第四章 神の悪意と親子の愛
幕間4 魔人族の歴史
魔王城の玉座の間にて、一応はと用意されている玉座に腰掛けた魔王のヴィヴィアンは、その下に跪づくジェナに怒鳴っていた。
「いくら貴女が強いと言っても、普通戦場にヴィンセントを連れて行くことはしないでしょう!?」
「反省している。だが、あの場では副王様のお力が必要だった」
「そんなことするなら、貴女が直接戦えばいいじゃない! この場で一番強いんだから!」
「私は教会に……アインに姿を晒すべきではない。姿を見せれば面倒な事になる」
ほとんど子どものような背丈なので、ヴィヴィアンの魔王としての威厳は無に等しく、傍から見るとぷりぷりと怒っているようにしか見えない。
側で見ている他の四天王や副王のヴィンセントは、むしろ微笑ましいといった様子でヴィヴィアンを見ていた。
「はぁ……本当にジェナは何考えてるのか分かんない……!」
「姉さん、流石にそろそろいいんじゃない?」
それにヴィンセントとしては、別段大したことは無かったのだ。
姉にそろそろ説教を止めないかと進言する。
「まぁ、ヴィンセントがここまで言ってるならいいわ。けど、もし傷を付けるようなことがあれば……」
「其のような事にはさせない。ヴィンセントの護衛を任されている以上、其の使命は果たすさ」
「だといいけど……」
大きくため息をつき、あまり座り慣れない玉座から立ち上がるヴィヴィアン。
その表情には、隠しきれないほどの不安がある。
それも当然、今の彼女にとってヴィンセントは、唯一の血の繋がった家族であり、誰よりも大切な弟なのだから。
「にしても……」
「うん? どうしたのガディウス?」
だがそうだとしても、疑問は残る。
四天王の一人であるガディウスは、頭をかきながら気怠げに尋ねる。
「ずっと気になってたんだけどさぁ、ヴィンセントをそこまでして守る理由ってあるか?」
「……どういうこと?」
「いやいや、そう怒るなって。別に護衛が無くていいって言ってるわけじゃねぇって。ただジェナの護衛を付けるなら、ヴィンセントよりもお前に付けた方がいいんじゃねぇのって思ってさ」
魔王と副王、二人は姉弟ではあるものの、立場的にはほとんど同等と言っていい。
どちらも要人であることには変わりないが、魔王のヴィヴィアンの方が、とある理由で守られるべきなのだ。
というのも、彼女が死んだ場合、地下に封印されたアインが封印から解き放たれてしまうからだ。
アインの封印は、魔王の血筋の中の一人の命と紐付いており、その人物が生きている限りは、封印が継続される。
だがもし死んでしまえば、封印は崩れ、アインは解き放たれてしまう。
故に本来であれば、魔王のヴィヴィアンの護衛をより厳重に行うべきであり、最大戦力であるジェナは、そちらへ付けるべきなのだ。
だが、ヴィヴィアンはそうせず、逆に弟の方に戦力を割くようにしている。
ガディウスと魔王様の気持ちを理解してはいるが、それでも納得はできないものだ。
大雑把で軽い態度ではあるが、おそらく魔王のヴィヴィアンへの忠誠心という意味では、彼が一番だから。
「……私にとってヴィンセントは、たった一人の血の繋がった家族だから」
「えぇ……? いやまぁ気持ちは分からなくはないけど、そこまで……?」
「そういうものよガディウス。この件はもう、私達じゃあ止められないわ」
グローザがそう言い、残りのアブラムも頷く。
流石にここまで言われたら、ガディウスも自分の意思を主張するはなく、大きくため息をついて「それでいいんじゃね?」と言った。
「……さて、では私は此処で失礼する。部屋に居るから、何かあったら呼んでくれ」
一通りの話が済んだのを確認したジェナは、ヴィヴィアンの「待ちなさい!」という声も無視して、その場から一瞬で消え去った。
◆◇◆◇
魔人族、それは古来から人間の隣人として静かに暮らしてきた種族だ。
だがある時、アインの手によって世界は崩壊し、人間も魔人族も、滅亡の危機に瀕することになった。
「……久しぶりに、読もうか」
だがそんな中、種族の垣根を超えて、アインを打ち倒そうと立ち上がった人物達がいる。
その主要なメンバーとなったのが、人間のロウェル、
この三人は、アインを封印した偉人として、今でも魔人族の間では三英雄と語り継がれている。
特にエノテラに関しては、現魔王であるヴィヴィアンや、その弟であるヴィンセントの先祖とも言われている。
そんな人物達が残した手記を、ジェナは非常に綺麗な状態で所持していた。
たまに暇な時間ができると、心を落ち着かせて読み返すのだ。
そうしてページを開き、読み進めていく。
最初の方は、ロウェルという人物が書いているようだ。
『魔人族の少女を助けた。長い耳だから、確か魔人族側での呼び方だとエルフといったところか。彼女の話を聞いたところ、どうやら村を滅ぼしてしまったそうだ。確かにステータスは非常に高く、スキルも異常と言えるほどに強力なものだったため、戦えば負けていただろう。だが今は俺の“状態異常無効化”のスキルを利用し、効果を付与した。これでアインに操られることはないだろう』
『改めて、
『ジェーナスは、どうやら俺の復讐の旅についてくるつもりらしい。故郷を滅ぼし、家族を殺したアインを殺し、復讐するつもりらしい。俺も一度は止めたが、相当な覚悟を持っていたので、止めることはできなかった』
それ以降しばらくは、ロウェルとジェーナスの二人旅の記録が、日記形式で書かれていた。
どうやらジェーナスという少女は、助けてくれたロウェルに心酔していたようで、彼の邪魔をする存在は、その強力なスキルで容赦無く消し去っていたとか。
また、心が壊れてしまっているのか、ロウェルと話す時以外は一切表情を変えないほどだったと、記述されていた。
そこからしばらくすると、三英雄の最後の一人であるエノテラに関する記述が出てきた。
『まさか魔人族の国……タルタロスの王女と出会うとは思わなかった。彼女の場合、角と尻尾を持っているため
『何となくアインの目的が推測できた気がする。おそらくアインは、自分にとって都合の良い世界を作ろうとしている。アインの支配下にいたのは、美しい女性ばかり。男性や、アイン視点で美しくない女性は、容赦無く殺されていた。ここからアインは、自分にとって都合の良い、自分のことを全肯定する美しい女だけの世界を作るために、世界を滅ぼすつもりなのだろう。許せない』
『今日ふと、スキルについて疑問が生じた。今までは特に何も考えてなかったが、“状態異常無効化”の性質からして、スキルというシステムを作り出したのは確実にアインじゃない。むしろアインと敵対していた者が作り出したのでは? と思ってしまう。少なくとも俺がアインだとしたら、邪魔な人間を強化してしまうスキルなんて、作らない』
旅を続ければ続けるほど、アインの残酷さや性格の醜悪さについて、理解を深めているのか、アインに対する罵声のような殴り書きも、時折入るようになる。
その恨みもあってか、ある時、古代魔法を手にしたらしい。
アインを殺すという純粋でドス黒い恨みから、ロウェルは呪われた三つの武器――大剣、黒剣、レイピアを生み出した。
そしてついに、アインと対峙するに至る。
『ついに明日、アインの居城に入る。元々はタルタロスの王城だったとかなんとか。長かったが、ついに戦争も終わり、平和になる』
ここで、ロウェルの記述は終わった。
これ以降の内容からして、ジェーナスが書いているようだ。
『私達は失敗した。無限のステータスを持つアインを殺し切ることができず、泣く泣く封印することになった。ロウェルが何とか知力のステータスは消してくれたが、他は健在。そしてロウェルはもういない』
なぜなら、ロウェルは死んでしまったから。
記述によると、どうやら古代魔法を暴走させた結果、おぞましい化物のような存在となってしまったらしい。
残ったのは、彼の使っていた大剣と黒剣とレイピア……古代魔法によって作り出された三種の武器だけだった。
『エノテラの命と紐付けた封印術式を構築し、アインを地下深くへ封印した。命と紐付けることによって、封印の強度を大きく高め、絶対にアインが出てこられないようにした』
『どうやらエノテラは魔王となり、魔王城でアインの封印を見守り続けると決意したそうだ。このまま旅をして殺され、再び封印が解除されるのも危険なので、その考えに私も異論は無い』
そして封印がされた。
アインの封印は、魔王であるエノテラの命と紐付いているからか、非常に強固なものとなっている。
解除する方法はただ一つ、エノテラを殺すことだ。
もちろんそんな封印の継承方法も、ちゃんと用意されているが。
『エノテラと話し合いながら、封印術式の継承についてを決めた。死ねば封印が解除されるという点から、次の代へ託す時は、魔王様の子供の中でも最も戦闘能力の高い子へ、術式を継承させることとなった。このことは、魔王様の一族以外に知られてはならないことだろう』
これで、手記に記された日記は終わっている。
ジェナは手記を仕舞うと、窓から空を眺める。
そこには雨が降りそうな、黒い空が広がっていた。
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