69 招待

 昼寝をして、窓の外では日が沈み始めた頃、アルフは身体をよじらせつつも、目をゆっくりと開けた。


「あ、ご主人様……」


 そのすぐ側には、ミルがいた。

 どうやら自身より早く起きていたらしく、身体を起こしてベッドに腰掛けるようにしている。

 だが、その声は少し不安げである。


「えっと、お客さん? が来ていて……」


 そう言って、ミルはデスクの方へ目を向ける。

 アルフも一緒に同じ方向に視線を向けると、そこにはいつの間に忍び込んだのか、あるいはいつものようにワープしてきたのか、ジェナが、我が物顔で椅子に腰掛けていた。


「お前……!」


 流石にこれがバレるのはまずいと思っているのか、アルフはかなり声を抑えている。

 だがそんな彼の考えを見透かしたかのように、ジェナは、


「安心するといい。結界を張っているから、外から私の存在がバレる事は殆ど無い」


 自分の存在は決してバレないと、断言した。


「……何の用だ? 今までずっと姿を見せなかったのに……緊急事態でもあったのか?」

「ああ、最悪の未来が……アインが復活する未来が、近付きつつある」

「なっ……!」


 かなり前、ネモを倒し、気絶した後に見た夢。

 それにより呼び起こされた、戦闘時の記憶の断片、アルフはそれを思い出す。


 ミルの古代魔法により強化されたアルフは、過去と未来を全て見通し、全てを知った。

 とはいえ今となってはほとんど、もっと言うと一つの未来の結末を除き、全て忘れてしまった。

 その一つも、気絶直後に見た夢の影響で、本当に偶然、呼び起こされる形で思い出しただけだ。


 その未来とは、アインにより世界が支配されるという未来だった。

 アインは黒衣の王とでも形容できるような姿で、逆らおうとしていたであろう人間を虐殺していた。

 男は全員労働奴隷にされ、あらゆる幸福を奪われ、死ぬことすら許されない環境で働かされる。

 女は、アイン視点で美しい、あるいは可愛い女性だけが生き残り、全員がアインを崇め、その欲望を満たすための妻となった。

 そしてそれ以外の、つまりアイン視点で醜い女性は、生きる価値無しと判断され、燃やされた。

 まさしく、アインのためだけの世界、それがアルフの思い出した未来だった。


「……何か、知っているのか?」


 まさしく、最悪の世界。

 それを思い出したせいか、相当様子がおかしかったのだろう、ジェナがそう尋ねてくる。


 アルフは少し考えるが、彼女なら何か教えてくれるという考えに最終的に至り、口を開いた。


「お前なら知ってると思うけど、あの時の戦いの後、俺は気絶した。その時に、嫌な夢を見た」


 そうして、夢の内容を軽く説明した。

 見知らぬ男が、何となく既視感のある顔をした女性を助けようと、黒衣の王に挑みかかるといった内容だ。

 そして最終的には、見知らぬ男は、黒衣の王に操られ、自らの脚を斬り落とし……そこで最悪の未来を思い出し、アルフは目が覚めた。

 このことを、簡潔に説明する。


 そしてジェナは、その内容を反芻していく。

 この酷い一幕、そこから連想されるもの、それは、


「……”三英雄“の一幕に似ているな」


 ”三英雄“だった。

 しかしアルフは、そんな言葉は知らなかった。

 彼女の言葉からして、物語や伝承っぽいのは分かるが、それ以上は何とも言えない。

 割と色々な知識を持っているアルフですら知らないのだから、相当マイナーなものだろうと、彼は感じていた。


「物語か何かか? ミル、知ってたりは……」

「知らないです」


 最近よく本を読んでいるので、ミルにも聞いてみるが、彼女も知らないらしい。


「貴様等が知らないのも当然だ。なぜなら”三英雄“は……魔人族に伝わる伝承なのだから」

「魔人族に……」

「おっと、話が脱線してしまったね。だがアルフの思い出した通り、アインが復活してしまえば、世界は終わるだろう。それを止める為にも、協力して欲しい」

「協力? ……やることはなんとなく分かるけど、何をするんだ?」


 何をするか、アルフは何となく察していたが、念のため尋ねる。


「簡単に言えば、私達の側に付いて欲しい。そして、侵攻して来る”レプリカ“のクローン兵を、殲滅して欲しい」

「やっぱりか」

「”レプリカ“抜きだったら、脅威じゃ無かったんだがね。アレが存在するだけで、私達の行動指針も変わってくる。加えて貴様等を、そろそろ魔王様と会わせたいとも思っていてね」

「魔王に……!」


 目的は、侵略してくる敵を、正確には”レプリカ“のクローン兵を殲滅すること。

 だがそれだけでなく、ジェナはアルフ達を、一度魔王に会わせたいとも言った。


「安心するといい……と言っても、信用して貰えないかもしれないが……貴様等に危害を加えるつもりは――」

「無いんだろ? 信じるよ」


 そしてその言葉を、アルフはすぐに信じた。


「あの最悪の未来を防ぐ方法は分かんないけど……多分、普通じゃ考えつかないような大胆な行動をしなきゃいけないんだと思う。だから、お前達に協力するし、信じることにする」


 それは、最悪な未来の到来を防ぐため。

 考えて言葉を作り上げたが、内心では疑いは拭いきれていないだろう。

 それでも、最悪を防ぐために、アルフはその疑念を飲み込んだ。


「……私としては助かるが、ミルはどうする?」


 一応、ジェナはミルの方にも尋ねてみるが、


「私はご主人様についていきます」

「……そうか。お前はそんな奴だったな」


 アルフを無条件に信じるような言葉に納得し、頷いた。


「では、早速移動を開始しよう」


 その言葉と共に、二人の前に大きな黒い穴が広がる。


「穴を通る事で、魔王城へ行くことが出来る。さぁ、来ると良い」


 そう言い、ジェナは一人で穴をくぐる。

 そしてその姿は一瞬で黒と同化し、アルフ達からは見えなくなった。


「……俺達も行くが」

「はい」


 それに続いてアルフとミルも、黒い穴をくぐる。


 そうして三人がくぐり終え、部屋から誰もいなくなると、結界は消え去り、黒い穴も小さくなり、何の痕跡も残すことなく無くなった。




◆◇◆◇




 黒い穴をくぐり、一瞬景色が暗転する。

 しかしすぐに闇は晴れ、同時に全身を凍えるような空気が包み込む。


「さむっ……!」


 見てみると、地面には十センチほど雪が積もっており、空からは雪が降ってきている。

 隣ではミルも、寒さで震えているようだ。


「……今日はまだマシだが、人間の住む地と比べると、此処の冬は険しい。早く中へ入るぞ」


 そして目の前には、魔王城。

 人間の方の王城と比べると小さいが、それでもかなりの大きさがある。

 ジェナは一人で雪をかき分け、魔王城の方へと向かっていく。


「おい、ちょっ……ミル、行くぞ」

「は、はい……」


 二人もそれに続き、ジェナが進んだ道を進み、魔王城の中へ入っていった。




◆◇◆◇




 魔王城。

 クロードと会う時、王城に入ったことがあったが、それに比べてここは、とても簡素な造りとなっていた。

 一番は、煌びやかな装飾がほとんど無いといったところだろうか。

 地面や壁は磨かれた石材が中心で、清潔感こそあるのだが、豪奢とは言えない感じであった。


「……あの。ここ、本当に魔王城ですか?」


 ミルは思わず尋ねてしまう。

 それほどまでに、王都にあった城とは違ったのだ。


「いいや、魔王城で間違い無い」

「じゃあどうして……王都の城とは全然……」


 そんなミルの疑問に、ジェナは答える。


「魔人族は、人間程の強い欲望を持たない。故に権力を誇示する為に、華美な装飾を纏う事は殆ど無いし、城も居住地以上の意味は持たない」

「……考え方の違い、ってことか」


 人間は、欲望がかなり強い。

 それ故に、人間同士での争いが頻繁に起きていたが、逆に言えばそのおかげで、発展することができた。


 対して魔人族は、欲望が無いとは言わないが、人間と比べると明らかに小さい。

 彼らにとって最も重要なのは、衣食住と、同じコミュニティに所属する仲間達。

 欲望が小さいためか、それ以外のことにはあまり意識は向けないのだ。

 そのためか、人間と比べると文明の発展はゆっくりだし、発展の方向性も違ってきて、その差異が城の違いに出てきたというわけだ。


「話は終わりだ。ついて来い」


 話が終わると、ジェナは進んでいく。

 アルフとミルも、ジェナに続いて歩いていく。


 すると、他とは少し大きめの石扉が見えてきた。

 やはりそれも、大きいは大きいが、装飾はそこまでだ。


 扉の前に立つ二人。

 すると、扉はゆっくりと動き出し、開いていく。


 扉の向こうが見えるようになる。

 そこは、玉座の間だった。

 装飾はほとんど変わらないが、唯一玉座だけは、人間のそれと同じくらい豪華ではあった。

 そこに座るのは、ミルと同じくらいの背丈の、小柄な少女。

 だが、金の長い髪の中に生える二本の長い黒紫の角が、彼女が人間でないことを示していた。


 その横には、少女と似た姿をした少年がいるが、彼のことを、アルフは一度だけ見たことがある。

 副王のヴィンセントだ。


 そして、脇に控える三人の魔人族。

 直接は見たことがないが、アルフはその情報だけは知っている。

 間違い無く、ジェナを除く四天王の三人だ。


「来たのね」


 玉座に座る少女が、呟く。


 アルフはその前まで行くと、膝を地に付け、へりくだる。

 元は敵だったとはいえ、目の前にいるのが王である以上、敬意は払わねばならない。


 それに倣い、ミルも戸惑いながら同じように地面に膝を付ける。


「え? いや、待って?」


 その様子を見た魔王と思わしき少女は、逆に戸惑い出す。


「あの、そこまでしなくてもいいのよ? あなた達、人間でしょ?」


 人間が魔人族の王である自分に対してここまで敬意を払うような行動をしたことに戸惑っている様子だ。


「アルフは律儀だからな。魔王様にも、人間の王と同等に接しようと考えているのだろう」

「あ、そ、そうなの? えっと、じゃあ……」


 オホンと、大きめの咳払いをすると、少女は再び口を開く。


「改めまして、私が魔王……もとい、封印の巫女のヴィヴィアン。人間の英雄よ、以後よろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る