28 三分間の攻防
アルフやミルには感じることのできない猛毒が、空気中に充満している。
そしてそれは、目の前にいるエリヤの成れの果ての化物が作り出しているといってもいい。
となればやることは、できる限り早く目の前の化物を倒すこと。
そうしなければ、クロードとセシリアは、死ぬ。
急いで倒さなければならない、こんな奴隷に落ちた自分によくしてくれた友人を守るために。
アルフは深呼吸をして、レイピアを構える。
「ふぅー……ッ!」
軽い攻撃を連続して繰り出してくるというのは、既に分かっている。
「ハァッ!」
『グッ、ゥアアアアアアアア!!』
地面から突き出る細い触手を回避しつつ、レイピアによる素早い刺突を繰り返す。
軽くでもいいから、とりあえずレイピアで触手を軽く突きさえすれば、一時的なものではあるが、その触手は動けなくなる。
すなわち、襲ってくる触手をレイピアで突けば、相手の攻撃の勢いは弱まっていく。
『クソッ! クソクソクソッッ!! イマイマシイッ!!』
そうして動く触手の本数が数本にまで減ると、化物の甲高い叫びとともに、無数の棘のような何かを放つ。
「もう、見た!」
が、それも今までの戦闘で見ている。
レイピアを消して大剣を出現させると、大きく薙ぎ払うように振る。
ゴウッ、という音とともに、剣の軌跡に炎が発生し、棘はあっという間に燃え尽きる。
ミルを庇いながらだと回避しなければいけなかった攻撃も、今なら撃ち落として一気に化物の懐へ入ることができる。
一転攻勢、形勢逆転。
今度はアルフが攻める番、化物が守る番だ。
『やめ、ヤメロッ、クルナ、クルナクルナ……!』
今まで呪詛を吐くだけだった化物が、はじめて恐怖の言葉を出す。
同時に骨で形成された触腕のようなものがアルフへと襲いかかる。
「こいつはッ、これだ!」
流石に骨はレイピアではキツイと判断したアルフは、黒剣で乱舞を舞い、炎の軌跡を描く。
骨は焼き切れ、燃え尽き、燐となって燃え広がる。
『なぜ、なぜだなぜダナゼダ!! ナゼ、トマラナイ!! 毒ガッ、キエルナドッ!!』
そして、いつの間にか。
化物が強い恐怖の感情を抱いたからか、あるいは焦りによってアルフの感情が高まったからか。
化物の力により形成された毒々しい空間が、アルフの作り出す赤色の街へと変わっていく。
それに伴い、毒素がみるみるうちに浄化されていき、化物は弱体化――
『クソッ、クソォォォォォォオオオオオ!!!』
とは、いかない。
最後の一撃と言わんばかりの力で、化物は空気中の気化した毒素を固め、アルフに向けて放つ。
そして肉の花のようになっていた化物が、その肉の花びらを触手へ、骨のがくを鋭利な刃物へと変え、全力でアルフを殺さんとする。
今までの肉の根と比べると、数も太さも数倍はありそうだ。
「ッ!?」
魔物以上の、もっと言うと魔人族以上の、純粋な殺意の塊を向けられ、アルフも一瞬怯んでしまう。
それに、そもそも敵の攻撃があまりに多すぎる。
前方は肉の触手と骨の刃、後方からは毒の弾丸。
急いで敵を殺そうと走り続けるアルフは、物理的に止まることもできないし、そもそも今さら止まれない。
「くそっ……」
まるでそびえ立つ大壁のような、肉の触手と骨の刃の塊。
壁はアルフに迫り、圧倒的物量で押し潰さんとする。
アルフの見る世界はみるみるうちに暗くなり、赤い街の赤すら見えなくなっていく。
万事休す。
アルフはここで、為す術もなく押しつぶされて負ける。
ブォォン!
そこに突如として吹き荒れる嵐。
それは黒雲のような肉や骨を斬り飛ばし、緋色の朝焼け空を見せつけてくる。
嵐が過ぎた後の空のような、あるいは長い夜が明けた日の昇る空のような、とにかく清々しさを感じさせる。
「アルフ!」
「っ、そうか……!」
後ろから届いたシャルルの声。
アルフは彼に感謝しながら、一瞬止めた足に力を入れる。
化物は全ての力を使って、アルフを殺そうとした。
だがそれ故に、防御は完全に捨ててしまっていたのだ。
骨のがくと肉の花びらに守られていたはずの巨大な
とはいえ、軽く直径五メートル程度はありそうな巨大な心臓だ。たとえ柔らかくても、完全に真っ二つに斬るのは至難の技だろう。
だが、
「これでッ――」
レイピアを構え、炎を噴進剤にして跳ぶ。
グッと力を込めて握ると、強い想いと呼応するかのようにレイピアの刀身を赤く染まる。
そして、炎を纏ったレイピアで、心臓部を突いた。
『グァ、ア……』
刀身は、心臓部に突き刺さらない。
しかし化物は、うめき声を上げ、苦しんでいる。
なぜならレイピアの代わりに、それが纏った炎が、鋼のような硬さの心臓部を抉ったからだ。
そして、炎が心臓部を完全に突き破ったその瞬間、
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
化物は、おぞましい断末魔を上げる。
そして身体は、心臓部を一気に膨れ上がり、弾け飛ぶ。
肉や血が、バラバラになって弾け飛び、空から猛毒の残骸が降り注ぐ。
死に際の、本当の本当に最期の一撃。
普通の人なら、当たっただけで即死する。
「崩れろ」
だがヴィンセントのその一言で、降り注ぐ肉と血ハ崩れ、崩壊し、消滅する。
敵は死に、残骸も残らず、毒も浄化され。
周囲に大量の人や魔物の死体、あと家の残骸が残ってはいる。
だがそれでも、あの周囲に災害を振りまく化物は、討伐されたのだ。
◆◇◆◇
化物を倒し、ホッとしたのも束の間。
アルフは死にかけだったクロードとセシリアのことを思い出し、慌ててかけつける。
そこには、魔人族の男とリリーが一緒にいたが、リリーは目を赤くしている。
「ぁ、アルフさん……」
「……」
「リリー……と、魔人族」
「すまない。この二人は、もう……」
魔人族の男――ヴィンセントは、わずかに俯き言った。
その側にあったクロードとセシリアの身体は酷い有様だった。
毒に蝕まれたのか、いたるところにボコボコと腫瘍ができ、皮膚は黒ずみ、身体の一部は壊死しているようだった。
生きている、はずがない。
「僕のスキルで体内の毒は出来る限り破壊したけど……手遅れだった。ほんの三十秒ほど前に、脈が止まってしまって……」
「そ、んな……」
アルフは二人の身体に、触れる。
まだ熱は残っている。
しかし、首元や手首に手を当ててみても、脈は聞こえてこない。
あらゆるモノが、二人が死んだことを示していた。
ポタ、ポタッ……。
「クソッ……クソぉ……! なんで、なんでだよぉ!」
クロードの服が濡れる。
左手が、力なく地面をたたく。
「俺が、ミルを連れてくなんて言わなければ……こんな、こんなことにはっ……」
アルフは、今になって自分の選択を後悔した。
エリヤの成れの果ての化物については、案外そこまで強くなかった。
相性が良かったこともあり、少なくとも一対一であれば、時間はかかるだろうが、アルフが確実に勝っていた。
キマイラもそうで、強さ的にはアルフ一人で対処できるくらいだった。
ミルを連れて行ったせいで、彼女を守ることに力を使ってしまい、本来倒せるはずの化物を倒せなかった。
そしてその結果、化物をここへ連れてくることとなり、最終的にクロードとセシリアの死へと繋がった。
「俺が、変なことしなければ……!」
クロードの着ている服のシミが、どんどん広がっていく。
周りも、何も言えずにいた。
全員、アルフを見て俯くしかできなかった。
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