75 必中必殺
魔人族領、タルタロスの外殻地区。
そこに、人間達の軍が迫っていた。
「魔王城が見えてきたな」
「……」
そのほとんどが、顔立ちが完全に一致している女性……クローン兵だ。
そして、それらを操る精鋭に、カーリーとクリスハートがいる。
というか普通の人間は、その二人だけ。
カーリーの方は、目に見えて分かるくらいには不機嫌ではあるが。
まだ何も無いが、カーリーはゆっくりと棍棒のような大剣を抜き、戦闘体勢をとる。
「……多分、そろそろ戦闘が起こる。邪魔したら容赦無く殺す」
「……何そんなに怒ってるんだよ」
「テメェがアルフを奴隷にしたからに決まってんだろ。流石に積極的に殺すつもりはないけど、お前が死にそうになっても、助けるつもりはない」
「……」
雰囲気は最悪。
その空気が、一瞬にして切り裂かれる。
物理的に。
「ッ!?」
「分断ッ、まず――」
空気が、空間が斬り裂かれ、二人は完全に分断される。
そして、足元にできた穴に落ちていく。
◆◇◆◇
「チッ、分断されたか……!」
暗闇を落ちて、落ちて……そして、カーリーは何も無い荒野に降り立つ。
周囲に人は、一人だけ。
「しかも、お前がここにいるのか」
その人物は、魔人族ではなく人間であった。
しかし態度や雰囲気から、自分と対立していることは、即座に理解できた。
「……アルフ」
「ああ。クローン兵を使った侵攻は看過できない。止めさせてもらう」
互いに剣を構える。
そして、領域が形成される。
世界が塗り替えられ、何も無い荒野が、大きな街へと変わる。
「……今までは、これを無意識的に使っていた」
アルフが、話し出す。
カーリーは目を細め、警戒しながらもその言葉を聞く。
「けど、ジェナが言うには、これは結界の一種らしい。もっとも俺のこれは特殊で、結界にあるはずの外殻が存在しないんだけど……」
「何を言いたい?」
「俺は、この世界が結界だと自覚した。それによって、できることが増えた」
同時に、カーリーの身体に炎の斬撃が当たる。
いや正確には、炎の斬撃が、一切の予兆無く、まるで彼女の身体に添うように出現し、斬りつけたのだ。
「は……?」
高いステータスを持つカーリーですら、その攻撃は視認できなかった。
そんな理解が及ばない現象に、一瞬思考が止まる。
が、このまま攻撃を受けるわけにもいかない。
彼女は即座にその場から逃げる、が。
ザシュッ!
「っぐぅ……!」
またしても、炎の斬撃が的中する。
その軌跡を認識することはできず、気付いたら、自分の身体に当たっていた。
威力は……恐らくかなり低めにしてあるので、軽く皮膚が切れ、焼ける程度で済んでいるが、アルフが本気だったら、既に自分は死んでいるだろうと、カーリーは感じていた。
「この領域内にいる限り、俺の魔法から逃れることはできない……! さぁ、もっと行くぞ!」
斬撃は、さらに激化する。
先程のように一発一発ではなく、一秒に何十、何百と放たれ、その全てがカーリーに的中する。
「クッ、そ、が……ッ!」
いくら走り回り、回避しようとしても、炎の斬撃は外れることはなく、カーリーにのみ的確に当たる。
回避できない、どうしようもない。
それを理解した瞬間、彼女は全力で、今の自分にできる最高速度で、アルフへと突っ込む。
「……遅いな」
しかし、無数の攻撃を受け、勢いは落ちてしまっていた。
高いステータスそのままの力を活かしきれない突撃、それはあっさりと、アルフに押さえつけられてしまう。
「ぐっ、そぉ……!」
「拘束完了」
カーリーは地面に押し倒され、武器も遠くへ蹴り飛ばされる。
そして炎が集まると、それは赤色のムチのように変形し、カーリーの手足を縛り付ける。
一応熱くはないらしく、痛がるような振りは一切見せていない。
「……お前、何をしたんだ」
大きくため息をつくと、カーリーは身体から力を抜き、尋ねる。
今回の戦闘での謎の攻撃は何だったのかと。
「この領域は、俺の魔力で飽和しているんです。上手い説明はできないけど……この空間を形成する全てに、魔力が混ざっている……って感じかな?」
「……はぁ、なるほど。建物にも地面にも空気にも、全てに魔力が含まれてるってことか」
「そんな感じです。んで、ここからが重要で――」
その時、アルフはこの空間に誰かが入ってきたのを感じ取った。
この空間は、結界であるにも関わらず、内側と外側を隔てる障壁が存在しないという、前代未聞の性質を有している。
それ故に、領域内への侵入と脱出が自由に可能なのだ。
そして、アルフを取り囲むように、侵入者が降り立つ。
「動くな、アルフレッド」
「カーリーの拘束を解き、今すぐ降伏しろ」
現れたのは、三十人ほどの、似た容姿と顔をした女性達。
全員が長い金髪を持ち、綺麗な顔立ちをしている。
ステータスを確認すると、全員が万単位のステータスを持つという、恐ろしい化物達だ。
アルフは即座に、彼女らがクローン兵だと察した。
「カーリーさん。こいつらが全員クローン兵ですか?」
「ああ」
「分かった。じゃあ全て殺していいわけか」
アルフがそう言った。
その瞬間、三十人近くいたクローンの女性達は、一瞬にして肉体が焼き切れ、燃え尽きる。
肉も、骨も、その中に埋め込まれたコアも、全てが焼かれ、灰となっていく。
その様子をカーリーに見せながら、アルフは続ける。
「……魔力が飽和している影響で、侵入者の身体には、その魔力が付着するんです」
「付着したら、どうなる?」
「付着するだけなら、何も起きません。けどこの空間を占める俺の魔力は、手足のように自由に扱えるんです。つまり、魔法の遠隔発動も可能」
「……! そう、いうことか」
ここまで説明されて、カーリーは全てを理解した。
「そりゃあ回避できないわけか……。私の身体に付着した魔力、それで魔法を使われたら、どう頑張っても回避は無理か」
身体に付着した魔力を利用して魔法を発動すると、攻撃魔法についてだけで言えば、『相手に向かって飛ぶ』という過程を飛ばし、攻撃が当たることとなる。
物理か魔法かに関わらず、攻撃が回避される理由は、攻撃が自分へ向かってくる軌跡に全て詰まっている。
回避するにしても、自分の身体に当たる前に回避するわけなのだから。
なので、『相手に向かって飛ぶ』という過程を飛ばすことができれば、攻撃は必中する。
アルフが使うような領域は、魔力が常に飽和しており、かつその魔力を自由自在に扱える。
そのため、相手の身体に付着した魔力で攻撃を行えば、相手に攻撃が当たることを確定させることができるわけだ。
何があろうと常に魔力が飽和しているので、いくら攻撃しようが、飽和はそのまま。
なので何十、何百と、アルフは必中の攻撃を続けられたわけだ。
「……クローン共も、私と同じ方法で?」
「はい。威力を抑える意味も無いんで、全力で。あー……一人につき一秒に千発くらい、
「それでよく魔力が尽きないな……」
だが普通なら、そんなことしてたら魔力が尽きる。
そもそもの話、アルフの領域を占める魔力は、アルフから放出されている。
魔法を使えば、魔力は体外に溢れ出て、領域は魔力飽和状態を維持し続けようとするのだ。
普通であれば、魔力がいくらあっても足りないものだが、
「なんか古代魔法を使える人は、魔力が無限になるらしいですよ?」
「は? なんでそうなる?」
「いや、それは知りません」
アルフは、正確には古代魔法持ちは、何故か魔力が尽きない。
どちらかと言うと、無限に魔力が満ち続けるとでも言った方がいいかもしれないが。
「というかそんな技、対策方法あんのか?」
一見すると、最強の技のように聞こえてくる。
対策法の存在しない、無敵の技にしか見えない。
どうすれば対応できるのかと、カーリーは考えながらも呟く。
「一応二つほどありますよ。というか、ガディウス……四天王の一人が、その両方を見つけ出して、使えるようになってるんで」
アルフは領域の外側、ガディウスがいるであろう方向へ目を向ける。
「無事かな、あいつら」
相当強い人達ではあることは理解しているが……それでも、アルフはわずかに心配そうに呟いた。
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