108 神となった男

 いつも通りの、ミルが作ってくれた食事。

 朝ということもあって、野菜スープとパンだけと少なめだが、身体も心も温まる。


「……」


 ああ、戻ってきたんだなぁと。

 そう、アルフはしみじみと思った。

 体感時間的には一週間かそれくらいしか時間は空いていないはずなのに、とても懐かしい、落ち着く味と匂いだった。


「えっと、お口に合わなかったですか?」


 そんな風に考えていると、ミルが心配そうに声をかけてきた。

 どうやら、手が止まってしまっていたようである。


「いや、美味しいよ。ただ、なんかすごい久しぶりだなぁって、そう感じて」

「そう……ですか。よかったです……」


 ミルはホッと息を吐く。

 その様子だけでも、何だか色々と申し訳なくなってくるアルフであった。


 コンコンコン。


 そんな風に朝食を楽しんでいると、玄関をノックする音が聞こえてきた。

 少し遅めとはいえ、まだ早い時間だ。


「ん? 誰だ?」

「私が見て来ます」


 アルフが動く前に、ミルが立ち上がり、小走りで玄関へ向かう。

 そして玄関の方から一言二言、話し声がすると、ミルは客を連れて戻ってきた。


「やぁ、アルフ。久しいな」

「ジェナさん……」


 やって来たのは、ジェナだった。

 以前は黒髪だったが、今では彼女本来の髪色である金髪に戻っている。

 これまで着ていた真っ黒なローブも、今では白を基調としたものへと変わっていた。


「髪色、変えたんですね」

「元がこの色だ。黒髪は、アインを欺く為に染めていたに過ぎない」

「ああ、前にそんなこと言ってたような……」


 黒髪にしていた理由は、アインに本当の姿を見せないようにするためだった。

 だが今やアインは消え去り、本来の姿を隠す必要が無くなったというわけだ。


 そんな話をしながら、ジェナはどこからか椅子を出現させ、それに座った。


「……一応聞いておくが、アインは殺したんだな?」

「はい。もはやアインは全てを奪われ、魂だけの状態で苦しむことしかできない状態です。魂まで消滅した、というわけではないですが……」

「……此処に戻って来る可能性は?」

「ゼロです。アインのステータスは全てゼロにしました。だからもうアイツは魔力を持たない、魔法を使えない。外部からのイレギュラーですら、アインには干渉できないようにしている。だから、どう頑張ってもここに辿り着くことは無いです」

「そうか。なら問題無い」


 アインが全てを奪われ、未来永劫苦しみ続ける未来が確定したことを伝えると、ジェナは頷いた。

 ステータスも全てゼロになり、魔力を失い、魔法を使えなくなった。

 その上、今後アインは何があろうが、誰も干渉することができない、そういう風に魔法をかけた。

 ここまですれば、99.9999……%、アインはあの閉ざされた空間から脱出できず、永遠に苦しみ続けることだろう。


 それに、もし外に出られたとしても、魔力ガ無い上、肉体すら存在しない状態のアインが、まともに活動できるはずがないのだ。


「……しかし、三年もアインと戦っていたのか」


 そんな風に完膚無きまでボコボコにしたので、さぞ長い戦いになったのだろうと、ジェナは想像していた。


「いや、戦いそのものは一分で決着がつきました」

「……一分?」

「はい。アインと色々喋ってた時間を含めると五分か十分か……でもステータスを奪ったり、肉体を消し飛ばしたりするのには、一分くらいしかかかってません」

「は……?」


 ジェナには理解できなかった。

 あのアインを、一分で完膚無きまでに叩き潰すビジョンが、何一つとして見えなかったから。


「じゃあ三年間、貴様は何をしていたのだ?」

「寝てました」

「……」


 残ってるスープを飲みながら、アルフは言った。

 まさかの回答に、ジェナは言葉を失ってしまう。

 だって、三年間ずっと眠るなんて、思いもしなかったから。

 というか、そんなことが本当にできるのかすら疑わしいと、そう思ってもいた。 


「あー、なんというか……俺がいなくなる時に少し説明した気がするけど、ミルのおかげで、俺の古代魔法も強化されたんだけどさ。その古代魔法があまりにも強過ぎて、あの時の俺じゃ耐えられなかったんだ」

「……すまない。そんな情報、私の記憶に無い」

「まぁ三年前のことだからね。とにかく、古代魔法が強過ぎて、実はあの時死ぬ寸前だったんだよね」


 ミルによって、アルフの古代魔法が強化されたわけだが、その能力は“思ったことを現実にする”という、人知を超えたものだった。

 それこそ、古代魔法を遥かに超越した代物と言ってもいいほどだ。

 そんなものを、ただ人間が得たとして、身体が耐えられるはずがない。


「だから、眠ったんだ。全ての活動を停止して、強大な魔法に適応できるように、進化に全ての力を注ぎ込んだ」


 だから生きるために、肉体を変え、進化し、魔法に適応しようとした。

 そのために、進化以外の全ての活動を停止し、眠りについたというわけだ。


「進化に三年かかっちゃったけど、最終的には古代魔法に適応して、アインはちゃんと殺した」

「……そうか」


 そして進化したアルフは、“思ったことを現実にする”能力を、完全にモノにした。

 進化の結果、アルフは人間を超えた存在と成り、無限の魔力を手にした。

 無限の魔力があれば、もう、どんなことでも現実にすることができる。


「まるで、神のようだな」


 それこそ、神のような力を得て、神のような存在となったわけだ。


「まぁ、進化の過程で身体の構造も変わったらしいし、今の俺は実質、神みたいなものだと思う」


 アルフの思考は、すべて現実となる。

 誰がどう見ても、今のアルフは神だった。


「まぁでも、流石に普段は使わないよ。まぁ、ミルに近付く危険は未来永劫発生しないようにしたけど」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「うん。ミルが傷付いたり悲しんだりする姿は、もう見たくないし」

「ご主人様……」


 それでも、アルフは変わらない。

 一瞬、アルフが遠い場所にいるように感じていたミルだったが、一連の言葉で、アルフは変わっていないんだと理解した。


「……兎に角、アインは殺したんだな」

「はい。いや、厳密には殺してないですけど……完全に消滅させます?」

「そうしてくれ」

「じゃあ……よし、消えた」


 その言葉で、異空間に幽閉され、苦しみ続けていたアインは、この世から消え去った。

 やり方は、アインに向けて“消えろ”と思うだけだ。


「これで死にましたよ。魂の欠片すら残ってないです」

「そうか」


 そう言うと、ジェナは椅子から立ち上がり、アルフの方を向き、深く、頭を下げた。


「……本当に、ありがとう」


 長い長いお辞儀だった。

 人によっては尊大に見えるような口調と態度だったジェナだが、今だけは、純粋な感謝を、アルフに伝えた。


「これで、ロウェルも報われるだろう」

「ロウェル……確か魔人族の方に伝わる三英雄……」

「ああ。ロウェルは……いや、この話は別の機会にしよう」


 そう言って、使っていた椅子をどこかに仕舞うと、ジェナは大きな黒い穴を空間に開ける。


「さて、私はそろそろ帰ろう。魔王城に来てくれれば、何時でももてなそう」

「そうですか? じゃあ、色々落ち着いた後に向かいます」


 そう言い切る頃には、ジェナの姿は消え去り、家はアルフとミルを二人だけの空間に戻った。

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