住民が慌ただしく逃げ惑う。空からは炎弾や氷塊が落ちて、街を破壊していく。

 王都は恐怖で逃げ回る人々の悲鳴に包まれ、それが生物の本能に刻まれた死の恐怖をさらに呼び起こす。


「魔術部隊、攻撃開始!」


 だが、やられてばかりではない。隊長が叫ぶと同時に、街を守る騎士が応戦を始める。

 大多数が空を飛んでいるため、強力な魔法を使える“スキル”を持つ者達が、魔法中心に戦っている。


 魔法で、敵の攻撃を相殺していく。炎弾を暴風で消し飛ばし、風の斬撃を障壁で防ぐ。降り注ぐ巨大な氷塊は、熱風で雨へと変わる。


 騎士達では、敵の魔物の攻撃を防ぐのがやっとで、魔物を倒しに行くことはできない。とにかく数が多すぎるのだ。

 数多の魔物の雄叫びが、騎士の掛け声よりも大きな魔物の音が、絶望を増幅させていく。


「団長! 敵が多すぎてもうっ……!」

「落ち着け、落ち着くんだ! もうすこし……アイツが来るまで耐え抜け! それだけでいい!」


 だが、騎士達の希望は潰えていない。ある人物が来るまで耐え抜く、それさえすればいい。

 それを聞いた騎士達は、歯を食いしばり、腹の底から叫び、魔法を撃ち込んでいく。


 戦闘は苛烈さを増していく。

 炎の燐が飛び散り、崩れた家屋へと飛び火していく。

 氷塊が地面に落ち、冬のような世界を築き上げていく。

 そして巨大化した竜巻が、瓦礫と騎士達を巻き上げる。


 だが、そんな阿鼻叫喚の戦場に、一陣の風が吹いた。


 同時に、魔物の攻撃はすべてかき消され、竜巻は消える。

 そして、竜巻に巻き込まれて宙を舞っていた騎士達は、気づいた時には地面に立っていて、その前には、青髪の少年騎士がいた。


「すみません、遅くなりました」


 齢十四歳、まだ“スキル”を得ていない年齢にも関わらず、騎士団の副団長にまで昇りつめた『神の子』とも呼ばれる少年。

 その名はアルフレッド・レクトール。それなりに鍛えられた身体ではあるが、子どもゆえにまだまだ発展途上。

 ニキビ跡一つすらない顔は、若々しさどころか、見る人によってはむしろわずかに幼さを感じさせるかもしれない。


「皆さん引いてください。俺が全て倒します」


 だが目の前の光景に一切動じることなく、ごく当たり前のように一人で倒す宣言をして大剣を構えて立つその姿は、騎士達に希望を与える。

 アルフレッドが戦場に現れるということはすなわち、絶対的な勝利が約束されるということでもある。


 ドンッ!


 と地面を蹴る音と共に、アルフレッドは消える。

 魔法も使わずに一瞬で約百メートルの跳躍をした彼は、規格外の“筋力”と“敏捷”で空気を蹴り、魔物へ突撃する。


「はあぁぁぁぁッ!」


 ズバンッという小気味よい音を発する剣撃は、いとも簡単に魔物を両断する。

 まだ“スキル”がないため強力な魔法は使えないが、異常なほどに高い“筋力”にかかれば、斬れないものは何も無い。

 純粋な腕力で、魔物の肉も、骨も、ドラゴンの硬い鱗でさえも斬ってしまう。


 その様は、まるで雷が雲の中を伝っていくかのよう。

 常人では視認すら困難な速度で移動し、斬って、移動し、斬ってを繰り返す。

 百を超える魔物は、たったの五秒で全て真っ二つとなった。


 アルフレッドは全てを滅し、地に降り立つ。

 だが百を超える魔物の死体が、大量の血をまき散らしながら落ちてくる。

 ただでさえ巨大な魔物が、大量に、落ちてくる。

 いくら倒すことに成功したとしても、このままでは街への被害は計り知れない。


「終わりッ、だぁぁぁぁッ!」


 脚に力を込め、剣を担ぎ、大きく天へと振るう。

 瞬間、空気は圧縮され、エネルギーは凝縮され、凄まじい衝撃と破壊が巻き上がる。

 それは、落ちゆく魔物の残骸を粉砕し、消し飛ばし、やがて宙の彼方まで到達し――黒雲すらもを貫いた。


 暗く濁った空は晴れ、暖かな陽光が差す。その下には絶対的勝利の象徴である、“神の子”アルフレッド・レクトールが、天に剣を掲げていた。


『うおぉぉぉぉぉおおおおお!』

『勝ったぞ! 神の子が王都を救ったぞぉぉぉぉおお!』


 その様はまさしく、天より降り立った救世主だった。




◆◇◆◇




 魔物達の王都襲撃から三日後のレクトール邸。

 代々王国騎士を勤めてきた一家の邸宅にて、アルフレッドは、当主である父親のアルヴァン・レクトールに呼び出されていた。


「来たかアルフ。さ、座ってくれ」


 客室に行くと、アルフと呼んでくる父の姿があった。

 そこにはいつもと同じく、紅茶と菓子が用意されていた。

 そこそこ大きな任務に成功すると、必ずアルヴァンはこのようにするのだ。


「さて。今回の襲撃、お前がいたおかげで街を守り切ることができた。王からは君宛に、感謝状と褒賞が届いているぞ」

「俺宛に……それは嬉しい限りです」


 アルヴァンはまず、王直筆の感謝状を渡してきた。

 王都を囲うように現れた三百体を超えるであろう魔物を、死者を出さずに撃破したことへの感謝、そしてその褒賞として、1kgの金の延べ棒を三本与えると書かれていた。

 それにアルフレッドが目を通したことを確認すると、さらに褒賞の金の延べ棒が渡される。


「金がこんなに……だけど使うこともありませんし、正直……」

「そう言わずに受け取っておけ。なんせお前が手にした物なんだからな」

「そうですか……では、そうさせてもらいます」


 とりあえず、金はテーブルの端に置いておく。

 そんな様を見て、アルヴァンは昔を懐かしむように天を仰ぐ。


「……大きくなったものだなぁ。もう明日で、アルフも十五歳か」

「父さん、ここ二ヶ月くらいずっと同じこと言ってませんか?」

「そうか? 俺も歳になったのかねぇ」


 アルヴァンは軽い笑みを浮かべながら話す。

 アルフレッドの方は、ステータスの影響で感情の起伏が異様に少ないが、落ち着いた様子で話を聞いている。

 普段は汗をかきながら働く騎士である二人だが、今は貴族のように優雅に紅茶と菓子を楽しんでいる。


「小さい頃のお前は、高過ぎるステータスを制御できてなかったなぁ。おかげで家がめちゃくちゃになったものだ」

「すみません……」

「いやいや、責めてるわけではない。今ではそれも良い思い出だ」


 昔から、もっと言うと生まれた時から、アルフレッドは最強だった。


 この世界の人間には、生まれた時点で“ステータス”と呼ばれるモノが付与される。

 体力、筋力、知力、魔力、敏捷、耐性が、数値として定められる。

 そしてこの数値は、成長などによって増減することはなく、基本的に不変である。


 そんなステータスは、どれかで千を超えていれば、他が極端に劣っていなければ優秀な兵士になれると言われるほど。

 すべてが千を超えたステータスを持つ者は貴重であり、さらに一万超えの数値を持つ者は、アルフレッドを除いたら五人しかいない。


 そんな中、アルフレッドのステータスは、すべてにおいて一万すら超える、常軌を逸したものであった。



===============================


 体力:120579

 筋力:112340

 知力:147099

 魔力:143208

 敏捷:137410

 耐性:129145


===============================



 どれかで一万超えのステータスを持つ者ですら、片手で数えるほどしかいない。

 だがアルフレッドはそれを軽く凌駕する。すべてにおいて、十万超えなのである。


 この圧倒的な力を制御できなかった幼少期は、バランスを崩して家の壁に手を付いただけで壁を粉砕し、驚いて跳び上がっただけで屋根を突き破り、転びそうになって踏ん張っただけで、家の床をバキバキにしたほどだ。


 だがそれも幼少期の話。今では力の制御も完璧になり、まだ十五歳になって“スキル”を与えられていないにも関わらず、騎士団の誰よりも強い存在となっていた。


「……俺が当主なのも、今日で最後だ。アルフ、明日になって神から“スキル”を与えられたら、その時は当主の座を譲ろう」

「え? でも俺は次男ですよ? 普通は長男が継ぐはずじゃ……」

「普通はな。それにクリスは当主になりたがっているし、できれば譲りたいところだ。だがあいつは魔王討伐部隊に選ばれ、魔人族領で戦っている。立場的にも、死ぬ可能性が高いからな」


 アルフレッドは次男だ。

 二つ上にはクリスハートという名の長男がおり、若くして騎士団の中でも特に危険な魔王討伐部隊の隊長をやっている。

 人間族と対立する魔人族の王を倒すために遠くへ行っているため、一ヶ月に一回程度しか帰ってこず、死ぬ可能性すらある。

 そんな人に家を守ることができるかというと、かなり難しいというものだ。


 というのが、表向きの話。

 この兄弟の場合は、弟のアルフレッドが文字通り異次元の強さのため、もし兄のクリスハートが魔王討伐隊に選ばれなかったとしても、が無い限り、アルフレッドが当主になっていたことだろう。

 なんせ元々は普通の騎士の家だったレクトール家は、アルフレッドの強さ一つで、高位の貴族と同等の地位を得たのだから。


「まぁそういうわけだから、頼むよ」

「はい、分かりました」


 アルフレッドは、父の目を見て静かに頷く。

 その様子を見ながら紅茶を飲み干したアルヴァンは、最後に尋ねる。


「……アルフ。今まで何度も聞いてきたことではあるが、もう一度聞こう。お前にとって、騎士というのは何だ?」


 小さい頃から教えられてきた、騎士としての誇りと矜持。

 それを以て、人々を、国を守ることができるようにと、アルフレッドは教えられてきた。


「弱き人々に手を差し伸べる者です。俺は神から、誰よりも高いステータスを与えられた。では何故与えられたのか? それは、神が俺に、この国と人々を守るという使命を与えたからでしょう。ならば俺は、その使命に殉じ、全てを守り抜きます」


 無から生まれ、世界を創造した神“アイン”。

 この世界の大多数の人間が信仰する神であり、アインを信仰する教会も、大きな力を持っている。

 当然、騎士としてそれなりに良い教育を受けてきたアルフレッドも、信仰者の一人であった。


 ステータスは、アインから人々への祝福であるとされている。

 そしてアルフレッドは、他の人よりも大きな祝福を受けて生まれてきた。

 その祝福が、ステータスとして反映されている。


 アルフレッドは、どうして神から強大な力を与えられたのかを考えていた時期があった。

 そして悩み抜いた末に、結論を出したのだ。


 誰よりも優れた人間として、誰よりも強い人間として、この国を、人々を守る。

 それこそが、神から与えられた役割であると。

 そしてこの役割を果たすことこそが、自分なりの神への信仰であると信じているのだ。


 この悟りが、アルフレッドの、絶対に揺らぐことのない心の支柱となったのであった。


「やはり変わらないな」

「これは決意ですから」

「そうかそうか。それを聞ければ満足だ」

「……では、俺はここで。ちょっと自己鍛錬をしようかと思います」

「ああ、励めよ」


 感謝状と褒賞を懐に入れると、アルフレッドは客室を出ていった。




◆◇◆◇




 アルフレッドは鍛練を行うため、武具庫へと向かう。

 ここには普段使いの武具以外にも、練習用に使用している武器も保管されている。


 というわけで、外観はそれなりに綺麗な倉へ入ると、それなりの量の武具が仕舞われている。

 質的にもかなり良いものが揃っており、手入れがされていることがよく分かるだろう。


 そこに、先客がいた。アルフレッドよりもさらに濃い藍色の髪に、怜悧な目の男だ。


「ん? ああ、お前か」

「あ、兄さん」


 兄であるクリスハートが、武具を磨いていた。

 入ってきたアルフレッドをちらっと見ると、彼は再び武具の方へ視線を戻した。


 アルフレッドは、自分の使う練習用の大剣だけを手に取り、外へ向かう。

 その時、わずかに兄のクリスハートに目を向けるが、何も言えなかった。

 別に兄と話すことはない。というより、ここ数年は、兄が明らかに自分を避けているので、わざわざ深くは関わらないようにしていた。


「なぁ」


 そうして武具庫を出ようとする彼に、クリスハートは声をかける。


「……そういえば、明日でお前も十五歳か」

「え? ああ、そうですね」

「どうせ明日にはお前が当主になってるんだろうが……実力はともかくとして、お前に家を守っていくことができるんかねぇ?」


 そういう経験を持たないアルフレッドは、何も言えなかった。

 周囲の家との関係構築や維持、加えて偉い人に目を付けられないような立ち回りなどは、経験が無いとできないことだ。

 特に最近では、アルフレッドの強さもあり、上級貴族と同等の権利を得ていた。

 その影響もあり、特に下級貴族からのやっかみや、他の騎士からの冷たい視線に晒されてきていた。


 この状況で上手く立ち回るのが至難の業であることは、言うまでもない。


「父さんからある程度のことは教わってますし、不安がっても仕方無い。ただ、当主としてやるべきことをやるだけです」

「……そうかよ。ま、せいぜい家を潰さないように、上の理不尽な命令を聞き続けることだな」


 明らかに嫌味の含まれた言葉を吐き捨てると、クリスハートは再び黙って武具の手入れを続ける。


 そしてアルフレッドは、彼の言葉に傷つくこともなく、武器を持って武器庫を出ていった。




◆◇◆◇




 そして、アルフレッドの誕生日。


 窓から差し込む光が、意識の覚醒を促す。暗かった世界が明るくなり、アルフレッドは目を覚ました。


「……ん?」


 その瞬間アルフレッドは、今まで一度も感じたことのない奇妙な感覚を覚えた。


 まずは、全身の気怠さ。とにかく、全身が重い。

 身体は動かせるが、立っただけで身体が浮いているような奇妙な感覚に苛まれた。

 視界については特に最悪で、周囲が霞んで見えるのだ。

 とはいえそれらは、軽く身体を動かすとすぐになくなり、霞んだ視界については軽く擦ると無くなった。


 だが問題は、胃袋が軽く絞られるような、気持ち悪い感覚だ。

 こればかりは何をしても消えず、むしろ悪化していくばかりだ。

 お腹がグゥゥウ、という音を発すると、その気持ち悪さが一瞬強まってしまう。


 こんなことは、生まれて初めてだった。


「なんなんだ、これは……スキルの影響か?」


 アルフレッドは十五歳になり、スキルを得た。

 流石にスキルの詳細は分からないが、身体の不調っぽい何かがあるので、ステータスに何か影響が出ているという考えにはすぐに至った。

 なのでアルフレッドはすぐに“スキャン”と念じ、魔法を発動する。


「……ん、あれ?」


 しかし、効果が発揮されない。

 “スキャン”は、人間や魔人族などに生まれつき付与されているステータスや、武具に付与されている魔法の詳細を見るための魔法だ。

 なので今回の場合、本来ならアルフレッド自身のステータスが脳内に浮かび上がるはずなのだが――


「“スキャン”」


 ――発動しない。十万を超えているはずのステータスが、確認できない。


「どうして……魔力が無い? いやそれなら……“フレイム”」


 魔力が無いのだろうか。そう考え、別の魔法“フレイム”を発動するが、こちらは発動に成功した。

 ちゃんと、マッチの火程度の大きさの炎が、指先に発生した。


 息を吹きかけて炎を消すと、アルフレッドは頭を悩ませた。

 魔力はある、だから魔法は使えるはず。なのにステータスを確認することはできない。

 そもそも“スキャン”は、そこまで魔力を必要としない。

 下級の火属性魔法である“フレイム”が発動できるのなら、確実に発動できるはずなのだ。


 では、何故発動しないのか。


「ま、まさか……いや、そんなのは絶対あり得ない……!」


 アルフレッドの脳裏に、最悪の仮説が過ぎった。

 あってはならない、最悪のスキルを得た可能性が、頭に浮かんでしまった。


 全身が冷えるような感覚。額と脇からは、今までには無いほどに汗が滲んでくる。暑くなんてないのに。


 アルフレッドは慌てて部屋を出る。早朝ではあるが、使用人が仕事を始めている。

 彼はこっそりと、心の中で“スキャン”と念じた。対象は、ある女性の使用人である。



===============================


 体力:251

 筋力:149

 知力:192

 魔力:217

 敏捷:180

 耐性:135


===============================



「そ、そんな……」


 アルフレッドは、思わずその場に崩れ落ちそうになるが、なんとか壁に手を当てて耐える。


 最悪が、当たってしまった。


 アルフレッドは、スキルの影響で“スキャン”という魔法が使えなくなったのではない。

 では何故、彼のステータスが見れなくなったのか。


「俺のステータスが……消えた……」


 それは、アルフレッドのステータスが、神からの祝福とされるそれが、消えたからであった。

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