最終章 平和な日々へ
106 新たなるプロローグ
「……んん」
硬い地面に寝転がっているような感覚。
空は青く、雲ひとつ無い晴天。
何らかの魔法だろうか、アナウンスが響き渡り、離れた場所から、地面を揺らすような人々の歓声が湧き上がる。
雰囲気は王都に似ている。
だがあの頃の王都よりも、かなり発展しているように見えた。
特に建築技術の恒常が、見て分かる。
ゆっくり立ち上がり、周りをキョロキョロ見渡していると、通りがかったおじさんが、アルフに声をかけた。
「よっ、祭に合わせてコスプレか? 英雄様と同じ青髪だし、気合入ってんねぇ」
そう言ってニヤニヤと笑い、彼は去っていった。
「……?」
祭とは?
それに英雄様とは何なのか?
目覚めたばかりのアルフにはよく分からないことだった。
それにしても、ここはどこなのだろう。
アルフはそう考えながら、街を歩き出した。
◆◇◆◇
そうして街を軽く散策してみたが、中々に賑わっていた。
今日は祭のようで、それに合わせて仮装をしている人もしばしば見かけられる。
周りの人に少し話を聞いてみた所、どうやらこれは、戦争の終結、そして神の支配からの解放を祝う祭なのだという。
「神……まぁ、アイツのことだろうな」
ついさっき倒してきたアインのことを思い返すアルフ。
アルフにとってはついさっきの出来事なのだろうが、ここでは三年前の話なのだろう。
そんな風に考えて歩くが、街が、綺麗だ。
かつての王都のような雰囲気を感じながらも、新たな技術が用いられた建物も混ざり合っている。
あまり詳しくはないが……魔人族の家、その建築様式で建てられた建物がちらほらある。
それに、実際に魔人族もいる。
数で言えば人間の方が多いが、魔人族も普通に混ざって歩いている。
差別の様子も無く、共存しているようだった。
アルフにとっては、ついさっきまで戦争をしていたイメージだったのだが、どうやらここでは違うらしい。
それと、地面を走る金属の塊。
地面を見ると、それが走る用の線路があり、時折見かけられる駅から、人々が金属の塊に乗って移動しているようだった。
アルフは実際には見たことないが、王都の外に、荷物運搬用に似たようなものがあったと、聞いたことがある。
「列車、ってヤツかな。王都には無かったけど……」
遠くに見える城を見るに、この街はかなり広いようで、徒歩で移動するには少し厳しい。
今のアルフなら、ワープで好きな場所に行けるが、そうでない人々の足と考えると、充分過ぎる速さだ。
様々なモノの進化を目の当たりにして、時の流れを感じる。
「……でもあの城は、王都……っぽいな」
けど、少し見て分かった。
ここは王都であると。
様変わりしてはいるが、王都である以上、家はある。
アルフはミルに会うため、東の方へと向かった。
◆◇◆◇
そして、迷った。
アルフの思った以上に街は様変わりしており、東の方へと大きめの道を進んでいたら、見知らぬ場所にたどり着いてしまった。
だが大きな道で人混みに流されかけ、それを嫌がって路地裏に来てしまったのが悪手だった。
ただでさえ雰囲気が様変わりしていて分からないというのに、裏路地なんかに来たらもっと分からなくなるというもの。
「あー……本当にどこだここ……?」
人が減ったとはいえ、何も分からないのは少し不安になる。
やろうと思えば速攻で家にワープすることはできる……できるのだが、せっかくならこの足で、家に帰りたいと思っていたので、路地裏もとりあえず歩き続けることにした。
『英雄――の手により、人間と魔人は――から解放――ました』
時折、アナウンスで何かしら聞こえてくるが、王都はとても騒がしいので、裏路地でも上手く聞き取ることができない。
むしろ裏路地だから、ここまで聞き取れていると言えるかもしれない。
『しかし国民は――生き抜き、この街はより発展しました。この発展は、――住む発明家の――や、魔人の――、また、世界を救った英雄達の協力により……』
ここに戻ってきたばかりのアルフにはよく分からない話もあったが、ここにいる人々が頑張ってきたということは、容易に理解できる。
あの大惨事から、たった三年で立ち直っているどころか、むしろ昔より発展しているのだから。
「ハァ……(忌々しい内容だ。アイン様を悪と嘲るなど)」
だが発展しても、悪人は一定数いる。
アルフはどうやら、そういった人が集まる場所に、偶然にも入ってきてしまったようで。
「(あん? 誰だお前)」
柄の悪い人が八人、路地裏に屯していた。
彼らはハンドサインを用いてか、声を出すこと無く話していた。
その中の一人、簡素な椅子に座るリーダーっぽい人が、ジロリとアルフを睨みつける。
「(英雄アルフのコスプレか。忌々しい)」
「(リーダー、どうしますか?)」
「(虫唾が走る……作戦直前だが、コイツは殺す)」
いきなり物騒なことを指示するリーダーらしき男。
おおむね平和になったっぽいが、やはり悪人という存在は、どう頑張っても消えることはない。
どこかしらに、こういう悪人は潜んでいるのだ。
「――!」
アルフに殴りかかるチンピラ達。
しかし、攻撃がアルフに当たるというその瞬間、チンピラ達の身体は硬直し、動かなくなる。
「……作戦、ね」
リーダーっぽい人の口から、ついさっき“作戦”という言葉が出てきた。
こいつらは多分、何かしら悪いことを企んでいる。
確信は無いが、そうであろうとアルフは察した。
「“全員その場から動くな”」
そして、あっという間に全員を拘束する。
今のアルフにとっては、この程度朝飯前だ。
「なっ……!?」
「こっ、こんなの、まるでアイン様の能力……!」
驚きのあまりか、チンピラ達は声を上げる。
そしてアインという言葉を聞き、アルフはさらに嫌な予感を覚えた。
あの放送的に、アインはほぼ信仰されていないだろう。
そんな中、こいつらがアインを信仰する、いわば狂信者だとしたら……何かやらかす、というかやらかさないとは思えない。
「お前達、何をしようとしていた?」
アルフはリーダーらしき男に問いかける。
「クッ……教えねぇよ」
「そうか、なら心を読む」
そう言うと、アルフはリーダーの男の目を見る。
今のアルフであれば、この程度だけでも心を読み、何を考えているのか、どんな記憶があるのか、全て読み取ることができる。
「……ッ!」
ゴォォォオオ!!
そして、突如としてアルフから放たれる蒼炎。
それはリーダーの男を一瞬にして、骨すら残らず灰へと変えてしまった。
いや、灰すらもが燃え尽き、痕跡は決して残ることはなかった。
「ヒィッ!? 青い炎!? こんなの、本当に英雄アルフみたいな――」
それから、残りの七人も一瞬にして燃え上がり、灰すら残らず消滅した。
「ミルを、殺す……だと?」
アルフの苛立ちが一瞬にしてピークに達する。
彼らの心を読んで分かったこと。
まず彼らは“機械神の教団”と呼ばれる組織らしい。
アインを信仰する団体であり、アインを悪として扱う人々に対して、テロを行うつもりらしい。
そのテロの内容が、パレードの破壊。
パレードに参加している要人を攻撃することで、この街をパニックに陥れるつもりらしい。
しかも、彼らの最優先攻撃対象は、ミルだった。
他のメンバーを考えると、魔人族の四天王やら、クロードやセシリアとかも出る。
その中では確かに、ミルは圧倒的に弱い。
狙うのも理解は出来るが……ミルを狙うという計画そのものが、アルフの逆鱗に触れた。
ミルを殺すだなんて、そんな話を聞けば、彼女を愛するアルフが殺意を覚えないはずがない。
「消えろ。お前達は、存在していてはならない」
その言葉と共に、”機械神の教団“の構成員は、この世界から抹消された。
過去を改変することで、この世界に生まれていないこととなり、世界から消滅した。
それにより、これから行われるパレードを破壊しようとする者はいなくなり、安全になった。
「……けどよかった。ミルの居場所は分かった」
それに、あのチンピラ達の心を読んだおかげで、ミルの大体の居場所が分かった。
どの道を通って、どこにやって来るのか、理解した。
アルフは急いで細い路地を抜け、大通りに出る。
人混みではあるが、強引に人を押しのけて走り、パレードが通るであろう場所へと向かった。
◆◇◆◇
その時間は、ミルにとっては長く辛いものだった。
ご主人様のいない家。
これまで二人で寝てきたベッドは、一人で使っていた。
料理も一人分だけ。
心に穴が空いたようで、この痛みは、ジワジワと蝕むように広がっていった。
何度死のうと思ったことか。
兄であるシャルルに、何度も止められた。
「ご主人様……」
パレードが始まる直前、要人専用の客室には、多くの人が集まっていた。
国王のクロード、その妻となったセシリア。
世界を救った英雄の一人であるシャルル、それにこの王都の守護神であるカーリー。
魔人族からは、魔王のヴィヴィアンと副王のヴィンセント。
それと四天王のガディウス、グローザ、アブラム、ジェナの四人もいる。
そんな集団に混ざっているミルは、浮かない顔をしていた。
ご主人様が戻ってきていないのに、自分だけこんなことをしてもいいのだろうか。
知人に誘われたから参加したが、こんな楽しそうなことを、私だけしてもいいのだろうか。
「……ミル」
そんな感情を、即座にシャルルが反応する。
兄として、妹をずっと見守り、支え続けてきたからこそ、誰よりも彼女の変化には敏感だ。
「兄さん……大丈夫です。ただ……ご主人様が帰ってきてないのに……私だけ楽しんで、いいのかと……」
「……なるほどなぁ」
シャルルは難しそうな顔をするが、数秒考えると、頷き口を開く。
「……楽しんで、いいんじゃないかな?」
「え……?」
「アルフなら、ミルが楽しそうにしていた方が嬉しいと思うよ」
「…………そう、ですね」
そう言われ、ミルは少し戸惑いながらも、下手くそな笑みを浮かべた。
「お、そろそろ始まるぞ」
そう言いながらシャルルは、ミルを軽く押し、部屋から出るよう促した。
そして馬車に乗り、王宮を出る。
人々は湧き上がり、黄色い歓声を上げる。
参加者は皆、笑みを浮かべているが……どうしてもミルだけは、それができなかった。
ご主人様のことが、どうしても思い返される。
このお祭りは、人間と魔人族の戦争の終結と、アインからの解放を祝うもの。
そして、それらに貢献した英雄達を讃えるためのものでもある。
でも、そこに、ご主人様はいない。
他の英雄とは違い”英雄様“と呼ばれるほどの活躍をしたご主人様は、ここにはいないのだ。
「……」
アルフという存在は、ミルにとって生きる意味と言えるほどに大きなものだった。
そんな人がここに、それどころかこの世界にいないと思うと、辛くて、苦しくて、仕方がない。
今だけは忘れようとしても、そうすればするほどに、忘れられなくなる。
――ミル!
「えっ……?」
その時だった。
「どうした?」
ミルの耳に、聞こえてきた。
ここにいるはずのない人の声が。
隣にいたシャルルは気がついていないらしい。
が、彼のことは見向きもせず、その心のままに、ミルは身体を馬車から大きく乗り出し、周囲を見渡す。
人、人、人。
道を埋め尽くすほどの人がいる。
周りもとても騒がしい。
けど、そんな人達じゃない。
ミルには、ミルにだけは聞こえたのだ。
――ミルっ!
「っ!」
声が、また聞こえた。
自分が見ていた方向とは逆の所、そこから確かに、アルフの声が聞こえた。
「うおっ! おいミル、何があった!?」
突然混乱したように見えたのだろう、シャルルは馬車を飛び降りようとするミルを後ろから拘束しようとするが、
「ご主人様っ!」
「ッ、なに……」
その言葉に、一瞬動きが止まる。
その隙を突いて、ミルは馬車から飛び降りる。
動いている馬車から飛び降りたのだ、特段戦闘経験が無い上、ドレスという馴れない服を着ていたミルは、よろめき転びそうになる。
それでも、声の聞こえた方へと進んでいく。
人々はざわめき立つ。
ミルが人混みの方へ向かって走ると、何事かと、道を開けていく。
ミルは開いた道を、直感的に進んでいく。
「っ……!」
そして、足が止まった。
群衆をかき分け、数メートル走った先、そこに青髪の青年がいた。
英雄様のコスプレなんかじゃない。
その姿を見て、ミルはポロポロと涙を流す。
「ご主人、さまぁっ……!」
そして、その場にいる全員が気が付いた。
ミルの視線の先。
そこにいた、青髪の青年。
最初は割とそこら辺にいる、英雄様のコスプレをした人だと思っていた男。
「ミル!」
それが、本物の英雄様、アルフであると。
アルフは駆け出し、涙を流し立ちつくすミルを抱きしめた。
「あ、ぅうあ……ご、ご主人様……夢じゃ、ない……?」
「うん。遅くなったけど、帰ってきたよ」
「あぅ……ご主人様……ご主人さまぁ……!」
絶叫のような、号泣。
ミルはアルフの胸で、この数年の悲しみを、苦しみを、すべて涙へと変え、流していく。
「ごしゅじんさま……わたし、わたしぃ……! もう会えないと、ごしゅじんさまに会えないって、おもって……」
「本当にごめんね。ミルを、こんなに悲しませることになるなんて……」
「グスッ、ぅう……あいたかった……ご主人様……あいたかったですぅ……!」
そう言うと、ミルは顔を上げ、ぐしゃぐしゃの涙目で、アルフを見つめる。
涙をこらえようとしても、涙が止まらない、嗚咽が止まらない。
アルフと会えた、たったそれだけだけど、ミルにとってはそれが、何よりも嬉しかった。
「はぁ、はぁ……ぁあ……ご主人さま……」
「ミル……」
「ご、ご主人さま……!」
ギュッと。
ミルはアルフの背に腕を回し、抱きしめる。
「はっ、ぁ……ぅう……ご主人様……大好きです、愛してます……」
「うん、俺も愛してる」
「じゃあ私は、もっと、愛してます……!」
そう言うと、さらにミルは腕の力を強め、
「……もう絶対、離しません。ご主人様……どうかずっと、私の側から離れないでください」
アルフを、縛った。
こんな言葉を言われたら、もう、アルフは従うしかない。
「うん。もう二度と、ミルの側からいなくなったりしないって、約束する」
そして、アルフは安堵した。
ミルがいたこと、ミルが無事であったことに。
同時に、意識が薄れていく。
張っていた気が抜けたからだろうか。
肉体的疲労は溜まっていないが、精神的な疲労は、思った以上に溜まっていたらしく、そのままアルフは、ミルを抱きしめながら、眠りにつくのであった。
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