76 簡易結界

 アルフとカーリーの戦闘が始まるのとほぼ同時刻。

 カーリーとクリスハートからは離れた位置にいたシャルルの隊は、壊滅していた。


「まぁお前がいる時点で、僕達が勝てるとは思わなかったけど」


 そのリーダーであるシャルルは拘束されていない状態で、背を地面につけて寝転がっていた。

 拘束はされていないが、既に戦いを放棄している様子なので、そこまで問題は無いだろう。


 そんな彼の周りには、細切れの肉片にされたクローン兵が、血の海を作り出していた。

 当然のように、体内に埋め込まれていたアインコアも細切れにされ、粉々になっている。

 シャルル視点ではたったの一秒で、いやもしかしたら、コンマ一秒すら経たぬ間に、クローン兵が全て死んでいた。


『……ならば何故、教皇の話を受け入れた?』


 そこには誰もいない。

 しかし、クローン兵を一瞬で殲滅した人物の……ジェナの声が聞こえてくる。

 空間を繋げて、声を通しているのだろう。


「ジェナか……教皇が厄介そうな奴だったから、それだけだ」


 シャルルは面倒臭そうに続ける。


「アイツは確実に面倒な奴だ。野心に満ち溢れた危険な存在……そんな奴に、こんな所で借りを作りたくなかった」

『ふむ』

「魔人族側にお前がいるだけで、人間側が勝てる確率はゼロになる。僕もカーリーも……アルフですら、お前なら一秒もかからずに殺せるだろう? だから僕が居ようが居まいが、結果は何も変わらないけど……侵攻に参加することで、こっちの面倒事を回避できる」

『だから参加したという訳か』


 シャルルにとって、ジェナの評価はかなり高いものだった。

 彼女一人いるだけで、人間側が勝つことはできないと、そう思うほどに。

 さらに言うなら、たとえ他の魔人族がどうしようもない人達だったとしても、ジェナ以外に戦力がいなかったもしても、彼女一人だけいれば、人間側の侵攻を抑えられると、シャルルは続けて言った。


「……まぁそういうわけ。勝敗はともかく、侵攻に参加したという事実は残る。僕としては、それが欲しかっただけなんだよねぇ」


 どうせ何やっても勝てないんだから、参加して厄介事を回避しようとしても、シャルルは考えたのだ。


「ま、しばらく暇だし、ちょっとお喋りに付き合ってよ」

『お喋りか。フフフ、良いだろう。何から話す?』


 そうして二人は、空間越しではあるものの、適当にお喋りを楽しむのであった。




◆◇◆◇




 ワープさせられたクリスハートは、凍りついた大地に降り立つ。

 そして目の前にいる二人に、苦々しく舌打ちをする。


「チッ、またお前ら二人かよ。面倒な……」


 それは、数ヶ月前に戦ったガディウスとグローザだった。

 以前は、“ブレイヴ”により強制発現させた古代魔法で二人を追い込んだが、倒す寸前で反動でダウンしてしまった。


「けど、今回は死んでもらう」


 その言葉と共に現れる、クリスハートの領域。

 凍りついた大地とは対照的な、火山の大洞窟のような、マグマが流れる灼熱の世界へと、周囲を塗り替える。

 並大抵の者ならば、あっという間に丸焼けになって死んでしまうような世界。


 しかしガディウスは、この形成された領域を見て、笑った。


「お粗末だな」

「ええ、本当に」


 瞬間、まるでガラスが砕けるかのように、景色がヒビ割れ、破壊される。

 そして景色は、元の凍りついた大地へと戻る。


「……は?」


 意味が分からなかった。

 まだ数回しか使えていないが、この領域を破壊された経験は、クリスハートには一度も無かったのだから。


「なにを、しやがった……!」

「教えるわけねェだろ。ま、短い時間で考えやがれ」

「チッ……」


 理解できない現象ではあったが、時間制限がある以上、戦うしかない。

 領域による環境効果での強化が得られないのは、クリスハートにとっては痛手ではあったが、それでも、攻めなければならない。


「落ちろ」


 空からの巨大な炎の柱が落ちてくる。

 それらのいくつかは、ガディウスやグローザにも命中する、が。


「ハッハッハ! やっぱこいつ凄ぇなァ!」


 二人は、完全に無傷。

 炎の中を突っ切って、クリスハートの目の前まで、走ってくる。

 そして、大きく振りかぶり、全力の殴打。


「ッ――」

「ラァッ!」


 なんとか身体をひねって回避をしようとした所に、背後からグローザの回し蹴りが迫る。


「クッソ、面倒な……!」


 それにも何とか反応し、腕で受け止める。

 しかしこうして接近されてしまったせいで、クリスハートは大技を利用できなくなった。

 発動してしまえば、自分自身も無事ではいられないから。

 剣を振り、何とか二人の攻撃を凌ぐことしかできない。


「ハッハァ! このまま押し切るぞ!」

「もちろん」


 ガディウスとグローザは攻撃の手を止めず、クリスハートに接近し、近接戦を行う。

 二人共、魔法主体の戦闘スタイルとはいえ、全体的にステータスは高く、運動センスも良いこともあり、剣による攻撃を上手く回避しながらも、攻撃を加えることができている。


「ぐっ……」


 そして、最大の好機が訪れる。

 グローザの蹴りが、クリスハートの右腕に当たる。

 それによって、右手が開き、握られていた剣が、手から離れてしまう。


「今!」

「応!」


 攻撃チャンス、二人がそう思った時、クリスハートは笑みを浮かべた。


「ここだ」


 完全に無防備になる瞬間、ガディウスとグローザの二人の足元から、炎の槍のようやものが突き出る。

 そう、クリスハートはわざと、剣を手放したのだ。

 それによって相手を油断させるために、あるいは、防御を捨てさせるために。

 そして、今まで隠していた攻撃手段で、二人の意識の外側を突く。


 バリン!


「は?」


 しかし、足元から突き出た炎の槍は一瞬、バリンという音と共に止まる。

 そして、かき消される。

 確実に不意を突いたはずなのに、攻撃が止められた、その事実に驚き、クリスハートは思わず足を止めてしまう。


「良い攻撃だ」

「けど、残念」

「ゴフッ……」


 その隙を突かれ、クリスハートの下顎に、グローザの縦蹴りが直撃する。

 衝撃は身体を軽く宙へ飛ばし、脳を揺らす。

 そして、地面に倒れたクリスハートが、起き上がることはなかった。


 勝者、ガディウスとグローザ。


「フ、フフフ……」

「ん?」

「ハーッハッハッハッハ!!」


 勝利に酔いしれ、ガディウスは大きく笑う。


「時間稼ぎのつもりが、まさか勝ち切ってしまうとはなァ! なァグローザ!」

「え、あぁ、そうね。簡易結界、様々と言うべきかしら」


 クリスハートの領域を破壊し、攻撃を抑え込むことができた最大の要因。

 それが、簡易結界というものだ。

 二人はそれを用いて、クリスハートとの戦闘を行っていたのだ。


「そうだろ? そうだろぉ? もっと俺に感謝してもいいんだぜぇ?」

「はいはい、感謝してる。アンタが修行でこれを編み出してなかったら、私達死んでただろうし」


 元々これは、アルフに破れたガディウスが、悔しさから修行を行った際に編み出したものだ。

 元々はアルフと同じような、世界を塗り替える領域を作り出そうとしていたのだが、それに難航している最中に作られたという経緯がある。


 アルフやクリスハートの使う領域とは異なり、範囲は非常に狭く、自分を中心とした半径一メートル程度となっている。

 その領域内に自身の魔力を充填して、加えて結界の外殻に薄い障壁を展開することで、障壁と魔力で、敵の魔法攻撃を二重に防御するといった仕組みだ。


 そして、クリスハートの領域が壊れた理由だが、それは単純で、結界術的な観点から見て、彼の領域があまりにも脆かったためだ。

 おそらく『領域=結界』という思考が無かったためなのだろうが、彼の結界は、それこそ簡易結界で外殻を少し崩すだけで崩壊するほどだったのだ。

 他にも、自身の魔力を纏うという都合上、アルフなどの作り出す領域の『魔法攻撃必中』の効果を消すことができるという利点もあったりする。


 というように、防御を重視した特殊な結界、それが簡易結界だ。

 四天王や副王や魔王は、アインの封印のこともあり、結界術に関する知識は豊富だ。

 アルフ達の使うような領域と比較しても、魔力消費量的に取り回しやすく、結界術の知識があれば、比較的習得も容易であったりする。

 そのため開発されてから数日であるにも関わらず、この技術はその全員に伝えられ、習得されることとなった。


『終わったようだな』


 クリスハートが倒れてから約一分後、ジェナの声が、二人の耳に届く。


『アルフの方も、カーリーを拘束した。そしてクリスハートは気絶、シャルルは戦意喪失……』

「おっ、ということはつまり……!」

『私達の勝利だ』

「っしゃぁぁぁあああ!!」


 勝利を喜び、雄叫びを上げるガディウス。

 隣のグローザは呆れてため息を吐きながらも、右手の拳を握りしめ、密かに喜んでいた。


『では、魔王城へワープさせる』


 そうして二人は、魔王城へ帰るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る