73 三英雄
アルフはヴィンセントに案内され、書庫へ向かって歩いていた。
そして本来ならヴィンセントの護衛を務めているジェナは、今回は別件でいない。
「……ところでアルフさん。魔人族の歴史について知りたいと言ってましたけど、具体的には何について知りたいんですか?」
向かう道程で、ヴィンセントは何を知りたいのかと尋ねてくる。
「とりあえず、アインに関することと、その周辺の歴史が特に知りたいかな?」
「なるほど」
それだけ言うと、静かになり、また歩き始める。
しばらくして、書庫の前の木製の扉の前へと辿り着く。
どうやらここはヴィンセントが管理しているようで、彼はカギをポケットから取り出すと、錠前を開け、扉を開けた。
そうして現れた空間には、本や資料がギッチリと詰められた本棚がいくつも並んでいた。
まるで、図書館の一角を取り出したかのような、そんな雰囲気がある。
「ここが書庫です。それで、アインに関することなら……」
ヴィンセントは迷うことなく、書庫の左の方にある本棚へ向かうと、そこにある一冊の本を取り出し、持ってきた。
「この国では親しまれている絵本ですが……まずはこれを読めば、大まかには過去の歴史が分かると思います」
「絵本なのに?」
「子供向けなので、事実の一部が書き換えられたりはしてますが、大筋は同じなので」
「なるほど」
軽い説明を受け、アルフは絵本を開く。
その絵本の題名は『三英雄』というものだった。
大まかな物語としては、一人の人間と、二人の魔人族が協力し、アインを倒すというものだ。
実際は
そして現実と最も違う点は、この本では、アインは倒されている、ということだ。
パラパラとめくっていき、アルフは絵本を読み進め、約三分程度で読み終えた。
「ロウェル、エノテラ、ジェーナス……この三人は、実在していたのか?」
読み終えて最初に出た言葉がこれだ。
物語の題にもなっている、三英雄と呼ばれる存在、それは本当に実在していたのだろうか。
「はい。特にエノテラは、僕達の先祖にあたりますし。あと、当時の写真もありますけど、どうです?」
「えっ写真? それじゃあ……」
当時の写真とやらを、見せてもらうことに。
ヴィンセントは資料の中を探しながら、口を開く。
「今から二千年以上前のものですが、どうやら三英雄の一人であるジェーナスが、長く保存できるように特殊な加工を施したらしいですね」
そうしてヴィンセントは、見つけ出した写真立てを持ってきて、アルフに見せる。
「これです。真ん中がロウェルで、右がエノテラ、左がジェーナスとされています」
まず真ん中にいるのがロウェル。
顔立ちから男性であることは分かるが、赤みがかった黒髪で、その髪も少し長めだ。
あともう一つ、アルフが気になったのは装備、特に武器だ。
なんせ彼は、三種の武器、大剣、レイピア、剣を持っていた上、それらの武器は、ジェナから貰ったものと、形状が一致しているように見えたのだから。
そして右隣にいる女性がエノテラ。
先祖とはいえ、ヴィヴィアンやヴィンセントとは異なり銀髪ではある。
しかし角にはその面影が残っており、紫がかった禍々しい色をしている。
そういう風に見てみると、こころなしか、ヴィヴィアンやヴィンセントと雰囲気が似ているように感じてくる。
そして最後に、左にいるジェーナス。
金髪で、長い耳が特徴的な少女だ。
しかしアルフには、その顔立ちが、雰囲気が、どこかで見たことがあるような感じがした。
「どうですか?」
「……本当にロウェルって人間だったのか」
「はい。この物語のこともあって、魔人族は人間に対して、そこまで悪い感情を持ってないんですよね。最近はちょっと、アレですけど」
三英雄の一人が人間というのが影響し、これまでは、魔人族の中に人間を嫌う人はほとんどいなかったのだという。
最近は、人間側から一方的に攻めてきたというのもあり、嫌っている人も増えてきているらしいが。
「それよりです。ロウェルについてなんだけど……」
「何です?」
「この人もしかして、古代魔法を使えたり……?」
「あー……多分使えたと思います。というかジェナから少し聞きましたけど、アルフさん、ジェナから武器貰いましたよね? アレ、ロウェルさんの古代魔法で作られたヤツです」
「……マジか!」
そして、衝撃的な事実が発覚する。
あれらの武器が、別の人の古代魔法によって作られたということは、アルフもなんとなく察していた。
だがそれが、かつてアインと戦っていた者が遺した武器とは、流石に思わなかった。
「でも実際は、物語のようには行かなかった。ロウェルは怒りに飲み込まれ、化物と化した。その中でも遺ったのが、あの三種の武器だと言われてます」
「化物に……」
最初にヴィンセントは、物語と現実では少々違う点があると言っていた。
その一つが、ロウェルの結末だ。
物語では、彼はアインを倒し、世界を救ったとされている。
だが実際は、アインへの殺意と怒りにより古代魔法を制御できなくなり、化物と化し、人間としてのロウェルは死んでしまった。
加えてアインに関しても、致命傷こそ与えることはできたものの、完全には殺しきれず、封印することとなった。
「それともう一つ、ジェーナスについて……」
「うん?」
それともう一つ、アルフはジェーナスについてを尋ねる。
が、何を言えばいいのか、言いたいことをどう表現すればいいのか分からず、言葉に詰まってしまった。
「なんて言うんだろう……なんだろう。このジェーナスって人、どこかで見たことが、ある気が……」
「え?」
「いや、この人自体を見たというより、似た雰囲気の人を……あっ!」
考えて考えて、記憶を辿ってようやく、アルフは引っかかっていたものを見つけ出した。
「そうだ、ジェナだ! なんか顔立ちとかが微妙に似ている気がして……!」
「ジェナ? うん? いや、まぁ、言われてみれば……確かに顔立ちは似てる、かな?」
首を傾げながらも、ヴィンセントもアルフの意見に賛同する。
目の色も髪の色も違うが、顔立ちは似ており、何より特徴的な長い耳が酷似している、ように見える。
「……ジェーナスは、魔人族の中でもエルフと呼ばれる種族だった。エルフはもう滅んだけど……ジェナは、その血を色濃く引いているのかもしれないね」
とは言っても、あくまで似ているだけだ。
なので話はここで終わりにし、次の話へ行く。
「それで、本当の歴史は?」
「ああ、その話か。とは言っても、大筋はこの物語と同じ。違うのは、アインの最期とロウェルの最期くらいで、他はあまり変わらない」
「本当に?」
「それはもう、ほとんど変わらない。気になるなら、エノテラが遺した書物でも見てみる? 色々あるけど」
「じゃあ見る」
そういうわけで、アルフの前に複数の書物や資料が運ばれる。
三英雄の一人であるエノテラの書いた物の他にも、それに関連する書籍や、あとはヴィンセント自身の記したレポートなどもあった。
それらをどんどん流し読みしていき、情報を集めていく。
当時の歴史だけでなく、三英雄の人となり、当時の環境、アインの強さや戦闘方法についてなど、様々なことが記されていた。
ただ流石に、アインの封印についてだけは、どこにも記されていないようだった。
「……色々書いてるなぁ」
「そうですよね? こういうのを読んでると、大昔のことを知ることができて、楽しいんですよねぇ。最近はジェーナスについて調べてて……」
「ジェーナス……」
どうやらヴィンセントは、いわゆる歴史オタクのような面があるらしい。
研究者気質と言うべきか、過去の、特に三英雄が戦っていた時代のことを中心に、独自に研究しているのだという。
「そういえば、三英雄の中でもジェーナスに関する文献だけ、異様に少なかった気が……」
その中でもジェーナスを調べていると聞き、アルフは、ジェーナスに関する記述だけ異様に少なかったことに気が付いた。
他の、ロウェルとエノテラに関する専門書籍はいくつかあるが、何故かジェーナスのだけは無かったりと、違和感を覚えるほどに少ないのだ。
「はい。資料が少ないので分からないことも多いですけど、その分調べ甲斐があって……」
「研究者だねぇ」
ただ、その分ヴィンセントの気合は凄まじく、言葉からは、見た目通りの子供のような勢いを感じた。
「とりあえず、知りたいことは知れた。それに、まさかアインの戦闘方法について、あそこまで詳しく書かれているとは思わなかった」
「まぁ危険ですからね。アレの洗脳は、アルフさんの“状態異常無効化”でなければ無力化出来ないという話ですし……」
「でも使えば、大体の人が弱体化する。困ったもんだよ」
朝にヴィヴィアンが言っていたが、本当にアインは、強力な洗脳能力を持っているらしい。
それにより周りの人間や魔人族を操りながらも、∞という理解を超えた数値の力を振るってくるのだ。
洗脳の対処は、アルフなら簡単に出来るのだが、そうしてしまえばステータスが消えて、弱体化する。
戦いを想像するだけで、厄介さが浮かんでくる相手だった。
「じゃあ、俺は行く」
「そう。僕は調べたいことあるから、まだいるよ。あと、何かあったら、ここは自由に使っていいからね?」
「それは助かる。それじゃあ」
そうして、アルフは書庫を出た。
◆◇◆◇
四天王達と話して、色々なことを教えてもらってと、調べて、仲良くなって……そうして、数日が過ぎていった。
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