29 全てが終わって

 クロードとセシリアが死んだ。

 ミルと同等に……と言うのは少し過言かもしれないが、アルフにとっては大切な人達だったことは間違いない。

 しかも奴隷になってから、奴隷であることをあまり気にすることなく関わってくれた、数少ない人だ。

 これからもずっと大切にしていこうと、そう思っていたのに、死んでしまった。


「クソぉ……こんな、俺のせいで……もう……」


 絶望し、大きく泣き叫ぶことすらできない、目を逸らすことすらできない。

 目の前の現実に、ただすすり泣くことしかできなかった。


「まだ諦めるには早い」

「っ!?」


 だからこそ、この言葉は本当に不意打ちだった。

 聞き覚えのある声に、アルフはハッと顔を上げると、いつからいたのか、彼の隣にはジェナが立っていた。

 相変わらず光の差さない目と、鉄仮面のような表情をしている彼女に、アルフは弱々しく尋ねる。


「ジェナ、お前は……なにをしに……」

「まだ、死んで二分か三分程度だろう? それならば、私のスキルで完全な形で蘇生させる事が出来る」

「……え」


 ジェナはクロードとセシリアの死体の前にしゃがみ、二人の胸の部分に手を当てる。


「まだ話していないかもしれないが、私のスキルは“次元魔法”と云う。端的に言えば、時間と空間を操作することが出来るのだが……これを応用する事で、死者蘇生をも可能にする」

「そんなスキルが……でも、どうして急に……」

「生き返らせた方が、今後の為になるだろうからな。さぁ、急ごう。時間が経てば経つほど、蘇生の精度が悪くなってしまう」


 どうもジェナの話だと、死者蘇生自体は死体があれば一応は可能なのだという。

 死体の状態を巻き戻し、生きていた時の状態に戻すことで、生き返らせるというわけだ。

 ただし、死から時間が経てば経つほど、肉体を生前の状態に戻したとしても、何故か蘇生後に不具合が出てきやすくなってしまうらしい。

 具体的に言うと、人格の豹変や、神経系に関する異常による肉体の麻痺等、脳機能や神経に妙な不具合が出るようだ。

 これに関しては、まさしく禁忌と言える行為を犯しているわけだから、仕方無いのだろう。


「何度か蘇生は行った事はあるが、死から五分を過ぎると、蘇生後に何らかの異常が発生する可能性が生まれ、十分を過ぎるとほぼ確実に異常が発生する。だが逆に言えば、其れ以内であれば、完全な状態で蘇生後する事が出来る」


 そう言いながら、ジェナは死んだ二人の肉体に触れ、状態を巻き戻し、修復していく。

 壊死して黒ずんだ皮膚は元の色へと戻っていき、毒による影響でできた腫瘍は小さくなり、消え、十秒程で、元の生きていた時の状態へと戻る。


「……脈自体は戻っているから、蘇生自体は成功した。後は目を覚ますのを待つだけだ」

「……本当、だ」


 脈が戻ったと聞き、クロードの首元に触れるアルフ。

 その指に、トクン、トクン、という脈による弱い衝撃が入ってくる。


「んぅ……あ?」


 不意に、クロードの身体が強張り、眠気が残ったような間延びした声を上げる。

 腕を動かし、目を何度か擦り、そして目を開ける。


「ぁあ……なんで、生きてんだ……? っていうか――」

「クロード!」

「うおっ!?」


 目を覚まし、身体を起こしたクロードの肩を掴み、アルフは何度も身体を揺する。


「クロード! 身体の方は大丈夫か!? 何か変な所とか無いか!?」

「は? いや、多分ないけど……」

「本当か!? 本当なんだな!? また死んだら許さないからな!? 分かってるよな!?」


 まるで嵐のように、普段は出さない声と態度でクロードに向けて叫ぶと、アルフの身体から一気に力が抜け、崩れるようにその場に腰を下ろす。


「ふぁぁ……うるさいですわね……」

「ッ! セシリアも!」


 そして、アルフの声があまりにもやかましかったからか、セシリアも目を覚ます。

 アルフはぐいっと首をそちらへ向けると、這うようにセシリアに一気に近づき、肩を掴んだ。


「ひゃっ!? えっ、あっ、アルフさん!?」

「よかった! 無事だよな!? 身体に何かおかしな所とかないよな!?」

「えっ、ええっ!? は、はい、大丈夫……です……」

「そうか! そうか! ……ハハッ」


 そして、アルフはそのまま腕を大きく広げて、仰向けに倒れ込む。


「はぁぁぁ……」


 大きなため息、そして、一言。


「本当に、よかった……」


 燃え尽きたかのようであったが、その顔はとても安らかで、安堵しているのが分かるものだった。

 そこに、ゆっくりと近づく人物が二人。


「それにしても……アルフ、随分と凄い繋がりが、あるんだね……」


 シャルルが、ミルを連れて近づいてきた。

 いや正確には、ミルに支えられながらやって来たとでも言うべきか。

 おそらく猛毒の影響だろう、シャルルの普段の笑みは崩れ、息も荒いものとなっている。


「ミル、それにシャルルも……大丈夫だったか?」

「私は大丈夫ですが……シャルルさんが……」

「ああ……流石にちょっと、辛いね」


 シャルルはステータスが高いため、辛うじて猛毒に耐えることができていたみたいだが、それでも苦しいものは苦しいらしい。

 よく見てみると、服や口に赤い血の跡があることから、吐血しているのが分かる。


「まぁ、でも、約束通り……ミルは、守っ――」

「きゃあっ!?」


 完全に、誰もが油断しきっていた。

 その隙を、隠れ潜んでいた敵は狙っていた。


「ッ! ミル!」


 突如として物陰から現れた男に、ミルが攫われた。

 その姿を、アルフは少し前に見たことがあるが、今はそんなことはどうでもよかった。


 アルフは立ち上がり、一瞬で街を赤く染め上げると、ミルを手元にワープさせて救出する。

 すぐにミルを片手で抱き寄せると、アルフは周囲の様子を確認する。


「……誰もいないな、いないよな?」


 先程ミルを攫った男は、もう見えない場所に行ってしまった。

 他の人も隠れて狙っているかもしれないと考えて警戒していたが、気配も無さそうである。

 それを確認してようやく、アルフは武具と防具を消し、ホッと息をついた。


「あいつはアレだな。エスター……この東区のならず者をまとめ上げてる冒険者だ。まさかこんなどさくさを狙ってくるとはなぁ」


 アルフの隣で一部始終を見ていたクロードが、ミルを攫った人物についてを簡単に説明してくれた。

 アルフも少し前にエスターが率いる一団に襲われた経験があるし、クロードも気をつけろと念押ししてきていたので、覚えてはいた。


「……そうか。でも、流石に今日はもう来ないでしょ」

「まぁ流石にな」


 こうしてようやく、全ての危機が去ったのであった。




◆◇◆◇




 それから約十分後。

 ジェナの好意で、シャルルの身体の状態を巻き戻して治療したり、崩れたアルフの家を修復してもらったりした。

 それと、一度死んだことによって、クロードとセシリアのステータスが消えていることが判明。

 アルフはそのことで何度も謝ったが、二人は「生き返っただけでもラッキーだ」といった旨の言葉で励ましたりもした。


 ジェナとヴィンセントは帰り、シャルルはいつの間にかどこかへ消えたので、残りの五人は修復されたアルフの家へと入り、休むことにした。

 リリーには部屋があるが、クロードとセシリア用の部屋は無いので、買っておいた寝袋に入ってもらった。


 そしてアルフとミルは、二人でベッドに入った。

 普段ならアルフからミルへ、寝る前に軽く喋りかけることも多いが、今日は黙り込んでいる。

 ミルから見えるその横顔は、とても苦しそうであった。


「……ご主人様」


 そんな様子を見て、ミルは静かに呟く。

 するとわずかにアルフの耳が動き、ゆっくりと身体をミルの方へと向ける。


「ミル、どうしたんだ?」

「あ、いえ、その……ご主人様が、なんだか苦しそうだったので……」

「……苦しそう、か」


 何度か静かに呼吸を繰り返すと、アルフは大きく息を吐く。


「確かに、苦しいよ……守りたいものすら、守れなかったんだから……」

「それって、クロードさんやセシリアさんのこと?」

「ああ。俺が弱かったせいで、二人は死んだ。もしあの時ああしていればって……思ってしまう。そうすれば、もしかしたら二人は苦しまずに済んだんじゃないかって……!」


 段々と口調が、勢いが強くなっていく。

 アルフの表情は強張り、身体は震え、呼吸は荒くなっていく。


「え、えっと……」


 今にも泣き出してしまいそうなアルフを見て、どうするべきかと混乱するミル。

 同時に心の中で、表現し難いモヤモヤとした感情が肥大化していき、自分まで不安になっていく。

 悲しそうな表情をしているご主人様を見たくないという気持ちもあるのだろうが、それだけじゃない。

 それはまるで……ご主人様が、どこかへと言ってしまうのではないかという、漠然とした恐怖のような感情だ。

 今のアルフを見ていると、また一人ぼっちになって、地獄のような生活へ戻ってしまうことを、何故か想像してしまうのだ。

 自分のことなど忘れ去られて、捨てられてしまうことが、頭をよぎって離れないのだ。


「ご主人様……!」


 思わずミルはアルフを抱きしめる、以前自分がされたのと同じように。

 エリヤの魔の手から救ってくれたあの日、アルフは背を抱きしめ、頭を撫でて不安を取ってくれた。

 それと同じことを、今度はミルの方からする。


「うおっ、どうした……?」


 能動的に何かをすることが少ないミルが、急に積極的な行動を取ってきたことに、アルフは驚き、今までのネガティブな感情が飛んでいった。


「ご主人様が、悲しそうだったから。だから、この前ご主人様が私にしてくれたみたいにって、そう思って」

「……!」


 必死に慰めようとしてくれるのを感じる。

 この健気なミルの想いを放っておくなど、アルフにはできるはずがなかった。


「ご主人様が悲しそうにしていると、私も、悲しいです……それに、ご主人様の悲しむ姿を見ていると、どうしてか分からないけど、また独りになってしまう気がして……」

「独りに……そんなことにはしないよ」


 アルフはギュッと、ミルの背に腕を回し、軽く抱きしめる。

 ご主人様の身体の暖かさ、抱きしめる腕の力、そして何よりも、自分を見つめる優しげな視線を感じると、ミルの心は落ち着いていく。


「……ご主人様」

「ん?」

「私には、ご主人様いないんです。だから……」

「うん」


 一瞬だけアルフは腕を離すと、身体を揺すり、体勢を整える。

 そして再びミルを抱きしめる、今までよりも強く、絶対に離さないように。


「ミルを悲しませたりなんかしない。独りぼっちになんてさせない。誰にも傷つけさせたりなんかしない。絶対に、幸せにするから」

「……嬉しいです、そう言ってもらえて」


 今のミルにはきっと、自分しか信じることができる人がいないのだろう。

 ならば、自分だけの手で、ミルを守り抜く、幸せにしてみせる。

 今まで何度も心に誓ってきてことではあるが、今日改めて、アルフはその言葉を心に刻むのであった。

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