37 たとえ化物だったとしても
「到着、ここがセレイドだ。そして奥に見える大きめの建物……音を聴く限り、多分あれが研究所。直接中を見たわけじゃないから断定はできないけど……」
「いや、それだけ分かれば充分。けど、思った以上に大きいな」
それなりに大きな村の中心あたりに、明らかに場違いな雰囲気の建物があった。
シャルルはそこを指差して言う。
セレイドの規模は、アルフの予想していたよりもかなり大きいものだった。
元々シャルルは、人口は三百人程度と言っていたが、村の大きさが人口に見合っていない。
もしかしたら、ここは段々と増えていく蘇生させた人達を住まわせる場所なのかもしれない。
「そういえば……」
そんな村を見て、アルフはある物を思い出す。
ログレスの街の郊外にあった教会跡の地下、初めてリリーと会った場所にあったノート。
そこには確か、このように書かれていた。
『蘇生に成功したことを受け、教会は別の研究施設を用意してくれたようだ。それだけでなく、その研究所を中心とした場所には、まだ人は住んでいないが、小さな町も出来上がっているらしい。おそらくは、そこで死者の完全蘇生の研究をしろ、ということだろう』
アルフは、リリーが会いたがっている父親が、ここにいるかもしれないと感じた。
そしてそれは、リリー本人も同じなようで、かなり緊張した様子。
アルフは軽く声をかけ軽く背中をたたき、彼女の緊張をほぐしてあげる。
「リリー、深呼吸深呼吸」
「う、うん……!」
リリーは目を閉じて胸に手を当て、何度か深呼吸をすると、目を開けて大きく頷いた。
「よし……!」
「準備できたみたいだね。じゃあ少し急ごうか」
シャルルを先頭にして、中央にある研究所と思われる建物へと歩を進める。
だがリリーはかなり緊張しているようで、アルフの後ろに隠れるようにしてついていく。
村の人達は、別段アルフ達に対して敵対的というわけではないが、チラチラと見られるような感覚があった。
おそらく閉鎖的な環境だからなのだろう、そのため外から来た人達には興味を示すと同時に、軽く警戒していた。
別に手出ししてくるわけではないので、無視してさっさと進んでいき、研究所の前へとたどり着いた。
だがその入口には、白衣を着た黒髪の男が待ち構えていた。
「外から人が来たと聞いたが……アルフレッドにシャルル、それにアインが血眼になって探しているというミルか……驚いた」
前髪が長めで分かりにくいが、目には隈が浮かんでおり、軽い猫背になっているからか、男性からは元気が無さそうなダウナーな雰囲気を感じる。
男性は、小さい声で呟くように言っただけだった。
だがその声を聞いた瞬間、アルフとシャルルの後ろにいたリリーは、二人を押しのけて飛び出していった。
「パパっ!!」
勢いよく、男性の方へ駆け出していくリリー。
「ぇ……」
「パパっ! 会いたかった……本当に会いたかった!」
その姿を見た男性は思わず目を丸くし、信じられないものを見たかのように、その場に崩れ落ちる。
その瞳は涙で溢れ、一筋、頬を伝っていく。
「リリー……リリー、なのか……?」
「うん……! ずっと、ずっと……パパに会うために頑張って、ここまで来たよ」
「そ、そんな……リリー……リリーっ!」
慌ただしくリリーに近づくと、男性は彼女のことをぎゅっと抱きしめる。
「会いたかった……本当にあいたかった……!」
その瞳からは涙がポロポロと溢れ、止まらなくなっていた。
そしてくしゃくしゃの笑みを浮かべながら、リリーの頭を撫でて、その存在を噛みしめるのであった。
◆◇◆◇
それから大体十分後、白衣の男性は落ち着いたのか、アルフ達に向けて自己紹介をした。
「お見苦しい所を見せてしまってすまなかった。私はダニエル・ヘクター。一応この村の村長的な立場にいる」
やはりと言うべきか、男性の名はダニエル・ヘクター、ちょうどリリーの父親にあたる人物だった。
落ち着いたダニエルは、背筋を伸ばして丁寧な態度で、アルフ達への応対を行う。
「娘のリリーをここまで連れてきてくださって本当に、あなた達には感謝してもしきれない。ここには大したものはありませんが、ぜひ、おもてなしをさせていただきたく……」
「いえ、すみません。今は緊急事態なんです」
「何か他に用事が?」
「はい。これに関しては……シャルル」
アルフは右隣にいるシャルルにちらりと視線を向ける。
「僕から説明を。端的に言わせてもらうと……“ネクロア”のダニエルさん。あなた達は命を狙われている」
「っ!? どこで、それを……?」
「詳しい話は後で。どうやら“レプリカ”と“キマイラ”が、あなた達を潰そうとしているらしい」
「……その根拠は?」
「無い。この情報はある記者から聞いた話だし、真偽は断定できない」
ダニエルは目を閉じ、軽く息を吐く。
「……分かった。普段なら根拠が無い情報は信用しない。だが君達なら……リリーをここまで連れてきてくれた君達なら信用できる……いや、信用したい。それに、この情報を無視して死ぬ可能性があるのなら、“ネクロア”のリーダーとして見過ごすことはできない」
「ということは……!」
「すぐに脱出の準備をする。こちらは教会に関する資料をある程度まとめておくから、君達にはこの中にいる研究員達に避難指示を出してもらいたい。準備が終わったら、この研究所の入口で落ち合おう」
ダニエルはアルフ達のことを信じ、このセレイドから脱出することに決めた。
情報に信憑性などは無いが、ダニエルはただ、リリーを連れてきてくれた大恩人の言っていること、というだけで、信じることを決めたのだ。
それからダニエルとリリーは、アルフとミル、シャルルと別れ、教会関係の書類をまとめるため、研究所にある資料室へと向かった。
とはいえそこは、本当に小さな物置のような場所で、研究用の資料が分野ごとにまとめられていた。
ダニエルは資料を流し読みしていき、
「えっと、何してるの?」
「教会関係の資料集めだよ。せっかくだし、ここから逃げ切った後、教会の隠蔽している情報を公表しようと思ってね」
「そうなんだ……研究資料とかはいいの?」
「それはもう必要無いからいいや。教会から逃げられれば研究なんてできないし。それに……研究を行う理由も、ついさっき消えたし」
ダニエルが教会に所属し、研究を続けてきた理由。
それはただ一つ、家族を蘇らせるためだった。
◆◇◆◇
ダニエル・ヘクター。
交易を営む地方の商家に次男として生まれた彼は、比較的平凡な生活を送っていた。
家業は兄が継いだので、弟である彼は家を出て、実家の助力をもらいながら小さな商店を経営していた。
誠実で心優しいダニエルではあったが、人に恵まれなかったり、間が悪かったりして、彼の経営していた商店は利益が出ない時期がかなり長かった。
働き詰めで、眠る暇すらほとんどなく、憔悴しきったダニエルだったが、そんな中で、とある修道女に出会う。
それが、アリアルという名の修道女だった。
ダニエルよりも三つ歳下で、教会には入ったばかりだったが、彼女は誰よりも優しく、弱っていたダニエルの話を聞き、励ましてくれた。
そこから交際は始まり、数年の時を経て、ダニエルとアリアルは結ばれることとなった。
宗派によっては、結婚――正確には男女の性的な付き合いだが――を悪として見る所もあるが、アリアルの所属する教会はそんなことはなく、結婚を祝福された。
さらにそれから約二年後、二人の間に一人の女の子が生まれた。
二人で考えに考えて付けた名前は、リリー。
リリーはすくすくと成長していき、母親譲りの容姿と父親譲りの落ち着いた優しい子に育っていった。
商店の経営も軌道に乗り始め、全てが上手く行き出した頃、最悪の事件が起きてしまった。
それはちょうど、リリーが六歳の誕生日を迎える日だった。
仕事で家を離れていたダニエルは、家に帰った時、愕然とした。
その目の前には、燃え盛る家があった。
他でもない、自分達の大切な家が燃えてしまっていたのだ。
思わず炎の中へと走り出したダニエルが中で見たのは、胸を貫かれて死んだアリアルの姿だった。
そしてリリーは、覆い被さるようにして、アリアルの腕の中で亡くなっていた。
火傷を負いながらも二人の亡骸を家の外に出した後は、ダニエルはその場でずっと泣き続けていた。
後に分かったことではあるが、犯人は犯罪の依頼を専門に行う便利屋の男性だった。
そして依頼人は、ダニエルの同業者でもある商店の店主。
それまでも細かな嫌がらせを何度も受けてきてはいたが、この依頼に関しても、嫌がらせの延長線上とでも考えていたのだろう。
全てを失ってしまったダニエルは、辛うじて無事だったリリーの死体を引き取り、実家に引きこもってしまった。
全てを失い、絶望した彼には、真犯人を怨む気力すら残っておらず、虚無の時間を過ごしていた。
それから二週間後だった、王都の教会から人がやって来たのは。
そして教会の人物に“死霊術”のスキル目当てにスカウトされたのだ。
最初は断るつもりだったダニエルだが、教会の人が言ったある一言で、彼はスカウトを受け入れることとなった。
『君のスキルがあれば、上手く行けば大事な家族を蘇らせることができるかもしれない』
大切な妻と子が生き返るかもしれないと考えると、ダニエルはいてもたってもいられなくなった。
そう、彼の研究者としての原点は、家族を蘇らせたいという強い想いだったのだ。
◆◇◆◇
リリーの死体は、一番最初に行った蘇生に失敗してなくなってしまった。
妻のアリアルについては、死体が燃えて使い物にならなくなっている以上どうしようもない。
遺伝子操作によって人造人間を作り出す“レプリカ”の手法でも、見た目は似せることはできても、記憶を元通りにすることはできない。
だがリリーは生き返り、ちゃんと生前の記憶を持って、今ここにいる。
リリーを蘇らせようとしたは、最初の一回のみだし、それで生まれたのは、人間とすら言えない肉の塊。
逆に言ってしまえば、今ここにいるリリーの真の正体は、おぞましい化物と言える。
「リリー……あの教会の地下から、ここまでやって来たのか?」
「え? う、うん……」
もちろんそれを、今のダニエルは理解している。
このリリーは、リリーの姿をしているだけで、真の姿はおぞましい化物のような存在だと、分かっている。
だがそうだとしても、彼女を今更無視することはできなかった。
一途に自分のことだけを追い続け、認められるために、長い時間をかけて生前と同じ姿となり、そしてついさっきは、内心では全てを諦めていた自分を、救ってくれた。
まるで、あの時の妻のように。
「……頑張ったな」
ダニエルはしゃがんで、リリーの頭を撫でる。
今までを労うかのように、柔らかな笑みを浮かべ、リリーを見つめながら。
「ごめん。あの時は、酷いことを言ったよな」
「……! パパは、私の正体を……」
「分かってる。君の真の正体が化物なことは、もう理解している。それでも……」
たとえ化物だったとしても、今のこの現実は、真実。
ダニエルの思考は、感情は、想いは、誰にも変えることのできない絶対的な真実。
「リリー。これからは一緒に、またもう一度一緒に――」
やり直そうと、そう言おうとしたその時、声はかき消された。
代わりに耳を突き刺すのは、爆発のような破壊音。
地面は揺れ、ダニエルは体勢を崩すのとほぼ同時に、書庫の天井も崩れ始める。
「パパっ!」
咄嗟にリリーはダニエルを引っ張り、書庫の外へと出て、割れた窓から建物の外へ脱出した。
「なっ……本当にあいつらは……」
そうして見えてきた村は、炎と黒煙で包まれていた。
空から降り注ぐ炎は、村の建物も一瞬にして破壊し、火の海へと変えていく。
そしてその犯人は、空を飛んでいる。
ワイバーン型、いわゆる小型のドラゴンを原型としたキメラや、空中を浮遊して魔法で村を焼き払う人間が、ダニエルには見えた。
「リリー、すぐに逃げるぞ! このままだと本当に死ぬ!」
「うん! わかってる!」
アルフ達がどこにいるか分からないが、今はそれどころじゃない。
あの三人が無事に脱出できていることを信じて、ダニエルとリリーは密かに村を出るために動き出すのであった。
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