38 侵食
ダニエルとリリーが資料厚めを行っているのと同時刻、アルフ達は研究員達を逃し終えた。
これに関しては、研究員の一人に事情を説明した後に、その声をシャルルの魔法で研究所全体へ飛ばすことで、効率的に避難を促したのだ。
「シャルル、残っているのは?」
「僕達だけ。あとはダニエルとリリーだけだけど……何か教会の資料探してるみたいだね。不正関連の」
「あー……うん」
シャルルいわく、もう研究所内に人の音はそれだけしかしないのだという。
研究員達は裏口から脱出し、うまく逃がすことができたらしい。
それが分かったため、研究所の入口で、敵襲の警戒をしながら二人の到着を待つこととなった。
「それじゃあ、敵襲の警戒をしておこう。シャルル、今の所の異変は?」
「ない」
「うん。それなら――」
ズドォン!!
まるで隕石でも落ちたかのような衝撃と熱風が吹き荒れ、轟音が耳をつんざく。
何事かと村の方を確認するとそこでは、大きな建物が燃え上がっていた。
「は……?」
一切の前兆すら感じさせることなく、どこからか何者かが現れ、村を襲う。
周囲の音を聞き取り、襲撃を事前に察知できるシャルルですら分からなかったのだ、三人一瞬、時が止まったかのような感覚に陥った。
「シャルル、これはどういう?」
「わからない……いや多分、敵がこの村の中に直接ワープして――」
――――。
突如として、困惑する三人の視界は刹那のうちに暗転する。
だがその中で唯一シャルルだけが、何者かの小さな声のようなものを聞き取っていた。
◆◇◆◇
コンマ一秒にも満たないほどの視界の暗転。
その一瞬で景色は変わり、研究所からはかなり距離が離れてしまっていた。
アルフはすぐに周囲の確認……特にミルが無事かどうかを確認しようとする。
「ご主人様!」
「ミル! よし、よかった……!」
「ご主人様……シャルルさんが、いません」
だが後ろから声が聞こえたので、アルフの心配は杞憂に終わった。
が、同時に新たな不安が現れる。
確かにミルが無事なのはよかったが、シャルルとはぐれてしまった。
彼の場合はかなり強いとはいえ、自分達の持つ相手の情報から考えると、一人にするのは心配というもの。
それに加え、ダニエルとリリーのこともある。
いやむしろ、シャルルよりもそちらの方が危機に陥っている可能性が高い。
そうなると真っ先にやるべきことは……
「シャルルは無事なことを祈ろう。今はダニエルさんとリリーの方を優先だ。急ごう」
「はい、わかりました」
その二人の安全を確認すること。
アルフはそう判断し、研究所へ向かおうとした。
だが研究所側へ向くと同時に、背から声がかかる。
「そうはさせません」
感情のこもっていない女性の声。
振り向くとそこには、三人の美少女がいた。
それだけならよかったし、アルフも特に何とも思わなかっただろうが、今回はその三人の姿を見て、驚愕してしまった。
なんせ三人とも、容姿が完全に同じなのだから。
白いワンピースという服装はもちろんのこと、長い艶のある金髪、碧色の瞳、顔立ちなど……少なくともアルフには、三人がまったく同一の存在のように思えた。
とはいえ一瞬驚いただけで、すぐにアルフは冷静さを取り戻す。
そういった存在のことを事前にシャルルから聞いていたので、軽く驚くことはあるが、逆に言うとその程度のことなのだ。
だがそれはそれとして、今度はアルフの額に汗が滲んできた。
なんせ、目の前にいる女性三人のステータスをこっそり測定した結果、
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体力:15000
筋力:15000
知力:15000
魔力:15000
敏捷:15000
耐性:15000
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あまりにも高く、そして事前情報通りの、全く同じステータス。
思わず一歩後退りするが、古代魔法により作られた武具を出現させ、大剣を構えて戦闘体勢をとる。
奇襲をしてこない、かつ人の言葉を話すことができるということは、一応会話の余地はある。
アルフは三人の内、一番近くにいる女性の目を見て尋ねる。
「お前達は……このステータスは“レプリカ”か?」
「はい。ですが私達“レプリカ”は、貴方と敵対する意思はありません。特に今回については、“ネクロア”を倒しに来ただけですので」
「……」
女性はそう言うが、相手が相手なので、信用なんてできるわけがなかった。
アルフは無言で眉をひそめる。
「信用されていないようですね。兎に角、私達の目的は“ネクロア”と、その成果物を抹消することです。その邪魔をしない限り、敵対しないと誓いましょう」
「……その抹消の対象に、リリーは入っているのか?」
「はい、入っています。彼女は“ネクロア”における最初の成果物であり、覚醒を果たした存在です。覚醒……貴方達の言う古代魔法を得た存在……そのような者を、放置するわけにはいきません」
この女性が言うには、リリーは既に古代魔法を得ているというのだ。
この言葉の真偽は分からないし、嘘かもしれない。
なのでアルフは、今はこの言葉を無視して続ける。
「つまりこの村から出ていけ、ということですか?」
「はい。もし邪魔をすると言うのであれば、貴方を殺し、ミルは攫います。一応それが、アイン様の望んである事ですので」
「……ご主人様」
アルフの右からミルの声が聞こえる。
ちらっと見るとそこには、顔を強張らせたミルの顔があった。
極力不安を出さないようにしているが、その目には不安がありありと浮かんでいる。
「大丈夫、ミルには手出しさせない。そのためにも……」
アルフを中心に、世界が赤く書き換わる。
空は赤く輝き、炎が舞い上がり、赤く染まった村に黒煙と白煙が立ち込める。
「こいつらは殺す」
以前の、エリヤと戦っていた時に作り出したものとは明らかに異なる、殺意のこもった領域。
「ぐぅっ……!? 以前とは違う性質……!」
「急いで、倒さなければ!」
「けほっ、こうなったら……ごボォッ!?」
女性の一人がアルフに向けて魔法を放とうとするが、吐血によって魔法の軌道がズレて、頬を掠めるだけとなった。
だがアルフには効かない、いや、燃え上がる炎が青く熱を帯び、傷口を癒やしていく。
地面を燃え広がる炎は肉を焼いていき、肺に黒煙や白煙を取り込むと胸が締め付けられ、吐血してしまう。
ただしこれはアルフとミルには一切効かず、敵限定の効果。
むしろアルフ達にとっては、この燃え広がる炎は傷を癒やしていく聖火であった。
「死ね……!」
困惑していた女性達を、アルフは炎を纏った大剣であっさりと真っ二つに斬り裂く。
そのまま三人は、血肉も骨も灰となり、消えていった。
「……」
そうして、いったんは敵がいなくなった。
だがアルフはこの古代魔法発動により、自分自身に起きている価値観の変化と、古代魔法そのものの圧倒的な進化に気がついた。
いや、その前兆自体はもう少し前にもあった。
ミルと二人で外食をしに行ったとき、帰り道でどこかの貴族か何かの私兵と思われる人達に襲われた。
その時アルフは、今まで感じたことのないほどの不快感や憎悪を感じた。
その衝動に一瞬飲み込まれそうになったが、そんなことが起きることはなく、古代魔法を発動し、倒しきった。
そして敵を倒すと、それらの感情は安堵へと変わるのだ。
今も、それと同じことが起きている。
いや、感情は以前よりも大きく、強くなっているし、それに呼応するように古代魔法の出力も高くなっている。
ミルを傷つけようとする者に対して、奪おうとする者に対して、無限の苦痛を与え、力や知恵や技術を奪い、そして殺したいと、思ってしまう。
そして殺すと、大きな安心を得ることができるのだ。
「まさか……」
アルフはその原因と思われるものに気がついた。
奴隷になってきてからずっと共に戦ってきた武器、それらに込められた想いが、自分の心にまで影響を及ぼしているのではないかと。
ジェナが密かに、かなり面倒な方法で渡してきた武器ではあるが、最近になってアルフは、その正体を何となく察していた。
それは、アルフとは違う誰かが築き上げた古代魔法の欠片のようなもの。
おそらく三種類とも、アインへの恨みを持った一人の人間によっ作り上げられたのだろう。
古代魔法という人知を超えた魔法なのだ、人の心を変えるほどの想いが込められていてもおかしくないだろう。
すぐに三種の武器を出現させ、それらに対して“スキャン”を行い、調べてみた。
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名称:諢帙☆繧玖?を守る為の大剣
かの者の持つ無限の“知力”を謖√▽鬆ュ縺九i貉ァ縺榊そんなことはどうでもいい。報縺ェ縺ゥド関係ない。俺はただ、ミルを何者にも螂ェ繧上l縺溘¥縺ェ縺だけだ。そのために必要なのは、敵のステータスを減少させること。大剣によって生じる白煙を吸い込んだ敵は、全てのステータスが半減する。そうすれば、誰もミルのことを奪うことはできない。
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名称:赤く辯?∴逶帙kレイピア
かの者ノ悪行ハハハ謨ー遏・繧後★縲らスェ縺ョ辟。縺?多繧呈サ?⊂縺、彼女を奪う者には、苦痛ヲ荳弱∴縺ェ縺代l縺ーならない。ミルを奪う者には罰を。レイピアによって生じる黒煙は、敵にのみ作用する猛毒となる。吸い込むだけで、敵は肺が燃え上がるような苦痛を味わうことだろう。
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名称:遘√?蜈ィ縺ヲ縺ァ縺ゅk彼女の為の剣
かの者は驍ェ謔ェ縺ェ蜉帙〒縲∫ァ√?その家族は死んだ。友も死んだ。そして謨??縺ッ貊??、うるさい黙れ! 俺はただ繝溘Ν繧をすクイたいだけなんだ! 守りたいダケナんdァ! アインなどどうでもいい! 俺はミルを守るために、救うために、共に生きるためにここにいる! お前のエゴを俺に押しつけてくるな!
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「なんだ、これ……」
“スキャン”は、人間や魔人族が持つステータスや、武具などに込められた魔法を確認することができる魔法だ。
一般的な武具であれば『筋力のステータスをXXX上昇させる』や『魔法発動の際の魔力の消費を半減させる』などといった、機械的な文言が示される。
だが、おそらく古代魔法によって作られたであろうこれらの武器は、その想いが文章となって現れている。
そしてその文章が、以前とは大きく異なっていたのだ。
それに加え、武器そのものの名称も異なるし、文章の文字化けが酷い。
まるで、武器を作り上げた人と、それを使っているアルフとで争っているような、そんな印象を受ける文章だ。
「そうか、アインへの殺意が変化して……」
アルフの殺意は、これらの武器が由来なのだろうと予想できた。
元々武器に込められていたアインへの負の感情が、ミルへの愛情や独占欲により変化し、飲み込まれ、互いに侵食し合って、最終的に、ミルを傷つけようとする者への殺意が生まれるようになったのだろう。
「力も変化して、強くなって……そうか、全てこれの影響なのか……」
もはやこの三種の武器は、別の誰かの心から生じた武器ではなくなっていた。
今ではもう、アルフの作り出した古代魔法の一部と言っても過言ではない。
別の人の古代魔法を取り込むことにより、色々とぐちゃぐちゃになりながらも、強くなっていく。
「ご主人様?」
「うん? あぁごめん。ちょっと考え事を……」
色々と考えながら武器を見つめていると、隣ならツンツンと控えめに腕を引っ張りながら声をかけてきた。
放置してしまったことを謝るアルフだったが、ふとあることが気になり、彼女に聞いてみることにした。
「……ミルはさ。さっきの俺のこと、どう思う?」
「さっき? さっきって、あの女の人達と戦っていた時のことですか?」
「そう。その……戦っている時の俺、怖いと思ったり、した?」
たとえ敵とはいえ、殺意を持って襲う人を見るのは怖いことだろう。
アルフはただ、ミルに嫌われたくなかったのだ、怖いと思われたくなかったのだ。
「……ちょっとだけ」
「そっか……」
「あっでも、本当にちょっとです。それにご主人様が私なんかのことを守ってくれたことは、何よりも嬉しくて、安心して……」
「そうか……ありがとな」
ポンポンと軽くミルの頭を撫でると、アルフ達はリリーとダニエルを救うために、研究所の方へと向かうのであった。
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