57 破壊者の元へ
アルフが巨大なドラゴン型のキメラと戦っている時、他の場所でも大型のキメラとの戦闘が繰り広げられていた。
とはいえ、中央区と北区の戦いは、アルフよりも早く、一瞬で決着したのだが。
なんせ、古代魔法によって領域を作り出した瞬間に勝利が確定するリリーと、対キメラ用の爆弾を持つクリスハートが相手だったのだから。
リリーは領域で全長五十メートル以上の巨大な飛竜を飲み込み、そのまま吸収。
クリスハートは、敵が油断している隙に爆弾を投げて、コアを破壊して撃破と、言ってしまえば、戦闘とは言えないほどあっさりとしたものだった。
だが、問題は東区。
古代魔法や特殊な道具を持たないカーリー達がメインとなって戦うそこでは、かなりの苦戦を強いられていた。
「クソっ、前より強くなって……!」
その戦闘の中心となっていたカーリーは、目の前の敵が、以前と比べてかなり強くなっているのを感じていた。
そう、目の前にいるのは、大量の瓦礫を纏ったキメラ……と思われる存在。
数日前もカーリー達の前に現れたが、その時よりも強くなっていた。
その理由は単純に、相手の物量が大幅に増大したから。
この敵は高い知能を持っているらしく、瓦礫を纏って強靭な外殻を形成するだけでは終わらない。
瓦礫を組み合わせて巨大な武器を作り出し、それを投げ飛ばす。
あるいは、大量の瓦礫で構成された腕のようなモノを形成し、広範囲を一気に押し潰す。
単純な技ではあるが、瓦礫が増えれば増えるほどに、攻撃の手数と密度は増し、それどころか一発一発の攻撃力もが増大していく。
「来る!」
そして今、化物の瓦礫でできた腕が、カーリー達に向けて天から振り下ろされる。
ズドォォォオン!
別に魔法を使っているわけでもない、質量による重い一撃。
それだけでなく、二人の移動先を読んだように、まるで退路を狭めるかのように大量の瓦礫が上から落とされる。
そのせいで考えることがかなり多く、対処がかなり難しい。
「クソっ……」
三人とも、有効打を与えることはできず、徐々に傷ついていく。
特にノアはスキル的に、カーリーやティナのような範囲攻撃はできないため、傷はかなり多く、少しふらついている。
何度か二人に助けられることもあり、それが悔しくもあった。
だが、彼は今の現状を受け入れ、カーリーに向けて叫ぶ。
「カーリーさん、俺は引きます! 俺じゃあこいつには何もできない!」
「……ああ、分かった!」
カーリーのステータスの暴力による斬撃、あるいはティナの”爆破“のスキルを利用した魔法による攻撃、そういった敵の瓦礫の破壊手段を、ノアは持たない。
故に彼からの有効打は何も無い。
なのでこのまま戦っていても無意味、それどころか足手まといと考え、敵から距離を取った。
戦線離脱については、かなりあっさりと成功した。
ノアは少し離れた安全な場所から、瓦礫を纏った魔物の様子を観察していた。
「……こうして遠くから見てみると、なんか人形みたいだな」
全長百メートル超えの、瓦礫で構成された四足歩行の魔物。
少し離れて観察してみると、生物とは思えない、違和感のある動きをしていた。
具体的に言うと、脚の関節部分、そこが明らかにおかしい。
動きが歪というか、曲げたり伸ばしたりが、上手くできていないように見えるのだ。
そしてノアの中に、ある考えが生まれた。
「もしかして、本体は別にあるのか……?」
◆◇◆◇
ノアが後方へ退いて二人になったものの、カーリーとティナは、特段問題無く立ち回ることができていた。
とはいえ、決定打を与えることはできず、敵の攻撃を回避し続けるしか、やれることは無いのだが。
「チッ……攻撃が激しすぎて近づけやしない」
前回の戦闘で、ある程度の情報は手に入れている。
特に重要なのは、あの瓦礫の身体の中には、束ねられた金色の糸のようなものが通っていることだろう。
ここからカーリーは、糸さえ斬ることができれば、あるいは燃やすことができれば、この敵を無力化することができると踏んでいた。
しかし、あまりにも隙が無さすぎる。
敵の動きは鈍重ではあるが、その代わりに攻撃の手数がとても多く、しかも土煙が舞って視界が悪くなっても、的確に彼女達に向けて攻撃してくるのだ。
カーリーは、高いステータスでゴリ押ししてきたタイプの人だ。
これまでは、単純なステータスと技量だけでカバーできていたが、今回ばかりはそうはいかない。
搦手を考えなければならない、のだが……彼女にはそういった経験が無いため、どうすればいいか分からなくなっていた。
どうやって倒せばいいのか、私に倒せるのか、そんな不安が増幅していく中、遠くから声が響く。
「ティナ! 周りを爆発させろ!」
小さいが、ノアの声だ。
少し離れて戦闘を観察していたからか、何かを思いついたのか、指示を出してきた。
「ティナ、やれ!」
「えっ!? はっ、はい!」
カーリーには、彼が何を考えているのかは分からない。
しかし膠着状態の今、現状打破の可能性が出たのなら、試さない訳にはいかない。
そうしてカーリーからも押され、ティナは周囲の空気を爆発させていく。
敵そのものに当てるのではなく、敵を取り囲むように空気を爆発させていく。
が、もちろん有効打にはならず、敵は瓦礫の中から剣を複数本取り出し宙に浮かせると、投擲した。
全方位に向けて。
「……ん?」
そして畳み掛けるかのように、周りに散らばる瓦礫を嵐のように巻き上げ、勢い良く振り回す。
これもまた全方位へ向けての攻撃、故にカーリーやティナへの負担は、これまでの集中攻撃と比べるとかなり少ない。
単純に、自分達の所に来る攻撃が減ったわけだから。
「これ、は……!」
この一発でカーリーは、ノアの言葉の意図を完全に理解した。
それはまるで、真っ暗だった視界が晴れるかのような、スッキリとした感覚で、希望に満ちたような、そんな気分になった。
「ティナ、このまま爆破を続けろ。多分あの敵、音で私達を認識してる」
この一発でカーリーは、敵が音で自分達の居場所を探っていることに気がついた。
また、目が見えていないであろうとも考えていた。
だから先程、ティナが化物の周囲の空気を爆破させると、瓦礫を自分を中心に振り回したり、剣を全方位に投擲したりしてきたのだ。
なぜなら、爆破の轟音のせいで、どこにカーリーとティナがいるか、分からなくなったから。
そう考えると、全て辻褄が合う。
「それで私が敵の片脚の瓦礫を吹き飛ばしたら、中にある糸の束を、燃やせ。これさえ決まれば、私達の勝ちだ」
「っ、分かった!」
さらにティナは爆破を続け、周囲に爆音を轟かせる。
思わず耳を押さえたくなるほどのキツい音ではあるが、敵の攻撃を避けなければならないため、カーリーは必死で足を動かし、機会を待ち続ける。
敵の周囲には、嵐のように瓦礫が舞っている。
ランダムに投げ飛ばされる瓦礫で構成された槍は、相当な威力。
それらの攻撃のわずかな隙、それを探し、そして、
「今ッ!」
一直線に、最短距離で、最速で敵の脚に目掛けて突っ込む。
わずに開けた瓦礫の嵐、そこに二撃入れて道をこじ開け、迫りくる追撃を切り抜ける。
そして、ついに敵の左脚までたどり着く。
大量の瓦礫で構成された堅牢な脚ではあるが、カーリーであれば、
「オラァッ!!」
ズバァン!
斬ったというより、吹き飛ばしたと言えるような音、それが響くと、脚の半分ほどが吹き飛び中身が剥き出しになった。
そこには以前と同じように、金色の糸の束が、まるで神経のように通っていた。
「ティナ!」
「ぐうっ……わかってる!」
カーリーが突っ込むのを目視すると同時に飛び込んだティナ。
カーリーとは違い、無傷とはいかず、頬や腕に傷を付けてしまってはるが、それでも、隙を突いて敵の懐へと入った。
「ふっ……ハァッ!」
そして、手に握られた剣の刀身は赤熱化し、炎を帯びる。
彼女専用に造られた紅蓮に燃える剣、それを敵の脚、金色の糸の束に勢い良く突き刺した。
「キシィィィィィィイイッッ!!」
それと同時に、糸は一瞬で燃え上がる。
炎はあっという間に、瓦礫もろとも敵を包み込むように広がっていく。
おそらくは全身に、この炎に弱い金色の糸を入れていたせいだろう。
そしてあっという間に、敵は火の山と化し、崩壊を始めていった。
「まだだ! 畳み掛けるぞティナ!」
「はい!」
おそらくは、これで敵も終わり。
火傷を避けるため、いったんは敵から離れたカーリーとティナだったが、またすぐに炎の山に追撃を行おうとする。
そうして二人が敵の方へ歩を進める瞬間、その前へ出て敵へ向けて駆ける人物が一人。
「違うお前ら!」
「ノア! お前は――」
「遠くにいた俺だから見えた……!」
かなりの怪我にも関わらず、炎に向けて走るのは、ノア。
カーリーは手を伸ばして止めようとするが、一瞬驚いたせいで、その手も届かない。
そしてノアは二本の短剣を抜き、燃える瓦礫の山……それの間をすり抜け、奥へと突き進む。
「あっ、あれ!」
そこでようやく、ノアが何をしたいのか、何を見たのか、ティナは理解した。
カーリーも、ティナの声と同時に全てを把握した。
そこにいたのは、人間より一回り大きい、虫型の、おそらくはキメラと思われる魔物。
色の異なる大きな鎌のような腕を複数本、それと楕円形の大きめの尻尾のような部位を持った、おそらくは瓦礫の山を操っていた正体。
「逃さねぇぞクソ虫ィ!」
炎に包まれ崩れ行く瓦礫の山のせいで、近くにいたカーリーとティナは、こっそり逃げ出す本体に気づかなかった。
が、少し離れた場所にいたノアだけは、瓦礫が燃え上がる寸前に、そこから飛び出す本体の姿を確認することができた。
「こいつで、終わりだァッ!!」
両手に握られた二本の剣による連撃。
勢い良く地面を蹴り、逃げようとする虫型の魔物へ向けて突っ込み、身体をねじり回転させながら斬りつける。
そして、その首と二本の大きな鎌を斬り落とした。
「グ、ググ……ギ、グギグギグッ」
だがそれだけでは終わらない。
首を落としたにも関わらず、虫の体内から大量の緑色の体液を吹き出しているにも関わらず、それは動きを止めない。
この魔物はキメラ、故に全身を吹き飛ばすか、燃やすか、とにかく身体を全て吹き飛ばさなければ終わらないのだ。
「そこまでだ」
しかし、それができる人間は、この場にいる。
すぐに追いついたカーリーが、虫型のキメラを大剣による衝撃で完全に吹き飛ばす。
普段のような赤色ではなく、今回はキメラの体液である緑色の霧だけを残し、本体のキメラは散った。
これで今度こそ、この瓦礫の魔物は完全に、未来永劫動かなくなったのである。
「ハハ……いい所、持ってかれたか……」
最後にしっかりと決めきったカーリーを間近で目撃したノアは、その怪我も相まって、フラッとその場に倒れそうになる。
が、そこはすぐにティナが駆けつけて支えてくれた。
「ちょっ! ノアはとりあえず休んでて! こんな怪我じゃキツいでしょ!?」
「……じゃあ、そうさせてもらおうか。カーリーさん、後はお願いします」
「任せろ。それとティナ、お前もそろそろ休め。かなり疲れたんじゃないか?」
「そうかも、しれません。じゃあ私も少し休ませてもらいます。すみませんカーリーさん、後はお願いします!」
これで、大型のキメラは全て倒しきった。
これまで出てきたようなキメラについても、もう出てこない。
ノアとティナが去り、一人になったカーリーは、嫌な胸騒ぎがするのを感じていた。
「……まだ、あるだろ」
その言葉には根拠は無い。
しかし冒険者時代も含めた長い経験が、ここはこれ以上に危険な事態になると、そう教えてくれていた。
◆◇◆◇
そしてそれは、西区にいるアルフも同じだ。
古代魔法の影響か、第六感的直感が強くなったアルフは、カーリー以上に危険を感じ取っていた。
それこそ、震えるような、死の危険すらあるほどの、恐ろしい何かが起きるような、そんな感じがしていた。
「……来るか?」
アルフは高い場所に登り周囲を見渡している。
それこそ、もし周りに人がいたら挙動不審と思われるくらいには、首を振って、周囲の景色を確認し、逐一様子を確認している。
「アルフ、緊急事態だ」
そこに突然、声が聞こえる。
高い建物の屋根の上、それ故にアルフしかいないはずなのに、声が聞こえた。
が、アルフは驚くことなく、後ろを振り向く。
「やっぱりジェナか。それで何の――」
聞き慣れた声の正体は、ジェナ。
声で察してはいたので、特段驚くことはなく、落ち着いて目的を尋ねようとするが、その前に彼女はアルフに詰め寄り口を開く。
「単刀直入に話すが、此の儘行くと致命的な事態が起こる」
が、かなり急いでいるらしく、ジェナはすぐに要件を伝えてきた。
言葉遣いと声色こそ変わらないものの、かなり速い口調で話しているため、かなり急いでいることだけはよく分かる。
「致命的……?」
「”キマイラ“の作り出した最強のキメラ……それを止めなければ、人間と魔人族の六割は死ぬ」
「六割……は、え?」
「そして其のキメラと対峙できるのは、アルフ、貴様だけだ。それ以外の奴等では太刀打ち出来ない。そして今から貴様を、其の最強のキメラがいる場所へ送る」
「ちょっと待て!」
あまりにも唐突かつ強引な話の展開に、アルフは思わずジェナから離れ、いったん話を止める。
そしてジェナの言葉を反芻し、理解していく。
「……つまり、その最強のキメラを倒せるのは俺だけで、今からそいつがいる場所に送るってことだな?」
「そうだ。王都へのキメラの追加投入も無さそうだし、今が最大の好機だと判断した。もし奴が王都に来たら、タダでは済まないだろう。だからその前に倒す」
ジェナが話した所によると、その最強のキメラは、ログレスを壊滅させ、今はそこに居座っているとのことだ。
今の所はまだ動く様子はないが、もし動き始めれば、それだけで、そのキメラが通った場所は不毛の大地と化すだろうと、追加してジェナは説明した。
「……加えてもう一つ。戦いが始まったら、私からのサポートは考えるな」
「サポート?」
「今回ばかりは、私の方からは何も出来ない。中々に忙しくてね……キメラの元へ送った後に、貴様の戦闘をサポートする時間が無い」
「いや、大丈夫です。一人で倒すので」
その後も戦場の状態についても、ジェナは説明してくれた。
戦場となるであろうログレスは、空気中が魔力で飽和しており、その影響で物体の自然発火や爆発、氷結が当たり前のように起こるし、雨のように雷が落ちているのだという。
最悪の状態である、しかし倒さなければ、多くの人々が死ぬこととなる。
大きく二回、深呼吸をする。
そうしてアルフは、覚悟を決めた。
「じゃあ、俺を送ってくれ」
「了解した。勝つことを願っている」
そんなジェナの言葉が聞こえると同時に、アルフの視界は一瞬暗転した。
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