31 取材

 嫌々ながらカトリエルを家に案内したアルフは、買ってきた食材を片付け、ようやく取材を受ける準備が整った。

 とはいえ、応接室などという大層なものは無いので、リビングで応対することとなる。

 ミルとリリーを座らせ、その対面にカトリエルを案内する。


「こちらへどうぞ」

「ありがとねぇ。確か……君がアルフ、君がミル、そして君がリリーで合ってる?」

「はい、合ってます」


 席に座ったカトリエルは、確認がてら順番に、アルフ、ミル、リリーを指差しながら、名前を確認する。


「うんうん。それにしてもまぁ……最初はミルのことが気になってたけど……アルフ君、だっけ? 奴隷の刻印を無視すれば、アルフレッドそっくりなんじゃない?」


 そう言いながら、カトリエルは舐め回すようにアルフを見る。

 悪意を持っているわけではなさそうに見えるが、それはそれとして、こうしてジロジロ見られて良い気分にはならないものだ。


「確かによく言われますね」


 わずかに顔をしかめながらそう言ったが、敏感に感情の機微を察したカトリエルは、すぐに謝った。


「あ、ごめんね? ちょっと気になっちゃったなら。それでアルフ君とミルちゃんって、付き合ってるの?」

「えっ」

「いや、そういうのは全然」


 ミルは明らかに動揺した様子を見せるが、アルフはあっさりと否定する。

 そんなアルフを見て少し残念そうに俯くミルだったが、彼がそれに気づくことはなかった。


「う~ん……ま、いいや。これは二人だけの話だし、私が手出しするわけにもいかないか」

「ところでなんですけど……ミルってそんなに話題なんですか?」

「いやいや、話題に決まってるでしょ!? こんな可愛い娘なんて、滅多にいるものじゃないんだから! しかもその娘が奴隷ときたものだからもう……一部の貴族や金持ちとかは、何とかして自分のモノにしようと躍起になってるのよ?」


 どうやらカトリエルの話によると、最近裏の人達の間で、ミルに対して高い懸賞金がかけられているらしい。

 その理由は、違法行為を密かに行うような金持ちが、ミルを欲しているから。

 そういう人達が、人攫いや奴隷商に依頼をして、ミルを何とかして手に入れようとしているのだとか。


 一応、奴隷と奴隷の間の主従関係については定義されていない、つまりは認められていないので、アルフが何を言おうが、世間的には主ではないのだ。

 アルフが主ではないということは、ミルは誰のものでもないということを意味し、つまりはフリーの奴隷であると言い換えられる。

 そうなれば、外部の人達は、アルフからミルを自由に奪うことも可能になるわけだ。

 この王都では、奴隷に人権など無いのだから。


「……というか、どうやってこの情報を? 普通こんな情報、そう簡単には手に入れられませんよ?」

「スキルよ、スキル。私のは“隠密”っていって、これのおかげで割と強引な潜入調査もできちゃったりするのよね」

「中々に便利なスキルを……」

「うっふっふっ……このおかげで、色々とできるのよねぇ。こういう裏の情報とかも手に入るし、中々に面白くてね。あっそうそう、他にも質問なんだけど……」


 そうしてあと十分くらいは、ミルについてを色々聞かれるのであった。

 少なくとも、話すと危険に繋がりそうな情報については、決して話さないようにした。

 話したのはせいぜい、ミルとの出会い、ミルの今までの経歴、今のミルの心境、くらいだろう。

 他はほとんど、とりとめのない雑談程度の話だった。


「さて、私はこれでいいかな? あっ、でも最後に言いたいことが……」

「何ですか?」


 とりあえずの話を一旦終えると、カトリエルは席を立ち、アルフに向けて頭を下げる。


「本当にありがとうございます。なんとか薬を手に入れて兄の妻を助けてくださったみたいで……私からも、お礼をさせてください」

「……本当にデニスさんの妹だったんですね」

「本当は信じてもらうために、最初に言うつもりだったんですが……つい興奮してしまって」


 この言葉一つで、カトリエルはある程度は信用できる人だとアルフは判断した。

 記者として真面目すぎるというか、熱意がありすぎる態度のせいで最初は疑っていたが、別に何かを企んでいるとかそういうことはなく、ただ彼女は色々なことを知りたいだけなのだろうと、そう感じた。


「さて、私の話はこれで終わり! 確かアルフ君も、何か頼み事があるんでしょ?」

「ああ、そんなこともありましたね。大したことじゃありませんが、一つだけ……ちょっと待っててください」


 アルフは席を立ち、ある物を取りに行くために一時退席する。

 そして一分ほどして、一枚の紙を持って戻ってくると、それをテーブルの上に置いた。


 そこには、似顔絵が書かれている。

 癖の少ない黒髪で、眼鏡をかけており、目元には濃い隈ができているというのが、特徴と言えるだろう。


「この人を、探してほしいんです。どうもリリーの……父親みたいで」

「へぇ……リリーちゃんは、どこかで拾った感じなんだ?」

「そんな感じです。ずっと父親を探してるみたいで……あっそういえば、父さんの名前って……リリー?」

「えっと……パパはダニエル・ヘクターといいます」


 アルフの依頼というのは、リリーの父親を探すというもの。

 最近は色々忙しくてそれどころではなかったが、一段落付いたので再び捜索を再開しようとした矢先にやって来たのが、カトリエルだった。

 それならば、記者としての調査力と顔の広さを利用して、色々調べてもらおうと考えたのだ。


「うん。その人を探してほしいってことね。一応聞いとくけど、他に何か情報があったりする?」

「断定はできませんが、教会関係者っぽいです。カトリエルさんは、教会直属の研究組織のこと、知ってますか?」

「一応。確か“キマイラ”、“ネクロア”、“レプリカ”の三つだっけ? 何やってるかまでは知らないけど」

「そこまで知ってるなら話が早い。どうもリリーの父親は、その中の“ネクロア”の関係者っぽいらしくて……」

「なるほどねぇ。でも名前が割れている以上、探すのは割と簡単そう。しかも名字持ちだし」


 名字、つまりは家名を持つ者は、貴族や騎士、あるいは金持ちの商人の家に生まれた者しかいない。

 金持ちや貴族などが多いこの王都の中でも、そういう人は少数派中の少数派で、数はとても少ない。

 だからこそ、探すのは簡単というものだ。


「しっかし……アルフ君、どこで研究組織のことを知ったの? 私が言うのもアレだけど、あの研究組織の情報は巧妙に隠されてる。そう簡単に手に入るモノじゃないよ?」

「冒険者として活動してた時に、廃墟になった研究施設に入り込んじゃって……そこで色々知ったんですよね。それから俺は命を狙われるし、ミルは何度も攫われそうになるし、本当に大変で……」

「ふーん……これは調べがいがありそうねぇ……!」


 低い声で笑うと同時に、ギラリと、カトリエルの目が光った気がした。


「分かった。私の方で色々探ってみる。中々に面白そうな情報も得られそうだし」

「ありがとうございます」

「ふぅ……それじゃあ私はここで、色々調査しなきゃいけないから。あとは……」


 カトリエルは、アルフに近づき、耳元で静かに囁く。


「アルフ君、たまにはミルちゃんと二人きりで構ってあげたほうがいいよ? 一目見ただけで分かる。ミルちゃんは絶対に、アルフ君のことを大好き」

「っ!」

「だから、応えてあげなよ。アルフ君も、ミルちゃんのこと好きなんでしょ? 見れば分かる」


 その言葉に、アルフは明らかに狼狽し、動かなくなる。


「ま、どうするかはアルフ君次第だし、私は強制しないよ。でもこのまま放っておいたら、誰かに奪われちゃうかもね? それじゃ、またね~!」


 そうして、愛想良く笑みを浮かべるカトリエルは帰っていく。

 アルフはしばらく、カトリエルの言葉が頭からは離れなくなり、動けなかった。




◆◇◆◇




 夜、夕食を終え、アルフはベッドの中でミルの寝顔を見ながら、色々と考えていた。


『アルフ君、たまにはミルちゃんと二人きりで構ってあげたほうがいいよ? 一目見ただけで分かる。ミルちゃんは絶対に、アルフ君のことが大好き』


『だから、応えてあげなよ。アルフ君も、ミルちゃんのこと好きなんでしょ? 見れば分かる』


『ま、どうするかはアルフ君次第だし、私は強制しないよ。でもこのまま放っておいたら、誰かに奪われちゃうかもね?』


 別れ際にカトリエルが言ってきた言葉が、妙に頭に残る。

 確かに最近は色々あったし、リリーもいるから二人きりの時間が無いのは事実だが、寂しそうなのだろうか。


「そんなの、良いわけがない。俺は、ミルのことが……」


 アルフは、ミルのことが本当に大好きだ。

 最初は心配に思っているだけで、不憫な彼女を幸せにしてあげたかっただけだった。

 元々はただ善意で毒で蝕まれた皮膚を治していたが、それにより現れた本当のミルは、本当に綺麗で可愛らしかった。

 言ってしまえば、その時に一目惚れしてしまったのだ。


 だがアルフは、そのことを不純だと、良くないと考えている。

 こうして一緒に寝ているほどだし、ミルにはかなり信頼されていることは分かっている。

 だが、もしミルの皮膚がまた紫に変色し、醜くなったとして、自分は愛を保てるのか、ミルを好きでいられるのか。

 それが、不安なのだ。


「いや、そんなことにさせないために、俺がいるんだろ……!」


 だが、今日のカトリエルの言葉で、アルフの内に秘められた想いは大きく膨れ上がっていた。

 今まで抑制していた、ミルへの深い愛情。

 それが解き放たれ、独占欲のようなものもが膨れ上がる。


「ミル……!」


 アルフは、腕の中で眠るミルを再び抱きしめる。

 するとその軽い衝撃で、彼女はゆっくりと目を覚ます。


「んぁ……ご、ご主人様……? どう、しました――」


 わずかに困惑するミルを、アルフはさらに強く抱きしめる。


「好きだ、ミル」

「……え?」

「大好きだ。ずっと、一緒にいたい」

「……え、えっ?」


 思わずミルはアルフからわずかに身体を離し、顔を見つめる。

 暗くて見にくくはあるが、ミルの目に映るその表情は、今まで見たことがないくらいに赤くなっていた。


「……本当、ですか?」

「ああ」

「こんな私なんかで……いいんですか……?」

「ああ。ミルじゃなきゃダメだ」

「…………そう、ですか」


 しばらくは放心していたミルだったが、小さな震え声と共に、頬に一滴の涙が伝う。


「う、嬉しいです……ご主人様に、好きって言ってもらえて……! 私も、ご主人様のことが、大好きです……!」

「……! そう、か……!」


 震え声、そして涙を我慢しながら、アルフは嬉し涙を流すミルを再び抱き寄せるのであった。


「……ミル。明日、一緒に良い所で食事でも、食べに行こうか」

「いいんですか……?」

「大丈夫。普段あまり使わないから、お金ならそこそこあるし。たまにはミルと二人で、さ」

「……はい。本当に、ありがとうございます」


 そのミルの表情は、とても柔らかいもので、幸福に満ち溢れていた。

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