30 記者

 エリヤの襲撃、キメラの大規模侵攻を経て日を跨いだ東区は、平和そのものであった。

 アルフは、もうすぐ昼という時間に目を覚ます。


 ベッドから降りて窓から外を眺めると、多くの人が騒々しく動いている。

 見た感じだと衛兵だろうが、数はかなり多いことから、おそらく国から人が派遣されているのだろうと予想できる。


「……流石に国から調査は入るか」


 前日の夜だけで百人以上の人が亡くなっているので、流石に国も調査に乗り出すこととなったらしい。

 普段は王都の中では軽視されている東区ではあるが、一日でここまで死人が出るのは流石に看過できないのだろう。

 複数の倒壊した家屋からは、おそらくエリヤの出す猛毒によって腐敗し、骨だけとなった死体が出てきているようだ。


「ふぁ、ぁ……ごしゅじん、さまぁ……?」


 外を眺めていると、布団がモゾモゾと動き、寝起きの間延びした声が聞こえる。

 布団の中から、ミルがひょこっと顔を出す。


「あ、おはようミル」

「おはようございます……ご主人様」


 身体を起こして軽く伸びをすると、ミルは布団から出てアルフの方へ近寄ってくる。


「……外は、何しているんですか?」

「昨日の事件の調査じゃない? 俺達には効かなかったけど、あの化物が出してたっぽい猛毒で、この辺の人が大勢死んでるんだと思う」

「そうなんですね……」


 流石にこれほどの死人が一晩で出たとなると、その犯人を逃さないようにするために、少なくとも今日は、王都が完全封鎖されるだろう。

 冒険者活動をしているアルフにとっては、仕事が完全に無くなってしまうが、別に散財するわけでもないし、古代魔法のおかげで装備にお金を使うこともないので、そこそこお金はあるからそこは問題無い。


 面倒なのは、しばらく物資などがあまり入ってこなくなる可能性があることだ。


「……とりあえず、食材の買い出しにだけ行くか。この状況だし、日持ちする食材を三日分くらいは買っておきたいな」


 王都が閉鎖され、出入りが制限されてしまえば、当然ながら、王都の外から運び込まれる物は減ってしまう。

 そしてその減ってしまう物の中には、もちろん食材も含まれている。


「よしミル、身支度済ませたら買い物行くぞ」

「はい、わかりました」


 そうして二人は準備を始める。




◆◇◆◇




 それから大体三十分程して、準備が完了したアルフとミル、それとリリーは食材の買い出しのために家を出た。

 ちなみに、クロードとセシリアについては、リリーいわく一時間前、つまりアルフ達が起きる前に家から出ていったようだ。


 それよりも今日は、東区にも関わらずやたらと人が多い。

 東区は治安があまり良くないので、王都の他の区域から人がやって来ることはあまりない。

 だが今日は、何か大きな事件が起きたことを聞きつけたのか、衛兵の他にも多くの人が、東区やその近辺に訪れていた。


「……普段よりも、かなり混んでますね」

「まぁかなりの人数が死んだだろうし、その噂が広がったんだろうね」

「それにしても……ミルさん、普段より落ち着いてるね」

「えっ、そうですか?」


 その噂のおかげか、ミルは心なしか落ち着いている。

 というのも、噂がかなり大きいためか、ミルにあまり視線が向けられていないからだ。

 基本的にミルが外出する場合、ほぼ確実に嫉妬や羨望のような視線が向けられるが、今日はそれがかなり少ないため、彼女も安心しているのだ。


「ま、いいや。さっさと――」


 人混みを抜け、王都の中央へ向かおうとするアルフ達だが、そこに声がかかる。


「おや、アルフさん?」


 後ろから呼びかけてくる男性の声に、アルフは振り返る。

 そこにいたのは、ラフな格好をしたデニスだった。


「あれ、デニスさん? 何でこんな場所に?」

「ああいえ、東区で大規模な事件が起きたと聞きまして。貴方達のことを思い出して、様子を見に来たのですよ」


 それに続けて彼は「皆さんが無事で良かった」と言う。

 デニスにとってアルフとミルは、大切な妻を助けてくれた恩人でもあるからだろうか。


「それにしても、何があったのですか?」

「えっと……何か巨大な化物が出てきたみたいで。俺達の家には被害が出なかったので、そこは良かったですが……」

「なるほど、巨大な化物……本当に、貴方達が無事で良かった。恩人が亡くなったらどうしようかと……」


 デニスはホッと息をつく。

 本当に優しい良い人なんだなぁと、アルフは改めて感じた。

 こんな奴隷に対して心配できる人など、そうそういるものではない。


「ところで、デニスさんの方は最近どうです?」

「私の方は本当に何事もないですねぇ。強いて言うなら……アルフさん、サリエリのことを覚えてますか?」

「サリエリ……ああ、確か前に会いましたね。ヘルムート家の。あの人に何かあったんですか?」


 こんな良い人のことを受け流してさっさと行くのも申し訳ないので、軽い世間話をすることになったが、早速気になる話題が出た。

 サリエリといえば、アルフとミルは少し前に一度だけ会っている。

 エリヤの兄ではあるが、彼女とは対極的な良い人らしいという印象はある。


「いえ、どうやら妹が中心として経営していた際の不正が発覚したみたいで。ヘルムート家は中々に大変な状況のようです」

「ああ、それはまた……」

「確かエリヤさんは失踪、その他の家族は逮捕となってしまったようです。幸い、ほとんど経営に関わっていないサリエリは無事なようですが……立て直しに苦労しているみたいで」


 おそらく、シャルルがエリヤから依頼を受けた際に何かを掴み、その情報をどこかへ売ったのだろう。

 それにより、今までヘルムート家が行ってきた不正や違法な商売が露呈し、経営に関わっていないサリエリを除いた家族全員が逮捕されたのだという。

 エリヤはクロードの手により殺されたが、それを知るのはアルフやクロード、シャルル等以外誰もいないため、失踪したという扱いになっているらしい。


「まぁ、最近はこんな感じですかね。私の方は、それなりに上手く行ってますよ」

「それはよかった。じゃあ、俺達も用事があるのでこれで」

「そうでしたか、呼び止めてすみませんね。お気をつけて」


 アルフは軽く頭を下げて、買い物へ向かう。

 デニスは軽く手を振りながら三人を見送っていたが、不意に横から声がかかる。


「デニス、誰に手を振ってるの?」


 本当に、意識の外からやってきた不意打ちのような声に、デニスは思わず距離を取る。


「うおっ……なんだカトリエルか。急に出てくるなって言ってるだろ……?」


 だがそれが知り合いだと分かると、ホッと息を吐いて安心する。

 彼女の名はカトリエル、フリーの記者である。

 デニスと同じ赤みがかった茶髪を後ろで束ね、ハンチング帽を被った長身の女性だ。


「別にいいでしょそれくらい。それで、誰に手を振ってたの?」

「はぁ……恩人達だよ。別に探りを入れるのはいいけど、記事にはするなよ? 彼らは訳ありだし、そういうの嫌がるだろうから」

「ふ~ん……ちょっと調べてみよ。私の方は事件の聞き込みは終わったし、失礼~」


 そう言って軽く手を振ると、カトリエルはアルフ達の向かった方向へ小走りで向かい、人混みへと消えていった。


「……あ、いや、大丈夫か? アルフの正体とか、記事にしないよな?」


 そしていなくなってから、今更ながらもう少し強く念押ししておくべきだったと後悔するデニスだった。




◆◇◆◇




 アルフ達の買い物が終わり、日が沈み出した頃。

 三人は、三日分の食料が積まった荷物を持っていた。

 やはり三人×三日分の食料となると、量がかなりのものになっており、相当キツイというもの。

 人外故に桁外れのパワーを持つリリーがいなかったら、帰るのは相当辛かったことだろう。


「なっがいなぁ、距離」

「はい……私も少し疲れてきました……」

「ははは……家帰ったらちょっと休もうな、ミル」


 特にミルについては、持つ量こそ少なめではあるが、力も体力もあまりないため、既に息が切れてしまっている。

 何とか楽にしてあげたいと、アルフは思っているが、アルフもリリーも両手が塞がってしまっているため、もうどうしようもないのが現状。

 それに、体力ならかなりあるアルフでさえも、ミルの速度に合わせると中々に時間がかかり、体力も削れていく。


 とりあえず励まして、前へ前へと進む。

 そうしてやっと、家の前までたどり着いた。


「ふぅ、やっと着いた……って、あれ?」


 家までたどり着いたはいいものの、その家の前に、赤みがかった茶髪をした、ハンチング帽を被った長身の女性が立っていた。

 だが扉の方を向いているため、アルフ達には全く気づいていない様子だ。


「あの……」

「ん? あっごめん! もしかしてこの家の使用人?」


 アルフ達を見た女性は、そう尋ねてくる。

 確かに、アルフとミルは奴隷の刻印がされているため、一見すると奴隷の使用人のように見えなくもないだろう。


「いえ、一応この家の家主です」

「あー……デニスの言ってたことってそういうことかぁ。なるほどなるほど」

「えっ、デニスって……もしかして、あのデニスさんの知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、妹よ私」

「えっ?」


 まさかの事実に驚きを隠せないアルフ。

 あの大商人であるデニスの妹である人物が、まさかここまでやって来るとは、流石に予想外だった。


「改めまして、私はカトリエル・アルベルト。フリーの記者をやってるんだけど、取材させてもらっていい?」

「取材? えっと……取材内容は?」

「そっちの可愛い子について! 最近王都で本ッッ当に話題なのよ! 物凄く可愛い奴隷の女の子が――」

「やめてください、無理です」


 ミルについての話となった瞬間、アルフは断った。

 そもそもミルは、他人にジロジロ見られることを好まないどころか、軽い恐怖すら抱いているほどだ。

 そんな状態なのに、記事を書かせるわけにはいかないと、アルフは考えているのだ。


「お願いします!」

「ダメです」

「お願いします!」

「ダメです! ミルが確実に嫌がるんですよそれ!」

「えー……じゃあ! 記事にしないから! 他の場所に情報売ったりとかもしないから! だからお願いします!」

「えー……」


 アルフは考える。


 デニスの妹を名乗るこのカトリエルとか言う女性は、少なくともアルフからしてみると、初対面の印象は悪い方だ。

 たとえデニスが良い人だとしても、その妹が良い人とは限らないし、手放しで信用はできない。

 とはいえ、こういった熱意ある直情的なタイプの人は、一度喰らいついたらそう簡単には離してくれない。


「……まぁ、記事にしないのと、情報を売ったりしないでくれるのなら。あと、こちらから一つ頼みを聞いてくれるのなら、いいですよ」

「っし! 本当にありがとうございます!!」


 結局、断ってもそれはそれで面倒臭いことになりそうなので、アルフは渋々依頼を受けることにしたのであった。

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