44 危険な依頼
アルフが目覚めた次の日。
体調も特におかしな点はなく、朝は普通に目覚め、朝食を食べていた。
「アルフ君、身体の方はどうだい?」
「多分もう大丈夫です。確実に、今までより調子はよくなってる」
特に何事もなく、朝食のパンを食べ、温かいスープを飲み、腹を満たしていく。
相変わらず、昨日からアルフは空腹を感じてはいないが、食べると腹が満たされ満足感を得ることができた点は、ステータスがあった頃との違いだろう。
「……幸せだなぁ」
それがアルフには、とても幸せなように感じた。
ステータスを持っていた頃は、食事に幸福感を覚えることはなかった。
お腹は減る感覚が無いのと同様に、食事をして満たされる感覚も無かったから。
食事は素晴らしいものだと感じるようになったのも、ステータスを失い、空腹と満腹という感覚を知ってからだ。
「うん? アルフさん?」
「あ、言葉に出ちゃってたか」
リリーが反応したことで、アルフは自分の気持ちが言葉に出ていたことに気がついた。
「いやぁ、なんというか……お腹が満たされていくのって、こんなに良いものなんだなぁって。ステータスがあった頃は、空腹にはならなかったけど、何を食べても腹がふくれることは一度もなかったからさ」
それらは本来、人間なら誰もが生まれつき持っている感覚ではあるが、アルフにとっては数ヶ月前にはじめて知った感覚なのだ。
故にその大切さや、それにより得られる幸福感は、誰よりも知っているつもりだった。
「本当に、いいものだよ。さ、冷める前にさっさと食べよ」
そうしてアルフ達は、冷めないうちに朝食を済ませるのであった。
そうして食事を終え、片付けを始めた頃、
コンコンコン。
「うん? 誰だ?」
玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。
だがそもそもアルフの家にやってくるのは、本当に限られた知り合いしかいない。
というかそれ以前に、アルフの家の場所を知っている人自体がほぼいない。
誰だろうと、アルフは玄関に向かって足を動かしたが、その瞬間、彼の中の第六感的な何かが、玄関前にいる人物を察知した。
「……! クロードか」
声すら聞こえてこないのに、アルフは何故か家の外で待っている人物を把握し、急いで玄関へ向かい、扉を開いた。
そうして扉を開けると、アルフの直感通り、クロードが待っていた。
そこそこの期間会っていなかったが、別段おかしな所はなく、元気そうであった。
「やっぱりクロードだったか」
「おう、なんか久しぶりだなぁアルフ。ちょっとお前に手伝ってほしいことがあってさ」
「……ああ、なるほど」
何か頼み事があるらしく、クロードは家を訪ねてきたらしい。
だが、またしてもアルフの脳裏に妙な思考が浮かび、何故かまた、クロードが何を頼もうとしているのかを察知することができた。
「魔人族領にある“エルフの森”の探索に付き合えってこと?」
「……は?」
思わずアルフから距離を取るクロード。
確かにクロードはアルフの言う通り、“エルフの森”の探索に同行してほしいと、そう頼むつもりだった。
だが彼はそのことを、まだ口にしていないのだ。
それにも関わらず、自分しか知らないであろうことを、自分が説明する前に友人は看破したのだ。
「……お前は、誰だ? 本当にアルフなのか?」
もしかしたら、目の前にいるのはアルフの見た目をした別人かもしれない。
故にクロードはそう尋ねながら、腰に差した剣に手をかけ、いつでも攻撃できるように構えを取る。
「え? いや、俺はアルフだけど……」
「なら、何で俺の頼み事を知ってた? ここしばらくはお前に会った記憶は無いぞ?」
「あー……それは、何というか……」
クロードの言葉を聞いて、若干後悔し始めるアルフ。
数段と冴えている直感を信じて聞いてみたことのせいで、自分のことが疑われてしまったのだから。
今はその疑いを晴らしたいという状況ではあるのだが、直感という漠然としたモノで予測しただなんて、誰が信じてくれるだろうか。
少なくとも、自分がクロード側に立ったとして、信じるかどうかと言われれば、絶対に信じない。
なのでひたすらに、クロードを納得させるような説得を考えていたアルフだったが、そんなものが思い付くわけがなく、唸りながら視線を逸らすことしかできなかった。
だがそこに、助け舟が訪れる。
「ご主人様、何かありましたか?」
ミルが、アルフの後ろからやって来た。
二人が同時にミルに視線を向けるが、クロードはそこでハッとした。
「……そうか」
よくよく考えてみたら、こうしてミルが平然としてアルフの隣にいる以上、アルフが偽物であるはずがなかったのだ。
もし彼が偽物だったら、まず真っ先にミルが気づくはずなのだから。
彼女はご主人様のことを、アルフのことを盲目的に信頼しており、かつ大好きなのだから、もし目の前のアルフが本物じゃなかったとしても、即座に気づくはずだ。
「ミルが普段通りだし、アルフが偽物なわけないか」
「ん?」
「悪いなアルフ、変に疑って」
「あ、いや。こっちも紛らわしいこと言ってごめん。なんか最近、物凄いカンが冴えててさ……」
なんだかんだで、自分が本物であることを察してくれたらしく、アルフは内心でホッとした。
「立ち話もアレだし、とりあえず中入って」
「おう、おじゃまします」
このまま玄関前で話すのもどうかと感じ、アルフは家の中へ通す。
家はそれなりの広さはあるが、四人で住んでおり、応接室なんて用意できないので、とりあえずリビングへ案内した。
「うん? あの人は……」
するとクロードは、見慣れない人物を発見する。
壮年の、少しやつれた男性が、いた。
彼は何者なのかと、クロードは隣にいるアルフへ尋ねるが、その前に男性が反応する。
「おや、はじめまして。私はダニエルといいます。一応、リリーの父親……ですね」
男性は丁寧な口調でダニエルと名乗り、軽く会釈をする。
クロードの方も同じように挨拶し、軽く会釈をするが、それはそれとして、リリーの父親という言葉に軽く驚いていた。
「リリーの……? いやでも、リリーは確か……」
「ああ、私は教会の研究組織である“ネクロア”のリーダーだったので……そこで得た知識で蘇らせたと言いますか、そんな感じです」
「教会? おいアルフ、こんな奴放置していいのか?」
クロードはダニエルの目を見つめ、睨みつける。
彼は少し前に、教会に襲われたことがある。
その上、それが直接的な原因になったというわけではないが、直後に死んでしまった。
辛うじてジェナの魔法で蘇ったとはいえ、そういった経験があるからこそ、教会の関係者にはかなり警戒するようになっていた。
「多分大丈夫。ダニエルさんも、今は教会から命を狙われている立場ですし。その目的もどうやら『死んだ家族を蘇らせる』というものらしいので」
そこは、アルフがフォローに入る。
教会に狙われているという点と、目的が大切な人の蘇生という点。
この二点は、クロードの良心を揺さぶるのに足る事柄であったらしく、彼は鋭い目をダニエルから逸した。
「そうか。いや、なるほど……もしかしてログレスの教会地下での実験も……」
「そこまで知っていたのですね。私はリリーを蘇らせるために、ログレスの教会地下で研究を行っていた……それは事実です」
「なるほどな……そうか、そうか。なら、怪しい人ってわけでもないか……?」
クロードは何度も頷き、ダニエルの境遇と辛かったであろう過去に同情していた。
妹を失った経験のあるクロードだからこそ、似た苦しみを知っているからこそ、ダニエルに対しても同情することができる。
そして、普段よりも早く、簡単に信用することができたのだろう。
「さて、本題。ちょっとアルフを一週間ほど借りたいんだけど、いい?」
ちょっとだけセンチメンタルになったクロードだったが、パチンと手をたたき、気分を変えて尋ねた。
「俺って薬師をやってるんだけど、最近依頼がやけに多くて。だからアルフの力を借りたいってわけだけど、いいか?」
アルフは強い。
何度も自分達を守ってくれたから、クロードはそれをよく理解している。
だからこそ、ミルやリリーといった、アルフが守る対象にしている人物には、事前に聞いておかなければならなかった。
アルフがいなくなるということは、それだけ大きな意味を持つのだ。
「はい、大丈夫です! アルフさんがいない間は、私がみんなを守るので!」
だがリリーは即座に、クロードの言葉にそう返した。
「え……? 本当にいいのか? 確かにリリーも強くはあるけど、でも流石に……」
「いえ。実は私も古代魔法を使えるようになったので、アルフさんがいなくても、大丈夫です!」
「……マジか!」
これにはクロードも今日一番の驚きを見せ、目を丸くした。
クロードも古代魔法の凄まじさは、アルフのを見てきているから知っているのだ。
それを使える人が一人増えたとなれば、驚かないわけがないだろう。
「なら、アルフを一週間くらい借りてくぞ。ちょっと魔人族領に近い場所に行かなきゃならないからさ。あー、というか、アルフに聞き忘れてたけど……」
一応三人の了承を貰ったところだったが、肝心のアルフ本人からOKを貰っていなかったことに気づいたクロードは、そちらを見るが、
「あ、俺は大丈夫だから」
アルフは二つ返事で了承した。
「リリーもいるし、多分俺がいなくても大丈夫。ミルにはちょっと寂しい想いをさせちゃうけど……ごめんね、一週間で返ってくるから」
「……はい。絶対、帰ってきてくださいね」
そうして、クロードからの危険な依頼を受けることになったのであった。
「……ところで、クロードさんでしたっけ? 魔人族領近辺と言っていましたが、どこへ向かう予定で?」
その後は色々と話し合っていたのだが、ふとダニエルが気になったのか、クロードに目的地について尋ねた。
「“エルフの森”って場所です」
「エルフの森……少しだけ、聞いたことはあります」
「本当ですか?」
「実際に行ったことはありませんし、その情報も眉唾ではありますが……」
ダニエルは真剣な目でクロードを見て、続ける。
「そこは、異世界と繋がる場所だと聞きます」
「異世界……?」
「はい。かつては魔人族の中でも“エルフ”と呼ばれる種族が住んでいたそうです。尖った耳が特徴の種族だそうですが、既に滅びたとされていますし、森も……今は時間と空間がねじれ歪み、狂った場所となっています。それ故に、異世界と繋がり、多くのモノが流れ着くそうです」
異世界から、多くのモノが流れ着く。
それは無機物だけというわけではないと、ダニエルは言う。
「その森には、この世の者とは思えない、冒涜的な生物が多数存在しているそうです」
玉虫色の巨大な集合体、地を這うタールのような黒いナニカ、ゾウのように大きな蝙蝠のような生物、人間と同等の大きさの浮遊する甲殻類のような生命体……ダニエルいわく、そういった存在が、エルフの森やその近辺で確認されたという記録があるそうだ。
「そんな化物がいることから、エルフの森は……魔人族の間では“禁足地”と呼ばれているそうです」
「足を踏み入れるのが禁じられた地、か」
「記録からして、何が起きてもおかしくない。これまでに話したものとはまた別の、未知の化物が出てくる可能性も有り得る。行くなら細心の注意を払って行くべきだ」
そこへ向かう予定のアルフとクロードは、目的地の危険性を充分に理解し、死なないようにと心がけるのであった。
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