45 歪んだ世界
昼を過ぎた頃、アルフとクロードは馬車に乗り、目的のエルフの森へと向かった。
荷車を引く馬も魔物の一種で、脚力もかなりのものなので、かなりの速度で道路を進んでいく。
そんな馬車は、豪華という訳では無いが、そもそも使用すること自体にかなりお金がかかる。
アルフは客席の窓から外を眺めながら、クロードに尋ねる。
「……そういえば、よく馬車なんて手配できたね。相当高かったんじゃない?」
「まぁ高かったな。でも依頼主がかなりの額の前金をくれたからさ」
「なるほどねぇ」
確かに、魔法によるワープ等の方法を使わない場合は、王都から魔人族領までは三日か四日ほどかかる。
ただこの日数は、馬車などで全力で向かった場合の話で、歩きだと余裕で数ヶ月はかかってしまう。
だがもし普通の人であれば、こんな依頼を出せるはずがない。
そもそも馬車代のお金を用意するだけでもかなりかかる上に、加えて報酬金もと考えると、そう簡単に依頼はできないはず。
「じゃあ依頼主ってどこかの大商人やら貴族やらだったり?」
そうなると、依頼人は相当な金持ちじゃないかと、アルフは思った。
彼の問いに、クロードは頷きながら答える。
「まぁそんな感じだな。依頼主は貴族でさ……というかここ一ヶ月は、そういう人からの依頼ばっかなんだよな。これ以外にも三件、貴族から依頼が来たし」
アルフはクロードを見る。
クロード自身は「金払いが良いからいいけど」と言っているが、アルフの視点からすると、妙としか言いようがない。
何か、彼の身に起きているのかもしれないと怪しみ、尋ねてみる。
「……それ、色々と大丈夫?」
その問いには、クロードも首を傾げ、歯切れの悪い感じのことを言う。
「いや、俺も怪しいとは思ったけどさぁ。でも調べても何も無いんだよ。いや、何か無いわけがないと思うんだけど、でも根拠は無いし……」
クロードも、最近の依頼的に違和感を覚えているらしい。
だが怪しいと思って調査をしても、別に怪しい記録や情報が出てくるわけではない。
共通しているのは、最近依頼してきた貴族は、教会との強い繋がりがあるという点くらいなのだという。
「……怪しいけど、依頼を受けたからには、ちゃんと遂行しなきゃいけない。そういうもんだから。だから頼むわ、アルフ」
「もちろん、クロードには色々助けられたし。というか聞き忘れてたんだけど……どうしてエルフの森に?」
アルフはふと、クロードが何を目的にエルフの森へ向かうのかを聞いていなかったことを思い出した。
「そういえば言ってなかったな。“ブラックロータス”っていう植物の根を取りに行くんだけど……アルフ、聞いたことある?」
「いや、まったく」
どうやらその目的は、“ブラックロータス”と呼ばれる植物の根を採集すること。
大量の知識を蓄えてきているアルフでさえも、その名前は一度も聞いたことがなかった。
「俺も依頼人から聞いてはじめて知ったんだけどさ、なんかエルフの森以外では一切成長しないんだってさ。だからほとんど市場に流れてこないんだとか」
他にもクロードの話だと、強力な麻酔の原料になるが、依存性が高く、麻薬として扱われることもあるとか。
だが、少なくとも普通の薬に使うようなものではなさそうだと、彼は断定していた。
普通の薬に使うには、あまりにも麻酔作用が強過ぎるのだとか。
「……十中八九教会と絡んでるなぁ」
「ああ。教会に踊らされるのは
そうしてアルフとクロードは、複数の街を経由し、エルフの森へと向かうのであった。
◆◇◆◇
エルフの森。
近くにあるケイオスという小さな街に降ろしてもらったアルフ達は、そこから三十分ほど歩き、目的地へ到着した。
「普通だ」
「パッと見はね。けど……」
「分かってるって。街の人に聞いても、みんな『行くな』って言ってくるし。警戒しないわけがねぇ」
森の外から見る限りは、別段変な点は無く、一般的な森のように見える。
だが近くの街で聞き込みをして得た情報によると、ごくまれに、生物とは思えない巨大なナニカが、エルフの森やその上空に出現するらしい。
他にも、身の毛がよだつほどの名状し難い存在が、森から出てくることもあるらしい。
そのためケイオスでは、森の中に潜むナニカの怒りを沈めるため、十年に一度、子どもを生贄として森へ行かせるのだという。
効果は、分からないらしいが。
「さ、行こうか」
二人は早速、森の中へ入っていく。
森にはシダ植物が生い茂っており、地面もコケで覆われ、ジメジメとした雰囲気だ。
足元はぬかるんでいるように見えるが、滑ることは無い……というか、見た目に反して乾いているようにすら感じるほどだ。
外は太陽がちゃんと昇っているはずだが、樹々が生い茂っており、陽の光があまり届かないため薄暗い。
そうして歩いていくうちに、二人はあるおかしな点を発見する。
「……風が無いな。まったく」
「ん? ああ、確かに言われてみれば」
それは、風が一切吹いていないという点だ。
単純に風が顔に当たる感覚が無いとか、そういう次元ではない。
木々の枝が揺れる音だとか、葉が擦れる音だとか、風が吹くことにより生じる環境音が、一切聞こえてこないのだ。
そう、森の中は完全なる無音だったのだ。
「……なんか怖いなぁ、無音って」
クロードの言葉の通り、無音というのは中々に恐ろしいものだ。
知らず知らずのうちに、気づかぬ間に、二人の精神はジワジワと削れていく。
森に入って十分も経つ頃には、二人の神経は擦れていき、集中力も散漫になっていった。
そんな二人だったが、森に入って三十分もすると、開けた場所に出た。
「……村、か?」
そこを見たアルフは、目を動かして言う。
目の前に、かなり大きな村があったのだ。
複数の巨木が生えており、その幹をくり抜くことで作られた建造物や、複数の木々の枝を繋げることで作られた空中回廊や水路が複雑に絡み合っていたりと、昔は栄えていたことが伺える村だった。
もっとも、今は滅びているようだが。
昔は栄えていたのだろうが、今では樹々はねじれ歪んだり、真っ二つに斬られたりして、空中に掛けられていた回廊は崩れてしまっていた。
地面もそうで、地割れがかなり広がっており、場所によっては二メートルをも超える裂け目ができていたりもする。
「というか、いや、アルフ……この村、もしかして……」
だが、何よりもアルフとクロードの二人を困惑させたのは、その村の現状だ。
空中に掛けられていた水路は破壊され、水路からは水が地面に落ちる……ことはない。
水が地面に落ちることはなく、空中で静止しているのだ。
落ちてくる瓦礫や枝葉も、何の支えもないというのに、当然のように空中で静止している。
そして何よりも、その村にいた人々の状態。
確かに普通の人間とは異なり、横に長い耳を持っており、全員金髪ではあるが、別にそんなことはどうでもいい。
何かに恐怖し、逃げ回る……そんな絶望の表情をした人達が、アルフやクロードには、ちゃんと見えていた。
何かに躓いて転びそうになる少女、身体を縦に真っ二つに斬り裂かれ血液を飛び散らせる大人の男性、三枚下ろしにされた老婆……。
そこにな当時起きていたであろう混乱が、当時のままの状態で存在していた。
朽ちることなく、そのままの状態で。
「時が、止まってる……?」
クロードは身体を震わせる。
普通はあり得るはずがない。
だが、目の前の状況を見ると、そうなっているとしか思えないのだ。
ならば、これを起こしたのは誰か。
そう考えるクロードの頭に浮かんだのは、異形のナニカ。
この森のどこかにいるとされる未知の存在が、この村を破壊し、時を止めたのではないかと、そう思わざるを得なかった。
今まで見たことのない、聞いたことすらない、未知の危険との遭遇の予感に、クロードは震えていた。
「やべぇ、震えが止まらねぇ……こんなの、いつ振りだ……?」
今までの敵は、既知の範疇だった。
強力な魔物についても、ただ強力なだけで、魔物の域を出ない。
教会の作り出したキメラについても、魔人族の刺客のように見せかけて王都を襲撃させていたため、その戦闘を目撃することはあった。
だが今回の敵は、完全なる未知。
以前のログレスの教会地下で目撃したあの肉塊の時と同じような……見たことのない、魔物とすら思えない敵の現れる予感を前に、何とも言えない恐怖が腹の底から湧き出てくる。
ブーン……
「ッ! 何がいる!?」
突如として聞こえてきた低い羽音。
それは少しずつ、アルフとクロードの方へと近づいている。
そしてそれは、二人の前へ現れる。
「魔物……? いや、アルフこれは……」
「見たことないね。多分異世界から来たってやつだ」
その姿は、まだこの世界にいる魔物のような雰囲気をしていた。
三対の薄羽を羽ばたかせるそれは、子どもの人間と同等の大きさをした昆虫のような姿をしている。
ただ頭は触手のようになって蠢いており、鋭い鉤爪だけで構成された手を持っているという奇妙な生物ではあるが、奇妙でおさまる範囲内の存在だった。
そしてその生物は、枝分かれした鉤爪を器用に扱い、小型のL字状の機械を持っており、その先端をアルフの方へ向けている。
それが、二人の前に三体現れた。
だが、襲ってくることはない。
「……襲ってこない?」
「警戒してるっぽくはあるけどね。何かあったら俺が対応する」
何かあったら危ないので、アルフは装備を出現させて剣を抜く。
クロードの方も、腰に差した剣に手をかけ、いつでも戦えるようにと警戒度を高める。
「……何もして」
二十秒ほど見合っていたアルフ達だったが、目の前にいる生物が何もしてこないことを確認すると、剣をしまう。
そして剣を腰に差した瞬間、
バチバチバチッ!
「ぐおっ……!」
L字の機械から、電撃が射出される。
高速で撃ち出される電撃には、流石のアルフでも回避することはできず、三体の攻撃が直撃し、感電してしまう。
「なっ、クソッ!」
ギチギチギチと、笑うかのように音を立てる敵だったが、攻撃を受けていないクロードは即座に抜刀し、斬る。
甲殻はあったが、現在のクロードを前には紙と同義、一体一撃で地面に撃ち落としていく。
「おいアルフ、大丈夫か!?」
三体を行動不能にしたところで、電撃にやられたアルフに寄るクロード。
だがアルフは膝をつき、身体をガクガク震わせる程度だったようで、命に別状はないようだ。
「や、大丈夫……というかクロード、お前……」
そんなアルフの視界にわずかに映った、クロードの早技。
ステータスを失っていたにも関わらず、クロードは高速で動き、敵を斬り伏せていた。
以前は欠点とも言えたパワーについても、今は敵を斬り裂くのに充分なものとなっていた。
「なんか、強くなってないか?」
「まぁな。実はセシリアと一緒に、ジェナに鍛えてもらってさ。多分そのおかげだな」
「ジェナが……?」
少し尋ねてみると、なんと彼は、ジェナに鍛えてもらっているのだという。
確かにジェナもステータスを持たないらしいし、そういう人の戦い方は知っているのだろうが……何故、教えていたのか。
腹の中で考えていることが読めないため、またしても大丈夫なのかと、アルフは思ってしまう。
「一応、今の所は何も起きてない。まぁでも、どうせ俺達には考えつかないような何かを企んでるんだろ、アイツのことだし」
それを察したクロードは、軽い感じに言う。
「……それが心配なんだよなぁ」
だが、理解できないというのは心配なもの。
とはいえ、それを無限に考え続けても、ただストレスが溜まるだけだ。
「そりゃそうだけど、でも考えても無駄だろ? 一ヶ月くらい色々話してきたから分かる。アイツは狂人だ」
クロードはジェナのことを、狂人と断言した。
それ故に、彼女のことを深く考えるべきではないと。
「狂った奴の考えてることなんて、常人には測れない。なら考えるだけ無駄ってわけだ。今はこの探索に集中しようぜ?」
「……そうだな。分かった」
とりあえず、ジェナに関する話はここで終えて、二人は敵の死骸に目を向ける。
緑色の液体を噴き出し、もう動いていない敵ではあるが、その手には、攻撃に用いていた謎の機械が握られている。
三体中二体の機械については、真っ二つになって壊れているのが分かるが、残りの一体のは無事らしい。
クロードは、無事な機械を強引に死骸から取って、近くで見る。
「こいつで攻撃をねぇ……せっかくだ。壊れた方も持ってくか。何かの役に立つかもしれないし」
「本当にいいのか?」
「見た感じ武器っぽいし、使えるなら使わせてもらう。こんな武器、少なくとも俺は見たことないし」
そう言いながらクロードは、残りの壊れた機械の方も回収し、採集用のカバンの中に仕舞うのであった。
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