72 強さ比べ
結界越しではあるが、アインの姿を見た後、アルフとミルは朝食をとっていた。
もちろんその場所には、魔王と副王、それに四天王の四人も一緒だ。
一日経ったということもあり、緊張感はかなりほぐれ、アルフとしては比較的慣れてはいた。
が、ミルはマシにはなっているものの、依然として緊張している状況だ。
ちょっとした雑談をしながらの朝食、そこでヴィヴィアンがふと、朝のことを言った。
「そういえば朝食前、アルフさんとミルさんに、封印されたアインの姿を見せました」
全く大したことなさそうな、そんな言葉遣い。
しかし他の全員、特に四天王達は、大なり小なり驚きを露にしていた。
「え……?」
「魔王様、本当なのですか?」
「うん。この二人なら、多分大丈夫と判断したから」
「……魔王様がそう言うなら。私としても、彼等が意図的に封印を解除しようと動くとは思えない」
「まぁジェナの言う通り、危険じゃ無さそうだけどよォ……もうちょっと俺達に話してくれてもいいんじゃねぇの?」
「あなた達に相談したら反対するでしょ?
その後もヴィヴィアンは四天王達に色々と説明をして、数分で納得させた。
というよりかは全員、「魔王様がそう言うなら」といった感じに、彼女に従ったと言う方がいいかもしれないが。
「それにしても、
「そうね。強い強いとは言われてるけど、実際に戦ったことがあるのはジェナだけだし……」
それはそれとして、アルフ達の人柄もそうだが、強さも信頼するような言葉に、ガディウスとグローザの二人が尋ねる。
アルフはどれくらい強いのかと。
その問いには、ヴィヴィアンではなくジェナが答える。
「ミルは戦闘経験が無い。一度だけ古代魔法を発現させたが……私の観測した限りだと、恐らくアルフのみを強化させる類の物だから、戦闘能力は皆無だろう」
「へぇ……んで、アルフは?」
「少なくとも、私とヴィンセント以外は、彼が本気で戦えば五秒以内に死ぬ。勿論アルフではなく、君達がだ」
「へぇ……へぇ〜……」
本気のアルフと戦えば、五秒以内に死ぬ。
その言葉に真っ先に反応したのは、血気盛んそうなガディウスではなく、意外にもグローザだった。
「別に
彼女はアルフの方をじっと見ながら言う。
「強い」
ジェナのとても短い一言で、全員が黙る。
が、今度もグローザが、一番に口を開く。
「……戦ってもないのにそんな風に言われるのは、なんかムカつくわねぇ」
そして、アルフに向けて指を差す。
「アルフ、勝負よ。あんたの強さ、実際に戦って見てやるわ」
「ほぉ〜? じゃあ俺も参加させてもらうぜ。俺としても、ジェナにあんなボロクソ言われて、軽くムカついてんだ……!」
「え?」
「ほら、いいでしょ?」
「いいよなぁ?」
一応アルフは、他の人達の方を見る。
「……まぁ、いいんじゃないでしょうか?」
するとヴィヴィアンから、許可が下りた。
「じゃあ、食事が終わったらやろうか」
そうしてアルフは、ガディウスとグローザの二人と戦うことになった。
◆◇◆◇
朝食から約一時間後、アルフ達は魔王城の庭園に出た。
王都にある城と比べると小さいが、それでも魔人族の王が住まう城だ、庭もかなりの大きさだ。
それこそ、四天王の一人や二人が暴れても平気そうなくらいには。
そこで、アルフは二人の魔人族と対峙する。
目の前にいる二人、ガディウスとグローザは、アルフを見ながら話している。
その周りには、他の四天王の人達や、魔王と副王、それとミルもいて、観戦するつもりのようだ。
「さぁて、どっちからやる?」
「どうしようねぇ? 私としては最初にやりたいけど」
「俺も最初は譲れねぇなァ」
どうやら、最初に戦う方を決めているらしい。
が、どちらも最初に戦いたいらしく、なかなか決まらない。
その様子を見兼ねたのか、ジェナがある提案をする。
「二人同時に戦ったらどうだい?」
「……はぁ?」
「おいジェナ、流石に俺達をナメ過ぎだろ……!」
だがそれは、魔人族としての、四天王としての誇りが許さないものであった。
魔人族の中でも五本指に入るほどの強さの彼らが、一対一だと、模擬戦では戦いにならないと言われたようなものなのだ。
「すまない、そう云う意図では無い。話し合いに時間を掛け、アルフを待たせる位なら、いっそ二人同時にやったらどうだ? と云う話だ」
「……チッ」
明らかに不満たっぷりな様子の二人。
しかしどことなく暇そうに待っているアルフを見て、長い溜め息をつき、そちらを向く。
「できれば一人で
「二対一になるけど、それでもいい?」
一応、グローザがこの戦闘形式でいいかを聞くが、アルフはすぐに答える。
「はい、大丈夫です」
「そう。じゃあガディウス……」
「おう……ブッ潰す!」
二人から、殺気に似た気配が、プレッシャーが放たれる。
それに反応したアルフは、即座に世界を塗り替え、自らの領域を形成する。
空から降り注ぎ、地面を覆う雪は溶け、雪雲は消えて赤い空へ、そして魔王城は消え去り、代わりに王都が現れる。
それに伴い、極寒の空気は、一瞬にして暖かくなっていく。
アルフの装備も現れ、完全に戦闘体勢を取っている。
以前の、ミルの古代魔法によって強化された時とは違い、今回は青い炎ではなく、赤い炎を発しているが。
出力は、ですあの時よりは確実に劣っている。
「あつッ!?」
もっとも、最盛より弱いとはいえ、強いことには変わりない。
戦闘相手であるガディウスとグローザにとっては、アルフの形成した空間は、火傷しそうなほどの熱さに感じているだろう。
「けど……熱い、だけだッ!」
ガディウスが叫ぶと同時に、直径二十メートル程の巨大火球が、いや、マグマの塊が、空に発生する。
そして、爆発するかのように輝くと、火球は分裂し、弾丸のようにアルフに向けて落ちていく。
「完ッ全に燃やし尽くす! メテオレインッ!!」
いや、それだけじゃない。
ガディウスの空からの攻撃に加え、グローザは地からの攻撃を行う。
彼女の身体から分離し、周りに浮かぶ、複数の赤い液体……血液でできた球。
それらはまるで矢のように、しかし矢以上に凶悪なエネルギーを纏い、全方位からアルフを狙い撃つ。
「……うん」
アルフはそれらの攻撃を見つめる。
回避はしない。
そして、何かを判断したのか、確信を持って言う。
「問題無い」
瞬間、空から降り注ぐマグマの弾丸は燃え尽き、血の矢は霧散する。
ここは、アルフの領域。
その領域に発生した熱は、炎は、彼が何かをするまでもなく動き、彼やその仲間を害する存在や攻撃を焼き尽くし、消し去る。
模擬戦ということもあり、敵対生物を焼き尽くす効果はかなり抑えてあるが、攻撃に対しては有効だ。
つまり、遠距離からの魔法は大幅に弱体化され、一定以下の攻撃は、アルフに届きさえしない、届く前に消え去る。
アルフは満足げに頷くと、大剣を握り、構える。
「さえ、じゃあ俺も行かせてもらうよ」
その言葉と同時に、アルフはその場から消える。
「は?」
「一人目」
高速移動とかではない、本当のワープに呆気にとられるガディウス。
その後ろから、アルフの声がする。
慌てて振り返ろうとするが、その時にはもう手遅れ。
彼はアルフに背中を蹴り飛ばされ、地面に押し倒され、大剣も上手く使われて拘束されてしまう。
「なっ、このッ……」
突然の奇襲を受けて、それを間近で見ていたグローザは、空気を操り鋭い暴風を発生させつつ、アルフから距離を取る。
「二人目」
「っえ――」
距離を取った、はずだったのに、バックステップで後退したはずなのに。
アルフがそう呟いた時には、何故かグローザは、彼の伸ばされた左腕の目の前にいた。
その手はまさに今、グローザの首を掴む寸前。
反応なんてできるはずがなく、そのままズドォンと、彼女は首を捕まれ、地面に勢い良く押し倒されてしまった。
ガディウスとグローザは、アルフの手によって拘束。
「……戦闘終了。勝者、アルフ。戦闘時間は二十八秒」
その戦闘時間は、三十秒未満。
こうして模擬戦は、アルフの勝利で終わったのであった。
◆◇◆◇
戦闘後、全員で集まって、色々と話し合っていた。
場所は、アルフの領域内。
戦闘も終わった今、アルフの作り出す領域は、ただ暖かくて過ごしやすいだけの場所へと変わったのだ。
「強いとは聞いてたけど、まさかここまで強いとは思わなかったわ……」
「ああ。俺達二人で戦っても、手も足も出なかった」
ガディウスとグローザは、まさかこんなにあっさりと負けてしまうとは思わず、少し落ち込んでいるようだ。
特にガディウスは、普段は燃えるような性格だからか、その差がかなり大きい。
本来なら、アルフが先に攻撃していて、一瞬にして負けていた。
それこそ、最初にジェナが言った通り、五秒で負けていたことだろう。
アルフはあえて先手を自分達に譲ったのだ。
にも関わらず、攻撃は一切届かず、その後の反撃であっさりと拘束されてしまった。
これを、悔しく思わないはずがない。
「それにしても、不思議なものですね。アルフさん、この空間は……結界の一種、でしょうか?」
ヴィヴィアンが、アルフに尋ねる。
彼女は長く生きているが、このような不思議な空間を作り出す魔法は知らなかった。
「え? 結界……まぁ、結界、なのか?」
だがアルフにも、この領域のことは分かっていない。
彼はこの領域の形成を、感覚で行っているから。
「ジェナ、お前なら何か分かるだろ」
自分でもよく分からないので、アルフは、とりあえず説明をジェナに丸投げした。
物知りだし、多分知ってるだろうという考えだ。
「……確かにアルフの領域は、結界の一種だ。故に古代魔法を使えない私達でも、理論上は似た技を扱うことは可能と言える」
実際、アルプのこの領域について、彼女はある程度のことを知っていた。
古代魔法由来のものではなく、突き詰めれば結界術ではあるので、理論上は、誰でも扱うことができるらしい。
「あ? 俺達でも使えるのか?」
この話に真っ先に興味を示したのは、ガディウスだ。
今まで落ち込んでいた様子の彼だが、新たな力が得られるかもと思うと、興味が湧いたのだろう。
「理論上は使える。しかしアルフの様に古代魔法を扱える者でなければ、魔力消費がかなり大きく、実用的ではない」
「そんなにキツいのか? アルフはめっちゃ簡単そうに使ってるけど」
「古代魔法持ちは、理由は分からないが、魔力が尽きないからね。無限の魔力を持っているようなものだから、簡単に扱えるのだろう」
しかし、普通の人がアルフと同じような領域を形成しようとすると、魔力消費がかなり多いらしい。
アルフが領域を作り出せるのは、彼の魔力が、何故か無限に湧き出てくるから、らしい。
「ハッ! けど理論上は、出来るんだな? なら俺にも出来るって話だ! おっし、修行してくる」
「えっ? ちょっと待って! 今行くの――」
修行すると言うと、ガディウスは物凄い勢いで領域の外へと出て行ってしまった。
魔王であるヴィヴィアンが制止しようとしても、その声すら聞くことなく。
「……ハァ。あのバカ……まぁいつものことではあるけど」
「まぁまぁ魔王様。ガディウスも馬鹿ではありませんし、一日も経てば戻ってくるでしょう」
ヴィヴィアンと、そのお付である四天王のアブラムの言葉を聞き、アルフは苦笑いを浮かべるのであった。
そんなアルフとミルに、ヴィヴィアンは近付く。
「ところでアルフさん、ミルさん。何かしたいことなどはありますか? 私達に出来ることであれば、可能な限りは準備しますので……」
アルフは一応、ミルの方を向く。
が、彼女は首を傾げるだけだ。
ミルには何かをしたいとか、そういう要望は特に無いらしい。
「じゃあ魔人族の歴史とか、そういうのについて知りたいかな?」
「魔人族の歴史……その類の話となると……」
「副王様が一番詳しいんじゃない?」
グローザの言葉を聞き、アルフは副王、ヴィンセントの方を向く。
「魔人族の歴史や逸話、そういうのに詳しい自信はありますね」
「へぇ……なんか意外だ」
「よく言われます。昔の資料も書庫にはありますし……どうですアルフさん、見ていきますか?」
なんと、書庫まで見せてもらえるのだという。
アルフは色々聞ける機会だということで、即座にOKを出すのであった。
「んで、ミルは……」
そして本来なら、ミルも一緒に連れて行くのだが、今回は、おそらく安全であろうという考えから、別のことをさせることにした。
「すみませんヴィヴィアンさん。ミルのことをお願いしてもいいですか?」
「ミルを、ですか? 構いませんが……本当にいいのですか?」
「大丈夫です。魔王であるあなたなら、ある程度は信用できますし。ある程度、他の人にも慣れてもらいたいので」
「……なるほど、分かりました」
ミルは、ヴィヴィアンに預けることにした。
魔王である彼女が裏切り者というのはあり得ないため、彼女で赤の他人にも、ある程度慣れてもらおうという考えのようだ。
「ミルなら大丈夫だと思うけど、迷惑はかけないようにね」
「……はい、分かりました」
その言葉に、ミルは少し不安そうにしながらも、頷いて答えた。
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