77 平定
人間VS魔人族の戦争は、一瞬にして終結した。
人間側の主戦力である三人は無力化され、戦場に出ていたクローン兵は全て肉片へと変わった。
この結果を受け、人間側は魔人族の和平交渉を受け入れることとなった。
これについては、特にカーリーとシャルルの強い意思によって成された。
というのも今回の戦闘で、魔人族側にはアルフが付くことが確定してしまったからだ。
加えてシャルルいわく、魔人族最強の存在であるジェナがいるのも大きかった。
これまではほとんど情報の無かったが、彼女の異次元の強さが明るみに出たことも、大きいだろう。
そして和平条約についてだが、これはほとんど形だけだった。
単純に、これからは平和に、お互い戦争しないようにしようことだけ。
賠償などもあるにはあるが、一方的に侵攻されていた魔人族にとっては、むしろ少なすぎるほどであった。
ここまでが、たった二日の出来事だった。
こうして人間と魔人族の、長きに渡る戦争は、終わりを迎えたのであった。
◆◇◆◇
そして夕方、王都の自宅に戻ったアルフとミル。
彼らが魔人族側についたという話は、国の最高機密となっているため、一般人は何も知らない。
流石のシャルルも、このことを外に漏らすということはしていないらしく、そこはアルフも安心していた。
「へぇ。二人とも魔人族側にいたんだ」
現在、アルフの家には彼ら以外にも、ダニエルとリリーが遊びにやってきていた。
この二人にはアルフから事情を話したので、ある程度のことは知っている。
「ああ。戦争が終わったのは、俺があっち側にいたのも大きいだろうね」
「そりゃあ、あんな巨大なキメラを倒した英雄が敵に回るとなればねぇ……ところで」
「うん?」
「魔人族……というか四天王は、どんな感じでした?」
ダニエルは、四天王について尋ねてきた。
「確かアイゼンは、四天王の誰かが封印を緩めているって言ってたはず……」
「うん。あっちでは色々と見せてもらって、本当に多くのことを知れました」
アルフは話す。
封印されたアインをその目で見たことを。
魔王主導で、封印の再構築を行っていたことを。
そして、それにも関わらず、何故か封印は直っていなかったことを。
「封印が、直らない?」
「誰かに細工された時のために、アインの封印は再構築できるように作られてるらしいんです。けど、その再構築を行っても、封印は緩んだまま……というか、
「それはどういう? 封印が正常なら、アインの力が漏れ出すはずが……」
「そう、あり得ない。だから魔王もかなり悩んでました」
そもそも封印は、再構築する前から正常だったりする。
綻びは一切無く、最初に作られた時と全く同じ状態を維持し続けていた。
それなのに、アインの力が漏れ出ている。
「ダニエルさん。確かアイン教ができたのが四百年くらい前でしたよね?」
「ええ、それくらいのはずです」
「なら、最低でもそれくらいの時期から、アインの力は漏れ出していたはず……じゃなきゃ、こんな宗教が存在してるはずがない」
アイン教は比較的新しい宗教で、できたのは約四百年前。
それまではアインの存在が認知されていなかったと考えるなら、おそらくこの時期に、アインの力が漏れ出るようになったのだと考えられる。
そしてアインが密かに力を行使し、人々に自分を崇める宗教を作らせたのだろう。
しかしこう考えてみると、二人はあることに気が付く。
「というかアルフさん。そう考えると、魔人族に裏切り者なんて……」
「はい。魔人族の寿命的に、四天王の中に裏切り者がいるはずありません。いくら魔人族が長命とはいっても、長生きして二百年ですから」
魔人族の中に、四天王の中に、四百年以上ずっと生き続け、アインの力を外部に漏らすことができる人物が、いないのだ。
なぜなら、魔人族は四百年も生きられないから。
そして四天王という制度も、現魔王であるヴィヴィアンが作ったものなので、四天王の血筋の家で代々封印に細工している、という可能性は無い。
そういった感じに考えていくと、最終的には、裏切り者などいない、という結論になるのだ。
「……でも、俺のカンが言ってる。まだ絶対、何かあるって」
「僕もそう思います。まだ、アインは残ってますし、コアも稼働してますから」
それでも、二人はまだ油断できずにいた。
「もぉ……パパもアルフさんも、心配し過ぎ! せっかくお肉たくさん買ってきたんだから、今はいっぱい食べようよ!」
が、リリーの言葉で、その油断も途切れる。
今日はダニエル達が、割と高めの肉をたくさん持ってきていた。
今日はそれを焼いて食べるのだ。
「……それもそうか。じゃあアルフさん、ミルちゃん。いっぱいあるから食べようか」
「ありがとうございます。ほらミル、遠慮せずに食べるんだぞ?」
「は、はい……」
そうして、焼肉を楽しんで一時間ほどしたある時、アルフは一瞬、何かを感じ取った。
「……ッ!」
それは、背筋を凍りつかせるかのような恐怖、あるいは嫌な予感。
その方向へ……窓の方へ向かい、周囲を見渡す。
「ご主人様?」
トテトテとアルフに近づくミル。
彼女は、あるものを見た。
「ご主人様、空に……」
「空?」
ミルの言葉で、空を見るアルフ。
それを見て、彼は息を飲む。
「魔法陣……?」
それは、王都のちょうど真上に出現した、巨大な赤い魔法陣であった。
◆◇◆◇
アルフ達が焼肉を始めたのとほぼ同時刻。
魔王城では、ささやかではあるが、宴会が行われていた。
食堂のテーブルには様々な料理が並べられ、それらを自由に取っては、好きなように食べる。
普段は無作法だとかであまりやらないことではあるが、今日は終戦記念ということで、普段より豪華にやっている。
そんな中、ジェナは一人でベランダに出て、静かに料理を食べていた。
日も沈み、それなりに冷えてはいるが、幸いにも雪は振っていないので、澄んだ空気と綺麗な星空が見えていた。
「……今日は良い日だ」
のんびりと、ゆったりと食事を楽しむジェナ。
食べるものが足りなくなったので、皿の上にちゃんと乗るように、適当に料理をワープさせる。
そんなことをしていると、後ろから声がかかる。
「こんな所にいたんですか、ジェナ」
ヴィンセントだ。
どうやら彼の食事は終わったらしく、手には皿などはもうない。
彼はジェナの隣に行くと、ベランダの柵にもたれかかる。
「……和平条約まで、あっという間でしたねぇ」
「ああ。私も、ここまで上手く行くとは思わなかった」
「ですよねぇ。それに、こうして派手に楽しむのも、なんだか久しぶりな気がする」
「確かにな」
ジェナは、何かを懐かしむような、そんな様子に見える。
そんな彼女に、ヴィンセントは尋ねる。
「……ジェナは、楽しんでる?」
その言葉にジェナは、数秒ヴィンセントの目を見てから言う。
「意外と楽しんでいるよ」
わずかではあるが、彼女は笑みを浮かべる。
「アルフ達が来てからは、中々に楽しかった。勿論、今の此の食事もだ。此の様な事はあまり無いからね」
そう言うと、またしても彼女は無の表情へと戻る。
「しかし、油断は出来ない。アインの力の漏出、あれは戦争が終わったとて、危惧すべき事態だ」
戦争は終わった。
しかし最も危険なアインに関する問題が、まだ終わっていない。
むしろ、面倒なままで残り続けてしまっている。
「……確かアルフさん。裏切り者がいるって、そう言ってたっけ? ……ジェナは、誰が裏切り者だと思う?」
ヴィンセントは、裏切り者が誰だと思うか、ジェナに尋ねてみる。
実際、アインの封印に触ることが出来るのは、魔王と副王と、あと四天王くらいだから。
それ以外の人達には、不可能も言ってもいい。
ジェナはわずかに俯き、少しだけ考える。
そして、軽く頷くと、口を開いた。
「アブラム、ガディウス、グローザ……誰も裏切り者じゃないよ。そう、私は確信している」
そこから出てきたのは、確信という強い言葉だった。
「へぇ……意外。ジェナって、案外仲間想いなんですか?」
「……いや、そうじゃない」
そう言いながら、ジェナはヴィンセントの頭に手を乗せ、何度か撫でる。
そして、髪を掴む。
ブチブチブチッ!
肉が、血管が、千切れる。
「……ぇ」
「彼らは裏切り者じゃない。なぜなら」
ヴィンセントは愕然とした様子で、頭と首だけになった自分を掴むジェナを見ていた。
「私こそが、其の裏切り者だからね……」
思考が、追いつかなかった。
アルフも、ジェナだけはあり得ないと言っていた。
完全に信用はしていなかったが、自分自身でも色々と考え抜いた末に、アルフと同じく、ジェナは裏切り者じゃないと、ほとんど確信めいた思考があった。
その思考が、間違っていたのだ。
「封印の
「ッ!」
首を切られ、もうすぐ死ぬというのに、ヴィンセントはその言葉に、ギョッと目を見開いた。
「な……ぇ……」
「封印は、代々魔王一族の中で最も戦闘能力が高い者が継承する。故にヴィヴィアンが偽りの巫女である事は、最初から分かっていた」
考えてみれば、当然のことだ。
直接戦闘に強い人か、弱い人か、どちらの方が、優秀か。
封印の巫女あるいは巫覡が死んだら、アインの封印は解かれる。
その都合上、緊急時に自分の身を守れるように、戦闘力は重要視されているのだ。
そして直接戦闘において、物質だけでなく概念すら“破壊”できるヴィンセントか、サポート能力特化のヴィヴィアンか、どちらの方が強いかと言われれば、誰の目から見ても明らかだ。
「ジェナ〜? ジェナ、どこに――」
そこへ何も知らないヴィヴィアンが、遅れてやって来る。
倒れた首無しの身体、そしてジェナの右手に握られたヴィンセントの頭部。
「いやぁぁぁぁあああぁぁあ!!」
目の前で、大切な弟が死んでいた。
その事実に耐えきれなかった彼女は、とびきり大きな悲鳴を上げてしまう。
「魔王様!」
「どうした何があった!?」
それを聞いて、慌てて駆けつける他の四天王達。
彼らも、ヴィンセントの死体を見てしまう。
同時に、犯人が誰かも即座に理解して、
「ジェナァァァアア!」
攻撃を開始する。
真っ先に攻撃を行ったのはアブラム。
王城そのものを変形させ、ヴィンセントの死体も合わせてジェナを生き埋めにしようとする。
「無駄」
だが、それすらをも予期していたかのように言うと、アブラムの四肢の骨はバキバキと音を立てて折れ、ぐちゃぐちゃになる。
辛うじて出血は少なめだが、腕と脚はあらぬ方向へ曲がり、ねじれていた。
そして、騒ぎを聞きつけた残りの二人、ガディウスとグローザも駆けつけ、ジェナを包囲する。
「おいジェナ、今すぐ答えろ。何のつもりだ?」
「答えないなら殺す」
ドスの効いた低い声で、ジェナに言う二人。
ジェナは、彼らを挑発するように答える。
「アインを復活させるつもり、だが?」
「ッ! そうか、そうかお前が――」
その言葉を聞き、ガディウスが目を大きく開き激昂して叫ぶ。
しかしそれは、ジェナが「煩い」と呟いた瞬間に途切れ、気を失い、その場に倒れてしまう。
「鬱陶しい。私にはやるべきことが多い。さっさと消えろ」
「ま、待て! ジェナ――」
一人残ったグローザ。
彼女の言葉を聞く間も無く、ジェナは魔王と他の四天王を、どこかへとワープし、飛ばしたのであった。
◆◇◆◇
王都の空中に出現した赤色の巨大魔法陣。
それは目を眩ませるほどの赤い光を放つ。
「っ!」
「ううっ……」
そんな眩しい目に悪そうな光を浴びると、アルフとミル、いやそれだけではなく、窓から入ってきた光を浴びたダニエルやリリーにも、ある声が聞こえてきた。
『繧「繝ォ繝輔Ξ繝?ラ縺ッ谿コ縺帙?ゅΑ繝ォ縺ッ謐輔i縺医m縲!』
何かを喜び叫ぶ、男の声。
何が起きたのか、それは何も分からない。
しかし、はっきりしているのは、この一夜で、王都に存在する数多の人々の命が失われることになる、ということだけだった。
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