59 抵抗
王都の中心、中央区に現れた巨大な化物。
それはただ、地面に降り立っただけで、中央区の九割を押し潰し、そこにいた人々も含めて全てを壊していった。
それと同時に、何故か王都にいる全ての人の脳内には、王都を空中から俯瞰するような、そんな情景が浮かんでいた。
今王都にいる人であれば、それが今の王都の様子を示していることは、容易に理解できることだろう。
「ただ壊す、ただ殺す……それだけじゃいけないよなぁ……やるなら、徹底的に絶望させる……!」
そう言って化物は、政治の中枢である北区……ではなく、そういったものとはほぼ無縁の東区へ、顔を向けて口を大きく開け、触腕もそちらの方角へ向けた。
口に、触腕に、エネルギーが集積し、赤く燃え上がるような色へと変わると、それらはドロドロした赤い液体を、勢い良く東区へ向けて放った。
その数秒後、凄まじい轟音と衝撃と共に、真っ赤な光が東区を包み込む。
まるで大地震でもあったかのように地面は揺れ、多くの避難中の人々は、体勢を崩してしまう。
その光はどこまでも眩しく、真反対の西区にいた人々の目すら狂わせてしまうほど。
そんな光がおさまると、そこには東区は存在していなかった。
建物は倒壊どころか蒸発し、その凄まじい熱エネルギーは、人間の死体すら残ず消し去ったことだろう。
たったの光線一発、それだけで化物は、東区を一瞬にして消し去ったのだ。
そしてこの光景を、王都にいる人間は全員、知ってしまった。
何者がやったのか分からないが、脳内に流れる映像のせいで、化物が何をしたのか、
そして、理解させられたのだ。
自分達は、あの化物に命を握られたのだと。
”ギャァァァァァアアア!!“
”いやぁぁあっ!“
”逃げろっ、にげろぉぉぉぉおお!!“
王都全域で、恐怖の悲鳴が響き渡る。
あの化物の気分次第で、自分達の命などどうとでもできる。
次は自分達のいる場所かもしれない、そんな想像が脳を支配してしまう。
「見たか、教会のゴミ共……お前達が僕の故郷を壊さなければ、こうはならなかった、復讐者は生まれなかった……! 聡明な市民は、そろそろ――」
気付く頃だろうと、そう化物が言おうとした時だった。
「黙れ狂人」
そんな男の声と共に、どこからか一つの爆弾が投擲され、化物のすぐ近くに落ちる。
ネモはその声を聞いたことがある。
声が聞こえた方を見るとそこには、クリスハートの姿があった。
「あ?」
が、鬱陶しい羽虫を手で払うかのように、化物はあっさりと雷を落とし、爆弾を破壊してしまう。
”ピッ“
だが、破壊したはずなのに、爆弾が嫌な音を発する。
瞬間、化物を爆風と炎が包み込む。
この爆弾は、もしもの時のために、破壊されたら即座に爆発するように設計されていた。
そしてこの爆弾は、アインコアを埋め込まれた存在、生物兵器を確実に殺すために作られたものだ。
「グォ、ォオ……!?」
化物は触腕で胸にあたる部分を押さえ、苦痛にもがく。
体内に滾る膨大な魔力が逆流を起こし、コアに負荷がかかっていく。
しかし、
「ク、ぅ……ハァ、ハァ……何とか”適応“できたか……」
その魔力の逆流に、化物はものの数秒で完全に適応してみせた。
逆流してもコアに負荷がかからないように、肉体が高速で作り変えられていく。
「……何で、死なないんだよ」
あの爆弾は、強力なキメラを殺すために作られたもの。
魔力の逆流を発生させる性質上、保有する魔力が多いキメラ――つまりは強力なものに対して、特に効果を発揮する。
にも関わらず、この、おそらく他の何よりも強いキメラであるこの化物は、耐えてみせた。
軽く街を蒸発させるような化物、それを倒せなかったクリスハートは、震えた声を上げる。
「何で死なないか? 簡単だ、その爆弾の特殊な効果に、肉体が”適応“したからだ」
「適応……?」
「簡単に言えば、一度やられた攻撃に対して耐性を得る、と言ってもいい。ちょうどアルフレッドと戦っていたキメラが持っていた能力だ」
ネモの言う通り、この性質は、アルフが戦っていた大型キメラが持っていたものだ。
敵の攻撃を受けると、その攻撃を次は完全に耐えられるようにと、肉体を作り変えるといった能力で、。
だがネモは、この化物は、桁違いの再生力を有しているが故に、適応もとんでもなく早い。
本来なら死ぬはずだったのに、死ぬ前に、魔力逆流に適応してみせたのだ。
「ついでだ。お前やカーリーやリリー、シャルルといった実力者達に向けて言っておこう」
だが、それだけじゃない。
ネモが持っている能力は、一つだけじゃない。
「僕のこの身体には、王都に送り込んだ四体の大型キメラ……その能力が全て詰まっている。だから、こんなことだって出来るんだよ」
化物がそう言うと、触腕の一つに、周囲の瓦礫が吸い付くように集まっていく。
中央区が押し潰された時にできた大量の瓦礫、金属、木材……それらが一箇所に集中して集まろうとする。
「チッ……」
それは巨大な、それこそ街一つを押し潰せるくらいの大きさの鎚だった。
こんなもので街を壊されてはならない。
が、クリスハートがこれを壊す方法は、大きさと強度的に、本当に限られてくる。
故に取ることができる選択肢は、一つだけ。
「”ブレイヴ“!」
彼の持つ中では最強の魔法である”ブレイヴ“を、発動
敵の攻撃を防ぐためには、後の大きな反動を受けることを前提に、”ブレイヴ“を発動し、古代魔法を使わざるを得ない。
禍々しくも豪華な装飾が施された青黒い鎧を纏い、背には黒く輝く大剣が担がれている。
古代魔法が発動し、心が武具となり、顕現する。
こうする以外に、古代魔法を強引に使う以外に、敵の攻撃を防ぐ手段は一つも無い。
「吹っ飛べやぁぁぁぁアアッ!」
クリスハートの指先に灯った小さな炎。
それは矢のように、巨大な鎚を握る触腕に迫る。
そして命中すると、炎はその大きさに見合わないほどの大爆発を引き起こし、鎚を破壊し、触腕を焼き、吹き飛ばす。
「クッ……なるほどなぁ、キメラの身体にも痛覚はあるか……だが、もう適応はできた」
だが、この化物には高い適応能力がある。
一度攻撃をされても、その攻撃に対応し、ニ回目以降はほぼ無力化してくる。
「……カーリーは市民の避難誘導中、リリーはダニエルとの合流に動いている。シャルルの居所だけは分からないが……あいつの攻撃が致命打になることはない」
「随分とナメられたもんだなぁ……!」
「所詮覚醒は、数分しか保たない。その間さえ耐えれば、僕の勝ちだからな」
「その言葉、後悔させてやるよ……!」
瞬間、中央区を中心に、クリスハートの世界が形成される。
空間が燃え上がり、火山の内部のような、溶岩の流れる大洞窟へと変貌を遂げる。
灼熱の空間で、壁や地面にはマグマが流れ、全身が焼き尽くされてしまいそうな世界。
そうして、二人の戦闘はより激しさを増して行く。
◆◇◆◇
「こっちだ、急げ!」
それとほぼ同時刻、中央区の端の方で、カーリーは辛うじて生き残った市民達の誘導をしていた。
彼女はリリーと合流して、周辺の住人の避難や救助を行っていた。
他にもかなり多くの騎士が市民の救助や避難に動いており、騒がしくなっている。
カーリーは元は東区にいて、化物の熱線で死ぬ寸前ではあったが、辛うじて逃げることに成功し、なんとか生き残ることができたのだ。
その後は、あの化物には絶対に勝てないと判断し、市民の避難に従事しているというわけだ。
「カーリーさん! 攻撃が……!」
そこに、市民の一人が声をかける。
見ると、クリスハートと化物の戦いの余波、巨大なマグマの塊のような赤い何かが、こちらへ向けて飛んできたのだ。
「お前ら下がれ!」
カーリーは棍棒なような大剣を構え、前に立つと、巨大な赤い塊が接近するのをじっと見据える。
そして、左脚で力強く踏み込み、大剣を持つ右腕を斜め上に向けて、勢い良く横薙ぎする。
それにより生じる凄まじい衝撃。
瞬間赤い何かは爆ぜ、恐ろしいほどの暴風と熱波を伴いながら、消失した。
「……よし」
左手で、熱から顔を守っていたカーリーだったが、ちゃんと破壊し切ることができたことを確認すると、ホッと一息ついた。
が、それでもまだ、終わらない。
化物の触腕が一本、横からカーリーに向けて近付いてくる。
おそらくは、これもクリスハートと化物との戦闘の余波。
化物の振った丸太のように太い触腕が、こちらへと近付いてくる。
「カーリーさんッ!」
が、その触腕は千切れ、カーリーには当たらなかった。
代わりに、リリーが彼女の近くに立っていた。
「リリーか。済まない、助かった」
「いえ、私にできるのはこれくらいなので」
リリーの古代魔法、それによる音を超える速度での捕食。
それにより、カーリーに接近する触腕を捕食し、守ったのだ。
「あの化物を一気に食べることができればよかったんだけど……」
能力だけ見れば、あの化物ですら一撃で殺しうる力で、パワーも凄まじいが故に、適応能力を持つネモでさえ、適応しきれない。
なので化物を丸呑みすることができれば、確実に殺すことは可能なのだが……そもそも化物があまりにも大きすぎて、肉の領域を作り出したとしても、化物の肉体の三分の一程度しか、一気に飲み込むことができないのだ。
そのせいで、彼女はあの化物には勝てないというわけで、こうしてカーリーと一緒にいるというわけだ。
「アルフさん、どこに行ったのかな……?」
リリーは、アルフのことを想う。
アルフさえいれば、この化物に対しても互角に戦うことができたかもしれない。
しかし、何故か彼は、この戦場に現れない。
こんな惨状があれば、確実に来るはずなのに。
「おいリリー。アルフのことが心配なのは分かるが、今は私達にできることをやるぞ」
「……はい」
アルフが来ないことを不安に思いながらも、二人は避難や救助に勤しむのであった。
◆◇◆◇
そして、北区の大教会前。
中央区と比べると圧倒的に被害が少なくはあるが、中央区よりも圧倒的に騒がしかった。
そこは、凄まじい怒号で包まれており、多くの人々が、教会のことを罵倒していた。
「あの話は本当なのか!?」
「魔人族の襲撃はお前達の演出だっただと!?」
「事実を答えろ! 罪を償え!」
それは、あのネモの過去が、王都にいる全ての人の脳内に流れたことによるもの。
特に頭のいい人達は、この事件が、教会のせいで起きたのではないかという答えに行き着いていた。
教会がネモの故郷を滅ぼし、そして騙したから、あの化物の姿となり、復讐を果たそうとしているのではないか。
教会前では、まるでデモ活動のように、多くの人々が教会に対して真実を公開するように叫んでいた。
「皆さん! おやめください! おやめください!」
「暴れるのはどうか……! お静かに、どうかお静かに!」
暴動が起きかけているのを、教会騎士が何とか制止させようとしていたりするが、それもほとんど止まらない。
「チッ、邪魔だ……!」
その様子を遠目で見ていたシャルルは、普段の余裕そうな笑みを崩し、苛立ちを露にしている。
こうなったらと、彼は地面を蹴り、跳躍すると、暴徒となりかけている人々の頭の上を駆け、教会内部へと潜入を試みる。
「ちょっ……! えっ、シャルルさん! あっ戻ってください! ダメです、今は――」
そんな教会騎士の言葉は無視して、彼は教会に入ると、上階への階段を必死で上っていく。
途中で出会う人には止められそうになるが、全て無視して上へ上へ。
そして、目標の階層にたどり着く。
大広間、見晴らしのいい大部屋。
そこには、四人の人物がいた。
一人は教皇で、残りの二人は、服装的に枢機卿と思われる。
とはいえ、その三人については、一人につき八つの魔法陣と、そこから伸びる四本の太い水晶の柱のようなものを腹に突き刺され、空中で拘束されていたのだが。
柱を突き刺されてはいるが、一応、生きてはいるらしい。
「見つけたぞ……」
そしてもう一人、この三人を拘束したであろう女性が、そこにはいた。
「ジェナ!」
その女性、ジェナに向けて、シャルルは叫び、胸ぐら掴んで壁へ押し付ける。
彼の顔には、これまでにないほどの怒りが籠もっていた。
「おいジェナ、アルフをどこにやった……いや、今のお前にはこう呼んだ方がいいか?」
そして彼は不敵に、人から見れば邪悪な笑みを浮かべ、彼女に問う。
「なぁヌル。アルフは、どこだ?」
その名を出され、ジェナの鉄仮面のような顔は動き、目をわずかに大きく開ける。
「……隠していたが、流石に貴様には気付かれたか」
そう言うと、ジェナはワープし、シャルルの拘束から脱する。
そして、王都を見渡すことができる窓へと近づくと、彼女は口を開く。
「彼について話す前に、一つ尋ねよう。王都を見て、人々を見て、貴様はどう思った?」
そう言われると、シャルルはジェナの隣に立ち、窓から王都を眺める。
高い場所から見れるため、本当によく分かる。
中央区は壊滅し、東区は最初から何もなかったかのように蒸発し、そして多くの人々は死んだことだろう。
そんな状況と人々の心、
「……絶望、だな」
シャルルはそれを、一言でそう表現した。
街は壊され、人は死に、とんでもない強さの化物は未だ健在。
いつ殺されるのか、消し飛ばされるのか、それすらもが化物の匙加減に委ねられたこの状況は、そして人々の心は、絶望という他ないだろう。
「そう、絶望。此の絶望は、アルフが居ないからこそ発生したものだ」
「……で、アルフはどこだ?」
「彼は封印した。此の絶望は、彼が居ない状況でなければ発生しないからな」
しかし、と、彼女は続ける。
「彼が居なくなったことで、人々の心は絶望に飲み込まれた。絶望の演出は、もう充分と言えよう」
そう言うと、ジェナは「解放」と呟き、パチンと手をたたいた。
「さて、此処でもう一つ問おう」
ジェナはシャルルの目を見て、問いかける。
「この王都の人々は、恐怖し、絶望した。そこにアルフが……いや、アルフレッドと云う英雄が現れたとしたら、人々はどうなると思う?」
「人々は……希望の光に、目を焼かれる」
「正解だ。そして私が狙っていた事こそ、其れなのだよ」
この絶望した街に、英雄が現れれば、そして化物を倒し、街を救うことができれば、多くの人々に、英雄は讃えられることだろう。
そしてそれこそが、ジェナの狙っていたことでもあるのだ。
「兎に角だ。シャルル、此処でこの王都の行く末を見届けようじゃないか」
「断る。適当に救助でもしてくる」
「そうか、なら地上へ送ってあげよう」
そうしてシャルルは、ジェナの手によって地上へワープさせられるのであった。
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