107 夢のような目覚め

 柔らかい布団の感触。

 久しぶりのような、そうでもないような、とにかく懐かしい、そんな感覚。


「ぅう……ここ、は……」


 そう言った瞬間、目覚めたアルフは続きの言葉を飲み込んだ。


「……そうか、帰ってきたのか」


 窓からは朝日が差し込む。

 ベッドはこれまで使っていた一人用ではなく、二人用に変わっているが、感触はあまり変わっていない気がする。


 そして隣には、寝間着姿のミルがいる。

 ギュッと、自分のことを抱きしめてきている。


 自分の服も、いつの間にか寝間着になっていた。

 ミルか、あるいは別の誰かが着替えさせてくれたのだろう。


「……おはようございます」


 どうやら既に目覚めていたようで、ミルはアルフを見て、言った。

 おそらく、起きるのを待っていたのだろう。


「おはよう、ミル」


 アルフもそう返し、身体を起こそうとしたが。

 その瞬間、ミルは腕に力を入れ、アルフを動かすまいとしてきた。


「……ミル?」

「どこにも行かないでください……ご主人様。いえ……どこにも、行かせません」


 そう言うミルの身体と声は、わずかに震えていた。

 きっと、不安で不安で仕方ないのだろう。


「ずっと、側にいてください……」


 そう言いながら、彼女はアルフの腕を力強く掴む。

 以前より、明らかに力が強い。

 前はこんなことしてこなかったし、してきたとしても、大して力は強くなかったはずだ。


「私も、成長したんです。背も伸びて、胸も大きくなって、力も強くなって、色々なこと知って、できるようになりました」


 これまでは色々と頭がいっぱいで気付かなかったが、確かにミルは、変化していた。

 言われてやっと、そのことに意識が向き、気が付いた。


 ミルが言っている通り、身長はかなり伸びた。

 これまでは145センチくらいだったが、今は最低でも150センチは超えていた。

 そして何より、過酷な奴隷生活から解放されたことで、ミルは遅めの第二次性徴を迎えた。

 身体は女性らしく成長しており、現にアルフに抱きつくミルの身体から、これまで感じたことのない柔らかな感触を感じていた。


「……!」


 色々と気付いてしまったアルフの脳を、様々な感情が駆け巡る。

 驚き、思わずミルから離れようとしたが、ミルを不安にさせるわけにもいかない。

 だから、されるがままだ。


「だから、こういうことも……っ!」


 そして、ミルは力を緩め、少し身体を離した。

 と、思った瞬間。


 ぐっ……!


「えっ、ちょっ、ミル……!?」


 アルフを仰向けになるように押し倒し、ミルはその上に馬乗りになった。


「……できるんです」


 あまりに突然のことだった。

 これまでのミルの性格からしたら、あり得ない行動。

 自分がいない間に一体何が起きたのか、何をしていたのか、何を想っていたのか……不安が渦巻く。


「……今から、ご主人様を縛りつけます」

「え?」

「魔人族の四天王の方達に教えてもらいました。肉体関係を持てば、ご主人様は私から離れられなくなると」

「……」


 ああ、そうだったのか。


 アルフは、ミルの心を理解した。


 ミルはもう、今の自分のことを信じることができないのだと、アルフはそう感じた。

 これまで築き上げてきた信頼はある、愛情はある、それを忘れている……ということはない。

 忘れて消えているのなら、こうして肉体関係を持とうとはしないはずだ。

 信頼や愛情はあったが、それがこれからもずっと続くとは、思えなかったのだろう。


 だからこそ、この暴挙。


「ご主人様……捨てないで、ください」


 これは愛の証明、あるいは楔なのだろう。




◆◇◆◇




 それから三日後。


 この三日間、アルフとミルはこれまで以上に深く深く愛し合った。

 食事すら忘れ、ベッドの上で過ごした。

 が、アルフの力のおかげなのか、二人とも腹が減ることはなく、満たされていたのであった。


「ふぁ……」


 アルフの、何度目かの目覚め。

 これまでは隣にずっとミルがいたが、今はその感触がない。


 代わりにベッドの外には、メイド服を着たミルがいた。

 ミルの成長に合わせて手直しされているのか、以前とはデザインが微妙に変わっている。


「……おはようございます、ご主人様」


 ただ、その表情は暗い。

 この数日で発散され、明る気な……とまでは行かなくとも、落ち着いてくれると思っていたが、どうやら違ったようで。


「……その」

「ん?」

「ごめんなさい……急にあんな風に迫ってしまって……」


 ご主人様が離れていなくなってしまうかもという不安と混乱で、ミルはアルフを襲った。

 だが冷静になった今、突然こんなことをしてしまって怒ってしまったのではないかと、彼女は不安になっていたのだ。

 アルフが離れてしまうかもという不安と、アルフに迷惑かけるかもしれないという不安、この二つの板挟みに苦しんでいたのだろう。


「……ミルが謝ることはないよ」


 だが、こうしてミルが思い悩んでいたのも、全ては自分のせいである。

 アルフは、そう思っていた。


 そして、ミルを抱き寄せ抱擁し、頭を撫でた。


「そうだよな、三年も戻れなかったんだ……寂しかったし、辛かったよな……」


 自分がいなかった頃の、独りぼっちのミルを想う。

 周りの人は優しくしたのだろうが、それでもミルの不安を紛らわすことはできなかった。

 だからこそ、こうして苦しむことになったのだ。


「大丈夫、もう離れない。ずっとミルのことを愛すると誓うよ」


 その苦しみから解放する方法は一つ。

 誠心誠意、心の底からミルを愛することである。


「……本当、ですか?」

「うん。もし裏切ったら、首を斬る覚悟だよ」


 首を斬る覚悟とは言うが、ただの比喩表現だ。

 だがもしミルのことを裏切ったら、自刃するくらいの覚悟があることを、アルフはこの言葉を以て示した。


 一歩、アルフはミルから離れ、彼女の目を見る。


「言葉だけにはなってしまうけど、それでもまたもう一度、俺のことを信じてほしい」


 そして、頭を下げた。


「もちろん、信じます。ご主人様が嘘をつかないって、知ってますから」

「ミル……!」

「だから……また一緒にいましょう。ご主人様」

「うん」


 再び、互いに抱擁する。


 三十秒ほどの抱擁の後に離れると、ミルは思い出したかのように言った。


「……そういえば、朝食の準備をしたんでした」

「え? あっ……」


 ミルは朝食の用意をしてくれたらしい。

 その用意ができたから、起こしに来てくれたらしいが、このやり取りに無駄に時間がかかってしまった。

 具体的には、三十分くらい。


「また、温め直しますね。さあ、行きましょう」


 そうして二人は部屋を出て、リビングへ降りていった。

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