71 機械仕掛けの神

 魔王城に来て二日目。


「おはようございます」

「ヴィヴィアンさん、おはようございます」

「お、おはようございます」


 朝起きて、廊下に出てしばらくの所で、アルフとミルはヴィヴィアンと会った。


「まだ侵攻までは時間があるそうなので、それまではゆっくりしてもらえたら嬉しいです」

「ありがとう」

「他にも何か用があれば言ってくださいね?」

「あー、なら少し調べたいことがあるんだけど……」


 わずかに逡巡しつつも、アルフはヴィヴィアンに尋ねる。


「アインについて、色々と知っときたいんだ。もしもに備えて」


 裏切り者の話が出た次の日に言うべきか、アルフは少し迷った。

 が、もしものことを考えて、ある程度知っておきたいという気持ちが強かった。


「アインについて、ですか」


 ヴィヴィアンも、少し迷っている様子だ。

 ジェナからこれまでの情報を貰っているので、アルフ達が教会の手先である可能性は低いと分かっているが、それでも不安はあるのだろう。


「……分かりました。よろしければ、直接ご覧になりますか?」

「直接? 本当に良いのか?」

「少し迷いましたけど……大丈夫です」


 それでも、彼女は承認してくれた。


「それではアルフさん、ミルさん。私についてきてください」


 そうして二人は、ヴィヴィアンの後ろをついていく。

 地下へ続く階段を降りて、物置のような地下室まで到着すると、そこからさらに下へ続く階段を進む。

 何も無い階段を降りて、廊下を歩いて、しばらくすると、行き止まりに辿り着いた。


「来ましたね。さぁアルフさん、ミルさん。私の手を握ってください」

「え?」

「目の前に壁が見えていると思いますが、結界でそう見えているだけです。そしてこの結界は基本的に、魔王の血筋の人しか通れません。ですが手を繋ぐことで、お二人が私の一部と認識されるらしく、通れるようになるのです」

「へぇ……高機能な結界だ」


 納得したアルフは、ヴィヴィアンの手を握る。

 ミルも同じようにすると、ヴィヴィアンと共に歩を進める。

 すると魔王である彼女だけでなく、アルフもミルも、結界を、壁をすり抜けることができた。


「これ以降も複数の結界がありますが、今と同じ方法で通ることができます。では、行きましょう」


 それからも、二つの結界を通り抜ける、地下へどんどん降りていく。

 小さな赤い明かりだけを頼りに、ゆっくりと足元に気をつけて進む。


 そして、地下に降り始めてから約五分、ついに最奥へと到着した。


 今までに通ってきた結界、それらよりも圧倒的に重厚な雰囲気の障壁が、二人の前に現れる。

 そしてその奥に、アインがいた。


 巨大な鎖で縛り付けられた、機械仕掛けの何か。

 元々は人間だったのだろう、その面影が、機械化した肉体の形状で表現されている。

 機械で補強された、強靭な二本の脚と腕、全体的に巨大ではあるが、フォルムは人間に近い。

 大昔の戦いの痕跡、破壊された部位からは、点滅を繰り返す光や、様々な色のチューブが見える。


「これが、アイン……」

「なんか、予想してたのとは違いますね……」


 それが、アルフとミルの感想だ。

 人間には神として崇められていたため、アインは神々しい、あるいは禍々しい人間のような姿をしていると思っていた。

 だが実際は、機械仕掛けの異形の何かだった。


「そう。あの機械仕掛けの化物が、アイン。ここからは分からないけど……”知力“以外のステータスが無限の、化物」

「無限!? いや、そんなこと……って、あれ?」


 ”知力“以外では∞のステータスを持つと聞き、アルフはアインに対して”スキャン“の魔法を使い、ステータスを確認しようとする。

 が、何故かステータスは見れない。


 それを見越したかのように、ヴィヴィアンは口を開く。


「残念ながら、ステータスの確認はできないです。姿を見ることこそできますが、アインは異空間に隔離されている状態らしいので」

「異空間に隔離?」

「はい。なので魔術的には、私達の前に、アインはいないことになっています。なので、一切の干渉が出来ないのだと思います」


 ”スキャン“は、視認した相手のステータスを確認する魔法だ。

 だが、今アルフ達が相対しているアインは、結界による効果で、あたかもそこにいるかのようにだけ。

 実際にはその場におらず、幻覚をみているようなものなので、”スキャン“は発動しないのだ。


「”スキャン“の他にも、アインが封印されている限り、私達はアインに対して一切の手出しができません。封印したまま殺すことができたらよかったのですが……」

「封印の内側に何かをする、って行為が全て禁じられたいるってわけか」

「はい、簡単に言えばそんな感じです」


 もちろん、他のいかなる物理的、魔術的な手段を用いても、封印されたアインに対する干渉はできない。

 もし仮にアインを殺すのであれば、それこそ、封印の巫女、あるいは封印の巫覡ふげきを殺し、封印を解くしかない。


「封印を解除すれば殺せるとはいっても、解除された時点で大惨事だろうしなぁ。封印維持が最善手って感じなのか……」

「はい。こんなのがいなかったら、難しいことを考える必要もなかったのですが……」


 しかし封印を解けば、アインによる被害が出るのは確実だ。


「私も詳しくは知りませんが、過去の文献を見るに、アインは精神操作が可能らしいので……解き放たれれば、相当危険だと思います」

「精神操作……俺のスキルで無力化はできるけど、それでも面倒だ……」


 最後にアインが活動していたのは、約二千年前だとヴィヴィアンは言う。

 その時の文献がわずかに残っており、それらを読み解くに、アインは非常に強力な精神操作が可能だという。

 それを利用して多くの信者を作り出し、アインに敵対する者達に信者を差し向けていた、という記録があるそうだ。


 単純な破壊能力、というわけではないが、場合によっては何よりも厄介な能力だ。

 ”状態異常無効化“のスキルを持つアルフや、それによる治癒を受けたミルなどには、精神操作が効かないことは幸いだろう。

 特にアルフであれば、スキルの効果を他人に付与することができるので、精神を支配された人達を元に戻すことも可能だ。

 もっとも、スキルの効果を付与すれば、一応は精神操作を受けなくなるが、同時にステータスも失われるので、短期的には戦力が大幅に低下してしまうというデメリットはあるが。

 なので、無闇矢鱈と使うのも良いとは言えない。


 だがここまで聞いて、アルフの中にちょっとした疑問が生じる。


「……というか、ヴィヴィアンさんが死んだら、アインの封印が解除されるんですよね?」

「はい、そうですが……」

「それなのに、ジェナを護衛に付けないんですか? 特に今は部外者俺達がいるのに。危なくありませんか?」


 何故、封印の要であるヴィヴィアンに、護衛が付いていないのか、それが疑問だった。

 自分達のことを信じているとしても、ここまで無防備だと流石に危険ではないかと、アルフは感じていた。


「ジェナについては、昔からヴィンセントの護衛をさせているので。私の方の護衛は、アブラムにしてもらっています」

「へぇ……ということは、アブラムさんってジェナよりも強いのか。そりゃあとんでもないな……」

「あ、いえ。ジェナの方が強いですよ?」

「え?」


 そんなヴィヴィアンの言葉に、アルフは数秒、言葉を詰まらせる。


「いや、じゃあ何で? 安全性で言えば、逆にした方がいいはずなのに……」


 強さで言えば、アブラムよりもジェナの方が上。

 となれば、殺されたら終わりのヴィヴィアンを守る役割は、基本的にはジェナの方が適任である。

 にも関わらず、何故、ジェナを護衛に付けないのか。


「……私もそれは分かっています。でもヴィンセントは、私にとっては唯一の家族で、弟で……私より強いし、自分の身は自分で守れる子だってことは知ってます。でも、それでも、何かあってほしくない……死んでほしくないんです」

「……」


 その理由を聞いて、アルフは何も言えなくなった。

 昨日の夕食の時に少し聞いた話ではあるが、ヴィヴィアンとヴィンセントは双子である。

 両親はもう亡くなってしまい、今は血の繋がった家族は二人だけ。

 四天王の四人との関係は良好で、今では彼らが家族のようなものではあるが、それでも、血の繋がりというものは、彼女にとっては重要なことなのだろう。


「……なんか、ごめんなさい」


 ここまでの想いがあるのなら、アルフは何も言えない。

 むしろ余計なことを言ってしまったことを、謝罪した。


「いえ、謝らなくてもいいんですよ? 他の四天王の方にも何度か言われてますし……安全性だけで言うなら、アルフさんの方が絶対に正しいです」

「それでも、弟を守りたいんでしょ?」

「……はい。私の身を案じてくれるのは嬉しくはありますが……ここだけは、絶対に譲れないので」

「そっか……ともかく、色々教えてくれて、ありがとうございます」


 これ以上何か言うのも野暮なので、アルフはここまでやってくれたことに感謝を述べる。

 続けてミルも同じように、感謝の言葉を口にした。


「いえ、どういたしまして。それでは、お腹も空いてきたことですし、戻りましょうか」


 まだ朝食前なので、気付いたらグルグルと、お腹が低い音を立てている。

 アルフとミルは、ヴィヴィアンに連れられて、再び来た道を戻っていき、食堂へ向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る