74 戦闘準備

 アルフとミルが魔王城にやって来てから四日後の夜、魔王のヴィヴィアンから招集がかかった。

 四天王はもちろんのことではあるが、その中にはアルフとミルもいた。


 普段食事に使うテーブル、その席に全員ついたのを確認すると、ヴィヴィアンは話を始める。


「さて、本題から入りますが……半日後に、人間が魔人族領への侵攻を開始するそうです」


 アルフ達を含めた全員を集めた理由。

 それは、魔人族の危機が、近づいてきているからであった。


「詳しい説明はジェナに任せます」


 ヴィヴィアンは、情報を取ってきたであろうジェナに説明を任せた。


ず、人間側の目的について。彼等の目的は二つ。一つは魔王城の占領、そしてもう一つは、四天王全員の殺害だ」

「なっ……!」

「私達全員を、殺す……? じゃあ、魔王様や副王様は……」

「いや、殺すつもりは無いらしい。むしろ、保護しようと動いている」

「あ……? どういうことだ? アイツらの目的は魔王討伐じゃねェのか?」

「違う」


 ジェナの話を聞くに、人間側の目的は、“魔王城を占領し、四天王を殺すこと”であることは分かる。

 だが殺すのは四天王だけで、魔王と副王の二人だけは生かそうとしている。


 これまで人間は、全力で魔王を殺そうとしていたというのに、急に奇妙な動きをし出したためか、四天王は全員困惑してしまう。


「どうやら侵攻の首謀者であるアイゼン教皇は、アインの封印を解こうとする者が、私達四天王の中にいると踏んでいるらしい」


 そしてこのジェナの言葉で、今度は息を飲む。

 アルフの言っていた通り、人間側は、四天王の誰かが、アインの封印を解除しようとしていると考えているのだ。

 しかし、誰が犯人かは、流石にわかっていないだろう。


「なるほど……誰が犯人か分からない以上、全員殺そうって考えなわけか。まぁ、思考は納得はできる」


 分かっていないからこそ、怪しい奴らは全員殺すという結論に至ったのだろう。

 アルフは人間側の、アイゼンの思考に理解を示す。


「ふーん……スパイってワケじゃねェよな?」


 とはいえ、流石にこんなことを言ってしまえば、疑われるというもの。

 ガディウスが目を細くして、低い声で問う。


「考えは理解できるし、できれば協力したいとも思った。ただ“レプリカ”のクローン兵を使うのなら、協力はできないって話だ」


 同時に、人間側に協力していた可能性にも言及する。

 しかし今は、魔人族側に協力するつもりでここにいる。


「……アルフの言う通り、相手は“レプリカ”のクローン兵……つまりは、アインの力が込められた存在を多数、戦力として使用している」


 その理由こそが、相手の用いているクローン兵だ。


「ジェナが説明してくれたけど……俺は、そのクローン兵が土壇場で暴走する可能性を危惧している」

「なるほど……もしもの可能性を止めるために、私達に協力しているわけですか」

「まぁ、アブラムさんの言う通りです」


 アインの力が込められているということは、いつでも制御を外れ、暴走する可能性があるということ。

 現時点では、クローン兵は完全に制御し切れている、らしいのだが……アルフはそれを、信じきれなかった。

 故に、人間でありながら、人間側と対立する道を選んだ。


「それでジェナ。相手側の戦力は?」


 この話は終えて、今度はジェナに詳しい相手の戦力のことを尋ねる。


「相手側の主戦力は、先程も言ったクローン兵だ。普通の人は少なく、三人だけ。しかし其の全員が強力な力を持っている」


 その三人は、クリスハート、カーリー、シャルルだと、ジェナは言う。


 クリスハートのことは、これまで侵攻に参加してきたこともあって、魔人族側もかなり知っている。

 カーリーについても、侵攻には参加してこなかったが、人間側の強力な戦力の一人ということもあり、ある程度警戒はしていた。

 が、シャルルについては、元は冒険者ということもあり、魔人族側には全く情報が無かった。


「シャルル……は、知らないわね。アルフから見て、そのシャルルってのはどれくらい強いの?」


 グローザが、アルフに尋ねる。

 条件付きとはいえ、古代魔法を扱えるクリスハート。

 非常に高いステータスを持つカーリー。

 その二人と比較してどれくらいなのかと、それが気になるのは当然だろう。


 割と迷う選択ではあるが、アルフは迷うこと無く、即座に口を開いた。


「直接戦闘は弱めだけど、一番厄介……ってのが俺の考えかな?」

「ふーん……じゃあもっと詳しく」


 もっと説明を求められる。

 ジェナの方にも軽く目を向けるが、頷いている。

 アルフはその場で立ち上がり、詳しい説明を始める。


「シャルルのステータスは、カーリーと比べたら確かに低い。古代魔法も使えない。けど……あいつの最も厄介な点は、異常に広い索敵・攻撃範囲だ」

「広い索敵と攻撃範囲? それは、どれくらい……」

「王都の端から端まで正確に届く……と言っても分かんないか。あー……なんか魔人族領の地図とかないですかね?」

「地図? ジェナ、渡してあげて」


 ヴィヴィアンがそう言うと、ジェナがどこかからワープさせてきたのか、アルフの目の前に地図が現れる。


「そちらは、こちらの王都であるタルタロスの地図です。シャルルという方がこの城にいたのなら、どれくらいの範囲に索敵・攻撃ができるのでしょうか?」


 そう言われ、アルフは地図を見る。

 と言っても、地形等を見るわけではなく、彼が見ているのは、地図の縮尺だ。

 それを確認すると、アルフは頷き、すぐに答える。


「この城にシャルルがいたら、タルタロスの街全域に攻撃を飛ばせる。ついでに言うと、街にいる人達の居場所や喋っている内容すら、全て筒抜けだ」

「……はい?」

「シャルルは、この街の人の居所を完全に把握できる。そしてその上で、正確に攻撃を行うことができる」

「……ウソ、ですよね?」

「いや本当です。ジェナもそこは分かっているはず」

「ああ。彼ならその程度は容易いだろう」


 アルフだけでなく、ジェナのお墨付きもある。

 それが分かった途端、たったの八人しかいない空間がざわつく。


「マジかよ、ぶっちぎりでやべぇじゃねぇか……!」

「聞く限りでは、何よりも真っ先に対処すべき相手ですね」

「でも戦闘に出てくるかって思うとねぇ……」


 敵側の中で一番危険な存在、アルフの軽い説明だけで、それが全員の共通認識となった。


「……確かに敵として対峙するとなると、あいつほど厄介な相手もそうそういないなぁ」


 シャルルの射程に入ってしまえば、居場所は一瞬で割れ、そこに攻撃が飛んでくる可能性を警戒する必要が出てくるわけだ。

 その射程が短ければマシだったのだが……非常に恐ろしいことに、射程はそこら辺の街一つ分という、狂った範囲。

 アルフの住む王都で言うなら、王都の東端から西端くらいの距離なら、普通に攻撃を当てることができるほどなのだ。


 これまでは、アルフにとっては心強い味方だったシャルルだが、こうして敵に回ると考えると、厄介という言葉すら霞んで見えるほどの存在であった。


 しかし、そんなシャルルと同等以上に強力な存在が、この場にはいる。

 アルフにとって、これまでは敵だった存在、誰よりも厄介だった存在。


「けどそれも、ジェナがいなかったらの話だ」


 そう、ジェナの存在だ。

 彼女もシャルルと似たような存在で、敵としては誰よりも厄介であったが、味方にすると非常に心強いという人だ。


「……ふむ。つまりアルフは、私をシャルルの足止めに使うつもりだね?」

「ジェナのスキルがあれば余裕でしょ?」

「勿論。彼を無力化する程度、容易い事だ」


 その言葉で、魔人族全員がホッと安心したような表情を見せた、気がした。

 それくらいには、緊迫していた空気が落ち着いた。


「じゃあシャルルのことはジェナに任せるとして……他の人達の分担はどうしましょうか?」


 一番厄介なシャルルは、ジェナが対応することとなった。

 それでは、残りの主戦力であるクリスハートとカーリー、それとクローン兵はどうするべきか。

 ヴィヴィアンはその問題を提起する。


「……確かこの中に、敏捷のステータスが50000を超えてる人はいませんよね?」


 するとアルフが、逆にそう尋ねる。


「ええ、いませんね……。一番高いので、グローザの40000程度の数値だったはず……」

「じゃあカーリーは俺がやる。あいつの“敏捷”は50000くらいだし、俺じゃなきゃ多分、あいつの速度には追いつけない」


 やはり戦闘において、素早さというのは最高の武器になる。

 素早いだけで先制攻撃ができる上、攻撃速度も上がる、それにより相手に攻撃を回避されにくくなる。


 故に戦闘では、“敏捷”のステータスが最も重要になってくる。

 この数値の差がどれくらいなのか、それによって、戦闘における勝率が、生存率が、大きく変わる。


 そしてカーリーのステータスは、“筋力”、“敏捷”、“体力”の三つが極端に高い数値をしており、50000近くはある。

 彼女に勝つのであれば、それと同等の数値がなければならないのだ。


 そんなことは分かり切っていることなので、魔王達も四天王も、誰も反論することはなかった。

 が、それはそれとして、今度は別の問題が生じてくる。


「それじゃあクリスハートは、アルフ抜きで……」


 アルフがカーリーに付きっきりになるということは、他の人達だけで、残りのクリスハートに対処しなければならないということだ。

 彼もまた強者で、時間制限付きではあるとはいえ、古代魔法を発現させ、恐ろしいほどの力を発揮してくる。


「フッ……グローザは心配か?」

「は? ガディウスあんた、勝てる気でいんの?」

「いーや、流石に勝つのは無理だな。けど足止めくらいなら出来るつもりだ。なァ、アルフ」


 不敵な笑みを浮かべて言うガディウス。


「あーまぁ、ガディウスなら行けると思うよ。ちょっと前の修行の成果が出てるからね」


 実際、アルフとの戦いを受けて修行に行った彼は、かなり強くなっている、らしい。


「へー……」

「あっ、お前も来いよグローザ? 流石に俺一人じゃ足止めは無理だし」

「もちろんよ」


 というわけで、クリスハートの相手をするのは、ガディウスとグローザになった。


「……となれば私は、普段通り魔王様の護衛ですか」

「はい。それとアブラム、私だけでなくミルの方も、お願いします。ヴィンセントの護衛の方はジェナだけど……」

「安心したまえ、城からは離れないさ。シャルルの妨害程度なら、此処に居ても可能だ」


 そして残りは魔王と副王の護衛として動く。

 これで、全員の役割は決まった。


「一応、私の方で分断は行うが……恐らく自由になったクローン兵が、君達の戦闘の妨害に来るだろう。そこは気を付けてくれ」


 アルフはカーリーを相手に。

 ガディウスとグローザの二人はクリスハートを相手に。

 ジェナはシャルルの妨害の他、様々なサポートを行う。


 だがクローン兵が、フリーになってしまう。

 それには、気をつけなければならない。

 ジェナは改めてそのことを忠告し、アルフ達は頷いた。


「では、今日は早めに休みましょう。明日は大事な一日ですから」


 ヴィヴィアンの言葉で、会議は終了し、皆は解散した。

 そしてアルフ達は、各々の部屋へ戻り、眠りにつくこととなった。

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