58 絶望の演出
ジェナにワープさせてもらい、アルフは最強のキメラがいるというログレスに到着した。
かなり前ではあるが、少しだけ訪れたことがある場所だ。
その時は、王都程ではないにしろ、活気のある明るい街だったという印象が残っている。
だが今はそんな面影すらない。
建物は一つ残らず破壊され、地面は炎に包まれ焦土と化している。
わずかに残った残骸すらも、空からは雨のように降り注ぐ雷によって破壊され、塵となる。
そして、街があったであろう場所に鎮座するのは、大量の瓦礫を纏った、巨大な化物――キメラだ。
これまで見てきたキメラは、ドラゴンやオオカミといった魔物をベースとして、他の魔物の肉体を一部接合させることで、強靭にしたものだった。
しかし今目の前にいる巨大な化物は違う。
複数の、翼と一体化していると思われる巨大な触腕、長い首と頭部、長く鋭い刃のような尻尾、そして、まるで外套のような玉虫色の翼膜を備えた、どの魔物にも該当しないような、まさしく異形の化物。
それはアルフの接近を感じ取ったのか、ゆっくりと首を動かし、目を向ける。
「誰かと思えば、アルフレッドか。まさか王都のキメラを倒して、その足でここまで来るとは思わなかった」
この化物も、王都で戦った大型のキメラのように人語を発している。
「
そう言って化物は全身を動かし、アルフの方を向く。
「僕の名はネモ。君にとっては、”キマイラ“のリーダーと言った方が分かりやすいかもしれない」
「なっ、”キマイラ“の……」
「ああ。少し聞いた話だと、どうやら教会は僕を探してるみたいだねぇ? ま、無限に戦力を作れる奴が消えたとなれば当然と言えば当然か……」
「……お前は、人間なのか?」
「元々はね。けど僕の手で復讐を果たすために、人間という殻は捨てた」
纏う瓦礫の隙間から見えるドラゴンのような頭と顔、アルフにはそれが、わずかに口角を上げて笑みを浮かべたような気がした。
「どうやってこの姿になったか、分かるか?」
「……そんなことはどうでもいい」
「いいや、話させてくれ。僕は今気分が良いんだ……それで、この身体をどうやって作ったか。さっき王都に襲撃に向かわせた大型キメラの情報が詰まった四つのコア、それを体内に取り込むだけさ」
研究組織”キマイラ“のリーダー、ネモ。
今は化物と化した彼の体内には、四つのコアが埋め込まれているらしい。
おそらくそれのせいで、王都に現れた四体の大型キメラを合わせたかのような、異形の姿となったのだろう。
「単純だけど、この方法を見つけるまでは大変だった。最初はコアの情報を一つにまとめようとしたけどダメで、色々と試行錯誤したよなぁ……」
化物は思い出すかのように、研究過程のことを少しだけ呟く。
でもその研究も、全ては復讐のためなのだろう。
「それで、何をするつもりなんだ? そんな姿になったんだから、ある程度の想像はつくけど」
アルフは問う、これから何をするつもりかと。
相手の目的を知っているのといないのとでは、自分の目的達成に大きく関わってくることもあるから、アルフとしては知っておきたかった。
「何を? フフッ……」
邪悪な笑み。
瓦礫に隠れているが、化物の、ネモの心の底は、アルフにまでしっかりと届いた。
「人間も魔人族も、全て消すんだよ」
「全て……!」
「そう、この腐った世界は、全部、悉く、完膚無きまでに壊さなければならない……! そうだアルフレッド……お前もだァァァァアア!」
鼓膜を揺らす咆哮。
それだけで大地は揺れ、大気は爆発を始め、空からは無数の雷が落ちてくる。
灼熱の大地だというのに、地面は凍りつき、凍りついているというのに、地面は燃え上がる、混沌の世界が、一瞬にして形成される。
「くっ……本気でやる気なのか……!」
それを受けてアルフも古代魔法を発動させ、荒廃した大地を発展した王都のような空間へと変える。
が、それでも凍りつき、同時に燃え上がる地面と、雨のように落ちてくる雷は変わらない。
「ならここで、お前を倒す!」
氷結する地面から足を離し、空中を蹴って飛び回り、降り注ぐ雷を回避する。
だが、雷を回避したとしても、突発的に、一切の予兆なくランダムに発生する爆発を回避することは不可能。
幸い、爆発はちゃんとした魔法ではないため、見た目は派手だが威力はかなり低い。
アルフは爆発を受けながらも、空中を蹴り、化物に向けて突撃する。
腰から剣を抜き、同時に勢い良く空気を蹴り、弾丸のように化物に迫る。
そして、剣を振り、炎の斬撃を繰り出す。
「……え」
斬撃は、剣から飛ぶように繰り出された。
確かに化物の身体に命中したはず、現に炎はそういう広がり方をしていた。
いや確実に、とにかくアルフの目には当たったように見えた。
なのに、化物は完全な無傷で、纏っている瓦礫すら剥がすことができていない。
「なにがっ――」
目を丸くして、アルフは空中にも関わらず、化物に釘付けになってしまう。
『ココダ』
それは、一秒にも満たぬ僅かな時間のこと。
それこそ、アルフの攻撃が外れたその瞬間に、後ろから声が聞こえた。
「ッ――」
それは、反射で後ろを向くのと同時だった。
いつの間にか、振り向く間の僅か一瞬で形成されたであろう魔法陣が八つ、アルフを中心に展開されていた。
そして、それを認識したときにはもう手遅れだった。
『完璧ダ』
八つの魔法陣、そこから射出される四品の柱が、魔法陣の中心に居るアルフを捕らえる。
水晶の柱のようなモノが、中心にいたアルフの身体に突き刺さり、同時に彼の作り出していた領域が、装備が、消える。
魔力が、扱えなくなった。
身体に力が、入らなくなった。
それによりアルフは、空中で静止したまま、動けなくなってしまった。
水晶のようなものが身体に突き刺さってはいるが、命に別状は無いらしいということは、不幸中の幸いと言うべきか。
「誰だ、お前は……!」
何が起きているのか理解できていないアルフは、かなり動揺しながら、近くにいる誰かに対して声をかける。
すると男性とも女性とも言えない、まるで機械のような、作り物の声が聞こえてくる。
『私ハ”ヌル“ト呼バレテイル。現在ハ、”ネモ“ニ協力シテイル所ダ』
「じゃあ何で、殺さない? こんなことをするぐらいなら、殺せばいいはずだ……」
『死ノ危機ニ瀕スルト、古代魔法ハ強クナル傾向ガアル。故ニ其レニ目覚メタ貴様ヲ無力化スルニハ、封印スルノガ最善ダ』
つまり、もう逆転は無いということだ。
このまま魔力すら使えない状態で封印されれば、古代魔法も使うことはできず、おそらく永久に封印されたまま。
「それにしても、まさかここまで来るとはねぇ。わざわざこっちに来てくれたおかげで、やりやすくて色々と助かったよ」
『情報収集能力ノ高イ”シャルル“ダケニハ、私ノ存在ト能力ヲ悟ラレナイヨウニシテイタカラナ。上手ク行ッテ良カッタモノダ』
ネモとヌルとやらは、最初からそれを狙っていたのだ。
まさかこんなことになるとは、アルフは予想すらしていなかった。
おそらくジェナのサポートなども、ヌルには全て予想済みだったのだろう。
「さて、そろそろ封印してくれ、ヌル」
『分カッテイル。サァ、英雄ノ居ナイ絶望ヲ演出シヨウ』
封印と、ヌルが言う。
すると魔法陣が立方体の角になるように結界が形成されると、その立方体と共に、アルフは虚空へと消えた。
完全にこの世界とは分断された異次元に、隔離される形で封印されたのだ。
それを見ていた化物は、ネモは、大きな声を上げて笑う。
まるでアルフのことを嘲笑うかのように、世界を支配した物語の魔王のように、尊大に。
そうしてひとしきり笑うと、彼はヌルに感謝を伝える。
「ヌル、封印は助かった。あと攻撃を逸してくれたおかげで、余計な消耗をしなくて済んだ」
アルフの攻撃が、ネモに当たらなかった、正確には効かなかった理由。
それはヌルが特殊な魔法を用いて、攻撃によるダメージを逸していたからだ。
『構ワナイ。オ前ガ傷付クト、絶望ガ映エナクナル。其レダケダカラ』
「……そうか。じゃあ王都に送ってくれ。全てを、壊しに行く」
『了解シタ。王都ノ人々ニ、底無シノ絶望ヲ与エテクレル事ヲ願ッテイル』
◆◇◆◇
昔々、ある所に、貴族の一家がおりました。
エルゼナという、地方の小さな町の有力貴族で、彼らは町の人々のために、多くのことをしてきました。
そんな家族の下に、一人の少年が生まれました。
少年の名は、ネモ・フリスク。
ネモはとても聡明で、植物や動物、魔物などによく関心を持つ、ごく普通の少年でした。
貴族だからといって、他の一般人を差別することもなく、別け隔てなく明るく接していた彼の周りには、友達がいっぱいいました。
家族にも愛され、友達とも仲を深め、彼はとても楽しい人生を送っていました。
そんな平穏で素晴らしい人生は、彼が十歳を迎えた一ヶ月後に、崩れてしまいました。
町を、化物が破壊していったのです。
その化物とは、人型ではあるものの、皮膚や鱗などはなく、ただグロテスクな肉の塊のようなもの。
力強く、そして無尽蔵の魔力と再生能力を持つ大量の化物に、町は破壊されつくされたのです。
ですが、ネモは奇跡的に生き残りました。
瓦礫の下に埋まっていた所を、救助に来てくれた教会の人に助けてもらったのです。
そして教会の人達から、魔人族による襲撃で町は滅びたと、伝えられました。
ネモは、泣きました。
家族を、友達を失ったことを深く悲しみ、彼は泣き続けました。
そして、心優しかったネモは、魔人族から人々を守りたいと、そう決意したのです。
救助が終わり、別の町に移送中に、ネモはこのことを教会の人に伝えました。
幸いなことに、ネモのステータスは、特に”知力“の値はかなり高く、それ故に頭も良かった。
なのでその才能を買われ、彼は教会に所属することとなったのです。
ネモは喜びました。
教会に入れば、苦しんでいる人々を救えると。
それに、自分達のような目に遭う人達を、減らせるかもしれないと、そう思ったのです。
そうして教会で色々なことを学び始めて二年、ネモは若くして、教会が秘密裏に行っているとある研究に携わるようになりました。
そして彼はここで、見てはいけないものを見てしまったのです。
教会が秘密裏に研究していたのは、生物兵器と呼ばれるものでした。
まだ当時はまだ研究が始まったばかりなので、その生物兵器も未完成。
その姿は……人型ではあるものの、皮膚や鱗などはなく、ただ大きいグロテスクな肉の塊のような、そんな化物だったのです。
そして聡明だったネモは、気づいてはいけないことに、気づいてしまったのです。
まさか教会が、町を滅ぼしたのか……?
しかし、まだネモは教会を信じることにしました。
いえ、信じたかったと、そう言った方がいいかもしれません。
自分を救ってくれた人達が、町を滅ぼすなんてあり得ないと、そう思わないと、やっていけなかったのでしょう。
しかし、その縋り付くような期待も、あっという間に裏切られてしまいました。
ある時、教会の上層部からの命令で、新たに改造した生物兵器のテストを行うことになりました。
そのテストのために、あろうことか、辺境の小さな町を襲撃させたのです。
襲撃させ、その際の戦闘能力を記録すること。
そして、生物兵器の制御が利くかどうかを、確かめること。
それらを最も簡単に調べる方法が、辺境の小さな町の襲撃だったのです。
小さな町であれば、目に付くことは少ない。
魔人族との戦争中だから、もし滅びても教会のせいとは思われないし、小さな町だから、調べようとする人もほぼいない。
だから、小さな町を狙ったのです。
そしてこのテストを期に、ネモはこれまでの教会の行動を、特に”テスト“の情報を調べ始めました。
そして見つけてしまったのです。
彼の故郷である”エルゼナ“で、生物兵器のテストが行われていたという情報と、その結界が記されたレポートを。
教会は、悪事を隠していたのです。
小さな町を、さも当然のように滅ぼしていたのです。
多くの罪の無い人々を、虐殺してきたのです。
そして生き残った数少ない人達には、「魔人族の襲撃があった」と伝え、魔人族に対する怒りや憎しみで、騙し続けてきたのです。
全てを知ったネモは、絶望しました。
教会に、人々に、魔人族に、世界に、全てに。
自分は、人の自分勝手のせいで、大切なものを失った。
そしてそれは、一部の人間の利益のためで、そのためであれば、末端などどうなってもいいという思想に、殺意が湧きました。
ですが賢いネモは、その感情を隠したのです。
いつか、相手にとって致命的な、最悪のタイミングで、すべてを壊して復讐するために。
そうして彼は、虎視眈々と機会を伺い続けました。
やがて分野ごとに研究組織が分かれ、その中でも後発の”キマイラ“という組織に属し、そこでもさらに研究を続け……十八になった時、彼は”キマイラ“のトップに立ったのです。
それから、さらに精力的に研究を進めていきました。
幸いなことに、”キマイラ“は元々、王都にいる多くの貴族から支援を受けていました。
なぜなら”キマイラ“は元々、アルフレッドを殺すために作られたのですから。
貴族の人達は、騎士でありながらも、圧倒的な力で権力構図を塗り替えたアルフレッドのことを、心底嫌悪し、敵視していました。
そういった人達からの支援もあり、資金は潤沢、それを利用して、強力なキメラを作っていきました。
その裏では着実に、復讐するための極秘の技術を開発し、復讐を果たす準備を行ったのです。
そして、全ての準備は今、完了した。
ネモは、自らの研究成果すべてを注ぎ込み、自らの人間としての肉体を捨て、強靭なキメラへと生まれ変わったのです。
全ては、自分を騙した教会に復讐するため、国を壊すため、そんな国を構成する、愚かな人間を滅ぼすため、そして類似の魔人族をも消し去るため。
そうしてネモは、王都へ向かうのであった。
◆◇◆◇
王都にいる全ての人々の脳内に語りかけられる、一人の男の物語。
それらが終わった瞬間、世界が大きく揺れる。
「おっ、おい……空が……!」
「空が、割れた……!?」
一人、また一人と、異変に気がつく。
真っ黒な空に、さらに黒い深淵の穴が空いたのだ。
底すら見えないほどの真っ暗闇、そこから巨大な化物が、ゆっくりと降りてくる。
その大きさは、王都の中央区を軽く押し潰してしまうほど。
その巨躯に加えて、複数の、翼と一体化していると思われる巨大な触腕、長い首と頭部、長く鋭い刃のような尻尾、そして、まるで外套のような玉虫色の翼膜を備えた、正しく異形の化物。
その身体のほとんどの部位に、瓦礫を鎧のように纏っている。
それは、ゆっくりと王都の中心へと降り立つと、
「グォォォォォォォオオオオオッッ!!」
凄まじい咆哮を、放つ。
鼓膜を揺らし、恐怖を増長させる、恐ろしい声。
避難中の人々も思わず足を止めてしまうような、底知れぬ恐怖を引き起こすそれは、咆哮が終わるとすぐに、人々に向けて叫ぶ。
「さぁ、復讐の時だ……!」
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