56 再戦

 王都やその周辺に出現し、街を襲うキメラ。

 そしてそれをあっさりと殺すアルフ、リリー、カーリーといった人達の姿。

 アイゼンのセーフハウスの地下室では、そんな映像がディスプレイに映されていた。


「とりあえず、第一陣は何とかなったか」


 アイゼンは軽く頷き、言った。


「あの数の敵を……流石はアルフさんですわね。それにリリーちゃんも……」

「覚醒……いや、セシリア君にとっては古代魔法と言った方がいいかな? あの力は確かに強力だからね」


 王都では、大まかに分けて三つの大きな戦闘が起きた。

 西区と東区と中央区に大規模な襲撃が起き、その場に居合わせた実力者が制圧に動いた。


 西区ではアルフが古代魔法を使用して、一瞬でキメラを全滅させた。

 中央区も同様で、リリーが古代魔法で敵を秒殺した。

 東区はカーリーが中心となって戦っており、側でサポートに回る騎士も見られた。

 また、どの戦場にも姿を見せなかったが、シャルルのものと思われる斬撃が飛び、空を羽ばたくキメラが斬られる所を、何度か確認することができた。


 とりあえず、第一陣を凌ぐことはできた。

 しかし”キマイラ“がこの程度で止まるとは、アイゼンは思っていない。


「問題は次だ。少し前に王都に出現した大型のキメラ……アレがまだ出てきてない」


 少し前に、王都の東区と北区に大きな被害をもたらした大型のキメラが、未だ姿を見せていない。

 数は二体だけであるが、もっと別の種類がいるかもしれないと考えると、不安でならなかった。


 前回出てきた二体だけであれば問題無いかもしれないが、それ以上に出てくれば、戦力不足で負けるのは確実。


「クリスハート君」

「……何ですか?」


 映像を見ていたクリスハートは、少し機嫌が悪そうに、目を細めてアイゼンの方を見る。


「前回君が目撃した大型のキメラ、覚えているかい?」

「王宮近くに出た、瓦礫を纏ったアレですか?」

「それだ。そういった大型のキメラが三体以上同時に出てきた場合は……」


 そう言うとアイゼンは、懐から二つ爆弾を取り出し、それをクリスハートに渡した。


「君も戦場に出てほしい。そしてこの爆弾で、その大型キメラを倒してくれ」

「……こいつ、ただの爆弾じゃないですよね?」

「それはもちろん。イザベルに作ってもらった特別製だ。キメラに当てれば、コアを的確に壊してくれる」


 それは、ただの爆弾ではない。

 言ってしまえば、強力な戦力である”キマイラ“の人工魔物レプリカや”レプリカ“の人造人間に対して、絶大な効力を持つものだ。

 体内にアインコアを埋め込まれた人物に爆風を当てることで、コアから供給された魔力を逆流させ、コアを的確に破壊する。

 どれだけ強力な敵だとしても、コアを埋め込まれてさえいれば、当てさえすれば確実に殺せるのだ。


「……それで、何で二つも? 大型のを倒すのなら一つで充分なはず」

「ええ、貴方の言う通り、一体倒すなら一つで充分です。しかし敵はそれだけじゃない」


 アイゼンは、二人が来る前に判明した強大な敵についてを伝えた。

 街一つを軽く覆い尽くし、天災を引き起こし、あっという間に人の住めない地へと変える、おそらくキメラと思われる異形の存在。

 それが、こちらにやって来る可能性を。


「……つまり、そいつを爆弾で倒せと?」


 話を終えたアイゼンに、クリスハートは尋ねる。


「ええ、その通りです。先程も言いましたが、コアを埋め込まれた存在であるのなら、その爆弾さえ当てれば殺せます」

「……あの」


 その二人の話に、セシリアが割り込んでくる。

 彼女は、素朴な疑問を二人に聞く。


「さっきから話は聞いてましたが、そこまで……アルフさんでも倒せないような相手なのですか?」


 セシリアは、今のアルフの強さをかなり知っているつもりだ。

 そんな彼女だからこそ、どれだけ恐ろしい化物が出てきたとしても、彼ならなんとかしてくれると、そう思っていたのだ。


「……私には、アルフ君とそのキメラ? の詳細な戦闘力は分からない。故に断定はできないが……勝てない可能性は、ある。アレは普通の生物じゃない、そんな気がした」

「そう――」


 ズドドドドド……!


 セシリアが口を開いて何かを言おうとした瞬間、部屋が、いや建物が揺れるような轟音が響く。

 それは十秒もすればおさまり、周りのモノも特に壊れることはなかった。


「今度は何が起き……っ!」


 急いでアイゼンは映像を確認する。

 そして見てしまった。

 西区、東区、中央区、北区に、それぞれ一体ずつ、巨大なキメラが現れた所を。

 空中に大きく黒い空間が開き、そこから出てくる所を。


 その中には、以前アルフとカーリーが倒し損ねたものもいる。

 残る二体は未知数だが、以前二人が戦っていたキメラと同格の力を持っている可能性もあるだろう。


「アイゼン! 君は戦力が足りない北区に行くんだ! 急いであの大型キメラを倒してくれ!」

「他の奴らは!?」

「全てその場の人達に任せる! 急ぐんだ!」

「ああ、分かった!」


 状況を判断し、即座に指示を出すアイゼン。

 判断を妥当なものと判断したクリスハートは、すぐに爆弾を持って部屋を出ていった。


「ここが佳境だ、頼むぞ……!」


 戦闘ができないアイゼンは、ただ化物と対峙する三人の映像を見ながら、そう言うしかできなかった。




◆◇◆◇




 西区の住宅街。

 キメラを倒しきって、住民の避難も半分ほどが終わったというところ。


「……!」


 キメラが消えても警戒を続けていたアルフだったが、突如、身体が震えるような感覚に襲われる。

 背筋が震えるような気配が、上から近づいてきているのを感じ、彼は空を見上げる。


 そこには、ぽっかりと空く黒い穴があった。

 まるで空が割れたようになった黒い亀裂、それにより生じた大きな穴から、化物が投下される。

 それが落ちてくるのは……アルフのちょうど真上。


「ッ!」


 いち早く察知して、すぐに後ろに飛び退くアルフ。

 その瞬間、空気が、地面が大きく揺れる。

 土煙が舞い、ガラガラと建物が崩れる音が聞こえてくる。


 そして、だんだんと視界がはっきりしてくると、目の前に現れた化物の姿が見えるようになっていった。


「……ああ、またお前か」


 その姿を見て、アルフは一言そう呟いた。

 なんせその化物は、数日前に彼が取り逃がしてしまった、巨大はドラゴン型のキメラだったのだから。


「よぉ、いつか振りだなぁアルフ」


 以前のように、そのキメラは当然のように喋っている。

 キメラは憎々しげに、アルフの方を見ながら言う。


「やっぱりか。何で来た?」

「何で? まぁネモからは、王都の戦力を消耗させろって命令されているが……」


 そこまで言うと、これまでの人間らしい言葉を捨て、キメラはまるでドラゴンのように、耳をつんざく咆哮を発する。

 そして、叫ぶ。


「テメェには一度やられてるからなァ! 殺さなきゃ気が済まねェンだよ!!」


 その叫びと同時に、アルフも世界を塗り替え、自らの領域を作り出す。


「今回は、殺させてもらう」

「殺れるものならなァッ!!」


 その言葉と共に、戦いの火蓋は切られた。

 そして、アルフの領域を破壊するかのように、大地は割れてマグマが噴き出し、空からは落雷が雨のように降り注ぐ。


「チッ……」


 以前は見ることのなかった、苛烈な攻撃がキメラから放たれる。

 攻撃密度は、これまでの敵とは比較にならない。

 そもそも、アルフの完全な古代魔法による領域に入った敵の中で、燃え尽きなかったのは目の前のキメラがはじめてなので、強さは抜けていることだろう。


 それでも、アルフはするりと攻撃の合間を縫って走り抜け、空気を蹴って空を跳ぶ。

 そして以前のようにキメラの頭部までやって来ると、大剣を手に握り、勢い良く振り下ろした。


 ゴンッ!


「なっ……!」


 しかし、前回とは違う点が一つだけ。


 前回は、この攻撃一発でキメラは頭を地面に叩きつけられ、脳震盪を起こして動けなくなっていた。

 しかし今回は、鈍い音が聞こえただけだ。

 気絶させるどころか、地面に頭を叩き落とすことすらできず、アルフは全身を一瞬強張らせてしまう。


「効かねぇんだよ!」


 そして、口から発せられる反撃の爆炎と爆発をもろに受けてしまう。


「ぐぉっ……!」


 驚きが混ざりつつも、アルフはなんとかキメラから離れ、建物の屋根の上に着地する。

 その姿を見て、なんだかキメラは口をわずかに開け、嘲笑っているように見えた。


「何で効かない? って思ってそうな顔だな?」

「……」

「せっかくだ、教えてやるよ。このカラクリ」


 キメラはそう言うと、大きな翼を何度か羽ばたかせる。


「オレの身体のベースになった魔物……ヒドラって言うんだが、知ってるか? いや、お前なら知ってるよなぁ?」

「それが、何だ?」

「ヒドラの一番の特性は、環境への適応力だ。外部の過酷な環境、あるいは外敵から攻撃を受けると、徐々に肉体を作り変え、環境や外敵からの攻撃に対して耐性を得る」

「……つまり、一度受けた攻撃は効かないってことか」

「あぁそうだ! ”キマイラ“の技術によってオレは! 本来なら時間がかかる”適応“を、即座に行うことができる! つまり!」


 ドラゴン型のキメラは、誇るように叫ぶ。


「お前が一度やった攻撃は、オレには効かねェ……!」


 あまりにも絶望的な話。

 基本的に、一人一人の戦闘スタイルは限られてくるし、攻撃方法も同じになりがちだ。

 なぜなら人一人が使える魔法は限られてくるためだ。

 使える魔法が限られるが故に、戦闘の選択肢はかなり狭くなり、攻撃手段も少なくなる。


 しかし、一つの攻撃方法では倒せないのが、このキメラなのだ。


 一度受けた攻撃には耐性を持つという性質のため、このキメラを倒すには、攻撃に耐性を持つ前に一撃で倒すか、別の攻撃を繰り返して倒すかの二択しかない。

 前者はほとんどの人が不可能、後者はステータス持ちのほぼ全員が不可能ということで、この化物を倒すのは、本当に絶望的なのだ。


「……そう。でも、俺は負ける気がしない」


 しかしそれは、普通の人間の場合の話。

 古代魔法を使えるアルフは、このような敵相手でも、負ける気が一切しなかった。


 彼は大剣をしまうと、代わりに腰に差したレイピアを取り出し、キメラに向けて言う。


「この一撃、受けてみろ」

「来い! その攻撃にも、適応してや――」


 ゴォォォオオン!!


 キメラが叫ぶ最中、まるで、大きな爆発が起きたかのような轟音が響き渡る。

 何事かとアルフのいた場所を見ようとするキメラだったが、視界がくるくる回転しており、見ることはできなかった。


 と、ここでキメラは異変を察知する。


「なっ……!」


 何故視界がぐるぐる回っているのか。

 それは、下半身がアルフの攻撃によって吹き飛ばされたからだと、理解させられた。

 胴体半分ほどが消えてなくなり、今、キメラは宙で回転しながら地面に向かっ落ちているのだ。


「このオレの身体が、吹き飛ばされた……!?」


 しかし、コアのある部分は吹き飛ばされていないので、まだ死んではいない。


「再生を、急いで再生をしなければ……」


 元となったヒドラという魔物の特性を最大限活かすためなのか、このキメラの再生能力は、他のモノよりも圧倒的に高くなっている。

 高速で肉体構造を作り変え、元あった胴体と足と尻尾を再生させていく。


 が、ふとキメラは、アルフと目があった。

 それは恐怖か警戒心か、くるくると回転する視界でも、何故かその姿だけは、明瞭に脳裏に焼きついた。


 そしてその腕を、指を、キメラの方に向けて、口を動かしていた。


「終わりだ」


 声は聞こえなかったが、そう言っているように感じた。

 そして、気づいたときには目前に迫っていた。

 空から落ちてくる、赤い赤い巨大な隕石が。


 いや、それは隕石というよりかは、まるで巨大な火山弾だ。

 赤く熱されたマグマの塊のようなそれは、再生を行うキメラへと迫る。


「あ――」


 断末魔を上げる間すらなく、赤い隕石は着弾と共に大爆発を起こす。

 本来なら、街丸ごと破壊するような一撃……なのだが、アルフが古代魔法で作り出した領域では、同じく古代魔法を使って行った攻撃の影響は出ない。

 故に消えたのは、キメラだけ。


 適応能力が強みなら、それにより攻撃に対応してくる点が厄介なら、一撃で倒してしまえばいい。

 あるいはそれができなくても、攻撃に適応される前に攻撃を連発し、倒し切ればいい。

 古代魔法を持つアルフには、それが容易にできたのだ。


「……終わったな」


 敵の消滅を確認したところで、アルフの作り出した領域は消え、元の王都が現れる。


「さて、もう何も来なければいいけど……」


 このまま襲撃が終わることを願いながらも、アルフはもしものことを警戒していた、西区で待機することにした。

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