105 チートスキル『ステータス創造』を授かった転生者、異世界で神となる〜みんなボクのことを悪く言うので、神の力で世界をより良く変えたいと思います〜

 真っ暗闇、先の見えない漆黒。


 身体の輪郭がぼやけたかのような、奇妙な感覚。


 上下左右すら分からず、アルフは丸くなってプカプカと浮んでいた。


 いや、浮かんでいるように感じているだけかもしれない。

 もしかしたら、地面に寝転がっているかもしれないし、座っているかもしれない。


 ただ、そんなことはどうでもよかった。


 ひたすらに、眠い、眠る。


 強大な力の古代魔法、それに適応するために、眠る。


 アルフは無限とも思える時間を、虚無の中で眠り続けていた。




◆◇◆◇




 何も無い真っ暗闇の空間。


 そこにアインはいた。


「暇だ……」


 アルフによって異空間に飛ばされてから三年。

 本当に何もかもがない異空間らしく、アインは暇を持て余していた。


 なんせ、一緒にここへ飛んで来たはずのアルフすらいないのだから。


 ここにあるモノといえば、彼の目の前にある、蒼い炎で構成された巨大な繭のようなモノくらい。

 最初は赤黒い炎だったが、時間が経つにつれて炎の色が変わっていった。

 赤から橙へ、橙から黄へ、黄から白へ、そして白から青へ、どんどんと熱を帯びているかのような変化が生じていた。


 最初、この空間に来たばかりの頃に触れてみたが、あまりの高温だったためか、触れただけで手が溶けてしまった。

 遠距離から攻撃もしてみたが、攻撃を掻き消すかのように蒼い炎が発生し、攻撃を打ち消した。

 古代魔法で命令してみても、何も反応が無かった。


 と、炎の繭も触れたところで無意味なので、結局ただのオブジェクトと化していた。

 直接触れない限りは無害なので、置物のような扱いとなっていた。


 だが、その時がやって来た。


 ゴォォォォオオオ……!


「ッ!?」


 繭を構成する蒼い炎が、激しく渦巻き始める。

 螺旋を描くように渦巻く炎は、やがて膨張を始め、みるみる内に大きくなっていく。

 そして、炎が五メートルを超える人型になると、急速に縮んでいき……普通の人間と同じくらいの、約百七十センチ程度にまでなり。


 炎というエネルギーは形ある物体と化し、肌が形成され、衣服が形成され……その炎は、アルフの姿となった。


「……」


 だがアルフは、どこか遠い目をしている。

 寝起きで胡乱げな……とは少し違って、まるで、ここには存在しない何かを見ているような、そんな目だった。


「なるほど……まさかあの繭の中にいたのがアルフだったとはなぁ……!」


 アインは魔力を溜め込み、強大なエネルギー弾をアルフに向けて放つ。

 豪速の弾丸、それに気付いたアルフだったが、回避することはなく……腹部を大きく貫いた。


「……は?」


 そして、アインは驚愕する。


 貫かれ、破壊された腹部。

 エネルギー弾によってダメージを受けた腹部は炎へと変わって舞い上がり、そして数秒で、元の状態へと戻っていった。


「なんだよ、それ……漫画みたいな能力じゃねぇかよ……」

「ふふ、今の俺の身体は特殊でさ。炎……というより、エネルギーの塊みたいになってるんだよね」

「炎……エネルギー……?」


 困惑するアイン。


「つまり今の俺に、固定の形状をした細胞は存在しないってことだ。エネルギーで構成されてるからね。この身体はあくまで、エネルギーを凝縮して、細胞状にしたモノの集合体。でも元がエネルギーだから、破壊されてもエネルギーに……炎に戻るだけってわけだ」

「……は?」


 アルフの説明が、何一つとして理解できない。

 アインはひたすらに困惑していた。


 それもそうだろう。


 目の前にあるアルフの肉体が、実際にはエネルギーの集合でできていて。

 今のアルフの本性は、実体の無い、見えすらしないエネルギーの塊のような存在で。

 肉体がエネルギーそのものであるが故に、殺すことはおろか、傷つけることすら不可能だなんて。


 そんなの、理解できるはずがない。


「まぁ正直、俺も今の状態をうまく説明することはできないんだよね。だからとりあえず、今の俺は不死身とでも思っておけばいいよ」


 実際、アルフを殺すことは不可能だ。

 いや、理論上は可能ではあるのだが、それを実現するのがまず不可能なのだ。

 殺すのであれば、この世界から全てのエネルギーを消し去る必要があるが……そのためには、この世界から生命を、細胞を、悉く全てを消滅させる必要がある。

 そうでもしない限り、アルフはどこからともなく復活し続ける。

 彼の肉体はエネルギーそのもの……熱がある限り、熱エネルギーから復活するし、物質がある限り、物質に宿る運動エネルギーや位置エネルギーから復活する。


「それにしてもまぁ……随分と珍しい来歴だな、アイン。いや……佐竹優弥」

「なっ……なんで、その、名前を……」

「古代魔法に適応する過程で肉体が進化したんだけどさ……どうやらこの進化で、俺は神になったらしい」

「は……?」

「そして神になったことで、全てを知ったんだ。過去も未来も平行世界も、異世界も、全てを。もちろん、お前のことも」


 まさしく、アルフは神と化していた。

 アインの、隠された来歴を全て知ってしまうほどには。


「地球と呼ばれる惑星の、日本って国で生まれたんだってね? んで、小学生までは普通に暮らしていたと……」

「ウソだろ……本当に全て知ってやがるのか!?」

「ああ。んで中学生で……好きになった女子に告白。断られたことに怒って襲いかかって……いやダメだろそれ」

「は……? そんなわけあるか! ボクは誰よりも頭が良かったんだよ! なのに断るなんて、アイツがおかしいんだ! だから……」

「いや性的に襲おうとするのはダメだろ、日本じゃ犯罪だろ。一応、未遂に終わったみたいだけど……で、これが影響で、その女子は男性恐怖症になって引きこもった? それでお前はクラスの人達に嫌われて……」

「ああ……そうなんだよ! おかしいと思わないか!? ボクは何も悪いことしてないってのに!」

「いやだから襲ったのは犯罪だろ……それに、襲われた女子は学校行けなくなってるし……」


 アインのツッコミ所満載な過去を確認していくアルフ。

 考えれば考えるほどに、アインの思考に理解が追いつかず、何度も首を傾げて唸っていた。


「はぁぁぁ……まぁいいや。んで、高校生になって、進学校に入学して落ちぶれる……」

「そうなんだよ! 中学まではトップだったのに……! あんなのあり得ない! 誰かがボクのことを陥れようとして……」

「いやその前にさぁ……お前、勉強してなかったでしょ。宿題すらやってなかったみたいだし……そんなんで成績トップになれるわけないでしょ。周りは才能ある上で努力もしてる秀才ばっかだったみたいだし」

「そんなことあり得ない! 放課中はゲームとかそういう話ばっかしてるし、部活でスポーツとかに打ち込んでる奴もいたのに! そういう奴らより下なんてあり得ないだろ!? ボクが脳筋よりバカなわけがあるわけねぇ!!」

「いやスポーツやってる人に対する偏見……っと、とにかく……そんなんで高校でも上手く馴染めず、最下層をさまよい続けて、ボーダーフリー……いわゆるFラン大学、でいいのかな? に通うことになったと」


 経歴をこうして見てみると、アルフは何と言えばいいのか分からなくなった。

 時折挟まるアインの思考もあいまって、どうしてこうなったのだと、色々と困惑するばかりだった。


「それで、一発逆転を狙うために、いわゆる闇バイトに……いやでもこの時期さぁ、そういうのが危ないってニュースでやってたんじゃない? というかやってたでしょ。過去を見たけど」

「それは金持ちの陰謀だ! 金持ちは汚いことやってるから金持ちなんだよ! 金持ちは金稼ぐ方法を隠したいから、ニュースで危険を煽ってたんだ!」

「イヤイヤイヤ……馬鹿じゃないの?」


 事実無根の陰謀論にのめりこんでいたらしいアインの言動に、またしてもアルフは困惑する。

 どうやら他にも、5G電波は権力者が民衆を操るために流しているだとか、ワクチンはマイクロチップを埋め込むためのモノだとか、そんな事実がどこにもない話を、アインは信じまくっていた。


「んで、裏のヤバい奴に目をつけられたお前は、密かに殺されて……で、えーっと……うん? アレは“黒き太陽”の眷属? ヤバい奴に目を付けられたもんだなぁ。で、そいつに『ステータス創造』の能力を貰って、俺達の住んでたあの世界に転生……か。なんだろうな、これ……」


 この世界に転生するまでのアインの経歴を見て、アルフは何を言えばいいのか分からなかった。


「あー、えっと……アイン?」

「あ?」

「お前のような性格の奴に惚れる人なんていないよ、うん」

「そんなはずないだろ! ボクは誰よりも頭が良いんだ! 誰一人惚れないなんてあり得ない!」

「……ハァ」


 思考回路がよく分からなさ過ぎて疲れてきたアルフは、溜息を吐く。


「そんなことより! お前がモテることの方が意味不明だ! 何でお前みたいなクズに! ミルが惚れてるんだよ!?」

「……俺、何か変なことしたか?」

「ああ、最低のゴミみたいなことしてるぞお前は! お前さぁ、紫色に肌が変色したブス奴隷飼ってたよな?」

「え? うん? ……もしかして、昔のミルのこと?」

「その紫肌の奴隷を、お前は……ぇ?」

「懐かしいなぁ……昔は毒の影響で肌が本当に酷い状態でさぁ。けど治療のおかげで完治したんだ」

「ぇ、は……あの紫肌が、ミル……?」

「ん? お前もしかして、あの頃の紫の肌だったミルと今のミル、別人だと思ってたの? いやまぁ思うか……正直俺も、別人みたいだって思ったし」


 昔を懐かしむアルフ。

 その姿を見て、思わずアインはその場に崩れ落ち、膝をつく。


「なるほど……その紫色の肌のブサイク奴隷を捨てたお前は、最低なルッキズム野郎だって言いたかったのか」


 アルフは、彼が崩れ落ちた理由を理解した。

 その上で、さらに追い打ちをかけるかのように続けて言う。


「でもさっきから……アイン、お前も酷いこと言ってるぞ? ブス奴隷とか。こういうの考えるとむしろ、お前のほうがルッキズム野郎なんじゃないか?」

「ッ……!」

「そんな性格だから、異性にモテないんじゃないのか? 周りから嫌われるんじゃないのか?」

「ぐぅぅ……ッ!!」


 ガタガタと震えだすアイン。

 耳が痛い正論を連発され、苛立ちがピークに達したのだろうか。


「うるせぇんだよ!」


 ガバッと立ち上がると、自らの拳で、アルフへ殴りかかる。


 しかし、アルフの顔面に当たる寸前に、その拳は止まる。


「は……なん、で……動かねぇ、んだよ……!」

「言ったろう? 俺はエネルギーそのものだと。お前の身体を動かすエネルギーの操作程度、容易いんだよ」


 理由は、アルフのエネルギー操作だ。

 今のアルフには、もはや実体は存在せず、むしろ概念に近い存在となっている。

 この世界に偏在するエネルギー、その全てがアルフと言ってもいい。

 故にエネルギーの操作など、自分の身体を動かしているようなものなのだ。


 そして人間は、もっと言うと細胞は、原子は、細かく突き詰めると、によって運動する。

 エネルギーである以上、それらを操作して、他人の肉体を操作することだって可能なのだ。


「とりあえず……兄さんを、返せ……!」

「ッ、ぐっ、ゥガアアアアアアア!?」


 アルフが言葉を発すると同時に、アインの身体は、表皮は、ブクブクと泡立ち、爛れていく。

 そしてみるみるうちに縮んでいき、器にしていたクリスハートの肉体の面影は消えていく。


 やがて、身長百六十センチくらいにまで縮むと、爛れていた皮膚は治っていき、アインの真の姿が現れる。


 そこにいたのは、成人男性にしては低めの身長、そして小太りでエラの張った、パッとしない雰囲気の男だった。

 おそらく、これが誰かに乗り移る前の、本当のアインの姿なのだろう。


「なっ、なんでこの姿に!?」

「兄さんは、返してもらった。もう元の世界に戻ってるはずだ」

「なんでだ!? お前もどうせ分かってるんだろ!? クリスハートこそ、お前を奴隷にした真犯人だと!」

「もちろん、分かってる。けど、それでも……あの人は、俺のたった一人の兄なんだよ」


 全知全能と化したアルフ。

 もちろん、自分を奴隷にした犯人が兄であるクリスハートであることも、把握していた。

 それでも助けた理由は、ただ、クリスハートが、兄だったから。

 唯一無二の、この世にたった一人の兄だから、助けたのだ。


「さて、アイン……楽に死ねると思うなよ? お前には、死すら生温い……!」

「ヒッ……!」


 アインの胸ぐらを掴む。

 そして彼から何かを吸い出すと、勢い良く、真っ黒の見えない地面に叩きつける。


「グフッ……」

「今ので、お前からステータスを奪い、ステータスを創造するスキルを消した」

「へ? は……」


 そう言いながらアルフは、アインのステータスを見る。

 魔法を利用し、その状況はアインにも見せる。




===============================

 体力:0

 筋力:0

 知力∶0

 魔力:0

 敏捷:0

 耐性:0

===============================




「ぜ、ぜろ……?」

「一応、ステータスそのものの基準も変えといたから、0になっても死にはしない。けど、もう二度と動けると思うな」


 ゼロ。

 全ての数値がゼロになったとはいえ、アルフがステータスの基準を変えたので、死ぬことはない。

 致命的なのは、魔力を完全に失ったことくらいで、それ以外は人並み以下程度におさまるようになっている。


「なんでッ、なんでなんでナンデ!?」


 アインは叫ぶ。


「ボクは! 何も悪いことなんてッ! この世界をより良くするために、ボクは頑張ってきたんだ! ボクの言う通りにすれば、世界から争いがなくなるってのに! みんな幸せになるってのに! なのにみんな、バカ共は何も理解してくれないッ! 愚かな奴等を、ボクがまとめ上げようとしていたってのに! どうして! アルフお前はこんなことをするんだッ!」


 両手を動かし感情を表しながら、憎悪をむき出しにする。

 未だに彼はそれっぽい言葉を並べながらも、本日は自分勝手で、自分の思い通りにしようとする。

 アルフも、限界だった。


「バカが……バカのくせに、ボクの考える理想を悉く破壊しやがって……」

「黙れ……黙れゴミ野郎が!!」

「はぎゅぅっ!?」


 アルフは、全力でアインをぶん殴った。


「お前はやっぱり……この世界にいてはならない存在だ」

「ヒィッ……力を得て増長しやがって……! こんなんだから、お前みたいなのがいるから! 争いが無くならないんだ――」

「黙れ!」


 バキッ!


 もう一度、拳をアインに勢い良く振り下ろす。

 骨が破砕されるような、そんな音が響く。


「グチャグチャグチャグチャ喋るな!」


 拳を振り下ろす。


「お前はただッ!」


 拳を振り下ろす。


「他人を洗脳して! 操って!」


 拳を振り下ろす。


「自分の思い通りにしたいだけだろうがッ!」


 拳を振り下ろす。


「気に入らない奴は殺して! 他はすべて人格奪って操って!」


 拳を振り下ろす。


「人形遊びがしたいだけだろうがッ!」


 拳を振り下ろす。


「そのためにッ! それっぽい言葉並べんじゃねぇ!」


 そして、拳を、大きく振りかぶり。


「このッ……」


 振り下ろす。


「クソ自慰野郎がッ!」


 そして、吹き飛ばす。


「ブヘッ……ゲホッ、ゴホッ……や、やめてくれ……頼む、許して……」

「この程度で、許されると思うな」


 そう言って、アルフは三種の武器を取り出す。

 大剣、剣、レイピア。

 かつてロウェルが遺した三種の武器。

 今ではアルフの古代魔法に取り込まれたが、その復讐の意思は、未だに武器に宿っている。


「今から俺は、最悪な殺しをするが……お前は殺しても許されると、思ってる」

「そっ、そんなこと……」

「悪いことだろうと、みんなが願ってるだろうよ。死んだ人達は、操られた人達は、全員」


 そう言いながら、アルフはレイピアを、アインの腹部へ突き刺す。

 ドスリと、勢い良く腹部を貫いた。


「ぎゃああぁぁあああああ!」


 汚い叫びが響く。

 傷口から赤い血液が流れ出す。


「アアアアアアッ!? お、グォォオ……ッ!? あがっ、い、ダァァッ!!」


 尋常じゃない悲鳴だ。

 ロウェルの魂が、アインに無限の苦痛を与える。

 このレイピアに、ダメージを与える効果はそこまで無い。

 ただ苦しませるために、苦痛を与えるために作られた武器なのだから。

 そしてこの苦痛は、永遠に続くことだろう。


「この程度と、思うな」


 アルフはさらに、レイピアを強く握りしめる。

 それと共に、レイピアの刀身が、赤、黄を経て……青く染まる。


「がっ、ああぁぁあああ!?」


 さらに、大きな声で叫び出す。

 まるで熱されるような、皮膚の内側が焼かれるような痛みを、アインに与え続ける。


 レイピアを、引き抜く。


 次は、剣だ。


 剣を右肩に突き刺し。

 まるで魚を捌くかのように、下へ下へと落としていく。

 傷口から大量の血液が噴き出す。

 そしてその奥には、綺麗に斬り裂かれた骨が見えていた。


「あぁぁああっ、あぁっ、痛いっ、痛いいぃぃイイイ!」


 さらに同じように、左肩から腕を、右脚を、左脚を、捌いていく。


「あひっ、ぐぅぅぅう……ゆ、ゆるじて……おねがひします……どうかゆるひて……! あやまるっ、あやまりますっ!」

「……何を?」

「あ、あの世界の、ヒト、たちを……ころシダ、苦しませた、ゴと……あやまりましゅ……!」

「あー……そう」


 ああ、やっぱり。


 争いをなくすとかそういう壮大なこと吐かしてたけど、やっぱり、そんなのどうでもよかったんだな。

 信念とか欠片すらなくて、ただ、自分が気持ちよくなればよかったんだな。

 そんなエゴのためだけに、世界中を巻き込んで、苦しませたんだな。


 そう、アルフは思った。


 もしアインが、心の底からそういうことを思っていたのだとしたら、そのために人々を操り、虐殺したのだとしたら、謝るなんてしなかったはずだ。

 謝るということは、争いをなくすとか、平等な世界をだとか、そういう信念を速攻で捨てたということ。

 あれらの言葉は、速攻で捨てられるほどに薄っぺらいものだったのだ。


「“お前は死なせない”、“意識を失うことも許さない”、“狂うこともだ”」


 アルフは、アインが永遠に死なないように、意識を失わないように、狂わないようにした。

 つまり、永遠に苦しみ続けろと、暗にそう言っているのだ。


「お前の姿など見たくない」


 アインの肉体が消滅し、魂だけが残る。

 魂だけとなってもなお、彼は苦痛を味わい続ける。


「この隔離された空間で、永遠に苦しみ続けろ」


 そして、その苦痛は永遠となる。

 何百、何千、何万年と。

 何億、何兆年と、永遠に、苦しみ続ける。


 苦痛に慣れることは決してない。

 苦痛に慣れて苦しくなくなったら、苦しめるように、苦痛は増幅するから。

 故に、苦痛は終わらない。


 普通の人間なら狂ってしまいそうな苦痛の量。

 通常なら脳がシャットダウンし、意識を落とすところだろうが、もはやアインは気を失うことすら許されない。

 それ以前に、今の彼には、もはや脳すら存在しない。

 故に、苦痛を受け入れ続けるしかない。


(クソっ、クソっ、くそガァァァアア!! こんな、こんなことニィ……)


 最期、アルフの耳に、アインの呪詛が聞こえてきた……気が、した。

 だが、この呪詛を最後に、アインの声は聞こえなくなった。


「……これで、終わりか」


 全てが、終わった。


 アインの魂は残っている。

 だが、ここから無限の年月が経ったとしても、アインはここから出ることはない。

 永遠に正気を保ったまま、苦しみ続ける。

 そんな未来を、アルフは観測した。


「しかし、二年も眠っていたのか……ミル、不安に思ってるだろうな」


 感覚で分かる。

 自分がどれだけ眠っていたのかを。


「しかし、不思議だ。俺は世界の全てを知った。もちろん、ミルより綺麗な人の存在も知った……というのに、ミルへの想いは、消えない」


 三年も経過した。

 神となり、世界の全てを知った。

 だというのに、ミルへの想いは変わらない。


「ミルに、会いたい」


 そして、想いを口にした。


 アルフはその想いをエネルギーに変え、この異空間に穴を開ける。

 それは、元いたあの世界へと続く、黒より暗い穴。

 通り抜ければ、アルフが元いた世界に帰ることができる。


「さぁ、帰ろう」


 そう言って、アルフは穴へ飛び込む。


「今、戻るからね」


 そして、アルフは穴へ吸い込まれていき、暗い闇の中へと消えていった。

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