70 封印の巫女
「改めまして、私が魔王……もとい、封印の巫女のヴィヴィアン。人間の英雄よ、以後よろしくお願いします」
魔王は、跪くアルフとミルに挨拶をする。
「……と、もういいかしら?」
すると、玉座から立ち上がる。
「おい、お前達も立て。端に寄っとかないと危ねぇぞ」
「え? あ、ああ……」
未だに跪いていたアルフ達だったが、青肌に赤髪の魔人族に、首根っこを捕まれ、強引に立ち上がらせられる。
言われた通り、とりあえず部屋の端の方へ移動する。
よく見てみると、魔王や他の魔人族についても、ジェナを除いた全員が端の方へ移動していた。
全員が部屋の端の方に行ったことを確認したジェナ。
彼女はパチンと手をたたく。
すると玉座は消えて、代わりに大きめのテーブルと椅子が出現する。
そしてテーブルには、今この場にいる人数分の料理が並べられている。
魔王と副王と四天王と、アルフとミル、合計八人分だ。
「さて、ここからは食事でもしながら話しましょう」
魔王であるヴィヴィアンはそう言い、椅子に腰掛けた。
◆◇◆◇
そこからは、魔人族と食卓を囲むこととなった。
しかもそこらの一般層の人達ではなく、そこにいるのは魔王と副王、それと四天王だ。
アルフは内心で「どうしてこうなった」と、思わずにはいられなかった。
「……そういやぁ、自己紹介してなかったな」
何となく気まずい気持ちで食事をつついていると、青肌の魔人族の男がそう言う。
「俺はガディウス、四天王の一人だ。んで、こっちの執事みたいなヤツがアブラムで、緑髪の
「私達は初めまして、かしら? グローザよ」
「アブラムです、初めまして」
「……一応、僕も。僕はヴィンセント、副王という位についている」
「ああ、よろしく……」
意外にも丁寧な態度に、若干驚くアルフ。
四天王については、アルフはジェナ以外とは会ったことがないが、情報だけは聞いている。
特に印象が変わったのは、ガディウスだろう。
昔のことではあるが、彼は血気盛んで荒っぽい魔人族の男という風に聞いていたため、こうも落ち着いているのは意外だったのだ。
「一応、俺達からも自己紹介を。俺はアルフレッド……けど諸事情があって、今はアルフと呼んでほしい」
「はじめまして……えっと、ミルです。よろしくお願いします」
もちろん挨拶されたので、アルフ達からも簡単に自己紹介をした。
「にしても災難だったなぁ。最強の人間だってのに、実のあ――」
何かを言おうとするガディウス。
だがその横から腕が伸び、彼の口を強引に塞ぐ。
「んごぉっ!? っ……おいゴラァ! なに――」
「
「ッ…………あぁ、そうか。確かにな。お前にとっても辛い記憶だろう、悪ィな」
「え? いや、別にそこまで気を遣わなくてもいいんですよ?」
おそらくは、右目の下に刻まれた奴隷の刻印、それについて口にしようとしたのだろう。
客人ではあるとはいえ、ここまで気遣われているとは思わず、流石にアルフも少しずつ認識を改めていった。
もしかしたら本当に、魔人族は凶暴な種族ではないのかもしれないと。
「それで、魔王のヴィヴィアン? さんに、聞きたいことが……」
「どうしました?」
「”封印の巫女“とは?」
アルフは、彼女が名乗る時に言った”封印の巫女“という言葉について尋ねる。
「簡単に言えば、アインの封印を管理する者のことです。男性の場合は”
「なるほど……若いのに凄いなぁ」
「ププッ……!」
何気なく呟いたこの言葉。
それに反応して、ガディウスが思わず口を押さえて笑う。
「おいおいアルフ、俺達は魔人族だぜ? 人間とは違って、見た目じゃ年齢は測れねぇぞ?」
「……え? まさか」
「ヴィヴィアン、子どもみたいに見えるだろ? ああ見えて七十年以上生きてるんだぜ?」
「え? ……え?」
ヴィヴィアンとガディウス、二人を交互に見るアルフ。
あんな、ミルと同じくらいにしか見えない少女が、七十年以上生きているとは、流石に思えなかった。
「私達は人間よりも寿命が長くて、成長の仕方もそれぞれ違ってくる。ガディウスにはよくからかわれるけど、これでも七十四年生きてるのよ、私」
「そう、なんだ……」
少しだけ誇らしげに胸を張るヴィヴィアン。
魔人族の寿命は、全体的に人間と比べてかなり長い。
その上、成長の速度も個体差がかなり大きく、大柄に成長する人もいれば、ヴィヴィアンやヴィンセントのように、小柄なままで成長が止まる人もいる。
その影響で、価値観も人間とは違い、老いがゆっくりなためか、自らの生きた年数を誇りに思う人もいるほどだ。
「でも年齢で言うと、エルフの血を引く人達は特に長いよなぁ」
「エルフ……確か魔人族の一種でしたっけ?」
「そうそう! 他にも色々あって、グローザは
「……アブラムさんは?」
「私は複数種族の混血でして。なのでどの種族とも言えませんね……」
そして、魔人族にも様々な種族がある。
人間にとっては全て同じものとされ、呼び方が統一されている。
だが、生き血を吸う能力を持つ
そんな様々な種族が集まった国であるため、アブラムのように、混血の人も多い。
というよりむしろ、純血の人の方が少ないくらいで、アブラム以外の人達も、純血というわけではない。
あくまで、一つの種族の形質が色濃く現れているから、その種族を名乗っているというだけだ。
「……知らないことばかりだ」
「人間側では情報統制がされているからね。正しい情報が隠蔽されている事も多い」
魔人族は人間の敵で、凶悪な存在。
国が、教会がそう喧伝した影響はあまりにも大きく、今やほとんどの人々は、真実を忘れてしまっている。
「人間と魔人族は、元々互いにそこまで干渉の無い、隣人みたいな感じだったのよねぇ」
いつからこうなったのやらと、グローザはため息を吐く。
「……あっ」
そんな中、今までずっと話を聞くだけだったミルが、何かを思い出したのか、声を上げる。
「そういえば、一つ思い出したことがあって……」
「うん? どうしたのミルちゃん?」
「アインの封印についてなんですけど……何か、封印が緩んでいるって、教会の枢機卿? の人が言ってたんですけど……」
「あー……アイゼンすう……教皇が言ってたなぁ」
アインの封印が緩んでいる。
そのことをミルが口にすると、ヴィヴィアンは相当驚いたのか、目を丸くする。
「……何で、その情報が?」
彼女としては、封印が緩んでいることは、何よりも隠したかったことでもある。
それを何故知っているのかと、逆にアルフとミルに問う。
「これは元枢機卿、現教皇の人に聞いた話ですが……封印が完璧なら、キメラやクローン兵なんて存在しないはずらしいです。俺も詳しくは知りませんが、アレらはアインの力によって作られてるらしいので」
「……そういうことね」
「そしてその教皇は、封印を緩めた犯人は、四天王の中にいると言っていました」
「……」
「は……?」
「ウソ……」
「私達の中に、ですか……」
裏切り者のことを聞いた四天王達の反応は各々違った。
ジェナは最初から知っていた、予想していたかのような余裕な表情。
ガディウスとグローザは、信じられないといった表情。
アブラムは、悔しそうな、あるいは不快そうな表情。
「確かに私達以外に、封印に近付ける方はいません。となれば、あまり考えたくはありませんが……」
だが、そんな不快にも見える表情をしながらも、アブラムはアルフの言葉に納得している様子だ。
とはいえ、仲間意識の強い魔人族にとって、そう簡単に受け入れられないことであるのは変わりない。
「いや待てよ! オレ達の中に裏切り者がいる? そんなの信じねぇ、ありえねぇ!」
「右に同じく。犯人視点から考えても、封印を解く理由が全く分かんない。封印を解いたら、全てが終わるのに」
ガディウスとグローザは、身内に犯人がいるはずないと思っているようだ。
特にガディウスについては、この話を受けて声を荒らげている。
「しかし、私達じゃない第三者に犯人がいるはずが……」
「でもオレ達の中にいるわけがねぇ! おいアルフ! その話、教皇が言ってたんだよなぁ! ウソの情報なんじゃねぇか!?」
「え? まぁ、その可能性は、あるかも……」
「だろ!? ならオレは絶対――」
「落ち着け」
ジェナの一言、それで昂ぶるガディウスも一瞬で声を止めた。
「物的根拠が無い以上、これ以上の言い争いは不毛だ」
「……そうだな。ちょっと感情的になり過ぎた」
「うむ。一応私の考えも言っておくが、君達は絶対に犯人ではないと、確信している」
そう言うと、彼女はアルフの方に視線を向ける。
「……アルフはどう思う? 部外者から見て、誰が犯人に見える?」
「えっ、俺? とは言っても……」
そして犯人の予想について聞かれるが、正直な話、全く分からなかった。
見渡してみるが、そもそもジェナ以外とは初対面で、人となりすら知らないのだ、結論が出せるわけがない。
が、それでも一つだけ言えることはある。
「犯人っぽい人は分からないけど……ジェナだけは絶対にあり得ない」
「ほう?」
「確か魔王を殺せば、アインの封印は解かれるんだろう? もしジェナが犯人なら、五年くらい前に魔王を殺そうとした俺を止めなかったはずだ」
「あー……確かにそう考えると、ジェナはあり得ないわねぇ」
「それ以上は分かりませんけどね。初対面ですし」
そうして話が一段落ついたところで、ヴィヴィアンが声を上げる。
「はい! 話はここで終わり! 確かに疑わしくはあるかもだけど、あまりギスギスしないこと!」
「ハッ!」
そして四天王全員、その言葉に従う。
何度か軽く頷いた後、彼女はアルフとミルの方を向き、これからのことを話す。
「お二人の部屋は用意してあります。後でアブラムに案内させますので、どうぞおくつろぎください」
「ありがとうございます」
こうして、一悶着あったが、夕食の時間は終了したのであった。
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