幕間3 火元

「くっ、くるなっ! やめてくれ……たのむからお願いだ!」


 王都の東区の裏路地の一角にて、茶髪で派手な髪型をした男は追い詰められていた。

 その人物の名はエスター。

 東区で多くの冒険者をまとめ上げ、商店の半分以上をも支配した、東区の支配者と言っても過言ではないギャングのような存在。

 実力はそこまでではあるが、あらゆるコネや権力を駆使してのし上がってきた人物だ。


「止めろ? 止めるわけ無いだろう? お前は僕の妹に手を出そうとした。その罪を、言葉一つの謝罪で許すとでも……?」

「っ、がぁぁぁあああ!?!?」


 蒼銀に輝く大鎌が、エスターの左脚を斬り落とす。

 新月の夜の裏路地では、目の前の死神のような男の姿すらほとんど見えない。

 分かるのは、身の丈ほどの大きさの大鎌と、長い靡く銀髪。


 そこそこ長く冒険者をやっているであれば、誰だろうと聞いたことがあるほどの人物。

 いやそれどころか、人間の中でもトップクラスの強さを持つと言ってもいい怪物。


「もう組織の幹部は全員殺してきた。後はボスのお前を殺せば、残るは臆病な雑魚だけになって、この辺りも安全になる」

「でっ、でもぉ……たとえお前みたいなヤツでもっ、俺を殺してっ、タダで済むはずがないっ! だから……」

「はぁ……相当な馬鹿なんだな、お前」

「ゴォッ……!」


 エスターの右脇腹に、大鎌が突き刺さる。

 あまりの激痛と恐怖に、エスターも涙を流し、小声で壊れたかのように許しを乞う。


「今日だけで東区では百人以上死んでるんだよ。追加でお前一人が死のうが、大した事件にはならないんだよ」

「そっ、そんなぁ……本当にっ、本当にやめてくれぇ! 奴隷にでも何にでもなるから! お前の言うことはなんでもやる! だから――」


 その瞬間、エスターの頭は宙を舞う。

 首の断面からは、大量の血が噴水のように、付近の地面と壁を赤く彩っていく。

 だがエスターを殺した男には、一切の血が降りかなってくることはなく、血は煙のように消え去っていく。

 ゴトンと、頭が地面に落ちる様を見ると、死神のような男は大きくため息をついて言った。


「じゃあ黙って死ね……いや、もう死んでるか」


 男は大鎌を振って付着した血を落とすと、まるで風のように姿を消した。




◆◇◆◇




「なるほどねぇ。“ネクロア”の抹消計画……また面白そうなことが……」


 東区の冒険者ギルドの屋根の上。

 東区では最も高い場所であるそこは、昼間なら人通りも多くて目立つ場所ではあるが、真夜中の、しかも新月の夜なのでか、誰にも見つかることはない。

 そんな場所に腰掛け、シャルルは王都全域から聞こえてくる策謀の“声”を聴いていた。


「シャルルよ」

「……お前は、確かジェナだったっけ?」


 その隣に、いつの間にかジェナが座っていた。

 シャルルはちらっと目を動かすと、しばらくジェナのことをじっと見つめる。


「貴様が殺した者の死体は、此方で処理させて貰った。貴様の犯罪の証拠が世に広がることは無いだろう」

「本当にか?」


 死体処理をしたと言う彼女の首元に、シャルルは大鎌を添える。

 その目には、疑念と殺意が宿っている。


「本当に、処理しただけか?」

「何が言いたい」

「……教会に渡したりしていないよな? エリヤの死体と同じように」

――」


 シャルルは大鎌でジェナの首を落とした……はずだった。

 なのに何故か、彼女は完全に無傷。

 そもそも、大鎌の刃が当たり、肉を斬ったという感覚がしない。

 まるで、そこには何もいないような、そんな感覚だった。


「やっぱりか。お前のスキルの内容を聞いてもしやと思ったけど……エリヤの死体は、お前のスキルでワープさせたってわけだ」


 エリヤ……エリヤ・ヘルムートは数日前に、自宅の地下でクロードに殺害され、放置された。

 シャルルはアルフやクロードがいなくなった後、死体処理のために地下に向かったが、そこには何もなかった。

 死体もそうだし、血痕も何も無い。

 さらに言えば、シャルルのスキルである“音響”であれば、誰かが死体を持っていったのであれば、即座に反応することができるのに、その時に限っては反応が無かった。


 その理由は、ジェナが死体をワープさせたから。

 彼女のスキルである“次元魔法”は、時間と空間に干渉する魔法を扱えるようになる効果を持つ。

 ワープすることもできるし、自らの動きを加速させることもできるし、逆に周囲の時間の流れを極端に遅くすることで、擬似的に時を止めることすらもできる。


 ステータスを持っていた頃のアルフレッドと数ヶ月間休まずに戦えたのも、スキルの力で自分だけ超加速し、魔力回復速度を極端に上げることで実質無限の魔力を得て、疲れたら擬似的な時間停止を行い休む、それを繰り返したためだ。

 それに加え、空間をねじまげて、攻撃により受ける影響そのものをことにより、実質的なダメージをゼロに抑えることも可能。

 先程のシャルルの攻撃を完全に無力化したのも、それによるものである。


「おい、何の目的だ。何の目的で、アルフとミルを傷つけるような真似をした? お前が教会直属の研究組織……“ネクロア”に、エリヤの死体を流したんだろ」

「私の目的の為さ。その為には、アルフには強く成ってもらわねばならない。そして私は、目的の為であれば、どのような犠牲も厭わない」


 


「そうか。ミルを殺すような真似をするなら殺す」

「……一つ断っておくが、私はアルフを奮起させる為に、ミルを死の危機へ追い込む事はあれど、絶対に死なせないように細心の注意を払っている」

「信用できないな」

「そこは仕方無いとしか言い様が無い。ただ私としてみれば、アルフにとって大切な人物であるミルや、他のあの三人を死なせるのは、最悪手と考えていてね。下手に殺してしまえば、アルフをあの化物のようにしてしまう可能性があるのだよ」


 ジェナの目的を達成させるのにおいて、アルフは非常に重要な立ち位置にいる。

 そのアルフの逆鱗とも言える『ミルの死』は、絶対に避けなければならないのだ。

 今回の『クロードの死』や『セシリアの死』でアルフの心が大きく揺らいだのを見れば、それよりも大切な『ミルの死』が訪れればどうなるか、想像に難くないだろう。


「……言いたいことは分かった。確か古代魔法だっけ? そいつを暴走させないようにってことか」

「ああ。アルフの感情が爆発することで、古代魔法も呼応する様に暴走し、エリヤと同じ様な化物と成ってしまう可能性がある。それは絶対に阻止しなければならない」

「でも僕が集めた情報だと、古代魔法は感情の昂りとか、そういうものの影響が大きいんだって?」

「その通りだ。だからこそ、アルフには危機を乗り越えて貰わなければならない。壁を乗り越えた先に有る、完全な古代魔法を手に入れて貰う必要がある」


 古代魔法の原動力は感情だ。

 感情が爆発して暴走してしまうと、エリヤのような化物になってしまうが、適度に昂るくらいであれば問題無い。

 むしろ適度な感情の昂りは、進化には必要不可欠、しかも古代魔法となれば尚更だ。

 危険と隣り合わせ、守らねばならないか弱い存在が側にいて、命を懸けて戦う、そういった時に、力は花開くのだ。


 この話を聞き、シャルルは大鎌をジェナの首元から離す。


「……お前のことはある程度は分かった。けど、お前がミルへ危険を持ち込んでいるのは変わりない」

「確かに其れは事実だ。しかし此ればかりは、私も譲れないものでね。まぁ、もし彼女が死の危機に瀕する事が有れば、その時は今日と同じ様に、ヴィンセントを呼ぼうではないか」

「……もしかして今日のも、クロードやセシリア、リリーを救うために?」

「其の為に、ヴィンセントを呼んだ。一応私は魔王様には信頼されていてね。ある程度は融通が効く。とはいえ流石に今日の件は、流石に怒られそうではあるが」


 ジェナは立ち上がる。


「さて、私は行かせてもらうが……この話は他言しないで欲しい。アルフの力を解放させる為には、この事実は絶対に知られてはならないからね」

「……考えておこう」


 そして、彼女は空気に溶け込むようにして消えた。

 そこには、最初から誰もいなかったようにしか見えないだろう。


「はぁ……」


 ジェナが消えてから数秒後、シャルルは大きくため息をつく。


「教会の重要そうな話、聞きそびれたなぁ……」


 シャルルは再び教会地下の音を“音響”で聴こうとしたが、重要そうな情報はもう出てこなかった。

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