109 王と妃

 それから、のんびりとした日々を過ごす二人。

 数日間過ごしてみて分かったことは、アルフが外に出ると、人が集まり過ぎて大変になるということだ。


 それはそのはず、王都では“英雄様”と呼ばれ、祭りの時はコスプレをする人もちらほらいたほどなのだから。

 本物となれば、一目見たいと人が押し寄せるというものだ。


 なので、これまではほとんど外に出ないようにしていたのだが。


「……流石にちょっと、挨拶回りに行こうか」


 朝食のパンを食べながら、アルフはボソッと呟く。


「挨拶回り?」

「うん。俺も帰ってきて一週間くらいは経ったわけだしさ。そろそろ知り合いに顔を見せとこうかなって」


 アルフには、それなりに知り合いがいる。

 奴隷になる前からの知り合いの人もいれば、奴隷になった後に知り合った人もいるが、その多くが、アルフにとっては友人であり、恩人でもあった。

 多分、いやほぼ確実に、自分が戻ってきていることは知っているだろうが、色々落ち着いたので、改めて顔を出そうと思ったのだ。

 おそらく皆、大なり小なり、悲しんでいたり不安に思っていたりしたはずだから、その謝罪を兼ねて。


「あっ、そういえば……!」


 そう言って、ミルは一枚の封筒を取り出し、アルフに渡す。


「すみません、渡し忘れてました……! 今日の朝、ポストに入っていたのですが……王宮からご主人様宛のお手紙です」

「ん? 王宮……」


 誰からかと思い、封筒を開けてみると、そこには二枚の紙が入っていた。

 それぞれ、違う人の筆跡だ。

 名前を見なくても、一方に関してはクロードが書いたんだなぁと、筆跡だけで分かるが、もう片方が分からない。


「えっと、片方がクロード……だな。それでもう一つは……セシリア? えっなんでセシリア?」

「セシリアさんなら、二年前にクロードさんと結婚しました」

「……マジか!」


 これはまたアルフも驚愕の新情報だった。

 何で王宮からの封筒に教会所属のセシリアの手紙が入っているのかと思えば、どうやら彼女は、王妃となったらしい。

 まさか自分がいない間にそんなことになっているとは思わず、驚いてしまった。


「うーん……結婚かぁ……っと、とりあえず手紙見よう」


 手紙を見てみると、二人共書いている内容自体は似通っていた。

 クロードの手紙には、セシリアを蘇らせてくれたことへの感謝と、戻ってきてくれたことを祝う言葉、それと、改めて話をしたい旨が。

 セシリアの方には、洗脳されていたとはいえ、アインに手を貸してしまったことに関する謝罪と、生き返らせてくれたことへの感謝、それと、クロードと同じく会って話がしたいと書かれていた。


 クロードの方はそれなりの長さだったが、セシリアの手紙がひたすらに長く、全て読むのにも時間がかかってしまった。

 しかもその大半が謝罪文なのだ。

 もしこれをクロードの手紙の後に読んでいたら、相当気持ちが沈んでしまったことだろう。


「……よし。それじゃあミル、まずは王宮に行くか」

「私も、ですか?」

「うん。ミルを一人ぼっちにしたくないし」

「……ありがとうございます」


 それから二人は、食事の片付けを済ますと、外行きのために服を着て、外へ出た。




◆◇◆◇




 家を出る。

 以前とあまり変わらない、それなりに賑やかな雰囲気を感じる街並みが見える。

 祭りも終わったので、人通りも以前よりはマシになっているが、それでも多い。


 だが、アルフとミル、二人が外に出て数十秒で。


「あっ、英雄様だ!」

「それにミル様も!」


 周りに人だかりができて、ざわめき始める。

 以前よりは人が少なくなっているので、ある程度その声も聞き取ることができるが。


 しかし、ミルまでこうして敬われているような感じには、少し違和感を感じるというもの。

 実際、彼女自身も少しもどかしそうに、苦笑いを浮かべていた。


「なんというか……様付けで呼ばれてから三年は経ちましたけど、慣れません」

「まぁ、違和感はあるよね」


 元々王都の人達に慕われていたアルフですら、様付けで呼ばれるのには抵抗というか、違和感というか、そういうのがあったというのに。

 物心付いた頃から奴隷で、自己肯定感の低いミルにとっては、違和感しかなかったのだろう。

 アルフが帰ってきたのでマシにはなったが、今のミルは感情的にはかなり不安定な状態なので、そういう風に言われると、彼女は無駄に深く考えてしまう。


 だが民衆は、そんなのお構い無しだ。

 ミルはアルフの、英雄様のパートナーだというのが、今では広く知れ渡っている。

 英雄様のパートナーというだけで、様付けで呼ばれるに足る人物となるのだ。

 なのでこれからずっと、ミルは様付けで呼ばれることになるだろう。


「私は、何もしてないのに……むしろ、ご主人様に迷惑をかけてばかりなのに……」

「ミル」


 一気にネガティブに気持ちが傾いていくミル。

 それを見てアルフは立ち止まり、頭を撫でる。


「ミルが迷惑だなんて、思わないよ」

「で、でも……」

「大丈夫。ミルのことは、全て受け入れるから。ゆっかり、幸せになろう」


 そう言いながら、アルフはミルを抱擁する。

 不安、恐怖、自己嫌悪……それらによって壊れかけたミルを即座に癒やす方法は無い。

 唯一アルフにやれることは、今のありのままの彼女を受け入れ、無償の愛を注ぎ続けることだけだ。


 決して、『変わらなきゃ』『今のままじゃダメだ』そんな風に思わせて、追い込んではならない。

 自分にできることは、ミルと共に過ごして、彼女の想いを受け止めて、愛することだけ。

 それが、この数日間ミルと過ごして、アルフの出した結論だった。


「ご主人様……」


 恐怖や不安といった感情が宿った淀んだ瞳。

 それがわずかに晴れ、少しだけ澄んだ瞳に戻った……ような気がした。

 それでもやはり、まだ不安は大きいらしい。

 アルフは無言でミルを胸に抱き寄せ、背中と頭を何度も何度も撫で続けた。


「あー……アルフ?」


 こうして真っ直ぐミルと接する。

 それもこれも、やはり、ミルが好きだから、大好きだから、幸せになってほしい。

 変わってほしいと言ってはならないけど、やっぱりミルには、自分が幸せだと、そう思えるようになってほしかった。


「おい、アルフ」


 ゴン!


「った!?」


 二人だけの世界、そこからアルフは強引に現実に戻される。

 後頭部に走った鈍い痛み。

 鈍器とかは使わず、拳で殴られた時の痛みだ。


「って、カーリーさん!?」


 後ろを見てみると、そこには赤髪で大柄な女性、カーリーが立っていた。

 騎士としての格好はしているので、仕事中らしいが、いつからいたのか。


「公衆の面前で惚気るな」

「え? ……あ」


 惚気ていると言われて、周りを見渡して思い出した。

 今、自分達は街中にいるのだと。

 途端に、アルフは恥ずかしくなってしまう。


「えっと、すみません……」

「お前らの仲は知っているが……人前くらいでは抑えろ、アホ」


 カーリーから、お叱りを受けてしまった。


 実際、周囲はアルフ達の行動を見て静まり返っていた。


 というか、ただでさえ手を指と指を絡ませ合って繋いでいただけでも、二人の様子に反応してざわついていたというのに。

 さっきは、互いに抱きしめ合っていたのだ。

 事情を知らない人から見てみれば、英雄様がミルのことを超が何個も付くくらいには溺愛しているような行動をしていて、ミルもそれと同じくらい英雄様を愛していると、思われないわけがない。

 あそこまでの両想いっぷりを公衆の面前で晒したとなれば、流石に誰も何も言えなくなるというものだ。


「……」

「……」


 アルフもミルも、そのことを全て理解した後に、顔を真っ赤にした。


「ハァ……しかし急に家を出るもんだから驚いた。おかげで最後の最後に緊急出動する羽目になった」

「……緊急出動?」

「ああ。お前が帰ってきてから一週間の間、お前達を守るための護衛を命じられてな」


 アルフは強い、いやそれどころか、この世界で一番強いと言っても過言ではない。

 だから、護衛なんて必要無いと、そう言おうとしたが、その前にカーリーが続けて言う。


「ま、主だってやるのは交通整備だ。人が集まり過ぎると、意図せず事故が起こるかもしれない」


 アルフとミルが外に出ると、何もしなくても勝手に人が集まる。

 人が集まれば、予期せぬ事故が起きるかもしれない。

 それを防ぐためにやって来たのだと、カーリーは言った。

 名目上は、護衛という形ではあるが。


「それで、どこへ行くつもりだ?」

「王宮の方に。ちょっと国王に呼ばれたので」

「なるほど、了解した」


 そうしてアルフとミルは、カーリーに案内されて王宮の方へと向かった。


 向かう途中は、とにかくどこへ行こうが人が多い。

 というか、アルフ達が動くと、そちらへ人が動き出す。

 まるで滅多に出てこない国王を見るために集まるようであった。


 そうしてしばらく歩き、王宮に到着した。

 ボロボロだったはずの王宮も、やはり元に戻っている……どころか、外観も内装も、以前よりも綺麗になっているように見える。


「国王と王妃はこの応接室にいるそうだ」

「ありがとう、カーリーさん」

「……終わったら迎えに来る」


 そう言うと、彼女はその場から消えるように去った。


 ノックをして、扉を開ける。


「……お、来たかアルフ」


 そこには国王、王妃となったクロードとセシリアがいた。

 二人とも、式典などで用いるような衣服を身に纏っている。

 クロードはともかくとして、王妃となったセシリアは初めて見たので、アルフはわずかに驚いた。


「あ、フランクに話してくれていいぞ? 公の場じゃないからな」

「じゃあ、そうさせてもらうよ。えーっと……久しぶり」

「おう、本当にな」

「お久しぶりです、アルフさん」

「それと、ご結婚おめでとうございます」


 まずは、二人の結婚を祝福する。

 二年前のことではあるが。


「しっかし、まさか二年越しで祝われるとはなぁ」


 クロードは笑う。


「さて……何から話そうか。お前のいない三年は忙し過ぎて、話したいことが多過ぎる」

「そんなに……」

「それはまぁ、本当に。街がぶっ壊れたから、魔人族と協力して修復して、その再興に時間がかかって。あとはまぁ、制度面の変更も忙しかった。アインが邪神扱いされて、教会の権威が地に落ちたりしたからさぁ」

「大変だったな……それで、セシリアの方はどうだったんだ?」

「私の方も大変でしたわ。その時はまだ修道女だったので、街の復興と教会の信頼回復のために走り回って……」


 二人の話を聞くだけで、その忙しさが容易に想像できる。

 復興や制度改革、そういったものには、貴族などからの反対意見も多いだろうし、国王と王妃という立場の二人が忙しくなるのは仕方ないのだろうが。


「ところで、アルフさんは三年間、何していましたの?」

「いやぁ、強化された古代魔法に適応するのに時間がかかって……」

「古代魔法に適応、とは……?」

「詳細は端折るけど、俺の古代魔法がさらに強化されたんだ。けど、あまりにも強くなりすぎて、身体への負荷が大きくてさ。その適応に三年もかかっちゃったんだ」

「三年……長すぎますわ!」

「まぁ待てセシリア……でも、もう少し短くできなかったのか?」

「下手に中途半端にすると、肉体が崩壊して死んでたと思う。だから中断はできなかった」


 クロードとセシリアは、アルフの話を聞いて何度か頷く。

 そして、ハァ〜〜、長いため息をクロードは吐いた。


「お前を一回ぶん殴るために呼んだってのに……ここまでちゃんとした理由があったら、殴れねぇなぁ」


 ビクッと、アルフの肩が震える。

 どうやらクロードとセシリアは、アルフを叱りつけるために呼んだらしく。

 下手したら、割とマジのパンチを喰らうことになっていたかもしれないと思い、額から一滴の汗が流れる。


「そう、ですね……でも、ううぅ……」


 セシリアも、怒っている。

 が、アルフが悪くないことは分かったので、言いたかったことを必死で胸の内に飲み込んだ。


「それはもう、本当にすみません……」

「いや、謝らなくていい。仕方無いことだったんだろう? ほら、頭上げろ」


 その場で頭を下げたアルフだったが、クロードが頭を上げるようにと言う。

 本気で悪かったと思っているのなら、もう、何も言えない。

 だがそれは、クロードとセシリアだから、だ。


「……ま、思う所は無いわけじゃないけどさ。アインは倒したんだろ? それ一つだけで、俺達からしてみれば感謝してもしきれない」

「ええ。私も、アルフさんに再び生き返らせてもらいましたし……そういう意味でも、感謝は尽きませんが……」


 少し間を置いて、セシリアは続ける。


「……アルフさんに対して、心の底から怒っている人も、います」


 これまでは、比較的明るい表情だったが。

 この言葉と同時に、セシリアの表情がほぼ完全な無に近付いた。


「アルフさんはこれから、知人の所を回るのだと思いますが……シャルルさんの所には、必ず行って、謝ってください。おそらく彼が一番、アルフさんへの怒りが大きいでしょうから」

「……そうか」


 アルフの知人。

 その中でもシャルルが、アルフに対して怒っているのだという。


「アイツの怒りはやべぇ。たまに話すことあったけどさ、言葉の端々に怒りの感情が見て取れた。表情は普段と変わらず笑ってるけど、内には底のない怒り……いや、下手したら殺意に近い感情があるかもしれない」


 クロードが、シャルルがどれだけ怒っているのかを、可能な限り説明する。

 彼がここまで怒る理由があるとすれは、確実にミル関連の何かだろう。

 逆にそれ以外でここまで怒るとは思えない。


「分かった。けど、シャルルの居所って……どこだ? 二人は知ってたりするか?」


 ここまで怒っているのなら、今すぐにでも謝らなければならない。

 謝らなければならないのだが、残念ながら、シャルルがどこにいるのか、アルフには分からない。

 彼は特級の冒険者だ、クロードとセシリアなら知ってるだろうと尋ねてみる。


「一応知ってる。けど、絶対に教えない。自分で調べて謝りに行け」


 だが、教えてくれなかった。

 知ってはいるが、あえて教えないとのこと。


「……一応、シャルルさんから伝言を受け取ってまして。伝えておきますわ」


 そしてセシリアが、シャルルの残した伝言を伝える。


「『僕の許可無しにミルと結婚したら殺す』ですって」


 結婚したら殺す。


 アルフは自分の強さを知っている。

 シャルルの力では、どうあがいても絶対に自分に勝てない。

 それに、極論を言ってしまえば、結婚しなければ、別にシャルルの所に行かなくてもいい。


「……ちなみにアルフは、ミルとの結婚を考えてたりする?」


 しかし。


「……うん。結婚は、したい」

「ご主人様……」


 アルフとしては、結婚したかった。

 ミルを幸せにしたいから、絶対に離れないと、証明するために。


「なら、シャルルに会いに行けよ。自分で探してさ」

「……分かった。うん」


 アルフは深く頷き、立ち上がる。


「そろそろ行くよ。シャルルの居場所を、見つけないといけない」

「そうか。まぁ頑張れよ」

「二人のご結婚の報告も、楽しみにしてますわ」


 一応、アルフなら『思ったことを現実にする能力』を使えば、一瞬で居場所を見つけ出すこともできるが、それはあえてやらない。

 これは多分、シャルルからの試練だから。

 自分で走り回り、人に聞いて回って見つけ出す、その過程にこそ意味があると、そう思ったのだ。


「ミルは、二人と何か話したいこととかあるか?」

「いえ、私は特に」

「そっか。じゃあ行こう」


 やるべきことが、できた。

 シャルルに謝ることと、それとミルと結婚する許可をもらうことだ。


「それじゃあクロード、セシリア。また今度」

「おう、また来てくれよ」


 そうして二人は王宮を出て、いったん家へと帰るのであった。

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